第28話:闇に霞むこの国の未来
ダンジョン公安庁の執務室。長官、本間総一郎は、大量に積まれた報告書を前に深いため息をついた。
部屋には幹部数名が集まり、緊迫した空気が漂っている。
「これで、今年だけで新たに発生したS級ダンジョンが……10箇所目か」
本間が疲れた声で呟くと、部下の一人が資料を確認しながら頷いた。
「はい、現時点で確認されているS級ダンジョンの総数は10箇所。このうち未攻略のものが8箇所です」
部屋にいる全員が沈黙する。通常なら、日本国内で発生するS級ダンジョンは一年に1箇所程度。それが今年に限って異常なペースで増加していた。
「放置期間が長くなり魔素漏れによる環境汚染が深刻化しています。福岡県のS級ダンジョン周辺では植物の枯死や生態系の異常が確認されました。特に山梨県のダンジョンでは、魔素濃度の急激な上昇で小規模なモンスターがダンジョン外に漏れ出す事態が発生しています」
S級ダンジョンが発生した際、日本政府は内部を調査した後に魔素が漏れないようにS級ポータルの周囲を鉄棺で覆い、真素漏れ対策をする。その後、同盟国であるUSAに非公式で依頼し、超S級ハンターを派遣してもらうことで処理を依存してきた。
しかし、現状でUSAチームには、既に一つのダンジョンの攻略を依頼中で、残りは手付かずの状態となっている。
「……こんな状況でどうやって対処しろというんだ」
本間の苛立ちを隠さない言葉に、部下たちは答えることができなかった。
まずS級ダンジョンを調査するにもS級ハンターが不可欠だが、日本国内に登録されているS級ハンターはわずか7人。そのほとんどがすでに複数のダンジョン調査に当たっているため、これ以上の追加任務は難しい状況だ。
別の幹部が、諦めたような口調で話し始めた。
「……やはり中国から打診されている協力の申し出を受けるべきではないでしょうか?中国は、国家規模で『超S級』と呼ばれるハンターの育成を進めていますし、この数のダンジョンをUSA一国で対応させるには時間がかかり過ぎます」
公式に認められてはいないが、かつて政府の実験で生まれたS級を攻略可能な『超S級』のハンターが国内に3名生存していることは確認しているが、その所在は不明となっている。
「我々も、超S級の研究を継続すべきだったのかもしれんな……」
本間が悔しげに呟く。
「ですが、日本ではダンジョンの軍事利用に対する世論の反発が根強いです。ましてやハンターの『超S級化』には倫理的な問題がつきまといます……訓練施設の凍結も致し方ない処置でした。悔しいですがそれがこの国の現実です」
本間は椅子に深く座り直し、顔を手で覆った。
「だが……このままでは国がもたない。資源の損失だけでなく、国土の環境そのものが侵される……0級の彼の所在は未だ不明なのか?」
「ここ一週間捜索してますが、0級の佐藤カイと、パートナー本間リサの所在はつかめていません。どうやらあの、神楽アヤメが絡んでいるようです」
「神楽アヤメ、超S級の生き残りか……一体なにを考えている」
別の幹部が慎重に言葉を選びながら提案した。
「すでに外交ルートを通じて中国との交渉は始めています……中国側からは、協力の条件として『ダンジョン攻略の情報公開』と『S級資源の共同管理』を求められています」
「つまり中国の国威宣揚に利用した上で、日本のS級ダンジョン資源を……明け渡せということだな」
本間は眉間にしわを寄せた。
「ええ。しかし、これ以上S級ダンジョンを放置するのは危険です。早急な攻略が必要です」
「……わかっている。だが……くそっ」
本間は机を叩き、立ち上がった。その目には明らかな苛立ちと焦燥が浮かんでいる。
「ならば、ダンジョンへの一般参加と配信を条件に加えろ。せめて、国民に現状を伝え政府にも危機感を共有してもらう。なにより中国チームの攻略を利用して日本のハンターたちにも学びを与える材料とするんだ。国民の信頼を得るには透明性が必要だ」
「了解しました。ただ……中国チームが日本を圧倒する姿を見せつけられれば、国民からの批判も強まりますが、よろしいのですか?」
「それでも構わん。現実を直視させることも、今後の対策にも必要だ。必要なのは結果だ……そして、現実を目の当たりにした後に、我々がどう立ち上がるかだ」
本間は幹部たちを見渡し、強い声で指示を出した。
「配信の準備を進めろ。中国の超S級チームには全力で攻略に当たってもらう。そして……日本のハンターと配信者も同行させるんだ。彼らが現実を知り、自分たちの限界を感じることが次への布石になる」
その言葉に幹部たちは静かに頷き、執務室を後にした。
深いため息と共に、本間は窓の外を見つめた。そこには、暗い夜空と山の向こうに広がる日本の未来が霞んでいた——