9血のつながり
「沙頼さんは、どうして小説家になろうと思ったの?」
私と柚子は改めて机に向き直って座る。しばらく沈黙が続いたが、先に話題を振ってきたのは柚子だった。唐突な質問だったが、小説家として本を出版してからよく質問される内容だったので、特に考えることなく答えを口にした。
「私は昔からコミュ障なところがあって、将来、まともに働けないかなと思ったんだ。そこで思いついたのが、小説家になればいいという考えだった」
幸い、昔から小説を書くことはやっていた。大学生時代も時間を見つけては小説を書いていた。大学3年生になり、周りが就職活動を始める中、私は就職活動になかなか真剣に打ち込めなかった。そして、大学四年生になり、周りがどんどん就職活動を終え、卒業後の進路を決めていく中、私はある決断をした。
「就職活動に身が入らなくて、それで小説賞に自分の作品を応募して小説家になれるなんて、そんな都合のいいことがあるんだね」
「まあ、こればっかりは運だよね。もちろん、就職活動はある程度はしていたんだけど、どれも面接で失敗して。小説コンテストに応募してそれで金賞を取れたのは、今思えば、とんでもなく幸運だったと思うよ」
小説家になれば、多少のコミュ障でも何とかなるのではないかと考えた。前々から小説投稿サイトに小説を投稿していた。そこのサイトで行われたコンテストに本格的に応募しようと思い立った。ここで賞を取れたらいいなと思っていたが、その作品がまさか、将来、あんな展開を引き起こすとは思ってもみなかった。
「私は、そのおかげで今、この職業で、一人で生活を送ることができているから、小説家になれてよかったよ。結婚という一大イベントには乗ることができなかったけど、柚子や双子の近くで深波の子供たちを眺めることができて、自分の子供がいるようでうれしい」
私の説明を柚子は黙って聞いている。柚子の質問に答えたのだから、今度は私が彼女に質問する番だ。
「柚子は、どうして深波が本当のお母さんじゃないって思ったの?深波と柚子は似ているでしょう?それに、深波は柚子のことを愛しているよ」
「知ってるよ。でも、でも、翔琉が」
「翔琉?柚子の片思い相手だよね。彼が何を」
「私のお母さんを侮辱した!」
突然、翔琉という名前がでてきたが、彼がらみで下手な発言は、自らの秘密を暴露することになりかねない。慎重に言葉を続けると、堰を切ったように柚子が話し出す。
「翔琉が、沙頼さんの作品のファンだって話はしたよね?両親もファンだから会いたいっていう話も。そうしたら、お母さんが沙頼さんだったらいいなって話になったの」
「はあ」
「私もそれは思ったんだ。でも、沙頼さんは、お母さんみたいに家事はあまり得意じゃないし、ずぼらだし、子供の面倒なんて見られそうにないよって言ったの。そうしたら」
ずいぶんとひどい言われようであるが、ここは反論する場面ではない。とりあえず、柚子の話を最後まで黙って聞くことにした。
『うちのお母さんも同じだから、似たようなものだ。芸能人の親なんてそんなものだよ。むしろ、手に職もない一般人の親なんてただの主婦だから、できて当たり前なのかもな』
柚子は、私が会ったこともない、彼女の片思い相手の男子生徒の真似をしているのか、低い声で、言われた言葉を再現する。
「ああ、それはまた辛辣な」
彼に言われたその言葉にカチンときたらしい。そうして、そこから二人は言い争いになり、翔琉という男がさらに爆弾発言をしたようだ。彼女の再現は続いていく。
『柚子はあんまり、親に似ていないよね。もしかして、親が違うんじゃないの?僕の言った言葉に怒る理由がわからない。芸能人の親なんてあんまり子供の面倒は見てもらえないけど、お金はあるから、そことただの主婦を比べて、どうして怒るの?』
「私の親を侮辱するのは許せない!それに、どうして私の親が本当じゃないなんて言うの!」
「落ち着いて、柚子。この場に翔琉君はいないんだから」
自分で彼の言葉を再現しながら、柚子はその時の怒りがぶり返してきたらしい。慌ててなだめると、柚子は一度、深呼吸をして、何事もなかったかのように話し出す。
「『それは……だから?』って言われたの。そんなこと言われても、私、どうしたらいいかわからないよ!」
ああ、これはいよいよ、本当に私と深波、彼の旦那さんの三人で抱えることになった秘密を暴露する時が来てしまった。母親が違うと言っても、父親が同じなのだ。何かしら、兄妹で通じるところがあるのだろう。
話を終えた柚子は、ハアハアと息を切らしながら、いつの間にか席を立っていたことに気付いたのか、慌てて席に座った。じっと私を見て、反応をうかがっている。
「お母さんのことを馬鹿にされて怒ったのはわかるけどさ。それでお母さんが違うなんて思い始めたのはなぜ?翔琉君だって、冗談で言ったかもしれないでしょ。普通に考えて親が違うなんて、よほどのことがない限りないと思うけど」
「そうだけど。でもさ、私、たまに感じることがあるんだ。もちろん、お母さんが私のことを一生懸命育ててくれているのは知っているよ。でも」
「何か、柚子の中で、決定的な証拠があるの?もしあるのなら、私に話してみなよ。これでも、深波たち家族とは、ずっと付き合いがあるから、何か柚子たち家族の仲を取り持つことができるかもしれない」
「証拠はないけど、たまにお母さんが私のことをじっと見つめてくることがあるんだ。何か言うことはないんだけど。その視線が、とても親が子を見つめる表情とは思えなくて」
じっと見つめられているので気になって声をかけると、何でもないと言って視線を逸らすのだという。私の妹だって、人間である。たまに自分の娘とは思えない時があるのかもしれない。