12 人助けと冒険【Side アーク】
始まりの村に来て1週間が過ぎた。
俺は、依頼ボードからドブさらいの用紙を取る。
この村の下水道は整備が甘いので、ドブさらいをしないと頻繁に詰まってしまうのだ。
この仕事は臭いがキツいから誰もやりたがらない。
だけど、そんなに重労働ではなくて給金は良い。
体に付いた臭いはしばらく取れないけれど。
これだって重要な人助けだと思う。
誰かがやらなければ、みんなが困るのだ。
俺は、重い足を引きずるようにして受付けカウンターに向かった。
もう依頼ボードに残っているのは、ほとんど金にならないスライム退治と薬草集めだけだ。
これは子供でもできるような仕事だから、小遣い程度の稼ぎにしかならない。
仕事は楽だが、金にならなくて時間も掛かる。
俺は、伝説の勇者に憧れて始まりの村に来た。
剣の腕には自信があった。
でも、同じような事を考えるヤツは大勢いた。
俺レベルの剣使いは掃いて捨てるほどいる。
そして、みんながパーティを組みたがっている僧侶や魔法使いは、とんでもなく人数が少ないのだ。
仲間になれる確率は宝クジを当てるよりも難しい。
魔力とは神様のギフトだ。
つまり、魔力のない者はどんなに努力しても、僧侶や魔法使いにはなれないのだ。
伝説の勇者は、幼馴染が聖女だったらしい。
聖女の魔力は特別で、人並外れた治癒魔法を使う。
もちろん勇者だって強かったとは思うけれど、成り上がれた一番の理由は、仲間に聖女がいた事だ。
さらに、魔法使いの仲間がニ人もいたらしい。
それはもう最強のパーティだと思う。
怪我をしてもすぐ治してもらえて、防御結界とか張ってもらえて、援護魔法なんかで加勢してもらえるなら、大抵の魔物には勝てるだろう。
ちなみに、この幼馴染の聖女って人は、最初から聖女だったわけじゃない。
元は弓使いで、勇者と一緒に冒険をしていて、勇者が大怪我をした時に聖女として目覚めたらしい。
いわゆる真実の愛の力ってやつだ。
聖女は生まれた時から魔力があるわけじゃない。
きっかけが無ければ、覚醒しないまま一生を終える事だってある。
要するに、聖女の素質を持っていたとしても、ほとんどの場合は覚醒しないのだ。
聖女が出現したら、国を挙げて祭りをするくらい珍しい事だから、やはりそんな人と出会えた勇者はとんでもなく幸運だったのだと思う。
心から愛してくれて、ピンチになったら力を覚醒させて助けてくれる………羨まし過ぎてヘドが出る。
ドブさらいを終えてバーに向かうと、奥の席で中年の男が手を上げた。
「よう、兄ちゃん。相変わらず臭えなぁ」
「仕事終わりに風呂入って来たんですけど、全然取れないんですよ。そちらは今日も木材運びですか?」
「いや、ちょっと腰やっちまってよ。今日は村長さん宅の息子の家庭教師だ」
「へっ? 家庭教師?」
「勉強じゃなくて剣のな。俺、若い頃は騎士団で働いてたんだよ。新人指導なんかも任されていたから、剣術を教えるの上手いんだぜ?」
「へぇ〜意外ですね。じゃあ、お貴族様なんですか?」
「領地もない貧乏貴族だよ。今は平民みたいなもんさ。兄ちゃんだって、訳あり貴族だろう?」
「まぁ、そうですね。親子の縁を切るから、もう二度と戻ってくるなって手紙が来ましたから、今も貴族なのかは微妙なところですけど」
「お前、何やったんだよ?」
「その、まぁ、色々と…」
「どうせ、浮気して婚約破棄でもされたんだろ?」
「な、な、ど、どうして……」
「いや、まぁ、俺がそうだったから」
「そ、そう、なんですか?」
「まぁな、若気の至りってやつだ。婚約者は上司の娘だったんだけど、堅物そうな女でな。俺も若かったからついフラフラ〜としちまったんだ。あの娘には本当に悪い事をしたって反省してる。俺なんかよりもイイ男と結婚して幸せになってくれてたらいいなって思うよ」
「そう……ですね」
「お前、これからどうするんだ? ずっとこの村にいるつもりなのか?」
「ここにいても、仲間なんて見つからなそうだし、どうしますかねー…」
「冒険者、続けるのか?」
「もはや冒険者の仕事なんてしてないですよ」
「なぁ、お前、俺と組まないか?」
「え…? いや、でも、俺は剣しか使えませんよ?」
「別に剣使い同士が組んだっていいだろう?」
「それは、そうですけど…」
「さすがに北に向かうのは無理だけどよ、村の近くの森に魔物が住む洞窟があるんだよ。そんなに強い魔物はいないけど、どうやら、そこそこ金になる魔物がいるらしいんだ。一人で洞窟に潜るのは厳しいが、二人ならいけるんじゃないかって思うんだが、どうだ?」
「まぁ、週に1回くらいなら、いいかもしれませんね」
「何だよケチくせ〜なぁ! 週3くらい良いだろ?」
「酒、奢ってくれるなら考えます」
「よしよし、今日は飲もうぜ! 作戦会議だ!」
「いや、まだ行くって言ってませんけど」
「いいから、いいから、ほら飲めよ!」
「別の酒がいいです。これ喉がピリピリするので」
「お子ちゃまかよ? 漢はバーボン一択だろうが!」
「いや、俺、エールがいいです」
「馬鹿野郎! あれは酒じゃねぇ!」
「いやいや、酒ですよ! ちゃんとアルコール入ってるんですから!」
3日後、俺はうるさいオッサンと洞窟に潜った。
それからは、週4洞窟で週2ドブさらいって感じだ。
実は、ドブさらいの臭いが体に付いていると、魔物に気付かれにくくなるという事実が判明して、最近はドブさらいをする人が少しだけ増えた。
ブーブー文句を言いながら、オッサンもやっている。
次回13話は、クラウディア視点に戻ります。