第40話:神託を試す『力比べ』
「試してみる?僕が本物の0か、ね」
ゲイブが軽く口角を上げ、不敵な笑みを浮かべる。その目は遊び心を湛えながらも、どこか本気の色を宿していた。
もし彼が自分と同じ、あの修練を経ているのなら——カイは最初から全力で行く覚悟を決める。
その時、エイブが二人をじっと見つめ「じゃあ行くわよ」と身構えた。
しかし、次の瞬間、ゲイブの行動は予想の斜め上を行った。
彼は突然地面にうつ伏せになり、右肘を地面につけて片腕を構えると、声高らかに叫んだ。
「さあ、きなさい!」
カイとメイは動きを止めた。何が始まるのかわからず、目を見開く。
「……何をしようとしているの?ゲイブさん」
戸惑いの色を隠せないカイに、ゲイブはその体勢のままで返した。
「見ればわかるでしょ!腕相撲よ!力比べといえば万国共通でこれでしょう?」
「腕相撲って……こんな場所で?」
カイが呆れるのも無理はない。廃工場の裏手、冷たいコンクリートの地面の上に大の大人がうつ伏せて、真剣な表情で腕相撲のポーズを決めているのだ。
すると突然、メイがすっと前に出て、ゲイブと同じように地面にうつ伏せ、肘をつけて向き合った。
「これでいいのですか?ルールは?」
「ちょっと待って、あなたみたいな……か弱い女子じゃ相手にならないわよ」
ゲイブが首を振って拒否しようとするが、カイが説明を始める。
「スタートの合図でお互いに力を入れて、相手の腕を地面につけたほうが勝ちなんだよ」
「なるほど、理解しました」
メイはすぐさま腕を組み準備を整えると、ゲイブを見据えた。
「では、始めましょう」
ゲイブは渋々腕を合わせたが、少し不安そうな顔を浮かべた。
(あら、この子、結構強そうな気配が……気のせいかしら)
「本当にいいの?僕、こういうの手加減しないわよ。特に可愛い女の子にはね!」
メイは動じることなく答える。
「私に勝てないようでは、カイ様に挑む資格はありませんよね?」
「あらぁ言うじゃない!じゃあ、アンタからぶちのめしてあげるわ!」
ゲイブが宣戦布告すると、カイが合図を出す。
「では……よーい、スタート!」
次の瞬間、地面に拳が叩きつけられる音と共に、ゲイブは地面をのたうち回った。
「痛ったーい!なんなのよ!この女の馬鹿力は!肘をちょっとやっちゃったじゃないの!この子って人間なの?!」
思わずその場に倒れ込むゲイブを見下ろしながら、カイが呆れた声を上げる。
「ゲイブさん、ごめん、言い忘れてたけどメイはボクより力が強いんだ」
「それを早く言いなさいよ!もう、大怪我するところだったわよ!」
メイは淡々と立ち上がると、カイの方を見て得意げに言った。
「カイ様、勝ちました!」
メイは褒めてくれと言わんばかりに少し笑みを浮かべ、上目遣いでカイを見つめる。
「お、おめでとう……でも、やりすぎないでね」
するとゲイブは、痛む右腕を押さえながら再び地面にひれ伏した。今度は左腕を構え、カイを挑発する。
「右はやられちゃったけど、僕って本当は左利きなのよね。さあ、カイくん、ここからが本番よ!」
仕方なく、カイも地面に肘をつける。
「……わかりましたよ。本当にこれで認めてくれるんですか?」
「勝てたらね!さあ全力で来なさい!」
「では、よーい、スタート」
メイの掛け声と同時に、再びゲイブは地面を転げ回った。
「なによ!カイくんもバカみたいに強いじゃないの!アンタたちなんなのよ!」
「いや、ゲイブさんも0級だから、手加減しちゃダメだと思って……」
ゲイブのリアクションに、カイもメイも呆然とするしかなかった。
ゲイブは地面に擦りつけていた体をを軽く払うと、ゆったりと立ち上がり、満足げに笑みを浮かべた。
「いいわ!カイくん、あなたをパートナーとして認めてあげる!」
その言葉にカイは少し眉をひそめる。が、ゲイブはまるで気にした様子もなく、得意げに続けた。
「でもね、これだけは言わせてちょうだい。僕、本当は腕相撲なんて苦手なのよ」
(それでも、USAの超S級全員に余裕で勝てたんだけど……)
「え……苦手なのに挑んだんですか?」
カイが疑問を投げかけると、ゲイブは肩をすくめながら言った。
「だって腕が太くなると、服が似合わなくなっちゃうでしょ!おしゃれを大事にするのが僕のポリシーなの。それに、こんなの強くたって戦いには役に立たないし、僕の能力は別のところにあるんだから」
「別のところ……?」
「そう、それはまた機会があれば披露するけど……かなり厄介な能力だと思うわよ」
ゲイブのあまりにも自信満々な態度に、カイは呆れたような表情を浮かべた。一方、メイは静かに見守りながらも、少し安心した様子で口を開いた。
「どうやら悪い人ではなさそうですね」
カイも頷き、ゲイブに視線を向けた。
「ゲイブさん、聞きたいことがあるんだ。0級に共通する『神託ダンジョン』のことなんだけど」
ゲイブは片眉を上げて興味を示す。
「ほう、神託ダンジョンについてね。いいわよ、聞きなさい」
「ゲイブさんは、あそこで、どんな修練を受けたんですか?」
その問いに、ゲイブは大げさに溜息をつき、芝居がかった口調で答えた。
「それはそれは長い時間、とんでもなく理不尽な修練をさせられたわよ。食べ物もまずいし、敵は強いし……でも歳を取らないだけが唯一の救いだったわよね」
(やはりゲイブさんも長期の修練を耐えたんだ)そう確信したカイはさらに質問を続けた。
「それで……どれくらいの期間修練をしてたんですか?」
するとゲイブは急に顔を近づけ、声を落とした。
「驚かないでね……僕は神託ダンジョンで、なんと……700年も修行したのよ」
「……700年?」
「ええ、しかもね、100年のトレーニングメニューが7つもあったのよ!全部終わる頃には頭がおかしくなるかと思ったわ。でも、そのおかげで人間離れした能力を手に入れたけどね」
(ボクの時と内容が違う)カイは息を呑んだ。
「それは、『あの声』に最初にそう言われたんですか?」
「そうよ!『お前のストレス耐性に応じて700年の修練を設定する』とか勝手に決められたわよ。しかも、ずーっと同じ服で過ごさせられるのよ!それが一番耐えられなかったわ!」
ゲイブの言葉を反芻しながら、カイは自分の修練期間を思い出していた。
(じゃあボクはストレス耐性に合わせて12000年に設定されたのか……ひどい)
ゲイブの言葉に相槌を打ちながらも、胸の奥で自分が経験した過酷さを再確認するカイ。
その様子に気づかず、ゲイブはふと真剣な表情になり、カイをじっと見つめた。
「カイくんも結構長そうよね?まさか全期間腕相撲を修練してたとかじゃないわよね?」
カイは一瞬言葉に詰まった。もし12000年と言えば、彼がどんな反応を示すかわからない。下手をすれば混乱を招く気がした。
「まあ、ボクはもうちょっと長かったです……たしかにツラかったですね」
カイは適当に言葉を濁した。それを聞いたゲイブは「なるほど!君は我慢強そうだもんね!」と満足げに頷いた。
「それじゃ、あなたの実力は確かだったと長官のマイケルに伝えておくわね!」
ゲイブはそう言うと、突然その場で軽くジャンプした。次の瞬間、驚異的な跳躍で廃工場の3階建てのビルの屋上へと着地する。
「それと、最初に『堕天』が起こるのは、ここ日本よ。だからもうすぐ、中国以外の0級が集合するわ。僕以外は癖が強いから気をつけてね!」
そう言い残してウインクを飛ばすと、ゲイブは颯爽と去っていった。
その姿を見送るカイとメイは、しばらくの間言葉を失っていた。
「ゲイブさんより癖が強い人がいるとは、信じたくないな……」
カイの呟きに、メイが静かに頷いた。
「ですが、悪い人ではなさそうです」
そしてカイは無言のまま再び歩き出した。
(もうすぐ日本で『堕天』が起こるのか……)
青空の下、どこから禍々しい気配を帯びた不穏な風が、二人の上空を吹き抜けていった。




