第44話:目覚めしバベル〜堕天の塔〜
霧島シンジのライブ配信は、瞬く間に視聴者を集め、コメント欄は熱狂的な言葉で埋め尽くされていた。
彼がS級ダンジョンの禍々しい扉の前に立った場面から、誰もがその異常な光景に引き込まれていた。
【マジでS級ダンジョンの最深部だぞ】
【シンジ、すごすぎ!】
【配信者のレジェンド確定じゃん!】
【ヤバい感じするけど……興奮止まらない!】
シンジは画面越しに冷笑を浮かべると、扉に手をかざした。
「さあみんな、新しい秩序の始まりだ」
その瞬間、彼が発動した解術が扉を包み込み、重厚な音を立ててゆっくりと開き始めた。隙間から漏れ出す黒い光は、見ているだけで吐き気を覚えるほどの邪悪さを放ち、異音が空間をねじ曲げるように響く。
【やばいやばい、なんか出てくる!】
【ちょ…これ大丈夫なのか?】
【シンジいったんやめろ!】
【いや、でも見たい……】
扉が完全に開いた瞬間、画面が一瞬光に包まれる。次の瞬間、新宿の地面が割れ、漆黒の塔が空に向かって突き刺さるように出現した。
突如として現れた黒い塔は雲を突き抜け、表面はまるで生き物のように脈動している。頭頂部から放たれる不気味な光は周囲の空間をねじ曲げ、街路樹は瞬く間に枯れ果て、建物は黒い瘴気に飲み込まれていった。
テレビの緊急速報に映し出されるその異様な光景に、リスナーたちは言葉を失っていく。
【これ、CGじゃないのか……?】
【いや、リアルっぽい……けど何だこれ?】
【やべえ、まさかシンジがやったの?】
パニックになっているリスナーをよそに、シンジは再び話し始めた。
「見ろ、これが俺たちを縛りつけてきた愚かな世界を終わらせる、堕天の塔『バベル』だ。ここで君たちは無に還り、新しい世界の糧になるんだよ」
その言葉と同時に、塔から無数の黒い影が飛び出してきた。それらは翼を持ち、人間の形を保ちながらも、異様な雰囲気を漂わせる堕天の眷属たちだった。
眷属たちは瞬時に空へ飛び立ち、街へと襲い掛かる。逃げ惑う人々の上空を旋回し、鋭い爪で生命エネルギーを奪い取る。それらのエネルギーは黒い光となり、塔の表面に吸い込まれていった。
人々の叫び声が次第にかき消され、まるで世界が塔に飲み込まれていくような光景が広がっていた。
【ちょ、待てよ人が死んでる!】
【これマジでやばいやつだろ!】
【人間が……吸われてる?嘘だろ?】
【おい、誰か止めろよ!】
【警察は?自衛隊何やってるの!】
興奮していたリスナーたちのコメントは、次第に恐怖とパニックに塗り替えられていく。だが、シンジはカメラ越しに笑い続けていた。
「これは浄化なんだよ。この腐った世界を終わらせるためのね」
そして彼は、配信を切った。
同時刻、JDAN本部では、緊急事態を告げるアラームが鳴り響いていた。
「新宿一帯で異常反応を確認!周辺一帯がダンジョン化して魔素を放っています!」
スタッフの叫び声に、神楽アヤメは素早く状況を把握し、ホログラムで現状を表示させた。映し出されたのは、黒い塔とその周囲を覆う赤い領域。それは刻一刻と広がりを見せ、東京全域を飲み込みつつあった。
「塔が生命エネルギーを吸収している……これ、まさか……」
アヤメが端末を操作しながら、険しい表情で呟く。
「何が起きているの!?どういうことよ!?」
隣にいたリサが鋭い声で問いかけた。
アヤメは静かに地図を指し示しながら説明を始めた。
「あの塔は……『堕天の塔』。生命エネルギーを吸収し成長する装置。……伝説で『バベルの塔』と記されたものよ」
「バベルの塔……ですって?」ゲイブが息を飲む。
その様子を凝視しながらミラ・デュランが語る。
「バベル……天界に到達し、神の支配に挑もうとした愚かな人間が作り出した塔と伝わるけど、実際は堕天が天界を攻撃するために、人間の生命を糧に作り出した兵器らしいわね」
その言葉に、室内は張り詰めた沈黙に包まれた。
「つまり……」リサが眉をひそめる。
「『堕天』が始まった……ってこと?」
アヤメは頷くと同時に、毅然とした表情で命令を下した。
「世界の首脳に緊急連絡を!ハンターと0級たちは緊急出動の準備を!時間がない」
アヤメの指示を受け、JDAN本部は一斉に動き出した。緊張が漂う中、最前線に立つハンターたちの名前が次々と読み上げられる。
「0級ゲイブ、ミラ。超S級天知ひかる、島津蓮司、伊集院ミレイの各隊は前線の新宿御苑へ向かって!」
「天仁は残りのS級を連れて新宿から逃げ遅れた人間の保護と誘導を!」
「カイ・リサ・メイの部隊は出動指示があるまで待機!」
アヤメは端末を操作しながら、堕天の塔の成長速度と影響範囲を分析していた。塔は今も生命エネルギーを吸収し続けている。
このまま放置すれば、数時間以内に『堕天使』の覚醒に至ることは明らかだった。
「堕天使が出てきたらすべてが間に合わない……」
アヤメの目が鋭さを増す。彼女は目の前のホログラムを指し示しつつ、現場のハンターたちに通信を繋ぎ随時指示を出し続けた。
その頃、新宿周辺では堕天の眷属“アークデーモン”たちが無差別に街を襲い、人々の命を塔に捧げていた。
それを阻止すべく新宿御苑に向かう主力部隊をEU代表のミラ・デュランが指揮している。
移動中の車内で、天知ひかるがゲイブ訪ねる。
「ねえ、なんでミラちゃんに指揮を任せるの?彼女、指揮官として学んだ経歴も無いみたいだけど」
するとゲイブはニヤリと笑う。
「そのうち分かるわよ。彼女がジャンヌ・ダルクの転生と言われてる理由がね」
やがて一行が新宿御苑に到達すると、近くに巣食っていたアークデーモンの群れが動き出し、即時戦闘状態になった。
アークデーモンたちが猛威を振るう中、ミラが的確な指示を飛ばしていた。
「全員、前進して!敵の翼の動きに注目して、間合いを取るの!」
その指示を受けたハンターたちが攻撃を仕掛けるが、ミラの言葉が妙に的中する。
「そっち、右!次は左よ!」
ハンターたちが敵の攻撃を回避した瞬間、隣のハンターがたまたま振り向きざまに放った矢が、アークデーモンの急所を正確に貫いた。
「ラッキーショットだと!?」
「今の偶然かよ!」
他にも、攻撃を外した弾道に別の敵が偶然飛び込む場面が続出する。
「くそ、外れた……えっ!?」
矢が外れたはずの方向で、突進してきたアークデーモンがそのまま串刺しになり、戦場が一瞬静まり返った。
「ミラが指示してるおかげか……?」
「いや偶然ってレベルじゃないぞ……」
その「偶然」は、ミラが動くごとに起きていた。
ミラ自身もまた、アークデーモンの放った衝撃波を体を反らして紙一重で避けると、偶然背後の味方の攻撃が敵を撃ち抜く結果に。
「神の声に従えば、常勝なのです!」
そう叫ぶ彼女の目には、確かに不思議な自信が宿っていた。次第に、彼女の指示に従うハンターたちの士気が高まり、誰もが彼女の「奇跡」の力を信じ始める。
「ミラに従っていれば、勝てる気がする……!」
「本当にジャンヌ・ダルクの転生かも!」
ミラの指示で、ハンターたちは次々と的確なタイミングで攻撃を仕掛け、気付けば戦場の優位を完全に掌握していた。
ミラの声が響く中、USA代表のゲイブは、地上で斧を持つ巨大な牛のような堕天の眷属“ミノタウロス”と対峙し豪快な戦いを展開していた。
相手の一撃で地面が揺れるたび、周囲の戦士たちは息を呑むが、ゲイブは全く怯む様子を見せない。
ゲイブの特性は『不死』。
どんな攻撃を喰らおうとも、身体を真っ二つにされようとも、瞬く間に傷が塞がり体が繋がりゾンビのように復活するのだ。
「やだもう、また服が破けたじゃないの!」
ゲイブは軽口を叩きながらも、その復活能力で果敢に立ち向かい続け、相手を根負けさせて最後には勝利するのだ。
そして天知ひかる、島津蓮司、伊集院ミレイの活躍も目立っていた。
カイが手に入れたS級ダンジョン資源で、この3名は超S級まで強化されていたからだ。
天知の装備する『天叢雲剣 』、島津が振るう妖刀『大典太光世』、伊集院の幻影を強化する『八尺瓊の勾玉』は、陰陽師、刀匠、錬成師が協力してS級資源から創り出した強化武器だった。
他国のようにモンスターの能力を移植するのではなく、五行循環、八卦自然の霊的な力を融合させ凝縮させた日本独自の業で、使い手の心と響き合い、魂の深奥に隠された力を引き出してくれる。
各位の派手な活躍により、方々に散って人々を襲っていたアークデーモンたちが異変に気がつき、次第に新宿御苑の周囲へ集まりつつあった。
一方で新宿駅前の広場では、パニックに陥った人々が四散していた。アークデーモンたちは上空を旋回し、次々と無防備な市民に襲い掛かっている。
そんな中を天仁が静かに歩きながら、周囲を一瞬で把握する。
「天蓮結界」
天仁の右手がゆっくりと宙を描くと、空間に青白い光が浮かび上がり、複雑な模様を刻む。次の瞬間、彼の周囲に巨大な円形の結界が展開された。
結界内にいた市民たちは、次々と眷属たちの攻撃から守られた。アークデーモンが突撃してきても、その刃や爪は光の壁に阻まれ、まるで何もない空間を叩いているようだった。
天仁は逃げ遅れた市民を守りながら冷静に敵を抑え込んでいた。
現状はアヤメの狙い通りだが、このまま眷属が増え続ければ流石の0級達でも手に負えなくなる。
「今がタイミングね」
アヤメはホログラムの映像を見つめ、静かに呟いた。そして振り返り、カイたちに目を向ける。
「カイ、リサ、メイ。あなたたちに特別任務を命じます」
リサが鋭い眼差しで頷く。
「塔の中に入って止めればいいんですね」
カイは静かに立ち上がり、ホログラムに映る塔を見つめた。その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「わかった。必ず止める……あの塔も、シンジも」
カイたちは命がけで塔の内部へと潜入すべく、0級達が踏ん張る新宿御苑の脇のトンネルを駆け抜けて、堕天の塔へと向かった。
こうして、『堕天』との戦いが本格的に始まった。




