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8 旅立ち【Side アーク】

「詳しい説明が必要でしたら、じっくりと時間をかけてお話ししますけど、お聞きになります?」

 クラウディアの言葉に父親の眉がピクリと動いた。


「この書類はセバスに作ってもらいましたの。お父様にとっても私にとっても最善な方法を考えてもらいましたわ。セバスは本当に優秀な人材です。領地経営の代理だなんて、普通の使用人には出来ませんものね? お父様もそう思ってらっしゃるから、こちらにお越しになったのでしょう? もし、セバスが代理の仕事を辞めたい…とか言い出したら大変な事になりますものね?」

 ふふふっと扇子で口を隠してクラウディアは笑う。


 父親は舌打ちしてからペンを取り、ろくに読みもせずに書類にサインをした。

 そしてブツブツと何かを呟きながら、乱暴にドアを開けて出て行ってしまった。

 部屋に残されたのは、俺と彼女の2人だけ。


「ク、クラウディア……これは、どういう事なんだ?」


「どういう事とは?」


「俺達はその、こ、婚約を解消…するのか?」


「ええ、そうよ。貴方の望みが叶いますわね?」


「の、望みだなんて、そんな……」


「私、裏庭で貴方とマリアが抱き合っているのを何度も見かけましたの」


「そっ、それは、その、マ、マリアが落ち込んでいて、だから励ましていただけで……」


「口付けを交わしている事もありましたわね?」


「い、いや、それは、その……」


「手切れ金を用意しました」

 温度のない言葉の後、クラウディアは重そうな革の袋をドサリとテーブルの上に置いた。


「金貨が入っております。贅沢をしなければ数年は遊んで暮らせますわ。どうぞお受け取りになって?」


「て、手切れ…金?」


「では、マリアとお幸せに。ご機嫌よう」

 スッと立ち上がった彼女は完璧な淑女の礼をした。


「ま、待ってくれ! 君はどうするんだ? 婚約解消なんてしたら、次の相手はなかなか見つけられないだろ?」


「………どうぞお気になさらずに。別れた女の事なんて気にする必要はございませんわ」

 クラウディアはそう言って柔らかく微笑んだ。

 まるで未練なんて一つもないという顔で。

 


 次の日の早朝、セバスは大きな荷物を抱えたマリアを連れて俺の部屋までやってきた。


「クラウディア様が私達のために、お金を用意してくれたって聞きました! お嬢様って本当は、優しくて思いやりのある方だったんですね〜」

 マリアの言葉に、また俺の心臓はズキリと痛む。


「門の前に馬車を用意しております。隣国までの費用はすでに払っておりますので、アーク様のご用意ができましたら、マリアさんと共にご出発ください」

 セバスは要件を告げると、ドアの前にマリアを残して去っていった。


 俺は、本当にここを出て行くのか?

 もしかしたらクラウディアが『やっぱり婚約解消なんてしないわ!』とか言って止めに来るかもしれない。

 何度もそんな事を考えたけれど、俺達を引き止める人は一人もいなかった。


「わぁ! なんて立派な馬車! 私、こんな素敵な馬車に乗るのは初めてですっ!」

 マリアは、俺の隣に腰を下ろして感嘆の声を上げる。

 俺だってこんな立派な馬車は初めてだ。

 馬車には御者が2人いて、さらに少し後方には護衛が2人付いて来た。


 隣国までの旅費は全て支払われているらしい。

 宿代も食事代も着替えや洗濯代までも。

 経路は、少し遠回りだが平坦で安全で宿泊施設のある道をゆっくりと進んだ。


 まるで、王族のお忍び旅行みたいだな。

 大きな街で気ままに服や菓子を買い、綺麗で広い宿屋の部屋には飲み物や果物まで用意されていた。


「私、アーク様と一緒に旅が出来て幸せです」

 ふかふかのベッドに身を沈めながら、甘えるような声でマリアは言った。

 少し前に買ったミントグリーンのドレスから、白くて細い足首がのぞいている。


「俺もマリアと一緒に過ごせて嬉しいよ。ついて来てくれてありがとう」

 華奢な体を抱きしめると、ドレス店で勧められた華やかな香水の香りがした。



「それでは、アーク様にマリア様。どうぞ良い旅を」

 関所の前で丁寧に頭を下げた御者は、俺に通行許可証を渡すと護衛と共に帰っていった。

 検問所の先には小さな町があり、その先には険しい山がいくつも連なっている。


「今日はこの町で一泊して、山越えの準備をしよう」

 優雅な馬車の旅はここで終わりだ。

 まずは、登山靴と動きやすい服を揃えないとな。

 それと野宿の準備、薬、保存食に水。

 マリアには申し訳ないが、途中で買ったドレスや靴は、荷物になるから手放した方がいいかもしれない。

 

「マリア、この先は危険で険しい旅になるけれど、俺について来てくれるか?」


「アーク様! もちろんですっ!」


 目指すは最東端に位置する『始まりの村』だ。

 実はこの村は、伝説の勇者が生まれ育った土地であり、全てはここから始まったと言い伝えられている。

 冒険者界隈では、かなり有名な村なのだ。

 ど田舎でへんぴな場所ではあるが、冒険者登録をするなら絶対にこの村だって前から決めていた。

 俺は、伝説の勇者のような最強の冒険者になるんだ!

 

次回9話も、アーク視点が続きます。

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