第32話:日中〜超S級の激突★イラスト有り
薄明かりの差し込む嵐山公園のダンジョン内。薄暗い通路の奥から漏れ出す霧が、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。
静寂を切り裂くのは、日本のS級ハンターたちの足音だけだった。
島津連司は「ムラマサ」を片手に慎重な足取りで進んでいく。振り返ると、伊集院ミレイが幻影分身を散らしながら周囲を探索している姿が目に入った。
さらに後方には、民間から招かれた人気配信者の天知ひかるが、のんびりとした調子でついてきている。
「ここもおかしいな。やけにモンスターが少ない」
島津が鋭い目つきで周囲を見回す。
「魔素濃度も妙に低いですね」
伊集院が持参した測定器を見つめ、眉をひそめた。
「そもそも公安がよく俺の帯同を許したもんだね。俺みたいな人気者をS級の現場に招くなんて、驚きだよ」
天知が茶化すように言うと、島津は呆れたように横目で彼を見た。
「お前が装備を調整して、A級に留まっていることぐらい、俺たちは知っているぞ……天知ひかる」
「おやおや、バレてたんですか。さすが公安ですねぇ」
天知は肩をすくめて笑う。
「民間人でS級クラスの戦力を持つ人間は希少ですからね。人手不足もあって、仕方なくですよ」
伊集院が冷静に答えると、天知はおどけて言った。
「いやいや、秘密にしといてくださいよ。A級なのに強いってほうが視聴者的には盛り上がるんですから」
低級で装備を細工してのランク偽装はたまにあるが、S級をA級と偽装しいる配信者は島津が知る限り天知だけだった。
「ふざけたやつだ……」
島津がため息をつく。そのとき、測定器を見ながら歩いていた伊集院が足を止めた。
「島津さん、ここで戦闘があった形跡があります」
「何だと?そんなわけがない。俺たちが最初の調査隊だぞ」
天知が首をかしげる。
「もしかして天威部が先に来てるとか?」
「それはないはずだ。ここは中国の攻略予定では3番目だ。仮にいるとしたら——」
島津が言いかけたそのとき、遠くから足音が響いてきた。三人は即座にその音の方向へと向かう。
巨大なボス部屋の前、そこには一人の女性が静かに立ち尽くしていた。ひとつに縛った銀髪が霧の中で揺れ、鋭い赤い瞳が彼らを射抜く。
「神楽アヤメ……!」
島津がその名を呟いた瞬間、ボス部屋の扉が音もなく開いた。三つの後ろ姿が薄暗い空間に浮かび上がる。
カイ、リサ、そしてメイだ。
三人は何も言わずに中へと進み、巨大な扉はゆっくりと閉じていく。
「待て!」
島津が声を張り上げるが、彼の叫びは閉じかけた扉には届かない。音を立てて扉が完全に閉じた。
神楽アヤメはその扉を見つめていたが、やがて振り返り、微笑んだ。
「ここから先は、あなたたちの出番じゃないわよぉ」
「神楽アヤメ!勝手に何をやっているんだ……説明しろ!」
島津が怒りを抑えきれずに詰め寄る。しかし、アヤメは余裕の笑みを崩さずに答えた。
「何ってぇ……彼らがボスを倒す。それだけのことだけど?」
「簡単に言うな!ここはS級ダンジョンだぞ!」
「そんなこと言われても、カイたちはもう1週間で2つのS級ダンジョンを攻略済みなのよねぇ」
その言葉に、伊集院が皮肉交じりの声で返す。
「さすがね、あなたが指導したのでしょう?”魔眼のアヤメ”」
「まぁね。でも久しぶりねぇ、”盤上のミレイ”。7年ぶりかしら?」
「知り合いなのか?」
島津が疑問の声を上げる。
「同期です。腐れ縁といえばそれまでですが」
伊集院は肩をすくめた。
「とにかく、この状況はまずい。ここを勝手に攻略されると後が面倒なことになるかもしれん」
島津が話を続けようとしたそのとき、アヤメは遠くを見つめ、鋭い声で呟いた。
「……嫌な気配がするわね」
彼女の視線の先、そこには天威部の三人が立っていた。張 傲剛の巨体が威圧感を放ち、林 陽華が冷静な瞳でこちらを見つめている。その中央には、指揮官の李 龍天が冷徹な表情で佇んでいた。
「ああ、いたぜ……日本の”超S級”とやらが」
張が怒りを露わにしながら、鉄槌を肩に担ぎ寄ってくる。
「よくも俺たちのダンジョン攻略を邪魔してくれたな!神楽アヤメ!」
「これはこれは、中国が誇る超S級チームの皆さんじゃない。誰が攻略しようと地域の安全のためには良いことじゃない?それとも邪魔されると都合が悪い理由でもあるのかしらぁ?」
アヤメがからかうように言うと、張の表情がさらに険しくなった。
「黙りやがれ!」
その怒号を制するように、李が静かに口を開いた。
「奪ったS級資源を全て渡せば、見逃してやる。それが条件だ」
「それは元々日本の資源よ。あなたたちに渡す理屈はないわねぇ。そもそも私は持ってないしぃ」
アヤメの言葉に、李は一瞬沈黙したが、その鋭い視線をボス部屋の扉に向けた。
「その言葉、本当かどうか、この扉の奥にいる者たちに聞くとしよう」
李が進もうとした瞬間、アヤメが立ちふさがる。
「ここから先は通さないわよ」
「であれば、排除するだけだ」
李が冷たく言い放つと、天威部の二人が同時に戦闘体制に入る。
「研究途中で放棄された産業廃棄物ごときが、相手になれると思うなよ」
李の冷たい侮辱が響く。
その言葉は、日本の研究の失敗をなじると同時に、アヤメ個人を嘲笑するものだった。その場の空気がさらに張り詰める。
アヤメは表情を崩さずに笑みを浮かべたままだったが、その目の奥に鋭い怒りが宿っていた。
「産業廃棄物?ずいぶんな言い草ねぇ。けど、そうやって言葉を飾ってる時点で、あなたたちが不安に思ってる証拠よ」
島津はその言葉に反応し、ムラマサを握りしめた。
「もうあいつらの横暴にはうんざりだ。俺は戦うぜ!」
伊集院は目を細めながら李たち天威部を見据える。
「勝手な言い分ね。でも私たちにだって意地ってものがあるわ」
そう言いながら伊集院ミレイも神楽アヤメの隣で構え、小声で囁く。
「彼を知り己を知れば百戦危うからず。アヤメ、覚えてる?訓練施設であなたがいつも言ってた言葉よ」
「ええ、覚えてるわ。皮肉にも彼らの国の言葉だけどね」
「ああ、たしかに」と伊集院が顔をしかめる。
「まず対戦において最も効率よく戦えるのは3マンセル。タンク、指揮官、狙撃手の布陣が万能型としての最適解よね」
それを聞いた神楽アヤメが小さく笑う。
「そうねぇ、天威部の布陣はまさにその完璧な形。でも、万能型に唯一対抗できるフォーメーションも、訓練で学んだわよねぇ。あなたも優等生だったんだから覚えているでしょう?」
アヤメの言葉に伊集院は片眉を上げ、肩をすくめた。
「当然。『万能型を崩すには、相手のバランスを崩す特化型』よね。戦術特化で戦況をかき回すあの陣形……。まあ、私とあなたが居て、島津さんが前衛なら、それ以外の選択肢はないでしょうね」
「おい、おまえら。何をぶつぶつ喋ってるんだ?」
島津がムラマサを握り直し、不満げな声を上げる。
「俺は前に出るぜ。負けっぱなしってのは性に合わないんでな」
アヤメは微笑みながら、島津に目を向ける。
「それでいいわ、島津さん。あなたは前衛特攻型。タンクの役割は無理でも、その突破力があるからこそ、私たちが戦略を立てられる」
「……好きにしろ。俺はただ、負けを取り返せればそれでいい」
島津が唇を引き結び、剣を構え直す。
「じゃあ決まりね。ミレイ、久しぶりに戦略勝負といきましょうか」
神楽が軽く肩をすくめると、伊集院は眼鏡を押し上げて頷いた。
「ねえアヤメ、現実的な話、何分持てば彼らが出てくる?」
「日に日に強くなってるから、まあ15分てところかしらね」
「わかった、そのつもりで盤面を組むわよ」
島津が苦笑しながら二人を見た。
「おい、おまえらの戦略会議は理解不能だが、俺はあの筋肉野郎に一撃見舞った後は無防備になる、フォロー頼むぜ」
「十分よ、島津さん。あなたの突破力が、この布陣の要なんだから」
神楽アヤメと伊集院ミレイの目が輝く。二人の表情には、かつての訓練で培った確かな信頼と、闘志が宿っていた。
その瞬間、隠れていた天知ひかるがティックバードを取り出し、配信を開始する。
「やあみんな!ストレス溜まってる?今から日本の超S級と中国の超S級が戦うみたいだよ。俺が中継するから、日本中に拡散よろしく!」
お決まりのポーズでカメラを指さす天知。画面の向こう側では、リスナーたちの熱狂的なコメントが流れ始めていた。
【これ、絶対バズるやつじゃん】
【天知、カメラもっと近づけろ】
【日本vs中国、やばくね?勝てるの?】
【伊集院ちゃんの隣の美女だれ?】
【カイきゅんも出てくるの?】
そして、国を超えた超S級同士の戦いが、今まさに幕を開けようとしていた——。
島津連司 / 伊集院ミレイ




