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永遠の闇

闇が大地を覆う──

怒りと憎しみ、そして、絶望に満ちた深い悲しみ...

影の力は増大し、鎧を破り膨張した。

夜明けの光は遮られ、生き物すべての視界を奪う


永遠の闇──


それが影の願いだった。

天に煌めく極光こそが、影の望むものだった...




伝承によれば、メーヴェ城は更なる高地、そびえ立つ山脈の永久凍土に守られているという。

常識で考えれば、継承者と言えど到底たどり着ける場所ではない。

屈強かつ強靭な冒険者が決起して挑み、奇跡的に城を見つけ出したとしても、固く閉ざされた扉は決して冒険者を導き入れはしないだろう。

…扉は単なる入り口ではない。

松明によって照らされた仄暗い通路を歩きながらブラスト呟いた。

すでに見送りの伴と別れ、周囲には誰も居ない。聞こえるのは微かな外気の唸りのみ…道の両脇には「甲冑の騎士」が居並び、沈黙のうちに、新たな「継承者」の来訪を見つめていた。

…時代が過去に遡る。

奥に行けば行くほど、甲冑の古めかしさが増していた。オーガナイトの祖先達は、それぞれの思いを胸に、この鎧を身につけ「試練」に挑んだのだろう。

「エレナ...」

ふと、脳裏にエレネーゼの顔が過った。

初めてエレネーゼを目にしたのはメルトワの王城、王女の寝室た。高熱を出して苦しんでおり、かなり危険な容態に見えた。

「──どうか娘を救って...」

メルトワの王妃クロウディアは、異国の騎士である自分に救いを求めて懇願した。

メルトワの医学は先進性に乏しく、侍医も手をこまねくばかり。このまま放っておけば、生命に関わる可能性があった。

国王より治療の承諾を得ると、エルナドに指示を請い、オルデラがすぐさま解熱の薬を調合した。幸い、材料はすべてシュナーベル王女の研究棟に揃っており、その地道な功績が、エレネーゼを救ったと言っても過言ではなかった。

「おかげで、君はすぐに回復したが、それ以来、私に懐いてしまった…その魅力で、私の心を掴んでしまったんだ。」

切迫した状況であるにも関わらず、ブラストはわずかに口角を上げて微笑んだ。

如何なる痛みも試練も、この愛を阻むことはできない。全てはエレネーゼのため、彼女を得るために挑む戦いなのだ。

やがて、通路は突き当たりに達した。

鉄製の大扉が立ちはだかり、ブラストの前進を阻んだ。

「影の王よ、我に赦しの機会を…貴方の導きを賜わん!」

ブラストは、サンザスの古い言葉を唱えた。扉に手を掛ける場所はなく、資格のない者に道は決して開かれない。

すると暇もなく、その願いは聞き届けられた。重厚な扉がゆっくりと開き始める...ブラストは躊躇うことなく扉の中へと足を踏み入れた。「禊」と呼ばれる儀式の入り口───その先に何があるのか、伝承では何も語られていない。帰還した者は記憶を失い、二度と思い出すことはなかったからだ。

ブラストを内に抱くと、扉が固く閉ざされる。灯されていた松明の火が同時に消えると、周囲は闇に包まれた───



「蝕が始まる」

サンザスは騒然となっていた。

夜明けが近く、人々が不安そうに空を見上げている。夜空に輝いていた極光の波はもう見えず、代わりに、無数の星々が瞬いていた...


「皆は何を恐れているのですか?」

エレネーゼはフェリーナに尋ねた。

「ブラストの儀式と何か関係が?」

問われたフェリーナとガレスがエレネーゼを見遣る…その表情はとても不安そうだった。ブラストの説明は王女に配慮したもので、極めて短い告知に過ぎなかった。

「エレナ…」

フェリーナはそっとエレネーゼの背に手を置いた。

「まもなく夜が明けます。きっといつもの様に眩しい朝日が見られるでしょう。あなたが眠っている間に、ブラストも帰って来るわ。そうすれば、二人は真の夫婦よ。」

「王妃様…」

「そうだとも。恐れることはない。ブラストの意思は固い…花嫁を待たせる野暮はせぬだろう。」

ガレスも穏やかな口調で言った。

まるで実の父母であるかの様な暖かい言葉…ブラストの優しさは、両親から受け継いだものなのだ。

少しも眠れる気がしなかったが、エレネーゼは大人しく寝室に行く事にした。今はブラストと国王夫妻の言葉を信じるしかない。異国人の自分には、何ができるわけでも無いのだ。

寝室の窓辺に光が差し込んでいた。

メルトワの夜空に見えるのは、満天の星々か月の光だが、サンザスの空には不思議な光の波が浮かんでいる…幻想的な銀色の光だ。

…さっきは見えなかったのに。

国王夫妻と見上げた空に、この極光は見えなかった。

不思議に思ったが、そもそもサンザスは神秘に満ち溢れた場所…

何があってもおかしくないと国王も言っていた…

「早く帰ってきて…ブラスト。」

エレネーゼは願った。

「会いたいわ…愛しい人」

試されるのなら早くして欲しい…国王夫妻の許しを得た今、結婚を遮るものは何もなかった。無事に「禊」を済ませたら、ブラストの希望どおり、ボルドーで暮らすのだ…



“ 忌むべきは黄金の光──”



突然、囁く声が聞こえた。



“ 憎しみの心が増殖する…闇が天を覆い尽くし、影が暴走を始める ”


「…暴走?」

エレネーゼは尋ねた。声は夢ではなく、現実に聞こえている。

「いつも話が見えないわ。私に用事があるなら、きちんと話して下さらない?」

毅然として声を上げた。

声の主が誰であれ、真実を知りたい。

「私を試すのなら試してちょうだい。どんなに厳しい試練でも、ブラストのためなら耐える…そのつもりよ。」

しばしの間、沈黙が続いた。

冷たい風が頬を撫でる…やがて、光りのカーテンが舞い降り、エレネーゼの前に、薄っすらとした人影が現れた。



“ 良いだろう “


声は応えた。


” その目に刻むがいい…現世の始まり、創世の物語の真実を── “




古───


世界が”夜明け“の時を迎えた日

黄金の光が大地を照らし、美しい星空を見たこともない色へと染めあげてゆく───

オーガは目を眇めて見つめていた。

メーヴェと名付けた光の城...その美しい姿を背に、ローゼが向かい合って立っているからだった。

「よくお聞き。」

ローゼは瞳を潤ませながら告げた。

「黄金の光は、全ての光の源───万物の創世を促す、絶対の存在。私はかつて、黄金の光によって生み出され、無限の宙へと放たれた。未熟な星に、新たな創生を促すために。」

「星?」

「そう、長い旅の果てに、私はこの星を見つけた。光無き混沌...闇が満ちたこの世界を…」

ローゼの光が大地を照らした時、そこに初めて「影」が生まれた。ローゼが動けば影も蠢く...影と光は連動し、唯一無二の存在となった。

「初めは見守るだけだった…私は「光の雫」に過ぎず、そなたも地を這う「影」に過ぎなかった...それなのに...」

「ローゼ...」

オーガは歩み寄ってローゼを抱き寄せた。悲しげな眼差しが見上げる…いったい何がそうさせるのだろう。

「そなたは私の「対」になった...世界を創り、時を紡ぎ、かけがえのない存在になった。

一筋の雫がローゼの瞳からこぼれ落ちる。悠久の時を生きてさえ、それを見るのは初めてだった。

「世界は成長した…そなたと私が生み育てた生命は、いまやこの大地に溢れている。黄金の光はそれらを照らす。未来永劫、豊かな恵みと繁栄をもたらすだろう。」

「黄金の光はマージを衰弱させるとローゼは言った!...だとすれば、ローゼはどうなる?」

不安を隠さず、オーガはローゼに迫った。

涙や悲しみといったものを知らないオーガにとって、胸を騒がせるこの不快感の理由を理解することができなかった。

「機は熟したのだ...私は役目を終え、宙へと還る。」

ローゼは寂しそうに言った。しだいに実体が薄れて行く…やがて粒子に変わり、形を成すことが難しくなった。

「長いようで、とても短い時間だった...そなたが実体となり、我が心に愛が芽生え、沢山の生き物と共に、エーガとマージが生まれた…とても幸せで、楽しい時だった...」

「ローゼ...ローゼ…」

「もっと一緒にいたかった...そなたと子供たちと一緒に...」

オーガの腕の中で、ローゼの体が消えて行く..ローゼは.残された形で口づけをすると、眩しい光に覆われ、ふわりとオーガの腕をすり抜けた。



───お別れだ、大地の王よ。どうか強く生きておくれ...エーガとマージ、かけがえのない子供たちと一緒に───



「嫌だ...ローゼ...私は..!」

オーガの訴えも虚しく、ローゼは宙へと姿を消した。

刹那に、光の波が大きなうねりを見せる…残されたオーガの上に、光の雫が舞い落ちた...美しく儚い、ローゼの最後の輝きだった。

「ローゼ!!」

オーガは叫び、天に向かって手を伸ばした。

焼きつくような黄金の空が、高く高く広がっていた───




現───


闇の中に気配を感じる───

生命の鼓動が聞こえていた。

しっかりと強く、ごく間近で刻んでいる...

視界は全くなかった。どこに歩を進めているかもわからない。探ろうにも、壁のような物はなく、今はただ、先に居るであろう「何か」の息吹のみがブラストの目標だった。

…近い。

ブラストは固唾を飲んだ。身体の痣が疼き始めている。痛みは無いが、極めて不快な感覚だった。

…炎?

明かりが見える...真っ赤な炎の揺らめき…ブラストが歩むと、炎が勢いを増す...同時に、鼓動が強い波動となって、身体を酷く震わせるのだった。


“新たな継承者か...“


不意に、強く腕を掴まれた。

炎を帯びた黒い手が、闇の中から伸びている。


” 苦痛...我に科せられた永遠の罪─── “


腕の痣から炎が吹き上がる。

激しい苦痛をともなって、背の痣をも覆い尽くした。

ブラストは苦しみもがきながら叫びを上げた。幸い、ここでは災が飛び火することはない…何を恐れる必要も無かった。


” 痛いであろう?

この痛みこそが、オーガナイトの罪と罰。お前の受けるべき「試練」だ。“


「...罪?」

ブラストは喘ぎながら問うた。

「何ゆえの罪...誰による罰だ⁉︎」

災いは「対」──つまりは、エレネーゼにも及ぶと光は告げた。

…罪なきエレナに、何の咎があろうか!

「教えて欲しい...私はただ、メルトワ王女との結婚をお許しいただきたく国に戻った。「禊」が一族の務めであり、「試練」が応報ならば甘んじて受け入れよう。…だが、真の理由を知らないままに、忌まわしき宿命に立ち向かうことはできない。「蝕」の始まりと影の暴走にどんな因果がある?オーガナイトは何ゆえ、このような苦痛を科されるのだ!」


“黄金色の光を倒せ!“


声とともに、炎が吹き上がる。

ブラストは再び叫びを上げた。

外界での時の様に、失神することも叶わなかった。

「エレナ...」

死を覚悟した。

自分という存在が消えれば儀式は途絶える。

…そうすれば、オーガナイトの子孫はセネバが引き継ぐ…光の祝福を受けたセネバなら子孫に「影の継承」は成されない。


”お前は稀なる力をもって生まれた...オーガの力の継承者、我が希望の子…苦しみを払い除け、己を解放せよ…絶対の支配に抗い、今こそ、世界を取り戻すのだ!”



やがて「声」が姿を現した。

鎧に身を包んだ火炎の男───

青灰の瞳の騎士だった。


“ 我が名はエーガ。大地の王、オーガの子。”


エーガは名乗り、ブラストに告げた。


” 間も無くお前の「対」が現れる…よもや後戻りは出来ぬ...“


エーガが手にしていた長剣を祓うと、ブラストの苦痛が一瞬で消えた。同時に、身に付けていたサンザスの鎧が外れ、地面へと落ちる…


“ 我が身をお前に託す…黄金の王女が、オーガナイトとサンザスを救う鍵だ ”


「黄金の王女?」

ブラストは漆黒の虚空を睨んだ。

火炎の騎士は闇に消え、代わりに、騎士の鎧が全身を覆っていた。



悲しみに暮れる父の姿を、エーガは黙って見つめるしかなかった。

ローゼはもう何処にもいない。黄金の光が地平に沈み、夜空に星々が輝いても、そこに光の波は現れなかった。

マージは部屋に引きこもり、日々を泣いて過ごしていた。

城には、過分なほど光の加護が遺されていたが、ローゼのいない寂しさが、マージの力を弱らせ、衰弱するばかりなのだった。

「母さま...どうしていなくなってしまったの?」

エーガは背を丸め、膝を抱えて呟いた。

いくらオーガに尋ねても、父は何も答えてくれない…理由も告げず嘆きの言葉を吐くだけで、笑顔を浮かべることさえしなくなった。

「寂しい...母さまに会いたいよ」

宙へと続く星の階段は、何故かローゼを感じさせた。光の加護ではなく、優しい温もりの様だった。

「マージに教えてあげよう…そうすればきっと笑顔になる。」

エーガは階段を駆け降りて、マージにその事を伝えた。

「本当?」

泣くのを止めたマージはエーガを見つめた。

「母さまに会える?」

「会えないけど...会える気がする。」

「すぐに行きたい。」

「うん、行こう!」

エーガとマージは手をつなぎ、宙の階段を駆け上がった。二人の姿を追う様に、小さな星が舞い踊る…時々体に触れては、子供たちを励ますのだった。

「本当…母さまの手の様!」

「言った通りだろ?」

「うん、エーガ…大好き!」

マージは笑顔を浮かべて言った。

「母さまがいないのは寂しいけれど、エーガと一緒なら平気...もう泣かないわ。」

「マージ…」

マージに抱きつかれたエーガは、不思議な感覚に陥った。

一つになる至福と、この上ない安堵感──

「僕も大好きだよ...マージ」

戸惑いながら、エーガもマージを抱きしめた。


二人の周囲に星が集まる...


輝きの中で、エーガとマージは“ 成長 ”を遂げた。

ローゼが遺した最後の力───

愛という心が芽生えた瞬間だった。




「おやめ下さい...父上!」

父を前に、エーガは強く訴えた。

「黄金の光に抗うなど愚かな行為...母上の言葉をお忘れですか⁉︎」

大地に立つオーガは、決然とエーガを見下ろした。

四肢が伸び、立派な体格となったエーガ...ローゼを失った子供達は、自ら世界を創造する次なる存在へと成長を遂げた。ローゼは自分にこの子等のことを託したが、心の中はローゼへの思慕と黄金の光への憎しみに支配されており、その事に留意する余裕もなかった。

「あの光を遮れば、マージも自由を得られよう?」

オーガは言った。

「夜を取り戻せば、ローゼの光が甦るやも知れぬ。」

エーガは反論する余地がなかった。確かに、黄金の支配が続く限り、マージは城の中に閉じ込められたまま…永遠に囚われの身だ。

「ですが、母上は…」

ローゼはもう戻らない...エーガはそれを知っていた。如何に「影の力」を使おうと、光の雫が甦ることはないのだと。

「我は行く。」

オーガは鎧を脱ぎ捨てた。ローゼの与えし『創造の器』───

影の力を解放するには、その護りが邪魔だった。


制御を失い、影が形を変えて行く───


オーガの姿は実体を失い、巨大な怪物となって宙へと登った。

瞬く間に「影」が大空を覆う…

黄金の光が遮られ、世界が闇に包まれた。幾度となく夜明けを迎えようと、世界は闇のままになった。


「憎い...ローゼを消し去り、マージの自由を奪った侵略者が!」


怪物と化したオーガは、灼熱の敵に抗った。

敗れても諦めず、己の力が尽きるまで戦い続けた。



オーガの雄叫びに大地が震える───


糧を得られぬ生物が、次々に飢えて死滅していく様を、エーガはただ見つめるしかなかった。未熟な我が身に、父の暴走を止める術などない。マージも「宙の間」で行く末を憂いており、事態は、さらなる滅亡へと加速するばかりだった。

「私が父さまを止める...」

マージは涙を流しながら告げた。

「父さまは母さまを取り戻したいと願うあまり、母さまが創ったこの世界を滅ぼそうとしている...影の暴走を止めない限り、大地は滅び、永遠の闇に閉ざされてしまう…」

「マージ...」

「母さまがくれた光の力...私が天へと昇り光を照らせば、父さまの心を温めて差し上げられるかもしれない...」

「ダメだ。そんなことをしたらマージの力が尽きてしまう!」

「私はこの部屋から出られない...この世界が滅ぶのに、自分だけが存在するなんて、意味がないわ。」

「マージ!」

「お願いエーガ…もし父さまの暴走が止んだら、「支配者」に赦しを乞うて。父さまと母さまの創ったこの尊き世界に、どうか、恵みをお与え下さいと...」

自分が消えてしまうかもしれないのに、マージは優しく微笑んでいた。その微笑みはローゼと同じ...星の命を育んだ、偉大な母のものだった。

「母上...」

エーガの眼から何かが溢れた。

温かい水が頬を伝って足下を濡らしていた。

「僕は願う。約束するよ...マージ」

「ありがとう...エーガ」

マージはエーガに口づけをした。

光の雫が輝きを増し、エーガの心を温かく満たした。 



つづく











































































































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