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第51話:拒絶—運命を断ち切る者


「『魔封』は要らない、ボクは神託を拒否する」


 カイの声が低く響いた。その声には、明確な拒絶と怒りが込められていた。


「太古の神託者たちがそうしたのは分かった。でも、それで何が変わった?堕天は繰り返されてるじゃないか」


『そう堕天は永遠だ。その魂は決して消滅することなく、時間が経てばまた現れる。だが、彼らを封じることで人間は生き延びてきた。それがこの世界の秩序だ』


「秩序?」


 カイは冷たい笑みを浮かべる。


「秩序って言うなら、堕天が何度も人間に厄災をもたらす状況を止められなかったのは、天界そっちの責任じゃないのか?」


『その考えは傲慢だ。神託者は与えられた力を使い、堕天を封じることで世界を救う。それ以外の選択肢は存在しない』


「選択肢がない?そんなわけないだろ!」


 カイは声を荒げた。その目には怒りと決意が交錯していた。


「ボクが選択するのは……――堕天の奴らを徹底的に叩き潰すこと」


『それは無意味だ』


「奴らは人間が弱いと思っているから何度も戻ってくる。だったら、二度と人間の世界に戻る気が失せるほどの恐怖と絶望を、その不滅の魂に刻み込んでやる」


『それは神の意志に反する。暴力による解決はさらなる混沌を生むだけだ』


「それで?あんたらは今まで、人間がどれだけ殺されても見て見ぬふりしてたわけか?」


 カイは冷たく問いかけた。その声には神託者としての葛藤と、人間としての怒りが混じり合っていた。


「ボクは……そんな無責任な選択を取るつもりはない」


 カイは拳を握り、天を見上げた。その目には、神託に従わないという明確な意志が宿っていた。


「もし神の決めた“定め“が、ボクの仲間を犠牲にするものだとしたら……ボクはその神を否定する」


『カイ、お前の選択は――』


「話は終わりだ」


 カイは一歩前に進む。その背中に輝く黄金の日輪を消し、まるで神そのものを否定するかのように人間らしい姿へと戻った。


「ボクが選ぶのは、この理不尽な運命の連鎖を、断ち切った先にある未来だ。あんたらの“定め”や“秩序”なんて知ったことか」


 その目には冷たくも揺るぎない決意が宿っていた。



 ◇ ◇ ◇ 


 その頃、塔の最頂部――そこは異様な光景に包まれていた。


 広間全体が紫と赤黒い光に染まり、古代の文字が中空に浮かび上がったり消えたりしている。禍々しいエネルギーが空間を歪ませ、辺りには苦しげな呻き声が響いていた。


 中央には、禍々しい光を放つ巨大な眼球にも見える物体が浮かんでいた。それは堕天使ルシフェルを降臨させる触媒――この世界に破滅をもたらす鍵だった。


「ついに、この時が来た……」


 奈落の解放者バルバトスの低く響く声が広間に満ちる。彼の赤黒い体から伸びる無数の触手が、中央の触媒と絡み合い、禍々しいエネルギーを流し込んでいる。そのエネルギーは、触媒の中心をさらに輝かせ、その亀裂を広げていった。


 その触媒の隣、柱に鎖縛されているのはリサだった。彼女の体には禍々しい鎖が絡みつき、触媒を支える古代装置とバルバトスの触手に繋がれている。その顔には苦痛と虚ろな表情が浮かび、意識は既に半ば奪われていた。


「もっとだ……お前の怒りを解放しろ」


 バルバトスの触手はリサに幻覚を送り込んでいた。彼女の瞳には仲間たちが次々と眷属の手に倒れる光景が映し出されている。彼女の心を苦しめるその幻覚は、悲痛な叫び声と絶望感で満ちていた。


「やめて!お願い、もうやめて!誰も傷つけないで!」


 リサの叫び声と共に、その体から紅蓮の炎が漏れ出す。それは彼女の中に宿る原初の炎――そのエネルギーは触手を通じて触媒へと吸い込まれていった。


「素晴らしい……そうだ、怒りをもっと燃やせ。その炎こそ、我が主を降臨させるための糧だ」


 バルバトスは満足げに笑う。その笑みが浮かぶたびに、触媒の中心から溢れる光が強さを増し、亀裂がさらに広がっていく。


 そしてついに――触媒の中から禍々しいオーラが溢れ出し、広間全体が暗黒の波に飲み込まれた。


 その瞬間、塔全体が軋むような音を立て、天を裂くような轟音が世界に響き渡った。空が一瞬で黒く染まり、巨大な暗雲が渦巻いていく。その渦の中心から、稲妻が何度も落ち、地表を引き裂いた。


「来た……ついに来たぞ!歴史上はじめて、神託者の到着よりも早く堕天の王が降臨なさる!」


 バルバトスの歓喜の叫びが虚空に響く。触媒の中心がひび割れ、大量の闇が吹き出すと、禍々しい光が膨れ上がりながら空間を押し広げてゆく。


 ついに、堕天の儀式が完了しようとしていた。



 ◇ ◇ ◇ 


 ——塔の中腹の広間。


 天を裂く雷鳴が轟く度に広間の柱が軋み、天井から破片がパラパラと落ちるなか、メイが自己回復を終えてゆっくりと目を開いた。


 彼女は深い息を吸い込み、傷の痛みが完全に消えていることを確認する。


「カイ様……お待たせしました。自己治癒が完了しました」


 カイは瞑想から目を開け、安堵の表情を浮かべながらメイを見つめた。


「よかった、これで万全だね」


 メイは起き上がると、カイに向き直り、少し疑念の色を浮かべた瞳で問いかけた。


「ところで……先ほど、誰かと話していましたか?」


 カイの表情が一瞬強張る。しかし、すぐに視線を落として苦笑いを浮かべた。


「ああ……自問自答、かな」


「自問自答……?」


 メイは首を傾げる。その反応を見て、カイは少し目を細め、真剣な声で続けた。


「そう。ボクが何を選ぶべきかを……探してたんだ。でももう、答えは出たよ」


「……どんな答えですか?」


 カイは静かに立ち上がり、メイをまっすぐ見据えた。その瞳には決意の炎が宿っている。


「ボクは、堕天を叩き潰して、この理不尽な運命を終わらせる。そして二度と……誰にもこんな思いをさせない!」


 怒りのこもった、今まで見せた事のないカイの表情と言葉に、メイは一瞬息を飲むが、すぐに微笑みを浮かべる。


「こんなボクが……怖いかい?」


「いえ、とてもいい感じです。……カイ様」


 ふと、メイは自分の体に意識を向け、お腹のあたりに手を当てながら口を開いた。


「そういえば……カイ様、私の体の中に、以前より強い力を感じるのですが……これは?」


 その質問に、カイは少し気まずそうに目を逸らした。


「ああ、それなんだけど……君が意識を失ってる間に、ボクの細胞と魂の一部を君の中に注ぎ込んだんだ」


「……っ!?」


 メイの目が大きく見開かれる。驚きと動揺が交錯した声で問いかけた。


「それは、カイ様と私の体が、その……繋がったのですか……?」


 カイは頭を掻きながら、申し訳なさそうに答える。


「君を助けるために、それしか方法がなかったんだ。今、君の中にはボクの分身が宿ってる。それで力を感じるんだと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、メイの顔が真っ赤に染まった。そして、小さな声で呟いた。


「つまり……私は眠っている間に、カイ様ととぎを交わしたのですね」


「え?とぎ?それって何?」


 カイは困惑した表情を浮かべるが、メイは顔を両手で覆い、恥ずかしさに震えている。


「も、もう言わせないでください!」


「いや、全然わからないんだけど……」


「もういいんです!それより、リサを助けに行きましょう!」


 メイは強引に話題を切り替えるように声を張った。その顔はまだ赤かったが、どこか嬉しそうにも見える。


(またリサに嫉妬されてしまう。でもカイ様が選んだのだから仕方ないわよね)


 ふと、メイは真剣な表情に戻り、カイを見つめた。


「カイ様、一つお願いがあります」


「どうしたの?」


「シンジを殺し、リサを攫った堕天の使徒バルバトスを……どうか、私に任せていただけないでしょうか」


 その言葉に、カイは目を見開く。


「奴をどうしても許せません。……この手で決着をつけたいのです」


 彼女の声には強い怒りと執念が込められていた。その姿に、カイはしばらく考え込むように視線を落とす。


「……わかった、メイはあの時もまったく抵抗しなかったし、そもそも本気も出していなかったからね。あいつは任せるよ。」


「ありがとうございます!」


 カイは静かに頷き、彼女の決意を受け止めた。そして振り返り、静かに広間の出口を見つめた。


「行こう、メイ。リサさんを助けるために。そして、ボクたちの未来のために」


「はい、カイ様」


 勘違いを多分に含んでいることはさておき、メイの声にも揺るぎない決意が込められていた。


 カイとメイの背中には、これまでの戦いを超える強い意志と覚悟が漂っている。そして二人は、堕天の儀式が進む塔の最頂部へと歩みを進めた。


 ——次回「堕天の王 降臨」


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