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力を継ぐ者

エレネーゼ宛に書かれたブラストの手紙を読み終えたブラドルは、子供のように泣きじゃくる妹を横目にしながら小さく唸った。

文言は全て当たり障りのないもので、体に良いとされる薬草の話や、気持ちが落ち着く香りの花の話題などに終始している。もちろん、合間に彼らしい思いやりの言葉も記されてはいるものの、エレネーゼに対する思いや、彼自身の心情といった表現は、一文字も綴られていなかった。

…エレナが嘆くわけだ。

ブラドルは妹を不憫に思った。

ブラストに恋をして以来、エレネーゼは人が変わった様に大人しくなった。我儘は影をひそめ、王女としての務めもきちんとこなし、勉学にすら興味を示すようになった。それもこれも、ブラスト・オーガナイトに嫌われないための健気な努力だったのだ。

…ついに我慢の限界か。

仕方なく、ブラドルは告げた。

「近々ボルドーを訪問する予定がある…父上のお許しを得られるのであれば、そなたの同行を検討しよう。」

「…本当?」

エレネーゼは泣くのを止め、顔を上げた。

「お兄様とボルドーに?」

「父上の代行で、元首に謁見を賜り、医術の供与について話し合うことになっている。」

「お父さまのお許し...?」

エレネーゼの表情が曇った。父とはいえ相手は国王…正当な理由がない限り、説得するのは難しい。

「...父上を納得させる理由がないではないぞ...」

さりげなく、ブラドルが囁いた。

「シュノーの懐妊を陛下も母上も大変喜んでおられた。母上は祝い物の用意に忙しい様子...それを持って行くならば、正当な理由になろう。」

「…お兄様.」

兄の助言に希望の光が差し込んだ。確かにその理由なら不自然ではない。

「お父さまに…お願いするわ!」

声を上げると、エレネーゼは踵を返した。

ブラドルの存在など、すでに眼中にない様子だった。

「助けは出そう。…だが、あの男を落すのは難しいかもしれないぞ...」

ブラドルは腕組みをしながら思案した。

探れば探るほど、“怪物騎士”の名の意味が不可思議さを増す。単に、異名では片付けられない問題だ。

「…アコーズ」

控えていた近衛騎士の団長を手で招き、ブラドルは言った。

「エレナの護衛を数名選抜してくれ。」

「仰せのままに。」

アコーズは承諾した。

「直ちに準備します。」



ブラドルと別れたエレネーゼは、すぐに国王夫妻のいる謁見の間へと向かった。

今、二人は諸侯との謁見の最中だが、合間になら、きっと耳を傾けて貰えるはずだ。

廊下を歩いて行くと、異国の一団がこちらに向かって来るのが見えた。エレネーゼは立ち止まり、道を譲りながら淑やかに膝を折る。異国人は、若く美しい王女に目を見張ったものの、声を掛ける様な不躾な真似はしなかった。首を垂れつつ会釈をするに留まり、静かにその場を去っていく..,

胸を撫で下ろして歩を進める…謁見目当ての一団が去った今なら、絶好の機会かもしれない。

謁見の間の扉は開かれていた…中には誰もいない様子だ。

番兵が道を塞いでいたので、エレネーゼは命じた。

「父上に会いたいの。ご都合を伺ってちょうだい。」

「お急ぎでありますか?」

「そう、急ぎよ。」

番兵が大臣に伝えると、ほどなく、王女に道が開かれた。

正面の玉座にユリウスとクロウディアが並んで座っている。

前触れなく現れた娘を見て、ユリウスもクロウディアも目を丸くして問いかけた。

「如何した…エレナ?」

「どうしたのです...そんなに慌てて。」

「どうか、私の願いをお聞き届け下さい。」

エレネーゼはユリウスの膝もとに跪くと、前置きなしに告げた。 

「シュノー姉様のご懐妊のお祝いに、ぜひ私を遣わせていただきたいのです。ボルドーに訪問する際の同行を許すと、お兄様から推薦もいただきました。訪問をお許し下さい。」

「ボルドーに訪問?」

ユリウスは眉を寄せた。

「それは急な話だ.,,」

「何を言い出すかと思えば...」

クロウディアも呆れて表情を曇らせる。

「少しはお役に立つと思うわ。お母様はお忙しいし、お祝いに駆けつけることはできないでしょう?」

王と王妃は顔を見合わせた。

「確かに、近々ブラドルをボルドーに行かせるつもりだが...」

「きっと、ブラドルの入れ知恵ですわ...」

「...で、あろうな。」

ユリウスは泣きそうな顔で自分を見つめる姫を見遣った。

ボルドーに行きたい理由は明らかだ。シュナーベルに会いに行くと言うのも、おそらく立前に違いない。

…シュナーベルとは雲泥の差だ。

とはいえ、ここ半年の頑張りは認めざるを得なかった。

周囲の酷評も回復の兆しが見えており、悪い噂も消えつつある。

「...お父様」

唸りをあげ、ユリウスは頬にそっと手を添えた。末の王女に「甘い」と嘲笑されるも、愛しくて仕方がない存在だ。

「分かった...ボルドーへの同行を許そう。」

「お父様...」

「ただし、他言してはならぬぞ。シュナーベルの拐かしの件もある…王女と気取られぬようにいたせよ。」

「はい。」

「贈り物と一緒に、あなたの旅支度も始めなくてはならないわね...」

「お母様...」

ロウディアが口角を上げると、エレネーゼは王妃に抱きついた。優しい手が背中を撫でる...

「ありがとう、お父様、お母様…」



「ブラドル王子が来訪する」と聞かされたのは昨日の事だった。

国王の代行として訪れるという。

召使い達が気忙しくなり、城内外が慌ただしく動いている。訪問の目的は技術供与について具体的な取り決めを行うもので、医術の共有が最も重要な目標だ。

「殿下はもうすぐご到着なさるはずだ...」

すでに出迎えの支度を整えているヨルムドが静かに告げた。

ブラストの自室を訪れており、彼の着替えを手伝っている従者の働きぶりに、感心しながら口角を上げる。

「一緒に城門の外で出迎えよう。」

「...異論はないが...」

ブラストはヨルムドへ視線を送りながら言った。

「君がわざわざ私を迎えに来た理由を教えて貰えないか?」

「特に理由はない。」

「...は?」

「城門の外まで行くのは私と君...それを告げに来た。」

…だから、何故なんだ?

疑問の答えになっていないぞと思いながらも、ブラストはそれ以上は尋ねなかった。王子の出迎えと言うなら行かねばならないし、問答をする話でもないと思ったからだ。

支度を終え、二人はエントランスに出て馬に跨った。

城門を出て街道を駆け抜ける…広陵とした大地を横目に、一直線に延びた石畳を進んだ。マティスの森が迫り、向かって来る一団の姿が見える…

メルトワ王家の紋章旗が翻っていた。掲げた騎士が先頭を守り、続いて騎乗しているブラドルの周囲を近衞騎士達が囲んでいる。

ヨルムドとブラストは彼らに近づくと、少し手前で馬を止めた。二人の姿に一団も歩を緩める。王子は笑顔を浮かべつつ、騎士達を手で制して進み出た。

「義兄上...」

ヨルムドが馬を降り、深く首を垂れる...ブラストも一歩下がった場所で片膝をついた。

「久しいな...我が弟よ。」

馬の背から降り立ち、ブラドルは両腕を広げた。ヨルムドと抱き合い挨拶を交わす…二人が会うのは半年ぶりで、本当に久しぶりのことだった。

「ご健勝の様子…安堵いたしました。」

「そなたもだ。シュノーが身籠り、いよいよ父親になる…喜ばしいことだ。」

「…恐縮です。」

微笑むヨルムドに、ブラドルも白い歯を見せた。今夜は彼の館に泊まる予定であり、シュナーベルにも会えるだろう。

「オーガナイトも久しく会う…跪かなくても良いぞ。」

ブラドルに促され、ブラストは立ち上がった。王子に向き合い、首を垂れる。

──その時だった。

「ブラスト...」

呼び声に、ブラストは顔を上げた。

近衞騎士の後方で、馬車を降りる貴婦人が見えた。地面に足を付けると小走りに駆け寄って来る。

「…姫君⁉︎」

ブラストは目を疑った。

… まさか、幻覚か?

「ブラスト…ブラスト…」

周囲の視線をものともせず、エレネーゼはブラストの胸に飛びついた。恋焦がれた愛しい人…温もりに顔を埋め、力いっぱい抱きしめる…

「...なりません、姫君...」

ブラストは身を引こうとしたが無駄だった。エレネーゼを引き剥がすのは不可能で、体を強く押し付けて来る…

「あなたがいけないのよ…あんな手紙を寄越すから…」

エレネーゼは泣きながら文句を言った。

「会いに行くしかないと思ったの...だって私に翼はないんだもの…」

…そういう問題では…

心中で呟くも、困惑するばかりで言葉が見つからなかった。.この場に及んでどうすればいいというのだろう。

「慎みなさい…エレナ。」

ブラドルは嗜めた。

「馬車に戻るんだ。」

「...でも」

「父上と約束したはず...忘れたのか?」

エレネーゼは、救いを求めるようにブラストを見上げた。青みがかった灰色の瞳が自分を見つめている...ずっと夢に見ていた瞬間だった。

「殿下の仰るとおりです。さあ、馬車へ...」

ブラストは礼儀正しく右手を差し出した。王女の拗ねた顔が愛らしい...

「いいわ...あなたと一緒なら。」

エレネーゼは身を離してブラストの手を握った。並んで馬車まで歩き、「乗り込みを手伝って」と強請ると、ようやく席に収まった。

「ずっと横にいて下さる?」

「殿下のお許しをいただければ。」

「お兄様に伝えて!」

護衛の騎士に、エレネーゼは王女らしく命じた。騎士が即座に伝令に走り、王子にその旨を伝える。

「王女の随行を命じる。」

ブラドルの言葉に応じ、ヨルムドはブラストの馬を側に連れて行った。

「すまない。」

礼を言い、すぐに騎乗して馬車の横に並んだ。

…心の動揺が垣間見える。

ヨルムドはブラストの心情を慮った。

出迎えにブラストを選んだのは、単純にブラドルへの配慮だった。メルトワに滞在していた時、ブラドルはブラストの治療に深く感謝していた…この素晴らしい医術をメルトワの学徒に授けて欲しいと幾度語ったことだろう。

…王女の同行は予想外だった。これは興味深い展開だ。

「出発しよう。」

ブラドルの声に、再び前進を始める。

王女の熱い視線を受けながら、ブラストも馬を歩かせ始めた。

これは大変な事態だとブラストは感じた。場合によっては、考えを改めねばならないかもしれない…

…これ以上、姫君の気持ちをうやむやにはできない。


彼方に悠然とそびえ立つ高い山々の尾根に「斜陽の騎士」は目を向けた。故郷サンザスは、高地に在る小国…“秘められた力の宿る場所”だ。

「力を継ぐ者に課せられる試練...」

ブラストは呟き、再びエレネーゼを見遣った。

瞳を潤ませた乙女は、頬を薔薇色の染めながら、幸せそうに微笑んでいた。



───古


光の魔法が二人の子供達に注がれた。

光と影より生まれし二つの生命は、高い山々の尾根を離れて大地に降り、思う存分走りまわれるようになった。


「マージは湖に、エーガは森に。」

オーガは子供たちの存在を「感じ」ながら言った。

「そこにいる生き物に興味があるらしい...」

「そのようだの...」

ローゼも頷く。

「生まれは一緒でも、違うものが好きなのだな...」

「あの子らには個性がある...ゆえに、自ずと違う存在となっていくのだ。」

「マージはローゼと同じ光を帯びているが、エーガには光が見えない...それも個性というものか?」

「そうとも。エーガはお前の能力をより多く受け継いでいる...むろん、光の加護も受け継いでいるが、マージに比べれば薄いと言えような。」

「私にローゼの様な力は無い…エーガが心配だ。」

心配そうなオーガに、ローゼは目を細めて微笑んだ。

“影“として生を受けたオーガ…光の雫が実体の創造を促し「世界」に漂う物質を錬成した神秘の生命…

「無力ではない。この世界に於いては、お前の方が強いのだ。」

「そうだろうか…」

「その証拠に、エーガは体格も大きくしっかりしている。華奢なマージにはない能力だ。」

それでも、オーガの表情は浮かなかった。

エーガの体に散らばる黒い肌───それは“影“の名残りであり、力無なき者の象徴だった。

「力の継承は確たる形を成さぬもの…そう案ずるな。」

ローゼはオーガの背に広がる“黒い影“を指でなぞった。

彼はそれを卑しいと感じているようだが、ローゼには愛おしいものだった。

「我らが創造した生命は、もはやマージとエーガのみならぬ…お前はこの世界全ての生き物の祖であり父なのだ。決して忘れてはならぬぞ。」

ローゼの教えはオーガの真髄に染み込んでいた。

…それなのに、なぜ不安を感じるのだろう…

「分かった…心に刻もう。」

オーガはローゼに誓った。

『世界』は刻々と、“進化“を続けているのだから───




つづく


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