7、舞の恋心(1)
私は舞と共に水原家に着くと一番にシャワーを浴びた。
一日着込んだ浴衣から着替え、冷蔵庫に入れていたラムネを持って私たちは二階のベランダに出て、外の景色を眺めながら話すことにした。
舞はどうしてか大きなぬいぐるみを抱いてやって来ていて、意味深な様子だった。
「ごめんなさい、先に謝っておくわ。きっと湿っぽい話しになっちゃうから」
舞は帰り道を歩いている時からずっと、普段のサバサバとした態度ではなく、遠くを見るような愁いを帯びた表情をしていた。
シャワーを浴びて火照った顔を今はしているけど、ずっと心の中は晴れているようには見えなかった。
「気にしてないよ、舞の事、もっと知りたいって思ってた。舞はなかなか自分の事を話そうとしないから」
舞が浩二君に告白した過去があるという自白は衝撃だったけど、思えば舞から聞く恋バナと言えば、光と千歳さんのことばかりで、舞自身の恋バナに発展したことはなかった。
「そうかもね……あたしの話しって、つまらないことの方が多いから」
「悲観的だね……舞は」
自虐的な舞の言葉。結末は何となくもう分かっている。
きっとこれから舞がする恋バナは失恋話なのだろう。
人間は消化しきれない過去の思い出を笑い話として語ることで消えない傷跡から本当の意味で害のない思い出に変えることが出来るというけど、舞の話しは舞自身もまだ整理しきれていないものなのだろう。
そもそも、笑い話でなくても、共感してもらうだけでも、傷跡の痛みを軽減することは出来る。私が聞き手となることで、舞の気持ちが晴れるのなら、それは姉妹して、願ってもないことだった。
「それはそうと、本当によかったの? 夏祭り、先輩と行きたかったんじゃないの?」
「今更言いっこなしだよ、舞。私はね、恋仲であってもいつも一緒にいないといけないってことはないと思うから。それが相手を信頼するってことだから、私は浩二君のことを信じてるの」
「信じてる……か。先輩には何度も裏切られてきた気持ちだけど、それも、あたしの主観的なお節介かもしれないわね」
信じてる……簡単に使えば使うほど、安っぽく聞こえてしまう言葉だ。
でも、私はそれ以外に上手い言い回しが浮かんではこなかった。
浩二君は特別だ。普段は優しくて思いやりのある人だけど、大切な人のために怒ったり頑張ったりもできる人。だから、私は信じてる。
私は浩二君が大切にする人を、同じように大切にしたいと思う。
だって、私が大切な人のことも、浩二君には大切に感じてほしいから。
ちょっとわがままな願望だけど、私はそんな風に思うのだ。
「さて、つまらないメロドラマかもしれないけど、聞いてくれるかしら?」
私は柔らかい笑顔を浮かべて頷く。それに影響を受けてか、舞も私の瞳を見て表情を柔らかくした。
そうして意思を確かめ合うと、舞は真っ暗な星の見えない夜空を見つめ、ラムネを口に含んだ。
昼間はうだるような暑さで汗も滲んで身体が重たかったけど、こうしてシャワーを浴びて汗を洗い流し夜風を浴びていると、少し心が穏やかになった。
舞に釣られて私も夜空を見上げて冷たいラムネを口に含んだ。
シュワっと炭酸から口の中に広がり、刺激的に喉を潤してくれる。
私は……少しだけ、大好きな浩二君に会いたいと思った。声が……聴きたいと思った。
「それじゃあ、話そうかしら」
私の想いとは裏腹に、舞は浩二君との思い出話しをゆっくりと語り始めた。