第33話:二人の指揮官で圧倒せよ
両者が睨み合うダンジョン内の緊張がピークに達していた。張 傲剛が巨体を揺らしながら一歩前に出て、挑発的に笑う。
「おいおい、寄せ集めの3マンセルで俺たち天威部の鉄壁の布陣に勝てるとでも思ってるのか?」
その声が響いた直後、別の声が画面越しにリスナーたちへ届けられた。
「みんな!3マンセルっていうのは、タンク、指揮官、狙撃手っていう、ダンジョン現代戦で最も万能で強いとされてる陣形のことだよ〜!天威部がまさにそれだ」
【天知も入って4マンセルにしろよ!】
【張が相手じゃ島津死んじゃうよ】
【赤目の美人のお姉さん超S級なの?】
【神楽アヤメに期待!】
【日本、超S級ひとりじゃ無理じゃね?】
実況を続ける天知ひかるは、視聴者コメントを見ながら口角を上げた。
「陣形戦は個別の強さより、相性や戦略が大事なの。だから圧倒的に強いモンスターを、パーティーなら人間でも倒せるわけよ」
「来いよ、俺の鉄槌で僅かな幻想を叩き壊してやる!」
どっしりと身構え挑発する張に対して、島津連司が「ムラマサ」を上段に構える。
「出るぞ!」
島津はアヤメとミレイに合図を送り、縮地と呼ばれる凄まじいスピードで張に迫った。
「薩摩示現流——『一刀両断』」
「自慢の日本刀ごと弾き返してやる!」
張が鉄槌を構え、全力で防御の姿勢を取る。
「チェストォォォ!」
島津の捨て身ともとれる、全体重とスピードをのせた凄まじい一撃が迫るその瞬間、指揮官の李 龍天が鋭い声で警告した。
「張!受けるな!」
その声に反応し、張は即座に身をかわし、鉄槌の柄で斬撃を受け流す。しかし、ムラマサの刃が交わった瞬間、鉄槌の防御を無視するように斬撃が突き抜け、張の左肩をかすめた。
すると張の肩から鮮血が吹き出し、鋭い斬撃の余波が背後の壁を抉り取った。直後、彼は驚愕の表情を浮かべた。
「な……俺の防御を突破したのか?!」
その姿に李が怒声を飛ばす。
「相手を舐めるからだ!技の特徴を見極めろ!」
攻撃直後に大きく隙が生まれている島津を、陽華が反射的に弓を構えて狙う。
「ガラ空きよ!」
矢が放たれようとしたその瞬間、目の前に伊集院ミレイの姿が現れた。
「どこから?後衛がなぜ前に!?」
陽華は驚愕するが、その間に島津は体勢を整え後ろに下がる。そのタイミングに合わせて今度は神楽アヤメが前方へ飛び出す。
伊集院ミレイは幻影分身数体を瞬時に展開し、李と陽華の連携を妨げた。
「ちっ、ダブル・ボランチか。指揮官タイプが二人いるのか」
その厄介な動きを見て、李が不機嫌そうに呟いた。
【ダブル・ボランチっていうのか】
【島津すげぇ!捨て身の一撃強すぎ】
【伊集院ちゃんのカバーがあってこそだな】
【幻影分身て、攻撃力もってるのね】
すると天知ひかるが日本の布陣を見ながら解説する。
「日本チームは、前衛がヒットアンドウェイを繰り返すと当時に、司令塔の2名が、状況に応じて前衛と入れ替わるトリッキーな戦術だね。しかも右か、左か、双方か、どう出るかわからないから、お互いの連携が重要な万能型には天敵ってことかな」
【さすが天知、詳しいな】
【こいつの分析力はいつも凄いぞ】
【一生解説者やっとけよ】
「だけど、島津みたいに一撃が強い前衛が必須。なにより、指揮官2名の戦術眼、判断力、連携精度、それら全てが高レベルでなければ成立しない戦術だよ。正直、希少な指揮官の無駄遣いだから、組織じゃまず採用されないよね」
自分の動きを封じるべく、先手先手を予測したように、位置を組み替えながら動く、伊集院の幻影分身に陽華は苛立っていた。
分身とは言え、一定方向の動きに集中特化した攻撃力を持っており、受ければ当然ダメージを負うのだ。
おおよその攻撃パターンを見抜いた陽華が、李に向けて叫ぶ。
「あの幻影分身、何かの法則かルールで動いている!単調なはずなのに厄介よ」
「ああ、象棋の殺法のようなものだろう。だとすれば所詮はゲームの駒。数手先を読めば制圧できる」
【象棋ってなに?】
【中国版の将棋だろ?】
【あー詰め将棋の動きかこれ】
李は影分身の動きを冷静に見極めながら指示を出すが、その言葉に伊集院が笑みを浮かべた。
「数手先を読む?……そんな程度の理解じゃ私には勝てないわよ。素人とプロの差を思い知りなさい」
伊集院の幻影分身は、縦9×横9の81マスの盤面に見立てた空間に展開され、まさに将棋の駒のように動く。
彼女は島津を「飛車」、アヤメを「角」として盤面を駆け巡るなかで、天威部の動きを読みつつ、詰将棋のように追い詰めていく。
「”盤上のミレイ”は元プロ棋士。数千の手を同時並行で思考し、最適解を作り上げる彼女に『読み』で勝つには、それこそ『プロ棋士』くらいじゃないと無理よぉ」
【アヤメ様めちゃタイプですぅ】
【伊集院ちゃんて元プロ棋士だったんだ!】
【プロ棋士って200手くらい読めるだっけ?】
【戦術が2000じゃなかった?】
「将棋は素人じゃ100回やっても絶対プロに勝てないと言われてるからね。これは面白くなってきたぞ」と天知。
アヤメの言葉通り、李と陽華は幻影分身に翻弄され、的確な援護や射撃を阻まれていた。
しかも、その隙に乗じてアヤメが視覚の外から強力な直線攻撃を放ってくる。単調に見えても、常に一歩先んじて動かれ、すべての対応が後手となるストレスに2人はイラついていた。
一方、張は一撃の強度に警戒しすぎることで、島津のヒットアンドウェイ戦法に押され、ダメージを蓄積しつつ防御に回る時間が増えていく。
「ちっ、前後左右にしか動けない、単純野郎の癖に……めんどくせえ!」
いつもの後衛のフォローがないことで、苦戦する張を見て、李は状況を打開すべく、単身でアヤメに斬撃を仕掛けた。
「この陣形は、片方の指揮官を潰せば崩壊する!」
その時、アヤメの魔眼がわずかに光を帯びる。李 龍天の剣撃が迫る中、彼女はわずかに身体をずらし、斬撃を紙一重で避けた。
「なに?」
李は驚愕した。自分の剣撃が読まれていたかのように回避されたのだ。それも、最小限の動きで。
「遅いわねぇ。そんな単調な攻撃で私を倒せると思ったの?」
アヤメは余裕の笑みを浮かべながら反撃に転じる。短剣の一撃を李の防御の隙間に滑り込ませ、わずかだが確実なダメージを与えた。
「くっ……」
李が身を引くと同時に、後方から伊集院の幻影分身が襲いかかる。李はそれを振り払おうと剣を振るうが、分身に力を込めた攻撃は無効化される。
するとその脇にいた幻影分身が、李の動きを分かっていたように単調な攻撃を事前に重ねてがけしていたので、避けることが出来ず少なからずダメージを受けた。
「厄介な能力だ……」
憤る李の動きを見逃すことなく、アヤメがさらに距離を詰める。
「なぜだ……急場凌ぎの2人の指揮官が、ここまで完璧に意思疎通出来るのはおかしい!」
李の叫びに、アヤメは口元をゆるめ、挑発的な声を投げかけた。
「簡単なことよ。私にはミレイの数手先がカンニングできるんだから」
「カンニング?」
「そう、彼女の頭の中で構築された盤面が、私にはまるで教科書のように見えているの。未来の攻防を全部ね」
【アヤメ様まじかっけー】
【あの赤い魔眼て未来が見えるの?】
【さすが超S級だ!つえええええ】
【200手先読み出来る指揮官と】
【その手を先に知ってる指揮官のコンビか】
騒がしくなったコメントに天知が解説を入れる。
「ダブル・ボランチは机上の戦術で実戦では通用しないと言われているんだよ。でも、未来を見通す魔眼で、伊集院の読みを先に見て連動を成立させてるのか……すごいな!完全にチートじゃん」
自信に満ちたアヤメの言葉に李は冷や汗を流す。
「いま、あなたが挑んでいるのは、世界で最も完成された、最恐のダブル・ボランチ。覚悟はできてるかしら?」
アヤメがそう言い終わると同時に、島津の声が響いた。
「チェストォォォォォッ!」
ヒットアンドウェイの突撃で、張 傲剛を強襲する島津。その一撃に張は反射的に防御を固めるが、またも鋭い斬撃が防御をすり抜け、その足に深い傷を刻みつけた。
「ぐっ……くそっ、こいつの抜刀、何なんだよ!」
激しく苛立つ張。だが、陽華は冷静に状況を観察していた。
「彼の剣術そのものが特別なんじゃない。『次を考えずに全力を一点に集中させる』攻撃だから、単純な防御では受けきれないのよ。こんなのは死ぬのが怖くない狂った戦術だわ」
「つまりどうしろってんだよ!」
「私が自由に動ければ、どうってことないのよ!それをあの女が妨害してくるから……くっ、なんなの」
陽華の助言で張が動き出そうとしたその瞬間、伊集院の幻影分身が再び陽華の攻撃を妨害する。
「邪魔だ!こんな分身ごときに!」
陽華は分身を狙い撃つが、すべての動きが伊集院の予測に読まれ、逆に位置を追い詰められていく。
「そんな……私が追い詰められてるなんて……」
李も状況の悪化を察していた。これ以上の戦いは、彼らにとって不利になる。
「正直、ここまでやれるとは思っていなかったよ……」
李が静かに呟くと、視線を張と陽華に向けた。
「もうこれ以上、時間を浪費するわけにはいかない。魔脈解放の使用を許可する」
その言葉に、張が眉をひそめる。
「おい、本気かよ?対ボス戦用のあれをやると明日は副作用でしばらく動けなくなるぜ」
「構わない。このまま長引かせて奥にいる連中の仲間、特に0級が合流することになれば、どのみち使う羽目になる」
「あ、たしかにそうだな」
「了解、やるわよ」
李の指示に従い、天威部は同時に魔脈解放を使用した。
その瞬間、3人の身体が黒いオーラに包まれ、変異が始まった。張の筋肉は鋼鉄のように硬質化し、傷が瞬時に再生していく。陽華の目は鋭い光を放ち、背中から蝙蝠のような羽が現れ宙に舞い上がった。
そして李の脇の辺りから魔物のような黒い腕が現れ、4本の剣を握った異様な姿へと変貌する。
彼らの周囲は鋭い気配を帯び、まるで空間がひずむような異様な雰囲気を纏っていった。
「さて……ここからが本番だ」
李の言葉と共に、場の空気が一気に張り詰めた。
「直感でわかる、これはやばいぞ」
冷や汗を流しながら、島津がムラマサを構え直す。
「アヤメ……あと5分も持たさなきゃだめ?私の盤面には天井や空はないんだけど!」
空中に浮かんだあと、天井に逆さまにぶら下がり弓を構える陽華を見つめながら伊集院ミレイが叫ぶ。
「こうなったら、ダブル・ボランチは無意味ね。各自がそれぞれに随時対応に変更……てことで」
アヤメとミレイが互いに視線を交わし、うなずく。
「正直この姿は美しくない、悪いが一瞬で終わりにさせてもらう」
李の冷たい声が響き渡り、場の空気が更に張り詰める。
【なんか天威部がモンスターみたいに変化したぞ】
【ひとりは空飛んでるし】
【これはさすがにやばいんじゃね?】
【第二形態ってずるいぞ!漫画じゃん!】
【カイはまだ出てこないの?】
「いやいや、これさすがに見てるだけじゃヤバいぞ……。ダブル・ボランチも崩れたし、タイミング見て俺も参戦するしかないかな……」
飄々としていた天知ひかるの声が、いつになく真剣身を帯びていた。
次回、天威部と日本チームの戦いが、ついにクライマックスを迎える——




