第2話 入学試験
私と凛は昼食のラーメンを食べ終え、作戦会議のため地下にある訓練場へとやってきた。
「丁度誰も使わない時間帯で良かったわね。で、雪。色々と考えることがあるし、今から3年間の計画を立てる…からね」
「はーい」
訓練場には机と椅子があったり、休憩するためのドリンクが置いてあったりする。これが結構便利で、しかも地下にあるから防音もばっちりなのがいい。動きやすい場所だと思うな。
「まずは、偽名。だよね。後、私たちの関係性をどうするか」
「えぇ。偽名は必要になってくるし、正体を隠すことは接近するうえでかなり大事だから」
「名前かぁ」
どういう名前にしたらいいんだろうか。しっくりくる感じの名前がいいよね、きっと。
「名字から変えるんだもんね」
「えぇ。血のつながらない双子として同じものを使ってもいいかと思うのだけど」
「…なるほど…」
私は悶々と考える。凛と私の髪色は似ても似つかない。なら、どちらかのイメージにそろえた方がいいよね…。どーしよっかな。
「あ、星つけるのいいんじゃない?」
「星?あ、そう言うことね。なら、永遠の星で永星はどうかしら。それで、それに合う名前を考えましょ、お互いに」
「いいね!考えるよ」
星っていうのは、私たちがペアで活動するときにスターのようにを合言葉にして依頼を遂行していたから。そこからピンと来たんだけど、思った以上に凛が乗り気になってくれてよかった。
となると、永星に合う名前にしないとね。私の髪色は水色だから、それも合わせた名前にしたいな。
「…永星、りさ。にしようかな、私は。凛と似ているし、ちょうどいいわ」
「え、決めるの早。漢字についても決めるんだよ?」
「それについては梨に咲くと書いて梨咲よ。良いでしょう」
凛はそう言って、ニコッと笑う。凛という名前がしっくりしすぎているから違和感があるけれど…。
私の名前はパパが水色の髪を見て雪みたいだから雪となった。もとより同年代よりも小柄だから違和感は感じないけど。
「…私、スイレンの花から取って、蓮にしようかな。永星蓮。私の瞳、ピンク色だからしっくりくるし」
ふと思い浮かんで、私は凛にそう言う。
「良いんじゃないかしら。それじゃあ、願書に書いておくわね」
「…がんしょ…?」
凛は私の名前に首を一つ縦に振ってくれる。そして、どこからか紙を2枚取り出して、そこに書き込んでいく。初めて聞く言葉に、私は首を傾げ、凛に質問をした。
「私、初めて聞くんだけど、がんしょって何?」
私のそんな質問に対して、凛は驚いた表情でペンを置いてこっちをじっと見てくる。あれ、おかしなこと言った?そう思っていたら、一つため息をついて凛は教えてくれた。
「はぁ…。まぁ、縁が無ければ聞く機会も知ることもないか。…願書っていうのは、こうして高校に入るときとかに試験を受けるために、基本情報を書いてあらかじめ受ける先に知ってもらうための物よ。ここに入りたいですってことね。漢字で書くなら、願うに書く、よ」
「へぇー。面倒くさいやつだ」
「学校によっては面接があってその際に書いた内容について聞かれるって話もあるわね。春姫高校には無かったと思うけど」
なるほど。面接ってあれか、潜入調査しているメンツから聞いたことあるやつだ。なんだっけ、嘘がバレやすいし、何より人によってはやりずらいんだっけ。
というか、その願書を書いてもらう分にはいいけど、バレたり怪しまれたりすることは無いのかな。
「まぁ、基本情報って言っても能力の有無と名前、それからちょっとしたアピールポイントのみのシンプル構成だけど。…あ、雪の能力ってどう書いたらいい?能力について書く欄もあるから」
再びペンを握って書き込みながら、凛は私にそう聞いてきた。
「能力は、武器創造。でお願い。一番怪しまれずに、自分の戦い方を増やせるからってボスが言ってたし」
「武器創造って、自分の技量がものを言うやつか…。結構面倒くさいこと押し付けられたわね、雪」
「まーね。別に強くなれるなら頑張る気ではいるけどね」
確かに、その能力を使っている者が上の方の立場にいることも活躍している話も聞かないもんなぁ。
逆に言えば、いい意味で目立てる可能性もあるし、今回の依頼にはうってつけの能力な気もする。…私が上手く使えるようになる必要がある、っていうのは少々面倒くさい…かな。
「その向上心は私も見習わないといけないわね。時々無茶な戦い方しちゃうし」
「なら、ここで少し訓練していけば?サンドバッグで良ければやるよ?」
凛のその言葉に私は冗談交じりの声でそう聞いてみた。
「…雪のサンドバッグはサンドバッグじゃないから却下で」
露骨に嫌そうな表情を浮かべ、凛はそう答える。ま、そうだわな。っと、私は本題へと話を戻す。
「ですよね。…で、実際入学した後は、どうする感じ?」
「あ、そうね。えっと、とりあえずこれを見てもらって良いかしら」
そうして凛から渡されたのは、学校の年間行事予定表。確か入学後に渡される予定の奴だった気がするけど、先輩組から借りてきたんだろうか。
「年間行事予定表…」
「そう。で、これを見れば分かると思うんだけど、昇格試験は年に3回あるの」
「あー、教室のレベル上げるのに利用されるやつだっけ。定期試験とはまた別だって聞いたよ」
凛は私の方を見ることなく、願書を仕上げながら説明を続けてくれる。
「そう。で、クラスを上げるためにはその試験でトップ10以内に入る必要があるらしいの」
「トップ10....。まぁまぁ難しいね。でも、それ以外にも上げる方法はあるんだよね?」
「試験でトップ100以内に1年とどまり続けるか、定期試験で学年上位を維持し続けるかすれば、2回上がるチャンスはある。…相当難易度は高いものだと見て良いと思う」
クラスを上げる条件の説明を聞きつつ、私は改めて面倒くさい依頼を受けてしまったことを自覚した。とはいえ、いくらでも実力の調整は聞くし、うまいことやればクラスぐらいいじるのは楽ではあるかな。多分だけど。
「じゃあ、クラス把握して上の方だったら昇格試験のトップ10を狙うのが近道ってことか」
「そうなるかな。あんたなら楽に上がれるだろうけど、怪しまれない様にする必要があるからね。そこには十分気を付けないと、あんたの方が目を付けられる羽目になる。そうすると、私がボスに怒られるから、いつも気を付けててほしい」
上げるぐらいならとそう言ったら、凛に念を押された。確かにそれはそうよね。考えて動かないと自分の身が危うくなっちゃう。…ちゃんとそこは飲み込んだうえで行動するように気を付けよう。入学試験もうっかりやりすぎないようにしないと。
「はーい。あ、試験はいつある?」
「来週にある。で、再来週に合否の発表があるっぽい」
「あー、結構スムーズに決まるのね。気を引き締めないと」
来週ってことはともかく、一週間で決まるとなれば…かなり不安要素が強いかも。弱く見せつつ、合格ラインを超える…。なんて難しい課題なんだか。
「いやー、実力出せるかなー。私、本当に何か武器を持って戦うってことは無かったし」
「それなら、この一週間頑張って動き方ぐらいは身に着ければ?あんたなら一週間もあれば形になるだろうし、幸いにも訓練相手には困らないでしょ」
「…なるほど。でも、凛は協力してくれないよね?」
「別に構わないって言いたいけど、その通り。別件の依頼が何個かたまってるから、入学前までに片付けないといけないから」
凛にそう言われて、そうだよねぇ。と思った。さっきは私がサンドバッグになることで指標にならないからいやだったんだろうけど、凛は実際パパに頼られる一人。本当に何件かまとめて依頼を引き受けることがよくあるんだよね。私よりは忙しいんじゃなかろうか。
「まぁた沢山引き受けたの。入学前に体を壊さないでよね」
「そこは大丈夫。自己管理はできてるから。…っと、これで出せば完了かな」
「お疲れ様ー」
凛は私の心配にさらっとそう答えて、書き終えた願書をそれぞれ別の封筒に入れていく。
「誰か暇している下っ端に出させてくる。雪はどうする?」
「このまま自主訓練かなぁ。誰か声かけてきてくれない?リビングに戻るなら」
「了解。無理しないでね」
「それは知ってる。よろしくね、凛」
封筒を持って訓練場を出ていく凛に私はそう頼みごとをする。訓練に相手は不可欠。いや、私に付き合える人は普段いないからやることないんだけど。今回は使ってこなかった武器での戦い方を知る必要があるからなぁ…。
「…あ、そう言えば昼ごはんはメルが担当してたっけ。なら、予定空いてそう」
一人ぼっちになった訓練場で私はそうぼやく。メルはかなりの実力があって、特に剣を持たせると勝てる人はいない。というか、武器の扱いに精通しているメンバーの一人だった気がするんだよね。
それにその日当番が入っている人は実質お休み扱いになるようにパパが調整している。ということは、他に遊びに行く予定を入れていなければ、訓練に付き合ってくれるかも。
「ま、そんなことより自主訓練だよね。急遽決まったものとはいえ、自分がどこまでできるかとかの設定を考えないとだし」
私は立ち上がると、訓練場に置いてある訓練用のサンドバッグに目を移した。
「とりあえず、剣から試そう。まず、長剣。後、双剣もできるか見ないといけないけど…。長物だと大変なのかな」
すっと右手を前に出し、イメージを固める。そして、能力を展開させると、そこにはスラっとした特に目立った装飾の無いシンプルな長剣が現れた。
それを前に出していた右手で手に取る。うん、イメージ通り、かな。
「そこそこ軽いタイプにしたけど正解だな。普段使う時は強化したりして補えるけど…。3年間はこの武器たちと今の体で戦っていくんだから、体も鍛えていく必要あるか…?いや、そこはコントロールで何とかするか」
残念だけど、武器創造の方々の常識は分からない。これがおかしいことやってるみたいになるかもだけど、そこは機転を利かせていこう。
後、武器創造の能力持ちの方とは何回か戦ったことがあるけど、そう言えば武器が何もないところから現れるのかっこよかったなぁ。普通に素手だし行けるっしょと思っていたところでガトリング構えられたのは普通に泣きそうになったっけ。
「えっと…。とりあえず振ってみよう」
ちょっと悲しい記憶を引き出してしまい、私は慌てて切り替える。
両手で剣を握りなおし、そのまま何回か自己流で振ってみた。…んー、動きずらい…?
「他も作ってみるか」
とりあえず剣を消すと、今度は短剣を作って握る。そして、訓練用の人形に切りかかった。
今まで見てきた人と同じような動きをしようとしてみるけど、やはり体は思うように動かない。しかし、片方で突っ込みつつ、もう片方で防御することが出来るというのは中々良さそうかも?
「――相変わらず、おかしな才能があるわよね。雪ちゃんには」
しっくりきた短剣を振ってみたり、防御しつつ攻撃する姿勢を取ってみたりしていたら、後ろから昼間に聞いた声が聞こえてきた。
「あ、メル」
すっと動きを止め、私はその声の方に振り向きつつ、その言葉をつぶやく。やはり、今日は休みで暇しているらしいメルがそこにいた。
「おかしな才能って酷いこと言うね…。元々能力に頼っている私は、少しでも鍛えないとやってられないのよ」
「そうなるのがおかしいし、能力に頼らずとも動けていたあなたに感心していただけよ。後、一応そんなあなたがうらやましくもあるけどね」
メルはこっちに来つつ私の文句をさらっと受け流すと、そう言ってにこっと笑った。
ま、確かにそれなりに戦う方の戦闘能力は高いし、色々と呑み込みが早い方だというのは自慢できることだとは思ってるけどね。
「…まぁ、それは良いか。で、メルが来たってことは訓練相手になってくれるってこと?」
とりあえず、ここでメルと無駄口をたたくことは時間の無駄になりかねないと判断した私は、メルの方を向いたままそう聞いた。