第24話:国家間摩擦を生む存在
ダンジョンを出た瞬間に押し寄せる群衆の波と無数のカメラ。フラッシュの光がカイたちの目を刺し、質問の嵐が四人を呑み込む。
「カイ……どうするこれ……?」
リサがカイに顔を寄せ、小声で尋ねる。
「どうするって言われても……とりあえず、アイさんを救護班へ」
カイは背負っている狭山アイを気遣いながら、人の波をどうにかして突破しようとするが、それを邪魔するかのように記者たちがさらに詰め寄る。
「本当にS級ダンジョンを攻略したんですか!?」
「その黒髪の女性は何者ですか!?」
「その怪我人は誰なんでしょう!?」
「あーもう、うるさいっ!」
リサが苛立ちを隠せない声で言うが、それでも人々の勢いは止まらない。
そのとき、後方で様子を見ていたメイが静かにカイに近づき、小声で囁いた。
「カイ様、この連中、私が排除いたしましょうか?」
その言葉に、リサが目を丸くする。
「ちょっとメイ、やめてよ!?こんな所で暴れたら、大事件になるに決まってるでしょ!」
「ですが、カイ様が困ってらっしゃるので……たぶん10秒もかからないです」
メイが冷静に答えるたびに、カイは慌てて手を振る。
「ダメだよ、メイ!ここは人間の社会だし、みんな悪意があるわけじゃないんだ。ただ……ただちょっと熱心すぎるだけで……」
「理解しました。では、この場をどうすれば?」
メイが首を傾げてカイを見る。その純粋すぎる瞳に、カイは一瞬返答に困る。
「えっと……うまくやり過ごそう!」
「うまくやり過ごす……具体的には?」
メイの問いに、カイは頭を抱えながら適当に答える。
「ほら、メイ!笑顔で!とりあえず、みんなにニコニコして!」
その言葉を聞いて、メイは一瞬考え込み、次の瞬間、ぎこちない笑顔を浮かべて群衆に向き直る。
「皆様、どうぞお静かに……カイ様を通してくださいませ」
しかし、その美しい立ち姿に、記者たちは逆にざわつき始める。
「めっちゃ美少女だな、配信者にこんな子いたっけ……」
「本当に彼女、何者なんだ?S級ダンジョンの中でどんな活躍を……」
「え、もしかしてカイ君の、新しい恋人!?」
その言葉にカイとリサが同時に大声をあげる。
「ちがうよ!」
「ちがうわよ!」
「カイ様が望まれるなら……わたしは構いません、むしろ光栄ですが」
リサは溜息をつきつつ、カイを横目で睨みながら腕を組む。そのとき、群衆の中から狭山京治が姿を現した。
「カイ君……ありがとう!妹を助け出してくれたんだね!」
彼は妹を背負ったカイを見て、目に浮かぶほどの安堵を浮かべていた。
「狭山さん!彼女、かなり弱ってます!治療が必要です!はやく病院へ」
カイが必死に訴えると、京治はすぐにカイの背中から妹を抱き取った。
「分かった!本当に……よく生きててくれた。あとは俺がやるから。君たちも、疲れてるだろうし奥の車両で休んでくれ」
狭山京治が記者たちを制しながら、妹を連れてその場を後にすると、カイたちは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
だが、周囲の記者たちはまだ動きを止めない。
「カイ君!もう少しだけ、コメントをお願いします!」
「リサさん、あなたはどのように戦ったんですか?」
「黒髪の少女の名前を教えてください!」
カイがどうにか場を治めようとするが、その様子を見ていたメイが再び冷静な声で告げる。
「カイ様、排除が不可なら……全員を超硬糸で拘束しますが、いかがですか?」
「だからダメだってば!」
リサが半分笑いながら、メイの肩を叩いた。
「メイ、わかってないわね。こういうときはね、適当に言葉を濁して逃げるのが一番なのよ」
「なるほど、では濁すとはどういう——」
「カイ、ほら早く!もう行くよ!」
リサがそう言ってカイの腕を掴み、強引に歩き出す。
「え、えぇっ!?あの、待って……メイもちゃんとついてきてよ!」
その隣で、メイは少し不思議そうに言葉を漏らした。
「カイ様、人間社会というものは思った以上に……複雑ですね」
「だよね……もうボクもこんな状況は初めてだよ、本当に勘弁してほしいよ……」
リサはそんな二人を見ながら、小さく吹き出した。
「まあ、これも人気者の宿命ってやつでしょ。慣れていくしかないわね」
「ボクが人気者?……一生日陰でよかったのに」
そうぼやくカイの声に、リサは笑いを隠せないまま肩をすくめた。
カイたちは狭山京治が用意した車両に乗り込むつもりで、彼の背中を追おうとした。しかし、その瞬間、遠くから低く唸るようなエンジン音が響き渡った。
「え?……なにあれ」
リサが振り返ると、群衆の隙間を縫うようにして、一台の巨大な民間装甲車両が近づいてくるのが見えた。厚い装甲に覆われたその車両は、軍事用かと思うほどの無骨なデザインをしており、側面には目立たないような簡素なマークが描かれている。
「これって、軍……警察?こんなの見たことない……」
リサが驚いたように呟く。
装甲車両はそのままカイたちのすぐ近くで停車した。車両の側面がガシャンと音を立てて開き、中から一人の女性が降り立った。
「久しぶりね、カイ君」
その涼やかな声に、カイは驚きとともに顔を上げた。
「あなたは……神楽アヤメさん!?」
それは、かつて自分を呼び出したフリーのS級ハンター、神楽アヤメだった。黒いハンター用のボディスーツを身にまとい、腰には数本の剣を携えた彼女の姿は、あの時と変わらない。ただ、今回は少しだけ柔らかな表情を見せていた。
「困ってるんでしょお?——さあ乗って!」
彼女は短く笑うと、カイとリサ、そしてメイに視線を向けた。
「えっ……いや、でも……」
カイが躊躇する間にも、記者たちは装甲車両の存在に気付き、再び群がり始めていた。
「……いい男は即断即決よぉ!ほら!」
アヤメは面倒くさそうに肩をすくめると、手を差し伸べた。
「それともぉ、このままマスコミの夕飯のネタにされる気?」
リサが先に動いた。
「まあいいわ。ここに残るより遥かにマシそうだしね!」
リサが手を振ってメイを促し、カイを引っ張るようにして装甲車両に飛び乗る。
「ちょっと待って!事情を説明してくれないと……!」
カイが困惑する中、アヤメは最後に自分も車両に乗り込み、ドアを閉じた。
「説明は後よ。ドライバー、出して」
エンジンが轟音を立て、車両はスムーズに動き出した。後方では記者たちがさらに押し寄せるが、分厚い装甲に囲まれた車内には、その騒音がほとんど届かない。
◇ ◇ ◇
車内は意外と広く、しっかりと座席が配置されていた。リサはひとまずシートに腰を下ろし、深いため息をついた。
「ふぅ……なんか今日は疲れることばっかりね」
メイは車両の中をきょろきょろと見回しながら尋ねる。
「カイ様、これが……普通の人間社会の乗り物なのですか?」
「いや、こんなのに乗ってる人は……たぶん普通じゃないよ」
それを聞いたアヤメが笑いながら話し始めた。
「たしかに!それよりカイ君」
アヤメはカイに向き直ると、じっとその顔を見つめた。
「噂は聞いていたけどぉ……本当にS級ダンジョンを攻略したのねぇ。あの状況でたった二人、それも片方がほぼ新人の君だなんて、普通じゃありえないことよぉ」
「えっと……リサさんと協力したからなんとか……」
「謙遜する必要はないわ。配信を見てたけど、あのボスの強さは今まで見てきたボスとは次元の違う強さだった。しかもぉ?あれを倒すどころか、懐柔したようにさえ見えたわよぉ」
そう言いながらも、アヤメの表情はどこか意味深だった。
「……でも、カイ君。君、少し危ういわね」
「え?」
アヤメは真剣な顔で続ける。
「君のその力、いずれ大きな災厄を呼び込むかもしれないわよぉ……」
その言葉に、車内の空気が一瞬張り詰めた。リサもメイも思わずアヤメの顔を見る。
「冗談みたいに聞こえるかもしれないけど……私にはわかるの。君の周りには、ただ事じゃない何かが近づいている」
「何かって……」
カイが言葉を探す間にも、アヤメは鋭い目で彼を見つめ続けた。
「あなたは国が認めた日本で唯一の0級ハンターだけどぉ……海外には君以外にも0級という存在がいるのよぉ」
「カイみたいな存在が、他にもいるってこと?」
リサが驚いた顔で反応する。
「同じ強さかはわからないけどぉ……まあ、相手にとってカイ君は、国家間の摩擦を生み出す厄介な存在だということは確かよ」
その言葉の重さにカイは沈黙した。一方、リサは軽く息を吐き、わざと明るい声を出す。
「ねえねえ、そんな怖い話はいいじゃない。とりあえずどこに向かうの?」
アヤメはリサに向き直ると、短く答えた。
「一旦、安全な場所へ行くわ。少し休めるところを確保してある」
装甲車両はそのまま街を離れ、広い道路を走り抜けていく。その行き先には、まだ誰も知らない新たな騒動の影が待ち受けていた——