第26話:究極進化とリスク
十分に休息をとったカイとリサは、施設の簡易リビングに並んで座り、手に持ったスマホの画面を見つめていた。
リサは少し緊張した表情で画面をスクロールし続け、カイはぽかんと口を開けたままだ。
「ちょ、ちょっと待って……リサさん、これ本当?」
「うん、私も信じられないけど……本当みたい」
リサのスマホには、彼女の動画配信チャンネルの登録者数が表示されている。それは「235万人」。一方、カイのスマホには「310万人」という数字が浮かんでいた。
「一夜にして、ここまで増えるって……本当にあのダンジョン攻略、どれだけ注目されてたの……?」
「うん、これだけ見られてたら、もう下手なことはできないね……」
二人が呆然としている間にも、コメント欄は活発に動いている。応援や感動の声が溢れる中で、一つの意見が目立っていた。
【チーム名があれば#タグとかまとめやすいんだけどな】
【いい加減、カイたちもチーム名決めてくれよ!】
【たしかにファンアート作りたいけど、統一感がないな】
【やっぱチーム名ないと拡散しづらいって】
リサがため息をつきながら、画面をカイに見せる。
「ほら、みんなが言ってる。チーム名を決めないと、次に進めないって」
「えー、チーム名かぁ……」
カイは腕を組んで考え込むが、すぐに顔を上げる。
「リサさんが決めたらいいんじゃない?リサさんのほうが先輩だし」
「はぁ?それじゃアンタ、責任逃れしてるだけじゃない!それに、これだけ注目されてるのにダサい名前だったら笑われるでしょ!」
「じゃあ、リサさんはどんな名前がいいと思うの?」
「えっと……『紅蓮の炎』とか?」
「……なんかいかにも厨二っぽくない?」
「何よ!じゃあカイは何かいい案あるの?」
カイとリサが互いに睨み合い始めたところで、部屋のドアが開き、アヤメが入ってきた。
「楽しんでるところ申し訳ないんだけど……そろそろ、この施設について説明しないといけないわねぇ」
二人は声を揃えて振り返った。
「アヤメさん!」
「え、もう話してくれるの?」
アヤメは軽く肩をすくめて微笑んだ。
「USAと中国のS級ハンターが、さっき入国したらしいわ。思ったより動きが早いのよねぇ」
「それって、ボクたちを探しにくるってことですか?」
カイが困ったような顔で尋ねる。
「そう決まったわけじゃないけど……タイミング的に無関係とは言えないかなぁ」
「あー面倒くさいな……私たちはただダンジョン配信したいだけなのに」
そういうとリサはソファーに深くもたれて天井を見上げた。そんな二人の様子を眺めながらアヤメはゆっくりと話し始めた。
「だから……あなたたちがここで何をすべきなのか、なぜ連れてきたのかを早めに話すべきだと思うのぉ。でも、その前に見せたい場所があるの」
三人はアヤメに連れられ、施設の奥へと進んでいった。通路は静まり返っており、壁には無数の配線が走っている。やがて、厳重なセキュリティが施されたエレベーターの前に辿り着いた。
アヤメは操作パネルに手を伸ばし、認証キーを取り出すと、その表面に指を滑らせた。パネルがピピッと音を立て、青い光を放つ。
「え、なんかすごい厳重じゃない?」
リサが呟くと、アヤメが薄く笑う。
「ここはただの秘密基地じゃないからねぇ。この先にあるのは、かつて日本がS級ハンターを超越する存在を生み出そうとしていた研究施設よ」
「S級を超越……?」
カイが聞き返すと、アヤメは頷いて続けた。
「大国はすでにダンジョンの本質を解明しつつある。そしてその力を軍事利用し、さらなる強化を進めている。USAや中国では『超S級』と呼ばれる規格外のハンターがすでに何人も生まれているわ。その過程で得た知識や技術の一部は、日本にも流れてきているの」
「それがこの施設?」
「そう。でも、その研究は今では凍結されている。理由は簡単よ。『強化に伴う副作用が大きすぎた』から」
エレベーターが到着し、扉が静かに開く。四人はその中に乗り込むと、アヤメが階数ボタンに無い、さらに奥深くの階層を特殊な操作で指定した。
「副作用って、どんな?」
リサが恐る恐る尋ねると、アヤメは少し間を置いて答えた。
「まず悪夢や幻覚を見るようになる、それに耐えきれず精神が崩壊したり、身体や感情を制御できなくなったり……。要するに、人間をやめる覚悟がなければ、S級より先へ強化はできないってこと」
「そんな非人道的な実験が……」
眉間にしわを寄せて不機嫌な顔をするカイに、アヤメは小さく笑いながら答えた。
「でもね、日本にも、その当時に強化された人間が……数人だけいるのよ」
「その成功者って……まさか」
カイがアヤメを見つめると、彼女は微笑を浮かべたまま静かに答えた。
「ええ、その一人が私よ」
壁に取り付けられた小さなモニターに、進行するフロアの数字が徐々に減っていくのが映る。
「じゃあここが、その施設だった……?」
カイがぽつりと呟く。モニターの表示はすでに地上から30階以上も地下へ到達している。
「ええ。ここはかつて、S級ハンターをさらに進化させるための訓練場だったわぁ。普通の人間が入るべき場所じゃないわねぇ……まあ、君たちは特例だけど」
アヤメが涼やかな声で答える。彼女の言葉の裏に隠れた含みを感じ取り、リサは不思議そうに眉をひそめた。
「進化って……どういうこと?」
「そうねぇ……ざっくり言えば、ダンジョンで得た知識や力を科学的に分析して、人間をダンジョンに最適化させる進化実験……かしらねぇ。……USAや中国の『超S級』研究はすでに実戦レベルに達してるわ」
「超S級……実戦レベル……」
カイが呟くと、アヤメは少し真剣な表情になり、説明を続けた。
「大国の『超S級』ハンターは、日本のS級なんて比較にならない強さを持ってる。彼らはダンジョンの法則やアイテムを徹底的に研究して、自分たちの体に応用しているからね。たとえば、リサが今持ってる“紅蓮の誓環”。あの指輪が生み出す力は、大国の基準で言えばようやく超S級の入り口ってところかしら」
「私のあの力が、入り口ですって……」
リサは、自分の指に光る赤い指輪を見つめながら呟いた。
「そう、その力を使いこなすには、訓練と理解が必要なのよぉ。下手に力を振るえば、副作用で自分の精神と肉体が崩壊するわよ……あなたすでに悪夢を見てるでしょ」
アヤメの言葉に、リサはハッと息を呑んだ。
「まあ、そういうわけで……ここで少し、自分を試してみない?」
アヤメが楽しそうに微笑むと、リサはすぐさま反応した。
「試すって、何を?」
「簡単よ。どれだけあなたがその指輪を、『超S級』の能力を使いこなせるか見せてもらうってこと」
その挑発的な言葉に、リサは目を細めた。
「いいわ。私がどれだけ強くなったか、あなたに見せてあげる」
エレベーターの扉が開くと、そこには広大な訓練場が広がっていた。天井は高く、金属製の巨大なドーム状の空間が見渡せる。中央には何もない平坦な闘技場があり、周囲には観覧席のような構造が設けられている。
「なんか……こんな場所にいたことがある気がする」
カイがぼそっと呟くと、リサが不思議そうな目でカイを見つめた。おそらくカイは何らかの方法で、特殊な訓練を長い期間受けていたような形跡がある。
「ここが……訓練場?」
リサが息を呑む中、アヤメは悠然と歩き出し、闘技場の中央で立ち止まった。
「そう。この場所でかつて、私たちは“超S級”になるための実験や訓練を受けたわ。——何度も、何度もね」
「だからこの施設に詳しいのね」
「でも、その過程での精神的な副作用や身体の負荷が大きすぎて、今では人道的理由で凍結されてる。ここに来るのも久しぶりねぇ……懐かしいわねぇ」
アヤメの言葉に、リサが少し警戒したように眉を寄せる。
「……それで?あなたは超S級なんでしょ?どれくらい強いのか見せてくれるの?」
「いいわよ。でも、その前に……少しだけ忠告しておくわね」
アヤメがリサを真っ直ぐに見据え、その声のトーンを落とした。
「リサ、あなたは間違いなく強くなってる。でもね、本当の戦いは単純な力の差じゃない。相手を知り、自分を知ること。それができなければ、どんな力も無意味よ」
「そんなの、やってみなきゃわからないでしょ?」
リサは挑発するように言い放つが、アヤメはただ微笑むだけだった。
二人が闘技場の中央に立つと、カイとメイは少し離れた観覧席に座って見守ることになった。
「カイ様、リサ様は大丈夫なのでしょうか?」
メイが静かに問いかけると、カイは少し心配そうに頷いた。
「たぶん……火力で負けることはないね。でも……油断はできない。アヤメさんから、なにか得体の知れない力を感じる……」
「はい、私もあの神楽アヤメという人は、かなり強いと思います」
闘技場では、リサが紅蓮の誓環の力を解放し始めていた。
指輪が赤い光を放ち、彼女の全身を炎が包み込む。その姿はまるで炎そのものが人の形をとったかのようで、圧倒的な存在感を放っている。
「準備はいい?」
アヤメが静かに尋ねる。
「もちろん。いつでもかかってきなさいよ!」
リサが矢を構えると同時に、アヤメは腰に携えた剣を一本抜き、軽く構えた。その剣はどこか異質な輝きを放ち、刃には無数の模様が浮かび上がっていて、見る者に精神的な圧迫感と底知れない力を感じさせる。
「いまのあなたの、現実を——教えてあげる」
アヤメが挑発的な笑みを浮かべ、腰に手を置いた。その仕草にリサは眉を上げた。
その言葉にリサの瞳が燃え上がる。
「上等よ!手加減しないから覚悟してよね!」
——究極進化を目指した者と紅蓮の力、その激突が始まる!




