第53話:蜘蛛の女王の復讐 ※イラスト有り
広間に響くのは、バルバトスの苦悶の叫び声と、絡みつく蜘蛛糸が軋む音だけだった。
触手を何本も引きちぎられ、全身を蜘蛛糸で拘束された彼は、もはやかつての威圧感を失っている。
静かに歩み寄るメイ。その背後には、巨大な八本の蜘蛛脚が不気味に動き、広間全体に影を落としている。
【なんだこれ……ボコボコじゃん】
【まさにワンサイドゲーム】
【メイちゃんが蜘蛛の女王様に?】
【お、おれ的にはこっちもスキ……】
【メイ……強すぎないか!?】
流れるコメントは混乱と興奮、そして恐怖に包まれていた。
「くっ……この私が……この程度の糸ごときで!」
バルバトスは叫び、もがくが、メイの超硬糸は生命力を吸い取るように彼を締め上げ、絶望的な感覚を全身に刻み込んでいく。
「なぜだ……貴様ごときに!」
「『貴様ごとき』……か。どうして悪魔は常に自分が強者だと思い込むのかしら?やはり恐怖を知らないのね」
メイは冷たく微笑むと、指先を軽く動かした。それだけで、蜘蛛糸がギリギリと音を立てながら締まる。
バルバトスの顔が苦痛に歪む中、メイは淡々とした声で言葉を続けた。
「あなた、さっきは無抵抗の私にさんざんやってくれたわよね。抵抗してもいいのよ……その分、痛みが何倍にもなってあなたに跳ね返るけど」
配信画面に映るメイの姿――八本の巨大な蜘蛛脚、漆黒の甲殻に覆われた体、そして冷徹な眼差し――それは黒髪の美少女だった頃とは随分と雰囲気が違っている。
コメント欄には、次々と驚きの言葉が溢れていく。
【メイちゃん……怖すぎ……】
【これアラクネ・ロード……?】
【バルバトスが狩られる側に】
【堕天は恐怖を知らないのか?】
【なら、もっと痛い目に遭うべきだ!】
一部の視聴者は歓喜し、一部は怯えた。だが、いずれにせよ誰もが画面に釘付けになっていた。
バルバトスの苦しむ声が響く中、メイは冷たく、しかしどこか優美な動作で彼を見下ろす。
彼女の背後で蜘蛛の脚が不気味に動き、その甲殻が闇の光を反射して禍々しい輝きを放っている。
そして一本の足の爪先をバルバトスに突き刺し、何かを注入する。
「この毒はね……殺さずじわじわと全身を麻痺させ、あらゆる運動機能を溶解していく。ただし、感覚は過敏になってその痛みと恐怖だけは増すの」
メイはバルバトスの体に絡む糸をさらに操り、彼の体を縛り上げたまま空中に吊り上げた。
触手はおろか手足もほとんど動かせず、力を失った彼の表情には、確実な恐怖が浮かんでいた。
「恐怖を刻み込むには……まずは何を壊せばいいと思う?」
メイの言葉に、バルバトスは息を呑む。
「やめろ……もう抵抗できない……私をどうする気だ……!」
その声は震え、威圧感はどこにも残っていなかった。
メイは再び指を動かし、さらに糸を収縮させる。その瞬間、バルバトスの体がギチギチと軋む音を立てた。
「あなたはカイ様を侮辱し、シンジを利用して死に追いやり、そして攫われたリサは……今も苦しんでる。その代償は支払ってもらわないと……倍返しでね」
糸をさらに引き絞る度に、バルバトスの悲鳴が空間に響いた。
メイの声は冷たく澄んでいたが、その奥には静かな怒りと圧倒的な決意が宿っていた。
「我ら堕天の使徒を殺すことは出来ない……魂が永遠なのだ……こんなことは時間の無駄だ」
「まさか、殺すなんて……そんなの生優しいわ」
彼女は指を軽く動かすと、蜘蛛糸がバルバトスの身体をギチギチと締め上げる。その糸は肉体に深く食い込み、バルバトスの力を奪い、逃れる希望すら許さなかった。
「ひっ……や、やめろ!貴様……これ以上何をする気だ!」
バルバトスの声は恐怖に震え、先ほどまでの威圧感は微塵も残っていない。
メイは冷たく微笑みながら、首を傾げる。その仕草には不気味な優雅さすら感じられた。
「もう許してくれ!」
「許して欲しいの?そう……じゃあ聞くけど。あなたは今まで、命乞いした人間を許したことがあるの?」
彼女は蜘蛛糸を操り、バルバトスの四肢にをゆっくりと引き裂くように力を込め始めた。
「うっ……ぐあぁぁぁぁ!」
悲鳴が広間に響き渡る。だが、メイの冷たい微笑みは崩れない。
「痛い?悪魔でもやっぱり痛いのね。よかった……」
メイの声は酷薄そのものだった。彼女は指先を動かし、バルバトスの触手を一本一本丁寧に引き裂いていく。
「や、やめろ……た、頼む!わかった、もう人を殺すのはやめる!」
バルバトスは苦痛に歪んだ顔で懇願した。その声には、もはや悪魔としての威厳など微塵も感じられない。
「殺すのはやめる?」
メイは首を傾げながら、嘲笑のような微笑みを浮かべる。
「まだ自分に生殺与奪の権利があると思ってるの?……絶望が足りないようね」
蜘蛛糸がバルバトスの体をさらに締め付ける。彼の身体が軋み、苦痛の声が響き渡る。
その様子を視聴者たちは固唾を飲んで見守っていた。
【メイちゃん怖い……けどイイ】
【ここまでやるべき?】
【堕天にはこれくらい必要だよ!】
【こっちは今まで一方的に虐殺されてんだぞ】
だが、視聴者たちの声をよそに、メイの手は止まらない。
「どんな気持ち?理不尽に、一方的に、痛めつけられる側の気持ちはどう?ねえ……聞こえてる?」
メイは静かに語りながら、蜘蛛糸でバルバトスの身体を丁寧に分解していくように締め上げる。
「くっ……もう奈落に……奈落に戻してくれ!も、もうこれ以上は耐えられん!ゆるして」
バルバトスの声は完全に絶望に染まっていた。
「奈落に帰りたいの?」
「はい……帰りたいです」
メイは冷たく笑いながら、彼の魂に絡みつく糸を強く引き寄せる。
「じゃあまたね……とでも言うと思った?二度とここへ戻りたくないように、もっと痛みを覚えなさい」
その言葉に、バルバトスはさらなる恐怖に顔を歪ませた。
蜘蛛糸が彼の体を完全に包み込み、締め上げるたびに彼の意識が薄れ、しかし消えることは決して許されない。
「おそらくあなたには『恐怖』が足りないのよ」
メイの声は冷徹だったが、その中に静かな怒りと決意が込められていた。
「帰らせないし、殺さない。どうせ死なないんでしょう。あなたのような存在には、もっと……相応しい罰がある」
彼女は蜘蛛糸をさらに強く操り、バルバトスの体を糸で覆い尽くした。
その様子を見ていた視聴者たちのコメントが爆発する。
【メイちゃん、やっちゃえ!!】
【そのまま消し去ってくれ!】
【え、待って、これどうなるの……?】
バルバトスは叫び、最後の力を振り絞って暴れたが、もはやその動きに力は感じられなかった。
「そこで絶望してなさい」
メイの言葉と共に、蜘蛛糸が一気に収縮し、バルバトスの体が完全に覆い尽くされた。
次の瞬間、バルバトスの肉体が搾り出されるように崩れ落ち、糸の中に残ったのは小さな赤黒い魂だけだった。
その魂を見つめ、メイは静かに呟く。
「……永遠の苦痛に耐えながら、不滅であることを後悔するといいわ」
広間の天井に吊るし上げたバルバトスの魂はかすかな光を放ちながら震えているように見えた。
ティックバードのコメント欄は、圧倒的な興奮と恐怖に包まれていた。
【すげええええええええ!】
【これで終わりか?もっとやれ!】
【バルバトスの最期、胸がすく思いだ】
【やばい……でもこれでいいんだよ】
【メイちゃん……怖すぎるけど最高!】
広間に静寂が訪れ、メイはそっと視線を天井に向けた。
その先には、まだ塔の最頂部――堕天の王が待ち構える地がある。
「カイ様、しっかりと躾けました……」
彼女は呟き、冷静な表情を取り戻して上層へと続く階段へと歩みを進めた。
次回「堕天と叛逆の信託者」
――人類の未来を賭けた戦いが幕を開ける。




