第47話:血塗られた契約
塔全体が不気味に軋み、揺れている。まるでこの場所そのものがシンジの禍々しい力に耐えかねているようだった。
「けっこう頑丈だな、でもそろそろ立ってるのも辛そうじゃないか?」
シンジは不敵な笑みを浮かべ、ケタケタと狂ったように笑った。彼が操る黒い剣が鈍い光を放ち、何度も何度もメイの身体を貫いている。
――ザクッ。
そのたびにメイは息を詰まらせ、膝が揺れる。それでも彼女は立ち続けていた。剣を受けながらも、薄れゆく意識の中で、メイの瞳には確かな炎が宿り続けている。
「や、やめろ……シンジくん……」
カイは必死に叫ぶが、その声には力がない。『鎖縛』の黒い鎖が全身を締め付け、体の自由を完全に奪っている。動かない手、力の入らない脚、歯を食いしばってもその場から一歩も動けなかった。
【もうやめて、メイちゃんこれ以上は無理だ!】
【カイ、立ち上がってくれよ!】
【こんなの見たくない……助けてよ、カイ!】
彼女の苦痛の表情が映るたびに、配信画面には悲痛なコメントが流れ続ける。残酷な情景に耐えられず配信から離脱する者も増え始めた。
「これは君の甘さが招いた結果だ、カイ君。そんなに強いのに君は、仲間一人守れないじゃないか……力の使い方は僕のほうが正しいんだよ!」
シンジの声は広間に冷たく響き渡る。その言葉に、カイの心が抉られた。何度も何度も、自分の力不足を突きつけられる。
「なあ蜘蛛女、そろそろ倒れろよ……そこまで耐えることに何の意味があるんだ?」
シンジは大きく剣を振りかぶり、メイの右肩に突き立てた。血が床に滴り落ち、広間に鈍い音が響く。
それでも――メイは倒れない。
ボロボロの体を震わせながら、メイはシンジをまっすぐに見つめていた。その瞳が見据えたもの――それは、シンジの奥底に隠された“何か”だった。
「あなたは……カイ様を……殺すのを躊躇っている」
「……何だと?」
メイの言葉に、シンジの表情が一瞬強張った。黒い剣を握る手が、微かに震えているのをメイは見逃さなかった。
「だからこうやって、時間をかけている。……あなたの中には、まだ迷いがある」
「ち、違う!僕はそんなの怖くなんかない!」
するとシンジは頭を抱え、苦しげにうめき始める。
「カイ様が、あなたの改心を信じるなら……私も信じる。だから……絶対に倒れない……!」
メイの言葉は震えていたが、その決意はシンジの胸を刺した。
「うるさい!うるさい!だまれぇぇ!!」
シンジは叫び、頭を掻きむしる。黒いオーラが不安定に波打ち、広間の空気が一層重く、暗くなる。
【何かシンジがおかしいぞ……?】
【メイちゃんもう限界だろ!倒れていいんだよ】
【シンジいい加減目を覚ませ!】
その時、広間の柱が突如として砕け散った。轟音とともに降り注ぐ瓦礫の中、紅蓮の炎が辺りを焼き尽くす。
「なに――!?」
シンジが顔を上げると、そこに現れたのは――リサだった。
「待たせたわね、カイ!メイ!」
リサの体には戦闘の跡が残っていた。血に濡れた額、破れた服――だが、彼女は確かな闘志を瞳に宿し、紅蓮の炎を纏っていた。
【リサちゃんキターーー!】
【救世主、来た!】
【やっちまえ、リサ!】
リスナーたちのコメントが歓喜に湧く。だが、リサの視線は――ボロボロのメイと、動けないカイに向けられた。
「……あんたがやったのね」
シンジを睨みつけるリサの声は低く、怒りに満ちていた。メイの血が床に広がる光景が、彼女の心に火をつける。
「ゆるさない……絶対に!」
リサの体が紅蓮の炎に包まれた瞬間、広間はまるで灼熱の太陽の下にいるかのような熱気に覆われる。
「破壊してやる!破壊してやる!殺してやるっ!!」
怒りに突き動かされたリサが、光と炎の塊となり、シンジに突撃する。彼女の一撃はシンジの黒い剣を弾き、圧倒的な勢いで彼を後退させた。
「くっ……!?」
シンジが必死に抵抗しようとするが、リサの超高熱の前に成す術がない。彼女の力は、まさに灼熱の竜巻そのものだった。
だが――その時、シンジの体が異変を起こす。
「違う、僕じゃないんだ……違う!」
シンジの体が一回り大きく膨張し、禍々しいオーラと共に、何かを吐き出した。
それは――シンジの体から分離された人間の姿だった。
「ごめん……ごめん、カイ君……」
闇の檻から解き放たれた彼は、地面に崩れ落ちるように倒れ込み、震える声で謝罪の言葉を繰り返していた。
その様子を見たメイは、ふらつきながら安堵の息を漏らした。
「……よかった」
それだけ言うと、メイの膝がついに崩れた。力なく地面に倒れ込み、血が床に広がる。
彼女の唇が微かに動く。血で汚れた頬に、儚い微笑みが浮かぶ。ボロボロの体を支える力はもうどこにも残されていない。
それでも――その目だけは優しく、確かな光を湛えていた。
「メイ!死ぬな……メイ!」
カイの叫びが、広間に響き渡る。その声は、痛みと焦燥に満ちていた。だが、『鎖縛』に捕らえられた彼には、手を伸ばすことすら叶わない。
「カイ……くん……ごめん、僕のせいだ……僕のせいで……」
地面に倒れ込んだシンジが、苦しそうにカイへと手を伸ばす。
その時、空間に不気味な笑い声が響き渡る。
その声の主は、シンジを吐き出した後に残された体に現れた――赤黒い体と、背中に巨大な黒い羽を生やした異形の存在だった。
「バカな奴だ、せっかく与えた力を捨ておってからに……これで貴様との契約は終了だ」
その姿、凶悪な笑みを浮かべるのは堕天の使徒――バルバトス。
「我が名は堕天の使徒であり、奈落の解放者バルバトス。さて――続きを楽しもうではないか?炎の娘よ」
広間に漂うのは、焦げた空気と血の匂い。そして空間に響き渡る――堕天の使徒バルバトスの、不気味な笑い声だった。
バルバトスの赤黒い体が歪むように揺れ、黒い羽が不気味に光を放つ。そして、その背中にうごめく無数の禍々しい触手が、リサへと向けられた。
「あんたが操っていたのね……絶対に許さない!」
リサの体が再び紅蓮の炎に包まれた。
――次回、「決意の果て」




