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第45話:塔という名のダンジョン

 空は漆黒の雲に覆われ、どこか不吉な静寂が世界を包み込んでいる。その下で、神楽アヤメはホログラムに映る「堕天の塔」を冷徹な視線で見据えていた。


 塔を取り巻く瘴気はまるで生き物のようにうねり、異形の影がその中で蠢いている。その様子は本部の高性能センサーによって克明に映し出され、アヤメの耳には無線越しに次々と戦いの状況が飛び込んでくる。


 彼女は短く応答を返すと、視線を塔に戻し、目の前の戦況に集中した。


「でも……やるしかない」


 自分の考えに一瞬だけ迷いがよぎる。だが、アヤメは深く息をついてそれを振り払った。彼女の声が冷たい緊張感を帯びながらカイたちに響く。


「カイ、聞こえる?外側の戦いは0(ゼロ)級たちが引き受ける。あなたたちは、この塔を止めるために”核心部”を叩きなさい」


 その言葉は命令というよりも、彼らに託された使命の重さを思い知らせるようだった。そして、彼女は続ける。


「伝記によると、この塔の核心を破壊できるのは『神託者』だけらしい。つまりこれは、カイ……あなたの使命なのよ」


 すでに塔に近接し、その禍々しい姿を見上げていたカイたちは、緊張の面持ちで頷いた。


「わかった……必ずやり遂げるよ」


(でも霧島シンジが居たら、どうすればいい)


 カイは胸に湧き上がる不安を押し殺し、短く答える。その時、堕天の塔の周囲で蠢くアークデーモンたちが咆哮を上げ、一斉に襲い掛かってきた。


 黒い闇を纏った異形のモンスターはどれも規格外の威圧感を放ち、鋭い爪と牙を剥き出しにしている。


「範囲攻撃は私に任せて!」


 リサが声を上げると、紅蓮の炎を噴き出し、放たれた炎の弓が、瞬く間に複数の火球となって敵群を包み込む。燃え盛る炎の嵐の中で、アークデーモンたちが黒煙を上げながら崩れ落ちていった。


 しかし撃ち漏らした敵が反撃に転じる。無数の暗黒の矢が放たれ、カイたちを狙うが、メイが超硬糸の盾を掲げてそれらを防ぎ切った。糸に矢がぶつかる衝撃音が響き、火花が散る。


「カイ、メイ、行くわよ!」


 リサが鋭く促すと、三人は激戦を繰り広げながら塔の根元へとたどり着いた。そして、異様に大きな外壁の螺旋階段を駆け上がり始める。


「この塔、まるで生きているみたいだね…」


 カイが冷静に状況を観察しながら呟いた。その言葉に、メイが周囲を警戒しつつ短く頷く。


「はい。塔全体が脈動しているようです。おそらく心臓部に近づくほど反応が激しくなるでしょう」


 その時、空気を裂くような凄まじい金切り声が上空から響いた。


 闇の中から姿を現したのは、腐敗した黒翼を広げる悪魔ベルゼブブだった。その無数の虫の複眼のような瞳がカイたちを貫くように睨みつける。


 膨れ上がった肥大な体からは腐臭が漂い、鎖のような触手が蠢いている。全身を覆う闇の瘴気には小さな虫たちが群れをなし、うごめきながら不気味な命のざわめきを響かせていた。その異様な姿は、腐敗と闇の恐怖を象徴するかのようだった。


「まさかこんな小僧が『神託者』なのか?……貴様らをここより先へは行かせぬぞ」


 ベルゼブブの翼が広がると、闇と風が混ざり合った竜巻が塔を揺さぶり、足場を崩しにかかる。


「この場所で飛行タイプの悪魔か……厄介だな」


 カイが睨みながら呟くと、リサが前に一歩出てカイの肩に手を置いた。その目は真剣そのものだ。


「私がひとりであいつの相手をする……二人は先に行って!」


「そんなことはできないよ!」


 カイは即座に拒否したが、リサの表情が険しくなる。


「このミッションは、いつもの優しいカイじゃ果たせないよ。お願いだから甘さを捨てて。わたしは必ず追いつくから!」


 メイが躊躇しながらも口を開く。


「リサ様……私がカイ様をお守りしますので——」


「ねえ『リサ様』って言い方やめて!」


「リサ……さ」


「メイ、私だってカイを守りたくて必死で強くなったの!だから正直に言うと、いつもカイの隣にいられるあなたが羨ましかった、ずっと嫉妬してた」


 リサは荒い息のまま叫ぶと、わずかに声を震わせながらも続けた。


「だからメイ、そうやって距離をおかないでよ……わたしは、あなたを友達と思って今、本音をぶつけてるんだよ……わたしたちは対等でしょう?」


 メイは一瞬驚いたように目を見開いたが、次の瞬間、柔らかい表情を浮かべて静かに頷いた。


「わかった……リサ。あなたの分も必ずカイ様を守る」


「うん、任せたよ……メイ。カイを連れて早く行って!」


 紅蓮の炎を纏ったリサは、ベルゼブブへと飛び立つ。


 二人は振り返ることなく、螺旋階段を駆け上がった。


 進むにつれて塔内部の異常が強まる。重力が狂い、上下左右の感覚が曖昧になり、空間そのものが歪んでいく。


 やがて辿り着いたのは、巨大な柱が並ぶ神殿のような場所だった。

 そこに、一人の人影が静かに佇んでいる。


「やあ、カイ君……やっぱり来たね」


 その声にカイは立ち止まる。


「霧島シンジ……」


 シンジは冷たい笑みを浮かべ、カイを見下ろすように立っている。


 カイは目の前のシンジを睨みつけながら、胸の中で渦巻く感情を抑え込もうとしていた。


 自分の代わりにいじめの対象になった同級生、霧島シンジ――その名残をわずかに感じさせる面影を残しつつも、今ではまるで別人のようだった。


「カイ君に憧れて、ダンジョンに潜って、こんなに素晴らしい力を手に入れた。……ここは君に、”ありがとう”って言うべきかな?」


 その言葉に、カイは静かに拳を握り締めた。


「シンジ君、どうしてここにいるんだ?何を企んでいるのか教えてくれ!」


 シンジの瞳に、一瞬だけ哀しみのようなものが宿る。しかし、すぐにそれは冷酷な光に変わる。


「そんな事よりもさ、君と僕のどっちが強いか気にならない?ここは魔素に満ちたダンジョンだから配信ドローンも使えるんだよ!ねえ?リスナー達に最高のエンターテイメントを見せてあげようよ……カイくん!」


「これが……エンターテイメント、だって?」


 カイは低い声で呟きながら一歩踏み出す。その言葉の奥に漂うシンジの狂気が、何か重大な悲劇の予感を呼び起こしていた。


「本気でこんなことを楽しんでいるのか?!」


 カイの問いに、シンジは軽く肩をすくめる仕草を見せる。その笑みは冷たく、まるで人間らしい感情を嘲笑っているようだった。


「楽しむ?そうだね、カイくんには理解できないかもしれないけど……楽しいよ。だってここには全てがある。圧倒的な力と、それを見て熱狂する観客たち。何より、今の僕なら誰にも怯える必要なんてないんだ」


 その言葉に、カイの拳が一層強く握られる。かつてのシンジは臆病で、自分に自信を持てず、ただ必死にカイの背中を追いかけていた。だが、今目の前にいる男は違う――その瞳には力への陶酔と、底知れぬ闇が宿っていた。


「シンジ君……君が憧れた強さって、こういうものじゃないだろ?!」


「憧れた?」


 シンジの笑みがさらに深まる。


「違うよ、カイくん。僕はただ、自分の弱さに抗っただけだ。弱者には選択肢がないんだよ――力を手に入れるか、踏みつけられるか。僕は前者を選んだ。君だって同類だったじゃないか!」


「だからって、関係ない人たちを傷つけていいわけないだろ!!」


 カイの声が怒りを帯びる。だが、その言葉の続きを遮るように、シンジは手を軽く上げて制した。


「いいじゃないか。正義とか大義とか、そんなものはどうでもいい。今重要なのは……僕と君、どちらが本物の『ヒーロー』かだよ」


 シンジがそう言うと、彼の背後に無数のドローンが浮かび上がった。それらのレンズがカイたちを捉え、不気味な赤い光を放つ。


「ほら、みんな見てるよ――今ここで、神託者カイと新たな力を手にした僕が戦うのをね」


 その瞬間、塔全体が再び激しく揺れた。天井から落ちてくる瓦礫をメイが鋭い反応で弾き飛ばし、カイに警告する。


「カイ様、この男はもう人間ではありません!戦いましょう」


「わかった、でもボクは最後まで諦めないよ」


 カイが頷くと、シンジがその様子を見て低い笑い声を上げた。


「いいね、さすがはカイ君。相変わらず甘っちょろいね……これなら僕の楽勝かもね!」


 その言葉と共に、シンジの全身から禍々しいオーラが吹き出し始める。周囲の空気が一瞬にして張り詰め、塔の空間そのものが歪むような感覚が広がった。


 シンジの背後に闇から構築された巨大な剣が複数出現し、その刃先がカイを狙う。


「さあ、最高のショーを見せてよ、カイくん!」


「……必ず君を止める!」


 その瞬間、二人の間で火花が散ったかのような激しい衝突が始まった。


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