4 吸血鬼グレイ
もしかして…もしかすると…最推しは、モブなろ2期の敵キャラの声を担当する事が決まっていた?
赤い瞳をした大人の吸血鬼で名前はグレイ。
モブなろの作者さんは、毎回とある試みをしていた。
それは、コアなファンに対する挑戦状というか、ファンサービスみたいなもので、のちに出す予定のキャラを事前にこっそりと登場させるのだ。
例えば通行人だったり野次馬だったり、普通に読んでいたら絶対に気付かないほど自然にひっそりと登場させておくのだ。
後になって『前巻で〇〇が登場していたのを見つけました!』といった投稿動画が話題になる事もあった。
つまり、この可愛らしい少年グレイは伏線で、事前にこっそりと登場させた重要キャラって事なのでは?
そしてアニメの2期で、最推しの声を持つ大人の男性(アークと戦う敵キャラ)になるのでは?
よく考えてみたらグレイの見た目は普通じゃない。
黒髪で赤目で色白で、かなり整った容姿をしている。
まだ幼いけれど、ただのモブキャラの顔ではない。
大人になった姿は間違いなくイケメンだろう。
もしも本当に吸血鬼なら、年齢を操作する能力とかを持っているのかもしれない。
「ね、ねぇ、グレイ! ほ、本当に吸血鬼なら、大人の姿になれたりしない?」
座り込むグレイの肩をガッチリと掴んで私は言った。
「グレイ、お願いっ! な、なれるわよね?」
互いの鼻がぶつかってしまうほど顔を近づけて、私は祈るようにグレイにすがりついた。
「な、なれるって言って? どうか、私に、大人になった貴方の声を…聞かせて?」
まるで愛の告白をする舞台女優みたいに、熱っぽい瞳で懇願する。
「ク、クラウディア様……あの、僕は、子供の姿をしていますが、じ、実年齢は18歳なんです……」
「そ、そうなのねっ!? 」
「あ、あの、ですから、その…………ち、近いです!」
「あ、ごめんなさい。つい興奮してしまったわ。それで、その、18歳の姿にはなれるのよね? ね?」
お願いだから「なれる」って断言してほしい。
そして私に、最推しの声を聞かせてっ!
「わ、分かりません…」
「へっ!? 分からないの!?」
「は、はい。母が亡くなって、母の血を飲まなくなってから、僕の体は成長を止めたのです」
「お母様の血を飲まなくなってから?」
「ご、ごめんなさい! 気持ち悪い話をしてしまって…」
「いいえっ! 気持ち悪くなんてないわ! 」
「人間の母は、僕に吸血鬼の血が混じっているのを凄く嫌がっていました」
「お母様は、吸血鬼ではなかったの?」
「はい。母はごく普通の人間でした。その、僕は父には一度も会った事がないし、何があったのかは分かりませんが、母は吸血鬼である父の事を憎んでいたのです」
なるほど。グレイは人間と吸血鬼のハーフって事か。
しかも、望まれて生まれてきた訳ではないのね。
親に疎まれていたという状況は、クラウディアと少し似ているかもしれない。
クラウディアの母は、クラウディアが幼い頃に病気で亡くなった。そしてその頃からずっと、お父様に疎まれ続けてきたのだ。
「僕は人間として育てられましたが、人間の食べ物だけだと、たぶん、成長できないのだと思います」
「なるほどね。では、私の血を飲みなさい!」
「……………………えっ!?」
「コップ一杯分くらいなら、飲んでも大丈夫よ!」
「え……いや、ダメですよ!」
「大丈夫よ! 私の血じゃ不満なの?」
「そ、そんな事はありませんっ! で、でも…」
「いいから、ほら!」
グレイの目前に腕を突き出すと、グレイは慌てて左右にブンブンと首を振った。
「何? 腕は嫌なの? なら、首でも足でもいいわよ?」
「い、い、 い、嫌とかではなくてですね……あの、ほ、本当に良いのですか? 吸血行為は、その、まだした事がないんですけど……」
「あら、そうなの? でも、小さい頃はお母様の血を飲んでいたのよね?」
「母は、自分の指先をナイフで切って、血をスプーンに垂らして飲ませてくれたんです。直接血を吸われるのは、どうしても嫌だと言っていました」
「そうだったのね。でも、私は平気よ! さあ、ガブリとやっちゃって?」
「え…あ、はい……………で、では、し、失礼します」
小さな指が、恐る恐る私の手を掴んで唇を寄せた。
そしてグレイの鋭い犬歯がズブリと腕に食い込む。
痛みを感じたのは、ほんの一瞬だけ。
今まで感じた事もないような快感が全身に走る。
甘やかな背徳感と体を支配される喜び。
ゴク、ゴク、とグレイの喉が鳴る。
ゾワゾワと全身に痺れが走り体が熱くなる。
もっと、もっと、私を求めて。
このまま体中の血を捧げても構わない。
このまま死んでしまってもきっと後悔はしない。
ボンヤリとそんな事を考えていたら、甘く幸せな感覚が唐突に消えてしまった。
どうして? どうして止めちゃうの?
ふと顔を上げると、心配そうなグレイの顔があった。
背も髪も伸びて、顔立ちも少し変わっている。
幼さはまだ残っているが、明らかに成長していた。
「ク、クラウディア様……だ、大丈夫ですか?」
「まだよ! まだ声が変わっていないわ! もっと、もっと飲みなさいっ!」
「で、でも……」
「いいから! 飲んで! ほら、早く!」
グレイの噛み跡は、すっかり綺麗に消えていた。
私は再びグレイの目前に腕を突き出す。
「ク…クラウディア様……」
グレイは少しだけ私を見つめてから、再び優しく手に触れるとズブリと腕に歯を立てた。