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6 恋愛的な意味で

 あれから一週間が過ぎた。

 グレイはセバスの下に付き、語学やマナーや経営学を叩き込まれているらしい。


 体が成長したグレイは、林檎の木箱やワイン樽を余裕で運べる筋力が付いた。

 高い身長としなやかな手足。完璧な声と美しい顔。

 以前よりも頭の回転が良くなって、セバスのスパルタ教育を問題なくこなしているのだとか。

 たった3日で執事見習いから執事に昇格し、今や執事長見習いである。


 しかも昨日は、私のためにお菓子を作ってくれた。

 ナッツの入った3種のベリータルト。一口サイズ。

 見た目もキュートで凄く美味しかった。天才。

 

「忙しいのだから、私の世話までしなくていいのよ?」

 体を心配して出た言葉に、グレイは悲痛な顔をした。

 まるで、お気に入りのオモチャを取り上げられた大型犬のようだ。


「クラウディア様……どうか、そんな酷い事をおっしゃらないで下さい。僕は、いつまでもずっと貴女のお側にいたいのですから……」


 甘くて低いセクシーボイスに、耳と脳が痺れる。

 『いつまでもずっと貴女のお側にいたい』だなんて、そんな思わせぶりな事を言われたら、期待してしまうから止めてほしい。


「グレイは口が上手いわね。私、口説かれているのかと誤解してしまうわよ?」


「ご、誤解ではありません! お慕い…しております」


「……そ、それって、恋愛的な……意味で?」


「はい。もちろん恋愛的な意味です。もはや僕の全ては貴女のモノなのです。一生、小間使いでも構いません。どうかお側に置いて下さい!」


「グ、グレイ……それなら、その、私と婚約する…とかは、アリかしら?」


「もちろんっ! もちろんアリです! ですが、その、すでにクラウディア様は……」


「あー…実はね、アークとは婚約を解消する予定なの」


「こ、婚約…解消……?」


「アークには好きな女性がいるのよ。それに私だって、結婚するなら心から好きな相手がいいわ」


「ク、クラウディア様っ! それって、つまり……」


「私ね、グレイの事が好きなの。お慕いしております。もちろん恋愛的な意味でね」


「あ、あぁ……こんな夢みたいな事が……で、ですが、僕は平民……ですし……」


「身分の事なら問題ないわ。だって、私のお母様も平民だったんですもの」


「えっ……!?」


「お母様はパン屋の娘だったのよ。お忍びで下町に遊びに来たお父様に見初められて、どうしてもと強く望まれて結婚したんですって。だから、お父様には文句を言う資格はないの」


「そ、そうだったんですね……」


 これは、セバスから聞いた話だ。

 お母様には幼馴染の仲睦まじい恋人がいたが、お父様に圧をかけられて、無理やり別れさせられたそうだ。

 

 お母様はとても美しい人だった。

 だけど、体も心も脆弱な人だったのだ。

 子爵家に嫁入りしてから、何度も何度も病を患った。

 そして私が4歳の時に風邪を拗らせて天に召された。

 

 お葬式の直前、お父様が幼い私に向かって「お前のせいだ!」と怒鳴ったのをよく覚えている。

「お前を産んだせいで体を壊したのだ」と。


「お前さえいなければ、お前さえ出来なければ……」

 きっとお父様は、誰かのせいにしなければ生きていけないくらい弱っていたのだろう。

 

 お母様の主治医とセバスが「それは違います」と何度もいさめようとしたけれど、お父様は全く聞く耳を持たなかった。


 それからずっと、お父様は王都の別邸に引きこもって絵を描いている。

 お母様の好きだったオレンジ色の薔薇の絵を。

 別邸には大きな温室があって、真冬でも美しい薔薇が咲き乱れているらしい。


 お父様は、私に興味なんてない。

 自分の邪魔をされなければ、他は何だっていいのだ。

 お母様の好きだった薔薇を、ただひたすら描き続けていられるならば、もうそれだけで満足なのだろう。


 私は、胸の奥で静かに泣いている幼ないクラウディアに語りかける。

 寂しくて愛されたくて我儘になってしまった彼女。

 きっとこの出来事が、悪役令嬢として舵を切る事になってしまった最初の原因だろう。


 もう泣かないでクラウディア。

 お父様の愛なんかなくても貴女は幸せになれる。

 一緒に、もっと素敵な愛を探しましょう?

 推しを推す喜びを教えてあげるわ。

 私の言葉に、胸の中の小さなクラウディアは、ほんの少しだけ笑ったような気がした。



 近いうち、お父様はこの屋敷にお越しになる。

 お父様にお会いするのは何年ぶりかしら?

 婚約解消の手続きをするために、私が呼んだのだ。


 好き勝手に生きているお父様。

 なら、私だって好きにさせてもらうおう。

 隙は見せない。ヘマもしない。

 ここからは私のターンだ。

 当て馬ハーレム要員になんて絶対にならないし、ハゲデブ好色爺なんかと結婚なんてしない!


 私は、大好きなグレイと結ばれて幸せになるのだ。

 そのためなら何だってやってやるわ!

 推し活に全てを捧げていた前世の自分が背中を押す。

 愛のために生きるのだと魂が叫んでいる。


 さぁ皆様、ご覚悟はよろしくて?

 最推しのためならば、手段なんて選ばない。

 アラサーオタク女の記憶を有する私に、怖いものなんてなくってよ。


 クラウディアは優しくグレイを見つめて、花のように可憐に微笑んだ。


次回7話は、アーク視点の話になります。

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行きなさい、アラサーオタク女性! クラウディアの為に! グレイの為に! そして何より、自身の欲望の為にッ!! (誤字報告をしましたが、微妙に誤字とも言えないラインでしたので、作者さんの自由にされる…
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