第29話:圧倒的な戦力差
澄んだ秋空の下、山梨県山中湖のほとりにある親水公園内に発生したS級ダンジョンの周囲には、すでに数百人もの人々が集まっていた。
S級ダンジョンポータルの周囲には重機を伴ったダンジョン公安庁の隊員が配置され、配信者やメディア関係者たちがその様子をカメラに収めている。
湖の背後には、雄大な富士山がそびえ立ち、その美しさと対照的に、ダンジョンから漏れ出す黒い魔素の霧が、不気味な威圧感を放っていた。
「ついにこの時が来たな……」
公安庁のハンタースーツを着た日本のS級ハンター、島津連司は、隣に立つ同僚の伊集院ミレイに声をかけた。彼は40代後半のベテランで、どっしりとした体格が目を引く。一方、伊集院ミレイは20代後半の若手ながらも実力派と評される女性ハンターだ。
二人は公安庁のS級ハンターとして、このダンジョン攻略の監視役を担っている。すでにメディアへも紹介され、公に初めて公開された日本人S級ハンターに人々の期待も高まっている様子だ。
「ええ。中国チームがどれほどのものか、これでわかりますね」
伊集院ミレイが目を細めて見つめる先には、黒塗りの高級車が数台、静かにダンジョンの近くに停車し、重々しいエンジン音が消えた。
ドアが開き、まず最初に降り立ったのは筋肉の鎧をまとったかのような大男だった。その体躯が地面を踏むたびに周囲の空気が震えたように感じられる。張と呼ばれる彼は、軽く首を回すだけでごう音を立て、視線を上げた瞬間にその場にいた全員を圧倒する存在感を放った。
続いて降りてきたのは、漆黒のコートを纏い、鋭い目つきをした冷静な女性だった。陽華と呼ばれる彼女は、背中に長弓を背負い、まるで全てを見透かすような瞳で群衆を一瞥する。その無駄のない動作からは、鍛え上げられた技量と圧倒的な自信が感じられた。
最後に姿を現したのは、チームのリーダーである李だった。真紅のマントを肩にかけ、背筋を伸ばしてゆっくりと周囲を見渡す彼の姿は、一歩一歩が計算され尽くした威厳に満ちていた。まるで王が軍勢を率いて戦場に降り立つかのような堂々たる態度に、その場の人々は息を呑む。
「……あれが、噂の中国超S級……」
誰かが小声で呟いたのを皮切りに、周囲のざわめきが一気に広がる。集まっていた配信者やメディアのカメラは、彼らを一斉に追い始め、シャッター音が次々と響いた。
「見ろよ……あの筋肉、普通の人間じゃないだろ……」
「女性なのにあの殺気……半端ない……」
「やばいよ、リーダーの人……ただ歩いてるだけなのにオーラが違いすぎる!」
注目の中心となった三人は、そんな周囲の反応をまるで意識していないかのように淡々と進む。その圧倒的な存在感に、ただそこにいるだけで場の空気が一変した。
中継されているテレビ画面には、中国側から提供されたプロフィールを元にチームメンバーの紹介テロップが表示されていた。
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中国洞窟特務隊:天威部
指揮官:李 龍天
高身長で彫刻のように整った顔立ちの男性。黒いコートを翻しながら、落ち着いた歩調で周囲を見回すその姿は、自信に満ち溢れている。彼は、ダンジョン攻略チームのリーダーとして名を馳せた人物であり、その戦闘スタイルは剣技を極めたものだという。
狙撃手:林 陽華
弓を携えた長身の女性。黒髪をポニーテールにまとめ、鋭い目つきで辺りを観察している。彼女の弓術は超S級ハンターの中でも随一と評され、あらゆるターゲットを一撃で仕留めると言われている。
タンク:張 傲剛
名門少林寺の出身とされる巨漢の男性で、スキンヘッドに筋骨隆々の肉体を見せつけるようなタンクトップを着ている。その豪快な笑みからは、戦いへの高揚感がにじみ出ていた。張の得意技は圧倒的な力による突撃と防御力で、敵を粉砕する。
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「日本人の象徴、富士山を背景にして、我が国の力の差を見せつけるなんて悪くないな」
張 傲剛が自信に満ちた笑みを浮かべてそう言うと、隣にいた李 龍天が冷静に返す。
「必要以上に目立つな、傲剛。我々は観光に来たわけではない。任務を遂行することに集中しておけ」
「仕事をするついでに楽しむくらい、いいじゃないか!」
張が肩をすくめると、李はわずかに眉をひそめた。
「軽率な行動は我が国家の評価にも関わる。それくらい理解しろ」
「堅苦しいなあ、李。だから“歩く説教マシン”とか呼ばれるんだよ」
張がわざと大げさに笑うと、李は冷静に問い返した。
「誰が呼んでいるんだ?」
「俺とか?」
「自分で言うな、愚か者」
最後尾を歩いていた林 陽華は、二人のやり取りにわずかに口元をほころばせた。
「張、ほどほどにしないと。本気で李を怒らせたら、あなたが困るわよ」
「大丈夫さ。これくらいじゃ怒らない。なあ、李?」
返事を返さず無言で資料に目を戻す李に、張は苦笑を漏らした。
軽口を交わしながらも、彼らの動きには隙がない。それが超S級ハンター部隊・天威部の実力を物語っていた。
そんな彼らを迎えたのは、日本側の島津と伊集院だった。
「ようこそお越しいただきました。公安庁S級ハンターの島津です。こちらは伊集院です」
島津が丁寧に挨拶をするが、中国チームはどこか気だるそうに彼を見ていた。
「このダンジョンの内部は魔素濃度が高く非常に危険で、ポータルの管理は厳重に行っていますが、突然モンスターが溢れ出る可能性があり——」
その言葉が終わらぬうちに、黒いポータルから数匹のモンスターが姿を現した。
黒い翼を持ち、岩のような体をしたモンスター——A級モンスター「ガーゴイル」だ。その鋭い爪と巨大な翼は、目にしただけで周囲の一般人に恐怖を与えた。
「モンスターが出て来たぞ!」
公安庁のスタッフがすぐに武器を構え、モンスターを迎え撃とうとする。しかし、ガーゴイルはその巨体を活かして猛然と突進し、スタッフたちは対応に苦戦していた。
「はん、A級かよ……相手にするだけ時間の無駄だな」
張がゆっくりと前に出ると、右手に光り輝く巨大な鉄槌を握りしめた。
「見せてやるよ、日本人どもにな!」
そう言い放つと、彼は一気にダッシュし、目の前のガーゴイルに鉄槌を振り下ろした。轟音と共に地面が揺れ、モンスターの頭部が一撃で粉砕される。
「うおおっ!?」
「一撃だと……!」
観衆の驚きの声が響く中、さらにもう一匹のガーゴイルが張に向かって突進してきた。しかし、張は振り向きざまに鉄槌を横薙ぎに振るい、そのモンスターも瞬時に吹き飛ばされ絶命した。
「どうだ日本人!?これが鍛え抜かれた中国の力だ!」
その直後、残った一匹のガーゴイルが、上空から油断している張に襲いかかろうとした。しかしその刹那に、林 陽華が引き絞った弓を放つ。
陽華の放った矢が雷鳴と共に空を切り裂くと。矢は正確無比な軌道でガーゴイルの額を貫き、その巨体を地面に叩きつけた。
観衆は息を飲み、カメラを持つメディアやダンジョン配信者たちは一斉にその光景を撮影していた。
「これほどか……中国の超S級とは……」
島津連司が呆然と呟くと、伊集院ミレイもただ唾を飲み込むしかなかった。
——S級と超S級とでは、戦い方から火力まで、まるで次元が違う。
すると何事もなかったように指揮官の李 龍天が周囲を見渡し、静かな声で言った。
「さあ始めよう。すぐにここを攻略する。これ以上、この地域に負担をかけさせるわけにはいかない」
その言葉に、張と陽華も頷き、ダンジョンのポータルへと向かう。
「……S級ダンジョンをいくつも攻略できるわけだな」
島津はその背中を見送りながら、ただ呟いた。
ダンジョン攻略が始まる前から、中国チームの実力に観衆は圧倒され、日本側のハンターたちの立場の小ささを痛感させられる一幕となった——