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怪物騎士と黄金の王女

「その「世界」が、私のいるこの世界であるなら、あなたの言う「永遠の闇」は終わりを迎えたのね。あなたのおかげで。」

エレネーゼは光の少女に向かって尋ねた。 


“何故そう思う?”


「だって、あなたは極光そのものだもの...尋ねなくても分かるわ。」

夜空を見上げたものの、そこに極光は見えなかった。光の源は目の前にいる少女なのであって、創世物語の主人公が“マージ”であることは疑いようがなかった。

「…それで、私は何をすればいいの?」

エレネーゼの問いに、光が微妙にうねった。マージの表情は変わらないが、心模様は明け透けだった。


“そなたは無知で愚かだが、影にとっては相応しい「対」だな。”


「「影」じゃなくて、ブラストよ。伝説なんて関係ないわ。」


“影の存在を否定するか…まあ、それも良い。”


マージは薄く微笑んだ。

王女の決意は揺るがない…これ以上、問答は必要ないだろう。


“王女よ、そなたの「試練」は戦うことだ。”


「戦う?」


“サンザスを救わねば「試練」は成せぬ…影はその力で陽光を奪い、やがて地上に生きる者を消し去るだろう。エーガを倒して「暴走」を鎮め、その身に受けた「罪」を滅する事が出来れば、「蝕」は終わり、再び大地に黄金の光が降り注ぐ”


「エーガと戦えと言うの?」


“ そして、そなた自身と.”


「意味がわからないわ。」

エレネーぜは首を捻りながら文句を言った。


“戦う意志はあるか?”


マージは目を細めた。


“辛い試練になろうぞ。”


辛いと聞いて、わずかに気持ちが揺らいだ。戦ったことなど一度もないし、どうすればいいかも分からない…

…でも

「ブラストのためなら、どんな試練にも耐えて見せるわ。」

顎を上げて答えた。自分を受け入れてくれた優しいブラスト...世界の何処を探しても、彼ほど素敵な人はいない。

「私は彼と結婚するの。いつかサンザスの王妃になって、二人で国を治めなくてはならないわ。」

決意を固めた瞳に光が宿る...それは陽の光に似た黄金色の輝きだった。


“わかった”


マージは頷いた。


“そなたに加護を与える。武具を身につけ備えるが良い。”


銀の光がエレネーゼを包み、全身が鎧に覆われた。それはボルドーから持参してきた物だったが、以前よりとても着心地が良かった。

「すごい…奇跡だわ!」


“その鎧に加護を与えた。これでメーヴェへの道が開かれる。閉ざされた古の城──創世の始まりの地、敵はその場所にいる”


「敵?」


“さあ行け。宿命に抗い、「影の暴走」を止めて見せよ”


風とともに、エレネーゼの姿が消えた。

夜明けが近く、空が赤く染まっている。


“エーガ…”


マージは天を見上げ、静かに無に消え去った。

清らかな光の雫が、小さな粒となって残された──



サンザスの大地に風が吹く…

夜明けを迎え、朝日が地平と山々を照らし出した。

本来なら眩しい日差しが降り注ぐ時刻だが、現れた太陽はわずかに光を放つも、大地を凶々しい闇色に染めるだけだった。

「オーガの怒りだ...」

サンザスの人々が囁く。

「王子の帰還が影の暴走を呼び起こした...」

「蝕が進めば、サンザスは闇に包まれる..滅びの門が開かれるぞ!」

古より伝わる影の伝説──オーガの憎しみが滅びをもたらし、その罪によって、世界は終焉を迎えるのだと...

「狼狽えるな、皆の者!」

城の周囲に集まった人々に向かって、ガレスが大声で告げた。

「蝕は一時的なもの、永遠ではない!継承者たる王子がメーヴェ城に向かった。見よ!陽光は失われておらぬ。ブラストが戦いに屈しておらぬ何よりの証拠だ!王子を信じ、吉報を待とう!勝利は我らにあり!」

力強い王の言葉に、側近の騎士達も深く頷いた。

「そうとも…殿下が元凶であるはずがない。つい今しがた婚約を披露し、我が国に明るい未来を約束したばかりだ!」

「うむ、必ずや事態をおさめ、ご帰還なさるに違いない!」

「ブラスト殿下を讃えよ!」

騎士達が鼓舞すると、民衆の緊張が和らいだ。皆が一斉に祈りを捧げる…ブラストの健闘を一心に願った。

 「ガレス...」

並んで立っていたフェリーナが恭しく膝を折って言った。

「国王陛下に心からの敬意を表します。」

「何を改まって...」

「やはり、あなたはサンザス王です。いざという時に力を使う...私には真似できません。」

「...力?」

「証は無くても、オーガの血を受け継いでいる...私はその事を知っています。」

「気休めだ...私に力など無いさ。」

「いいえ、偽りではないわ。ガレディア・サンザス・オーガナイトの「声」には力が宿っている…だから、民は皆、あなたを敬い、慕っているのです。」

寄り添うフェリーナの手を、ガレスは包み込むようにして優しく握った。

「君は頼もしい味方だ...本当に頭が下がるよ。」

「そんなことないわ...あなたが傍にいてくれないと、私はひとりで立っていられないもの。」

「フェリーナ...」

フェリーナも不安なのだろうとガレスは思った。

気丈に振る舞ってはいるが、胸中はブラストへの憂いでいっぱいに違いない。

...影が陽光を覆い尽くせば万事休す…ブラストの試練が失敗に終わったことを意味する。

無力な我が身がもどかしい。されど「禊」は避けられない儀式…どのみち誰にも手出しは許されないのだ。

「そういえば、エレナは眠れているかしら...」

エレナのいる階を見ながらフェリーナが言った。

「大変な事態になってしまって...さぞ不安でしょう。」

「光の囁きが聞こえていたらしいが、俄かに理解し兼ねている様子だった。異国の者からすれば当然だ…此度の蝕は不可解な現象....明けぬ朝の訪れは、恐怖と感じるに違いない。」

「そうね…様子を見に行くわ。」

「一緒に行こう」

ガレスも同意し、二人は並んで歩き出した。階段を登り、上階の寝室に向かう。ガレスは途中で立ち止まり、少し離れた場所で見守り役に就いた。フェリーナはそっと中の様子を伺っていたが、困惑した様にこちらに視線を送ったたため、ガレスは歩み寄って尋ねた。

「どうしたんだフェリーナ?」

「どうやら、エレナは行ってしまった様だわ...光の加護を感じる...マージのお導きがあったのよ。」

「姫君が?」

扉を開けて部屋を開くと、そこにエレネーゼはいなかった。

窓辺のカーテンが揺れており、燭台の火も消えている。

「こんなことは初めて…やはり、エレナの来訪は偶然ではないのかもしれないわ…」

「平地の民は太陽の一族…故に、影響を受けたということか…」

ガレスは眉を寄せた。影が陽光と対峙したのは古の伝説──今となっては伝承に過ぎない、そう思っていた。

「無事に戻ってくれれば良いが…」

「ええ、そうね。」

二人は顔を見合わせ、静かに部屋の扉を閉じた。






記憶がぼやける──


闇色の鎧が熱を帯び、炎が外に漏れ出していた。


──私は誰だ。


もうろうとした意識の中で、ブラストは何度も自問を繰り返していた。

闇の中を進む意味、その目的は何であるかと言うことを。


「ブラスト...」


声が聞こえた。


透き通る様な、明るい声──

心が震える...何故だろう


ブラストは手を伸ばした。

引き寄せられる様に走り出した。

光...輝ける希望

明るい視界が広がった。




エレネーゼが瞼を開いた時、周囲の状況は一変していた。

見たこともない景色...険しい山々の尾根が間近に見える。静寂に包まれた地平にあるのは、銀色に輝く美しい建造物だけだった。

「ここはどこ?」

尋ねたが、マージの答えはなかった。

誰一人いない場所…独りぼっちなのだと実感した。急に心細くなった。

「何処にいるの...ブラスト」

周囲を見回した。空は暗く、星さえ見えない...建造物から放たれる輝きだけが、周囲を照らす唯一の光なのだった。

「エレネーゼ…」

不意に名を呼ばれる。いつの間にか、背後に黒い甲冑を着た騎士が立っていた。

「...誰?」

身構えたものの、考えてみれば何の武器も携えていなかった。このままでは身を守るすべもない…マージは私に素手で戦わせるつもりなのだろうか?

「我が名はエーガ。世界を統べる大地の王、オーガナイトの祖だ。」

「エーガ…あなたが?」

「我は創世の時代よりこの地に生き、ローゼが創りし生命の繁栄を促してきた。サンザスという高地の国は、稀有な一族の住まう特別な土地だった。我はその種を途絶えさせぬよう、力の継承を以って存続させてきたのだ。」

「それが…不思議な儀式をする理由?」

「王となる者には是非を問う。」

「それが試練?」

「そうだ。」

エーガは頷いた。

「古より、数知れぬほどの継承が成された。影の力は維持されたが、時が経るにつれ衰えていった。」

…陛下の様に?

ガレスは自分に影の証はないと言った…その事だろうか?

…でも、ブラストは違うわ。

「見よ…」

エーガはエレネーゼに歩み寄り、指の先端を突きつけた。触れた部分が一瞬で焼きつき、わずかに炎が上がる…

「熱っ…」

痛みが走り、エレネーゼは身を引いた。

「一族の相違によるものだ…そなたは相容れぬ存在...交われば災いが起こる…ブラストも同様だ。」

「そんなはずないわ…私達は何度も触れ合ったし、キスだってしたもの…嘘を言わないで。」

「事実は否めぬ…これは最後の警告だ。戦いが始まれば後戻りはできぬぞ。」

「負けないわ…だって私は、ブラストの妻になるのだから!」

エレネーゼの決意に、エーガはしばし沈黙を守った。

…この者の勇気の源はブラストへの思慕…我と同じだ。

「されば終わらせよう。この不毛なる戦いを!」

厳然と告げ、エーガは王女の肩を掴んだ。指先から炎が吹き出し、

エレネーゼが悲鳴をあげる…痛みに耐えかね崩れ落ち、地に両手をついてうなだれた。



“影を討て──“


内なる声が聞こえた。

声はエーガでもマージでもなかった。

誰なのか問おうにも、身体が自由に動かない。

「...ブラスト」

エレネーゼはその名を呼んだ。

瞼を閉じる一瞬に、優しく微笑むブラストの顔が浮かんだ──



炎が高く吹き上がる...炎を帯びた長剣を振りかざし、ブラストは攻撃の構えをとった。


”戦え!“


影が命じる...目の前にいる敵を倒せと。


金色の鎧を身につけた乙女は、地に手を着けてうずくまっていた。..ブラストは躊躇い否定したものの、影の怒りがブラストの意思を押しつぶしてしまう。

「我は夜を蘇らせる...されば、ローゼの光が大地を照らし、世界は再び安寧を取り戻すだろう。」

「愚かなり...影の王よ。ローゼは役目を終えて宙に消えた...光の塵に力は宿らぬ。」

「…黙れ。」

「哀れなる子よ...そなたの苦痛はオーガの残滓…何の意義も有りはせぬ。」

黄金の王女は起き上がり、顎を上げて背筋を伸ばした。その姿は神々しく、目を眇めねば直視できぬほどに美しかった。

「その輝きがある限り、我が望みは叶わぬままだ。」

「では戦おう。この世界の命運を賭けて。」

王女が腕を突き出すと、空間から黄金の杖が現れた。手にした杖を左手に握り、横一閃に一撃を放った。

騎士が炎の剣で攻撃を防ぐ…すぐさま反撃の一手で攻撃を仕掛けた。杖と剣とがぶつかり合い、激しい衝撃が大地を揺らした。絶え間ない攻防の応酬──それは幾度も幾度も繰り返された。雷となり、渦巻く風となって、大地の気候を変動させた。


やがて王女の肌が裂け、傷から血が滲み出る…

防がれ撃たれようとも、騎士は決して手を緩めなかった。黄金の王女は不死身に近い。渾身の力で傷を与えたとて、決して崩れる相手ではなかった。

「これ以上、戦いを続けるわけにはいかぬ。」

王女が告げた。

「エレネーゼが嘆いている...もはや命の限界だ。」

…エレネーぜ?

騎士は王女を瞠目した。


“サンザスの王子よ、太古より受け継ぎし忌むべき宿命を消し去るため、その身を捧げる意思はあるか?”


その問いかけは、エーガへのものではなかった。


「そなたは宿命を背負って生まれた…悪しき影を滅するために。」


…悪しき影?


“そなたが成せば陽光は戻る…悪しき影は滅せられ、二度と現れることはないだろう。“


視界が広がる──


目にしたのはエレネーゼの姿だった。

神々しい光に包まれているが、全身の傷口から血を流していた…

「なぜ君が…ああ、何という事だ!」

ブラストは知った。敵として戦っていた相手はエレネーゼ…無数の傷は、全て自分が負わせたものだった。



“罪を滅するには“この身が不可欠だった。エレネーゼはそなたを愛し、影の対となることを望んだ…拒む余地があったが、挑むことを選んだのだ…。”



黄金の王女が天を仰ぐ…そこには闇色の太陽が浮かんでいた。わずかに残されていた光も、すでに影に覆われていた。


”影の暴走は続いている...決着をつけねばならぬ。


王女の瞳が翡翠色に変わる──

輝きが失われ、黄金の鎧が地に落ちた。


「...ブラスト」


エレネーゼが虚ろな眼差しでブラストを見つめた。

「会いたかった…」

「エレナ!」

ブラストはエレネーゼに駆け寄った。支えようと手を差し伸べる…

「だめよ...ブラスト」

エレネーゼは言った。

「触れたらあなたが消えてしまう...」

ブラストは足を止めた。影の暴走は続いている…罰は依然として消えてなどいないのだ。

「なぜだ...私は君を傷つけ苦しめるために帰って来たのではない...未来を紡ぐため…ともに歩むために来た...それなのに。」

「これが私の宿命なんですって…ブラストが影の末裔である様に、私は太陽の末裔…愛し合うには、赦しあい、受け入れ合うことが必要だって…難し過ぎて、本当は自分でも何を言っているのか分からないの...でも、あの真っ黒なお日様を、そのままにしてはいけないのだけは解るわ。」

ブラストは失意を感じた。解決策は一つしかない。互いの身を犠牲にし、消滅すれば、全てが終わる…

「私が影を焼き尽くせば、試練は成功。」

エレネーゼは涙を浮かべた。

「これであなたの妻になれる?」

「もちろんだ。」

「サンザスも救えて?」

「サンザスだけじゃない...世界もだ。」

ブラストは手を伸ばした。翡翠色の瞳がブラストを捉える…とても澄んだ瞳だった。

「愛しているわ…ブラスト」

「愛しているよ…エレナ」

抱き合い肌が触れ合うと、激しい炎が吹き上がった。

黄金の光が影を焼き、影も王女を飲み込んでゆく…



「…ね、子供は何人にする?」

「そうだね…可能な限り何人でも。」


幸せを感じる...

そっと唇を重ねると、輝きの中に消えていった…





現──


静寂の地に佇み、エーガは明るく照らされた山々を見つめた。

眩しい光が降り注ぎ、空には太陽が輝いている…


腕に目を向け口角を上げる。

「影の証」に炎はなく、複雑な模様は美しかった。

罪が赦され、苦痛は跡形もなく消え去っていた。


「ようやく、君に会える…」

踵を返してメーヴェ城に向かった。アーチを描いた扉は相変わらず閉ざされていたが、エーガはそれを難なく開き、静かに足を踏み入れた。

「久しく見る…懐かしい光景だ。」

エントランスを抜け、大広間に向かう。そこはマージと遊んだ思い出の場所だった。外に出られないマージにとって、かけがえのない「世界」だった。

「マージ、今行くよ…」

エーガは告げ、走り出した。

宙に続く長い階段…その頂に『創世の間』はある。

「君は身を挺して父上を止め、世界は陽の光を取り戻した。僕たちは離れ離れになり、会うことすらできなかった…とても寂しかったよ。」

かつて星々が集まり輝いていた宙の階段…彼らの姿はすでに消え、たったひとつの美しい星が、エーガを優しく見守るだけだった。

「マージ…開けておくれ」

『創造の間』の扉の前に立ったエーガは、マージに呼びかけた。

「僕だ…迎えに来たよ。」

「…エーガ?」

中から声が聞こえる…弱々しい声だった。

「さあ扉を開けて、もう大丈夫だから。」

エーガは辛抱強く開くのを待った。足音が聞こえる…

「エーガ…エーガ…」

声とともに扉が開く…マージが現れ、エーガの胸に飛びついた。

「マージ!」

エーガはマージを抱きしめた。夢に見た再会…抱きしめずにはいられない。

「寂しかった…」

泣きながらマージも言った。たった一人の大切な「対」…愛しいエーガが傍にいる…

「君は光を取り戻す…新たな創世の母となり、僕と一緒に、この世界を守るんだ。」

「嬉しい。愛しい私の「対」──いつまでも一緒よ」


優しい星が二人を照らす…


ローゼとオーガが微笑んでいた。

ともに手をつなぎ、オーガは「許せよ」と言って謝った。

ローゼがオーガを嗜める…まるで、幼な子でも扱うように──







「…おや?」

セネバは、異変に気付いて馬を止めた。

少し離れた木々の中に、何かが横たわっている。

「何だろう…さっきは見つけなかったのに…」

馬を降りて歩み寄った。そっと覗き込むと、人間の男女の姿があった。

「...人間⁉︎」

セネバは驚き、目を丸くした。よくよく見れば、一人は兄のブラストに間違いない…

「...でも、隣の女性は?」


戸惑いながら途方に暮れた...


サンザスは神秘の力が宿る伝説の地──

何が起きても不思議ではないのだ…






月光の騎士物語外伝

「怪物騎士と光の雫」

〜光と影の伝説〜


おしまい











































































































































































































































































































お読み下さりありがとうございました。

ブラストとエレネーゼの愛の物語、楽しんでいただけたでしょうか?

このお話は、月光の騎士物語の外伝として描かれました。

シュナーベルの妹、エレネーゼは少し我儘な王女ですが、一途で可愛いな女の子です。

ブラストはその事に気づいていて、少しづつ惹かれていきました。

舞踏会の華とか完璧な王女とか称賛されていても、所詮は寂しがり屋な末っ子。お菓子の入った花カゴ事件は、象徴的な出来事ですね。

機会があれば、またボルドーの騎士物語を描ければと思います。


では、また…


2026年4月19日 ヴェルネt.t






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