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サンザス

「小径の先に“池”があります。“小さな水鳥”もいますよ。」

ブラストはボルドー語を交えながら言った。

木々に囲まれた静かな道を並んで歩く...そこに見える生き物や植物、光と風の名称から身体の部位に至るまで、単語をゆっくり丁寧に説明していた。

「…池?」

エレネーゼは瞳を輝かせた。

「鳥もいるの?」

「今の季節なら子鴨がいます。生まれたばかりの雛たちが観られるでしょう。」

「“鴨“の“赤ちゃん“?」

ブラストは頷いて見せた。訛りはあるものの、二語の名称を使うことに成功している…素晴らしい事だ。

「早く見たいわ…」

そう言いつつも、エレネーゼは駆け出すような真似はしなかった。

スカートの裾を摘み上げるにはブラストの手を離さねばならないし、それ以上に魅力的なものは無いからだ。

木々に囲まれた小径はそう距離はなく、すぐに視界が開けて風景が変わった。ブラストの言った通りに大きな池が見え、水面に水鳥の姿が見える。

「思ったより大きい池なのね…鴨の赤ちゃんはどこかしら?」

視線を巡らせるエレネーゼの頭上で、ブラストは巣のある辺りを見遣った。

「います…ほら、向こうの草の茂みに。」

「え?」

ブラストの指差す方向に目を向けると、池の中央にある小島で動く鳥の姿が見えた。顔を見せているのは親鴨で、今まさに、水に入るところだった。

「雛もすぐに姿を見せますよ。親の後をついて来ますから。」

言葉どおり、水面を進む母鳥の後に続いて、小さな雛が姿を現した。雛は七匹で、身を寄せ合って進む仕草が可愛らしい…

「可愛い!こんなに近くで水鳥を見るのは初めてよ。沢山いるなんて思わなかった…メルトワには“池“なんて無いんだもの。」

ボルドー語に置き換えるのを忘れず、エレネーゼは嬉しそうに言った。実際、水鳥といえばポントワ湖にいる程度で、城内に水場はないのだった。

「素敵...本当にボルドーは良い国ね…羨ましいわ。」

「気に入っていただけて光栄です。」

穏やかなブラストの声音に、エレネーゼは頬を染めた。ボルドーが素晴らしいのは本当だけれど、ブラストが居なければ、こんなにも輝いて見えないに違いない…

「...早く結婚したいわ。」

エレネーゼはブラストを見つめて言った。

「そうしたら、ずっとあなたと一緒にいられる...もうメルトワに帰らなくて済むわ。」

「ボルドーに居たいのなら、留学という手もありますよ。」

「酷い...私はあなたの妻として一緒に居たいの!いちいち寝室を別にするなんて面倒よ!」

「面倒…」

ブラストは小さく吹き出した。姫君の言葉にしては、極めて刺激的な発言だ。

「方法の一つと申し上げたのです。急いだとしても、結婚までには時間を要します。それまでは仕方がありません。」

「そうだけど…でも、あなたが故郷に帰るなら、私もついて行く。メルトワの王女として、ご挨拶に上がりたいの。」

「姫君..,」

「メルトワとサンザスは国交がないのでしょう?それなら、なおさら私は行くべきだわ。婚約者候補なのだし、断る理由があって?」

エレネーゼは躊躇いなく告げた。ブラドル王子の言う通り、意思はとても固いようだ...

「それはあまりに唐突な話です。」

「すぐにとは言ってないわ。お兄様がメルトワに帰って、お父様の正式なお許しを頂かなくてはならないもの。でもその間は、シュノー姉様のお屋敷に滞在して、準備を進めるつもりよ。」

「ヨルムドは承知しているのですか?」

「ヨルムドが拒否するわけないでしょう?」

…さもあろうが。

身重である夫人の気持ちを煩わせることに、ヨルムドが心から賛成していないのはあきらかだった。エレネーゼがメルトワに帰らず、さらにボルドーに居残るとあれば、ヨルムドの多難は増すばかりになる...

「冷静にお考え下さい。私とて姫君と別れるのは辛い...ですが、互いに地位があります。感情に流されるばかりでは、周囲の者に蔑まれてしまうでしょう。ほんの少し辛抱して、メルトワで待つのです。そして、両陛下や民の祝福を受けて婚儀を執り行う...その方が良いのではありませんか?」

「私はもう蔑まれているわ。グレイに騙されて、利用された愚かな王女だと...あの男との関係を疑われて城中の嗤い者なのよ。そんな場所に帰れというの?」

「誤解です。貴女は反省と努力を惜しまず、姿勢を正して良き王女になった...ボルドーにも評判は届いていますよ。」

優しく宥めたつもりだったが、エレネーゼの目には涙が浮かんでいた。これ以上言えば泣き出しそうだ...どうすれば良いのだろう。

「連れて行って...」

嗚咽混じりに、エレネーゼは言った。

「“お願い”…ブラスト」

「姫君...」

ブラストは深く溜息を吐いた。説得を試みると言ってはみたものの、心からの言葉ではない。離れて苦しむのは、むしろ、自分の方なのだから。

「私の説得は、どうやら無駄の様ですね?」

ブラストは言った。

「馬車は使えません。過酷で危険な旅になるでしょう、それでも気持ちは変わりませんか?」

エレネーゼが頷く。

「構わない..貴方と一緒なら。」

視線が絡む...若く美しい王女の誘惑に、ブラストはとうとう抗えなくなった。

「では準備をしましょう…なるべく早く、サンザスへ行けるように。」

ブラストが告げると、エレネーゼは笑顔を浮かべた。嬉しそうに抱きつき、二度目のキスを交わした。



十日後──

ブラドル王子は旅の日程を終え、メルトワへの帰還の途についた。

滞在期間中、エレネーゼの婚姻について幾通かの手紙を書き、国王に詳しい経緯を伝える。すでにブラストの人格を認知しているユリウスは事のほか喜び、メルトワとサンザスの国交の証として「第六王女を勅使として遣わす」との、賛同の意を表したのだった。

「妹を頼む。」

出立にあたり、ブラドルはヨルムドに念を押した。

「エレナが残る事で、シュノーに負担がかかるのではと心配だが...」

エントランスにはシュナーベルとエレネーゼが並んで立っていたが、ブラドルはあえて二人と離れた場所にヨルムドを呼び、耳打ちしたのだった。

「ご心配には及びません。エレネーゼ様はサンザスへの旅支度に余念のないご様子。屋敷に戻るのはいつも夜になってから…それも、寝室に直行の毎日です。」

「エレナらしい…だがまあ、それは何よりだ。」

末の妹が姉達の様な淑女ではないことは熟知している。ひとたび目標を見出せばその行動は止まらない。今は旅のことで頭がいっぱいで、シュナーベルなど眼中に無いのだろう。

「とにかく、シュノーのことを第一に考えてくれ。あの子は身体が丈夫ではないうえに足も悪い...懐妊によって健康を害さねば良いと、母上も酷く心配しておられるのだ。」

「留意いたします。」

ヨルムドは短く答えた。ブラストも不在となる今、自分がよりしっかりせねばならない。

…母上が存命なら、より心強いのだが…

男では気が付かないこともある…経験豊富な世話係を早めに見つける必要があった。

「ではまた会おう。次に会う時は、そなたも父親だ…甥か姪か、実に楽しみだ。」

王子は爽やかな笑顔を浮かべると、踵を返して歩み去った。シュナーベルに向き合って別れを告げる…仲の良い兄妹は、最後に強く抱き合い、お互いに別れを惜しんだ。




旅立ちの日

帰郷するブラストを見送るため、曙光配下の騎士達がエントランスの前に集まっていた。

エレネーゼとオルデラだけが居なかったが、姫君の支度が遅いのは日常で、彼らは王女が現れるのを辛抱強く待つことに慣れていた。側にはシュナーベルのための簡易椅子が用意されており、アイリも一緒に、騎士達の話に耳を傾けているのだった。

「あの山々に登るのか…姫君を連れて」

高くそびえるメーヴェの山々を眺めつつ、ヴァイデは目を眇めて言った。

「大変だなぁ…君一人なら馬の脚も早いが、相乗りとなれば話は別…移動は今ひとつだ。」

「馬車よりはマシだ。相乗りは馬の頑丈さこそが重要…選択は間違ってない。」

「さりとて、峠越に至っては、その頑丈さが仇になりはすまいか?」

「体重が負担になりますよね…」

パルシャの意見に、キロプスとシムトが意見する。馬は目的に準ずるものの、選び方が難しいのだった。

「山道の手前まで騎兵が随行してくれるそうだ。その先は自分の馬に乗り換えるよ。陸路が途切れた時点で騎兵に連れ帰ってもらうことになっている。上り坂は険しいが、姫君の軽さなら問題ないだろう。」

「姫君の乗馬経験は?」

ヴァイデが尋ね、ヨルムドに視線を移した。シュナーベルはヨルムドに出会ってから初めて馬に跨った。経験がないのは主に体の不具合が原因だったが、エレネーゼは健康だ。

「この半月で、何とか基本姿勢だけは学んでいただいた…という状態だ。」

ヨルムドの表情を見るに、あまり芳しい状況ではないことが伺える...ブラストに目を向けると、彼は黙って苦笑を浮かべるだけだった。

「待たせてすまない!」

城内から声が聞こえ、オルデラが姿を現した。颯爽と歩み寄り、皆に向かって口角を上げる。

「姫君の装備に手間取った…だが、仕上がりは上々だ。」

何故オルデラがそれを言うのか、全員が不思議に思った。

「装備?」

ブラストが口を開く…視線を移すと、オルデラの肩越しに歩み寄るメルトワ騎士の姿が見えた。

「ブラスト!」

先頭にいる“騎士“が声を上げ、小走りに進み寄る…それは間違いなくエレネーゼであり、兜と甲冑に身を包んでいた。

「どうしたのです…この装備は一体…」

「急いで作らせたの。危険な旅になると言ったでしょう?」

「確かに言いましたが…」

「似合う?」

エレネーゼは上機嫌で一回転して見せた。絹製のマントが翻る…甲冑でありながら、まるで一輪の薔薇のような可憐な姿だった。

「工房の職人に発破をかけて作らせたんだ。王女に相応しい軽量かつ美しい甲冑を作れとね…急ごしらえにしては、上々の出来映えだと思わないか?」

この発言で、オルデラが協力者だったということを知る。エレネーゼの希望を聞き、密かに話を進めていたに違いない。

「感謝しているわ、オルデラ。」

「お役に立てて光栄です、姫君。」

エレネーゼは右手を差し出し、オルデラはその指先にキスをした。

「…どれほど尻を叩いた?」

パルシャがオルデラに耳打ちする。

「日程からして無茶な注文だぞ。」

「まあ、徹夜仕事だろうな。」

「なんと気の毒なことよ…」

気の毒とは微塵も思っていなさそうなオルデラに、さすがのパルシャも呆れ返った。この弓使いは容赦がなく、武具や武器職人に恐れられる存在なのだ。

「さあ、出発よ。どの馬に乗ればいいの?」

エレネーゼは嬉々として言った。

ブラストに抱きつこうにも甲冑同士がぶつかって無理だということに気づいたが、それでも馬上ではずっとブラストに触れていられるのなら幸せだ。

…いいわ、夜空に星が輝く頃には、きっと…


出発から二日目まで、エレネーゼの元気は続いていた。

変わりゆく景色に心を奪われ、満点の星空の下で、寄り添いながら語らい、天幕の中で眠りに落ちる…

ブラストの目から見れば、少しはしゃぎ過ぎの様に思えた。

供の従者や騎士達が“お膳立て“をしているお陰で、食事にも睡眠にも不自由を感じず、冒険の旅に心を躍らせている…

…それも明日までのことだ。

そんなブラストの予想が的中し、三日目を迎えると、その顔には疲労の色が見え始めた。

目の下が青くなり、どこか体が痛むのか、馬に乗るのが気が進まない様子...甲冑を着るのも平地までと考えていたが、体の負担を軽くするため、胴衣のみの装備に変えることになった。

「どうぞ、お気をつけて。」

最後まで伴走を続けていた騎兵が別れを告げ、心配そうに王女を見遣る。

「この先は未曾有の地なれば、お供が叶いませんが…」

「大丈夫…私には慣れた道のりだ。」

ブラストは躊躇うことなく答えた。裾野はすでに気温が低く、装備の軽い騎兵達は寒そうだったが、引き返す道で凍えるほどではない。

彼らが背を向け去って行くのを見送り、ブラストは毛皮に身を包んだエレネーゼを見やった。すっかり大人しくなり、ブラストを神妙な面持ちで見つめている。

「寂しいですか?」

ブラストが尋ねると、エレネーゼは首を横に振った。

「二人きりになれて嬉しいわ。」

「本当に?」

「ええ。だってあの者達がいると、ろくにキスもできないんだもの…」

「そんな理由ですか?」

「大切なことだわ。」

ブラストは否定せず、エレネーゼをそっと抱き寄せた。顔を近づけ唇を重ねる…もう誰の視線を気にする必要はなかった。

「この山を登りきればサンザスです。覚悟は良いですか?」

「私はメルトワの王女よ。絶対にやり遂げるわ。」

疲弊しつつも、王女は毅然として答えた。高地にあるという謎多き国──いよいよ、ブラストの祖国に足を踏み入れることができるのだ。

「勇ましいですね。」

ブラストはエレネーゼを軽々と抱き上げ馬の背に乗せた。

心が喜びに満たされる…かつては一人で越えた険しい道、今は愛する女性と一緒だ。

「さあ、行きますよ!」

手綱を引き、前進を始めた。

夕闇が訪れる前に、駆け上がらねばならなかった。




夜空に淡い光が踊る──

ふと手元を照らす明かりに気づいて、空を見上げた。

窓越しに見える銀色の極光…近頃では、とても珍しい現象だった。

「…兆し?」

フェリーナは微弱な声に耳をすました。

舞い落ちる光の雫が頬を撫でる…耳打ちするように、小声でそっと囁くのだった。

「フェリーナ…」

背後からガレスの声が聞こえたので、フェリーナは振り返って夫を見遣った。すでに就寝の時刻だと言うのに、外套を身につけ、外出の支度を整えている。右手には乗馬用の手袋が握られていた。

「お出かけ?」

「客人を迎えに行ってくる。」

ガレスは答えた。

「広間の暖炉の火を、もっと強くしておいた方が良いだろう。」

「こんな夜更けに?」

「もう間近まで来ている。今宵は空が明るいが、足元を照らすほどではない。迎えの必要があろう。」

「まあ…急がなくては」

ガレスとフェリーナはすぐに階段を降り、それぞれ準備を始めた。ガレスは騎兵を数名引き連れてエントランスに向かい出立して行く…フェリーナは侍女と召使いに声を掛けて指示を与え、にわかに人々の動きが慌ただしくなった。


「明かりが見えるわ…」

ブラストの外套から顔を覗かせていたエレネーゼが言った。

上り坂の頂上、切り立った崖の上に、幾本か松明の炎が見える。ゆっくり進む馬上の二人を認めると、“彼ら“は自ら駆け下り始め、あっという間に近づいた。

「怖い…」

エレネーゼが外套の内に隠れると、ブラストは馬を止め、片腕で王女の背を撫でた。

「大丈夫、味方です。」

「味方?」

「彼らはサンザスの騎士…心配ありません。」

「騎士?」

暗闇の中に、松明を手にした騎士達の姿が照らされていた。

外套に身を包んでおり、頭と首を毛皮の帽子で覆っている…

とても寒く、エレネーゼはその装備が羨ましかった。ブラストの温もりでかろうじて凌いでいたが、帽子を持ってはいなかったからだ。

「知らせをしていませんでしたが…」

ブラストが言った。

「何故こちらに?」

「宙が妙に騒いでおったのでな…」

太く低い声で、ひとりの騎士が答えた。

「急ごう、客人が凍えている。もてなさねばならん。」

先頭の騎士が踵を返すと、他の騎士がブラストの周囲を取り囲んで走り始める…エレネーゼはようやく胸を撫で下ろした。騎士の言う通りなら、もうすぐこの寒さから解放されるのだろう。

「どうぞこちらへ!」

一行が帰還すると、大勢の召使い達に取り囲まれた。

赤々と燃える暖炉の前に連れて行かれ、温かい肩掛けと湯桶が用意される。足のマッサージと同時にゴブレットが差し出され、中には飲みやすい温度に温められた果実酒が入っていた。次に勧められたのは甘い焼き菓子だったが、それはそれはふんわりしていて、信じられないほ美味しかった。

…ブラストはどこ?

周囲にブラストを探したが、彼の姿は見えなかった。厚くもてなされていることは間違いないが、ここがどこであるかを尋ねられそうな者がいない...皆、忙しなく仕事に従事していて、次々に現れては去ってしまうし、言葉は聞き慣れないサンザス語とボルドー語の様なものが聞き取れる程度だった。

料理が運ばれテーブルの上に乗せられると、エレネーゼは急激に空腹を感じた。香ばしく焼いた肉は魅力的で、すぐにでも手を伸ばしたい衝動に駆られる...考えてみれば、この数日口にしたのは硬いパンとチーズ...贅沢はシュナーベルが持たせてくれた林檎を食べたくらいだった。

「どうぞ召し上がって。」

肩越しに声をかけられ、それがメルトワ語だったことに驚いた。

背後にいた女性が顔を覗かせる…とても優しい眼差しがこちらを見つめていた。「お寒かったでしょう?陽の高いうちはとても暖かいのですが、日が暮れると凍える寒さになってしまうのです。」

肉を取り分けながら女性は言った。

「尋ねたいことはあるでしょうけれど、まずは休息と食事に専念なさって。」

はしたない事に、今はその女性が誰かよりも、食事の誘惑に負けてしまっていた。肉を口に入れて噛み締める…干し肉と違って食べやすく、味も香りも素晴らしい料理だった。

「とても美味しいわ。」

エレネーゼが呟くと

「お口にあって良かった。」と言って女性は静かに退いた。


入れ違いに、脇からブラストが現れ隣の席に座る。彼はすでに甲冑を脱ぎ、黒いチュニック姿になっていた。食事に夢中のエレネーゼを見つめつつ、心配そうに言った。

「思った以上に時間を費やしてしまいました…寒い思いをさせてしまい、申し訳ありません。」

「ブラスト...」

エレネーゼは嬉しそうに肩を寄せ、ブラストの胸に頭を乗せた。遮るものはないので、思いきり顔を埋める。

「寒かったけれど、刺激的な旅だったわ」

「室内は暖まっていますが、まだ寒いですか?」

「いいえ、貴方がいれば大丈夫。」

寄り添うエレネーゼを、ブラストはしっかりと抱き寄せた。

王女は薔薇色の乗馬用“綿入り“を身につけていたが、稀なその姿も可愛らしい…

…甲冑で肌が傷つかないよう工夫されてはいるが、着心地は決して良くなかったはず...泣き言ひとつ言わなかったのは本当に賞賛すべき快挙だ。

「食事を済ませたら部屋にお連れします。今夜はもう遅い...ゆっくり休んで、明日から話を進めましょう。」

「…そうね。」

エレネーゼは微笑んだ。

「その案に賛成よ…」

腕に重みがかかり、寝息が聞こえる…覗き見ると、エレネーゼは眠っていた。少女のような、あどけない寝顔で。


「…よほど疲れていた様だな。」

歩み寄ったガレスが言った。

「さもありません。姫君にとっては、あまりに過酷な旅でした。」

静かに答え、愛しむように王女を見つめるブラストに、ガレスは目を細めた。

…光がざわめく訳だ。

「寝室にお連れしよう。用意はできている。」

「感謝します、父上。」


ブラストはエレネーゼを抱き上げて歩き出した。

目を覚ますのは明日になりそうだが、その間に、事の詳細を説明しておかなければならなかった。




つづく





































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