第1話 始まり
久しぶりの長編シリーズです。新作です、楽しんでいってください。
「…ん…」
目覚ましの音が聞こえて私は目を覚ます。とはいえ、バイブレーション機能のおかげで振動の方がウザいんだけど…。
っと、いい加減止めるか。
「…やばっ、寝過ごした…」
ベッドの上でうるさく鳴り続ける目覚まし時計を止め、その時間を確認して焦る。
「今日は朝から用事があるって呼び出し食らっているのに、もう昼前じゃんか」
ベッドから出て素早く着替える。呼ばれたのは午前中で特に時間指定は無かったけど、流石に11時は許されないよね。
私、水野雪はドタバタとしながら、呼ばれた相手の元へと向かった。
「――おはようございます、ボス。寝坊しました」
部屋を出て一階上がったところにその相手の部屋がある。私はその部屋のドアをノックすることなく勢いよく開け、そう言ってその部屋に入った。
私の相手はボス。つまり組織のトップで、私はその組織の中では立場がボスの次に偉いぐらいではある。…とはいえ、ボスに逆らうわけにはいかないんだけど。
「…朝から元気で何よりだ、雪。後、2人の時はそう呼ぶなと言っているはずだが?」
「あー…。はいはい、そうだったね。で、パパ。今日の用事は何?わざわざ朝から呼び出したんだから、重要な用事じゃないと怒るんだけど」
ボスにそう注意されて、私は呼び方を言い換える。そして、そう聞いた。
私の父親は、氷野優真って言って、なんでも屋のトップを務めている。まぁ、私にとっては雇い主であり、血のつながらない父親でもあるんだけど。その見た目はいかにも優男っていう感じで黒い短く切った髪と、目の色は茶色。ひょろひょろで力だけなら、かなり弱い部類に入る。とはいえ、頭はよく切れるから舐めてると気づいたときには手遅れになっていたりするのがこの人。…口車に乗せるのも上手なんだよねぇ…。
「あぁ、これをまずは見てくれ」
「ん?」
ボスに渡された紙を受け取ってその内容に目を通す。
差出人は国のお偉いさんで、えっと奇跡の力についての調査…?あー、王家にとっては奇跡の力は邪魔なのね。でも、調査と言うだけだし結構楽な依頼なんじゃないかな。
「で、これがどうしたの?」
特にこれと言って何か特別なことがあるとは思えないし、こういう調査系っていつもは私じゃなくてメンバーに得意な人がいたはずなんだよねぇ…。とは言えないけど。
私は一旦そのことを飲み込むと、ボスにそう聞いた。私にやってほしいことが調査なら断ろう。
「その奇跡の力を持つやつに接触するには学校に通うのが良いんだよ。来年…いや、今年の春からそいつは名門のあの育成高校に通うって話があってな。お前も春から高1の年齢だろ?接触しやすいってもんだ。教室なんざ、変え放題だしな」
なるほど。名門と言えば、春姫高校か。あそこに入る分には容易いけど、まずは下の教室からいってその対象と接触するためにそのクラスまで上げる必要がある、ってことだよね。
「面倒くさいじゃん。それにここって、いわゆる実力主義の学校だよね?実力によってクラスが変わる…ところ」
「普通に学校に行く気自体なかったんだから、ちょうどいいだろう」
「それとこれとは話が別でしょうが。最低クラスに入るのだるいんだけどなぁ」
この世界には能力と呼ばれるものも存在している。その使いやすさや強さなんかも実力主義の学校では評価に加えられる。つまり、能力が無ければ上位に上がることすら難しい。
奇跡の力を持つ人は自覚があるのならば上のクラスに行くだろうし、そこに実力が伴っているのなら…。そこに肩を並べられるレベルを目指す必要がある、か。接触するためにも信用は必要だろうし、努力している姿は見せたり、期待されていたり。と言った背景も重要となってくる可能性がある。
「…考えこんじゃったか」
「そりゃあ、受けるためには色々と作戦を立てないと。…下手に動いて国に目を付けられるわけにはいかないんだし。どうしようかなぁ」
ボスは私の実力を知っているし、危険レベルの能力を持つ私の存在を隠してくれている。
なんでも屋として活動するときは黒ずくめで目元だけ見えるような格好で、中性的な声で話すし実力はバレない様にしている。つまり、その状態とも共通しない様にした方がいいということだろう。
「まぁ、そこまで気負わないでくれ。この依頼をお前ひとりに託しているわけではないから、そこは安心してほしい」
「…あ、じゃあ何人かとの合同依頼になる感じ?」
「あぁ。お前とほぼ同じ年の凛と、今現在通っている魁人にも依頼を出してある」
あー、あの2人か。なら、気心知れているし助かるかな。
「それと、俺から依頼を出すにあたって一つ提案がある」
そう言って、ボスはこっちをじっと見てくる。流石に何も考えずに依頼を出してくることはしないか。そうだよね、何かやらかして国に目を付けられたらそれこそ大変な事態に発展しちゃうもんね。
っと、そんなことよりもしっかり話を聞こう。
「…パパからの提案?」
「お前の能力を考えて学校でどう立ち回るのかという所を考えていてな。それこそ、お前の能力をフル活用してしまえば大惨事を引き起こしかねないし、俺からしても国に引き抜かれたくはない。奇跡の力を持つやつよりもお前に関心が行くだろうし」
「それはそうだよね」
私の能力…。そういえば話していないよね。私の能力は[この世界に存在する能力を扱う]ものだと一応考えられている。なんで曖昧かと言うと、私自身引き出し切れていないから、把握しきれていない部分が多すぎるというわけ。
奇跡を起こすなんてものよりも、可能性に満ち溢れたこの能力なんて誰から見ても喉から手が出るほど欲しいんだから。
「そこで、使う能力を一種類に絞ってそれを鍛えるというのはどうだろうか。お前は武器を使うことには不慣れだから、[武器創造]を使って上達するというのは良い案だと思ったんだが…」
[武器創造]、確か見たことある武器を無から生み出すことが出来る能力だっけ。本人にその武器を扱う技量が無ければ無意味だけど、言い換えればその技量さえ身に着けばかなり強力なものに生まれ変わる。
結構いい案出してくれるじゃん。結構ありだなぁ。
「能力を…一種類に絞る…。確かにそれならバレる可能性は下がるし、疑われる危険も減る。それに、私自身のスキルアップにもつながるかもしれない…」
「そういうことだ。どうだ?」
私の考えを聞いて、ボスは確認を取ってきた。ボスからしてみたら、この依頼がうまく行けばもっと義理の娘の身が安全になるし、その能力者に完全に世間の興味を持って行ってほしい面があるんだろうな。それに、私にもちゃんと学校生活を送ってほしいって気持ちもあるんだろう。
「…。うん、この依頼受けるよ。パパの案貰って、学校楽しんでくるね。ちゃんと依頼の方もしっかりこなすよ」
ニコッと笑って私は依頼の紙を握りしめた。高校の3年間、どうなるか分からない。
自分の能力バレの危険と隣り合わせの世界に足を突っ込みたくはなかったし、これからもすることは無いんだと思う。これが最初で最後。
「そうか。なら、凛と2人で入学テストを受けに行ってもらって、学校入学の準備を進めよう」
「分かった。それじゃあ、お昼ご飯食べに行ってくる」
「あぁ」
ボスとの話を終えて、私は部屋を出てリビングへと向かう。もうお昼の時間だし、流石にお腹が空いたよ。
「(奇跡の力、ねぇ…。扱い方間違えれば自分の寿命を削る能力だけど、そこはちゃんとわきまえているのか…)ま、考えていても仕方ない。やばそうならなんとかしてあげよう」
歩きながら私はそんなことを考える。
能力という物は、デメリットなしで使えるものではない。そりゃあ、軽いものとかなら代償なく使えるけど。それこそ限界を超える身体能力の強化とか、世界の理に干渉するレベルの奇跡にはかなりの代償を払う必要が出てくる。どんなものでも、デメリットが存在してしまうというわけ。
奇跡の能力については似たようなことを何回かやったことあるけど、規模が大きいとかなりの代償を支払う必要があるというのを肌で感じていたからなぁ。それで、記憶を少し持ってかれたことがあったっけ。
「――あ、今日は結構人いるじゃん。誰だっけ、昼食担当」
この建物は3階建ての戸建てになっていて外から見ればまぁまぁ大きいいいところのお屋敷みたいになっている。だからと言って使用人がいるわけではなく、なんでも屋のメンバー全員で掃除をしたり洗濯をしたり料理をしたりしている。家事に関しては皆自分の物は自分でやるものが多い。…料理に関しては究極の料理音痴がいるから、できる人が当番制で料理を作っているけどね…。
「あ、おはよう。今日は早い方じゃない?雪ちゃん」
「おはよう、メル。今日はボスに呼ばれて早めに起きただけ。というか、1時までには起きてきてるでしょ、私」
「それもそうだったわね。大変ねー、雪ちゃんも。あ、ご飯できてるから席に座って待ってて」
「はーい」
リビングに入ってすぐに当番の人に声を掛けられる。そして、失礼な発言に頬を膨らませつつ、私はその人と少し話をする。
メルはこのなんでも屋のメンバーの中ならボスの次ぐらいに年齢が上で、本名を決して名乗ることが無く、愛称であるメルという名前を皆に呼ばせている。だから、誰もメルの事を知らない。ちなみに、メルは明るい茶色の長い髪の毛をポニーテールにしていて、身長は確か170はゆうに超えてえいたはず。結構高身長のかっこいいお姉さんというのが私の印象だ。実年齢は不明。
「…おはよう、雪。よく皆のお昼時間に間に合ったね」
「おはよう、凛。なんでちょっと早起きするだけで失礼なこと言われるのよー」
「…日頃の行いよ」
席に座ったところで、同じ依頼を受けていた凛に声を掛けられた。やはりいつも午後1時起きだと、12時ごろにお昼食べに来るだけでメンバーに驚かれるなぁ…。
…凛は、大宮凛と言ってかなり才能がある。確か能力が、純粋な身体強化なんだっけ。体の使い方が凄い上手いってボスがほめていたはず。で、黒い長髪をそのままストレートにおろしていて、凄いきれいな見た目をしている。目の色も黒いしね。
「で、あの話は聞いた?」
「今回の長期依頼の話なら、さっき聞いてきたよ。受けることにした」
ごはんを待つ時間に私は凛からそんなことを聞かれて、サラッとそう返した。
「そう。雪が長期の調査依頼を受けるなんて珍しいことじゃない。奇跡の能力持ち、少し気にしている事でもあるの?」
「んー、そうだねぇ。折角なら学校生活を送ってみたいっていうのもあったけど…」
凛の鋭い質問に私は少し言葉を濁す。素直に言っていいものか…。いや、凛は能力持ちで場合によっては代償を伴うことのある能力を保持しているわけだし…。んー、ちょっと軽く言うだけにとどめておくか。
「代償を伴うその能力の使い方が心配っていう面もあるね」
「代償…。きっと奇跡っていうのは生半可な覚悟と知識で使うものではないんだろうなとは思っていたけど、雪がそう心配するレベルなのね」
「まーねー。でも、基本は調査に徹するよ。生活するうえで干渉する必要があるなら、力の持ち主に干渉するって感じかな」
そのレベルにとどめなければ、きっといい影響にはならないだろうしね。凛からしてみたら、きちんと使えるように支えた方がいいんじゃないかとか思うかもしれないけど。それじゃあ、意味がない。
…自分の身を守るということもあるけど、そのレベルの物は指導者が行うべきであるはずだ。同じ目線に立つ若者同士でやるものではない。切磋琢磨しあう仲にまで至れば、何かしらできることが増えるかもしれないけど、それは可能性でしかないからなぁ。
「それが良いと思う。私は基本学校の中では雪のサポートに徹しようと思っていたから、そう言ってくれてうれしいわ。っと、ご飯来たし、食べちゃいましょう」
「うん、そうだね」
湯気が出ているラーメンを運んでもらって、私と凛はその麺が伸びる前に食べ始めた。
ちなみに、味は塩ラーメンだった。美味い。