表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

3 大切な記憶

 グレイは、半年前頃からクラウディアの屋敷で働いている孤児院出身の少年だ。


 孤児院は常に孤児で溢れかえっているので、ある程度成長した子供には仕事を斡旋する制度がある。

 そして貴族は、奉仕活動の一環として孤児院から紹介を受けた子供達に働く場所を提供する。

 もちろん寝床も食事も給金も与えるし、きちんと仕事をこなせるように教育や指導も行う。

 

 グレイはその中の一人だ。

 見るからに幼くて貧相な体つきをしているので、仕事を任せるには少し早い気もするが「もう長いこと孤児院にいるし、そろそろ自立させたい」との話だった。

 

 屋敷に来た初日、とりあえず馬のエサやりを任せてみたが、体力が無さすぎて途中で倒れた。

 次の日は庭師の手伝いをさせてみたが、やはり体力が無さすぎて仕事にならず「役立たずはいらん」と親方に放り出されたらしい。

 料理人や掃除夫も同じ理由で続かなかった。

 そこで、あまり体力を必要としない雑用係(クラウディアの小間使い)として雇う事になったのだ。


 実は、グレイは体力ゼロだが頭は良い。

 一度教えれば何でもすぐ覚えるし、口答えもしない。

 人の話を全く聞かないマリアよりも、よほど優秀だとクラウディアは思っていた。



「焼き菓子の量が多いから、貴方もお食べなさいな」


「えっ!? あの、でも……」


「いいから、ほら、口を開けて! 子供は遠慮なんてしなくていいのよ?」


「………は、はい」


 グレイは、恐る恐るといった感じで口を開けた。

 ふふふっ。雛鳥みたいで可愛いわ。


 アニメでは語られていなかったが、実はクラウディアは子供が大好きだった。

 けれど、孤児院に訪問しても盛大に怯えられ、挙げ句の果てには泣かれるという悲しい片思いだったのだ。

 目付きの悪さと高圧的な態度が原因だとは思うけど、あの時は本当に悲しかったわ。


 でもグレイは、全然私を怖がらないのよね。

 なんだか不思議な子。

 クッキーを放り込もうとして、大きく開けたグレイの口に目をやると、鋭く尖った長めの犬歯が見えた。

 可愛い口には不似合いの威圧的な2本の牙。


「吸血鬼みたい…」

 思わず発してしまった言葉に、グレイの肩はビクリと跳ね上がった。


「あ……ごめんなさい。あの、悪い意味ではないのよ? えーと、その、あまりにも見事な犬歯だったから、意外性があって素敵ねって言いたかったのよ」


「……………ク……クラウ…ディア様……」

 グレイは両膝を床に付けて震えながら頭を下げた。


「ど、どうしたの? グレイ? 頭を上げなさい?」


「…………僕は、僕は、本当に………なんです……」


 蚊の鳴くような小さな声でグレイは言った。

 『僕は、僕は、本当に吸血鬼なんです』と。


 え…? 本当に吸血鬼なの? 吸血鬼ってアレよね?

 漫画とか映画に出てくるアレよね?

 その瞬間、クラウディアの脳内に、前世の記憶の断片がシャボン玉のように次々と浮かんだ。


 どうして忘れていたのだろう?

 それは、前世の私の全てと言っても過言ではない。

 とてつもなく重要で大切な記憶。


 推しは推せる時に推せ!全力で。

 前世の私には、心の底から本気で推せる最推しの声優がいたのだ!


 私はずっと実家暮らしだったけど、家にはお金を1円も入れず、給料の全てを推し活に使っていた。

 母にはキレられ、姉には呆れられ、弟にはキモがられていたけれど、とても充実した日々だった。


 私の最推しは、そんなに有名でも人気があるわけでもなかったから、自分の課金が推しの生活を支えているかもしれない…とか妄想するだけで毎日幸せだったのだ。


 ある日、最推しは吸血鬼のコスプレをしてトランプで遊ぶ動画を上げた。

 真っ赤なカラコンと鋭い牙をつけて。


 その時のゲストは『モブなろ』の主役であるアーク役の声優さんだった。

 二人は同じ事務所で年齢も近いので仲が良いのだ。


 アーク役の声優さんは、トランプをシャッフルしながら言った。

「現実世界でもボコボコにしてやるからな!」と。

 それに対して最推しは「負けないぜ?」と返した。

 イケボイス2人の絡みはとんでもなく尊かった。

 

 その後も2人は、ババ抜きや神経衰弱で遊びながら、ずっとイチャイチャじゃれ合っていたのだ。

 あぁ… なんて尊いんだろう。

 この世にこれ以上尊いものがあるだろうか?

 私は、缶チューハイを飲みながら投げ銭をした。


 その時、ふと目に入ったコメント欄には『モブなろ2期、楽しみにしてます!』とか『そのコスプレって吸血鬼のグレイですよね?』とか書かれていたのだ。

 

 そして最推しは、7並べをしながら言った。

「俺、本当は子供の時の声も担当したかったんだよ」


 その言葉にアークの声優さんはニヤケ顔で返した。

「いやいやいや〜お前の低音ボイスじゃ、声変わり前の少年の声は無理だって!」


「うるせ! 俺だって裏声ならいける! あー、あー」

 

「あははっ!ヘリウムガス吸ったみたいになってる」


「じゃあ、お前がやってみろよ?」


「俺? 全然いけるぜ? あー、あー、あー」


「いやいや、お前もヘリウム声になってるから!」

 

 その時は、ただただ尊いとしか思わなかった会話。

 もしかすると…もしかするのか……?

 小さなヒントを一つ一つ拾い集めると、とある可能性に辿り着くのだ。


『モブなろ2期、楽しみにしてます』

『そのコスプレって吸血鬼のグレイですよね?』

 最推しの動画に寄せられたコメント。


 私はアニメしか見ていなかったけど、モブなろの原作漫画ファン達は、アニメの先のストーリーも知っていたはずだ。


 そう言えば、1期のアニメが終わった後に『モブなろ2期制作決定!』と告知があった。

 どんなキャラが出るとか、誰が声を担当するとか発表はなかったけれど、もしかしたら、すでに配役は決まっていたのかもしれない。


「俺、本当は子供の時の声も担当したかったんだよ」

「いやいやいや〜お前の低音ボイスじゃ、声変わり前の少年の声は無理だって!」


 アーク役の声優さんの言う通り、最推しの声は超低音のイケメンボイス。少年の声は無理だろう。

 最推しが任されるとしたら、間違いなく声変わりした後の大人の男性の声だ。


「現実世界でもボコボコにしてやるからな!」

「負けないぜ?」

 この会話だって、裏を返せば『現実世界じゃない世界ではすでにボコボコにした』って意味になる。

 現実世界じゃない世界…?

 それって、アニメの中って事なのでは?

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
主人公の中の人ェ…。オタク寄りの一般日本人女性かと思いきや、結構な剛の者…、否、「業」の者だったか…。 うん、まあ、前世でのプチカルマが精算できる様に、今世では善行を頑張りなっせ…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ