2 未来を変える方法
破片の散らばった濡れた床を放置して、何度も頭を下げ続けるマリア。
今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳は魅力的だが、泣きたいのはこっちの方だ。
この水差し、小さい頃から大切に使っていたのに。
このままでは埒が明かないので、別のメイド達に声をかけ、飛び散った水差しを片付けるよう頼んだ。
マリアは、さらに追加でコップを2つ割って騒いでいたが、のんびり謝罪を聞いている暇はない。
掃除が終わった時点で全員を部屋から追い出した。
早急に対策を講じなければならない。
私は、混乱している頭をフル回転させて、前世で見ていたアニメ『モブキャラの俺ですが、王様になろうと思います』略して『モブなろ』の記憶を絞り出す。
そもそも前世の私は、冴えない男主人公が美少女達にモテまくるハーレム展開が好きではなかった。
『モブなろ』は声優陣が豪華だったから、なんとなく見てただけなんだよね。
今考えると皮肉な話だけど、実はマリア役の声優さんの舌っ足らずで甘めな声が大好きだった。
実年齢48歳なのに、どう聞いても少女の声にしか聞こえなくて、ロリ声クイーンの地位は何年経っても不動なのだと密かに敬愛していたのだ。
あと、正統派美人エルフ役の声優さんは、男性が声を当てていると分かっていても、女性の声にしか聞こえなくて、むしろ女の色気すら感じた。
主人公アーク役の声優さんだって、新人なのに声域が広くて演技力も………って、そうじゃない!
今は声優じゃなくてストーリーの事を考えないと。
なんせ今後の人生がかかっているのだから。
私は、机に向かい紙にペンを走らせた。
やらなければいけない事とやってはいけない事。
①とにかく媚薬は絶対に所持しない
何があっても買わない。もらわない。使わない。
②アークとの婚約を解消する
どうせ結ばれないのだし、性悪のクラウディアは嫌われている。こちらから提案したら、きっとアークは喜んで同意するだろう。
③新たな婚約者を決める
ハゲデブ好色爺ではなく、できれば歳が近くて真面目でお互いを尊重し合える人が理想。ちゃんと思い合える相手を見つけたい。
④アークとマリアの恋を応援する
なんなら冒険に旅立つ路銀を渡しても構わないので、二人まとめて円満に領地から出て行ってほしい。そしてその後は、もう二度と関わりたくない。
⑤悪役令嬢キャラをやめる
と言うか、このセクシードレスをどうにかしたい。
今着ているやつも手持ちのドレスも全部、露出狂かと疑いたくなるほど胸が丸出しで、スリットは腰まで入っているのだ。普通に恥ずかしい。
一気にここまで書いて手を止めた。他にもやるべき事はありそうだけど、今はできる事から確実に不安要素を取り除いていこう。
まず、①と⑤なら今すぐ実行可能だ。
もはや媚薬なんて触りたくもないし、セクシードレスは全部買い換えてしまえばいい。
②と④に関しても、特に問題はないと思う。
アークとマリアは惹かれあっていて、クラウディアがどんなに邪魔をしても、最終的に二人は手を取り合って冒険の旅に出るのだ。
婚約者をないがしろにし、婚約者の家のメイドにうつつを抜かす男と、謙遜する素振りを見せながらも主人の婚約者を奪うメイド……うん。似合いのカップルだね。
一番の難題は③だな。
思い合える相手なんて、簡単に見つかるだろうか?
前世では、趣味の漫画やアニメ(主に声優の推し活)に金も時間も注ぎ込んでいたので、異性とお付き合いをした経験が全くないのだ。
あぁ、どうせならイージーモードでハッピーエンドな少女漫画ヒロインに転生したかった。
幼馴染のイケメンとじれじれの末に両思いになるやつとか、スパダリ腹黒王子に溺愛されるやつとか……
そんな事を考えて現実逃避していたら、急にガチャリと部屋の扉が開いた。
「クラウディア様、お茶をお持ちしました」
扉の前には小柄な少年がトレイを持って立っていた。
ボサボサの黒髪、ヒョロヒョロの手足。
赤い瞳は宝石のように美しいが、肌の色は不健康さを感じてしまうほどに青白い。
少年は、危なっかしい手つきで紅茶を運んでいる。
どうしてワゴンを使わなかったのかしら?
今にも転んでしまいそうでハラハラするわ。
後で、新人指導係に注意をしなければならないわね。
こんなにも小柄で非力そうな子が、お茶セット一式をトレイで運ぶなんて、どう考えたって無理があるもの。
「グレイ、部屋に入る時はノックをしなさいな。主人の許可を得る前に入ってくるのは無礼ですよ。それから、お茶を運ぶならワゴンを使いなさい。そうすれば、運ぶのに夢中になってノックを忘れるなんてミスをしなかったはずよ?」
「は、はい。申し訳ございません…クラウディア様」
「それに貴方、ちょっと痩せすぎよ? ちゃんと食事はもらえているの?」
「ちゃ、ちゃんと食べています」
「そうなのね? 使用人にまともな食事を与えていないなんて噂になったら困るわ。もっとたくさん食べなさい」
「はい! 食べます! もっとたくさん食べます!」
使用人見習いのグレイは、きつめのお小言をいただいたのにもかかわらず、少し頬を染めて嬉しそうにクラウディアを見上げた。