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6、宝石が示す羅針盤の先

 灯篭流しが静かに終わり、鎮魂の儀を終えた夏祭り会場は、最後を飾る花火大会の開催を待つのみとなった。


「今日はありがとう。それじゃあ、おばさんはもう行くわね。後は姉弟水入らずで楽しんでちょうだい」


 周囲と見比べても全然美人であるところの実椿さんが言うと、嫌味にも聞こえそうだが、別れを告げる実椿さんは泣いてスッキリしたのか清々しい表情をしていた。


「こちらこそ、こんなにいい席を案内してくれて感謝でいっぱいです」


「うふふふっ……嬉しいわね、今日は若いエキスを吸っちゃったみたい。

 浴衣姿、似合ってるわよ。それじゃあまた会いに来てちょうだいね~!」


 別れの挨拶を告げた後、手を振りながら実椿さんが離れて行く。

 最後に実椿さんは三人で買いに行った私の浴衣を褒めてくれた。

 本当によくできた人だと思う。



 光が穴場スポットがあるんだと言って、高台まで登った。

 辿り着いたところはほとんどをカップルが占拠する独特の雰囲気が漂っていた。


「光ったらエッチね、絶対千歳さんと二人で来たことあるでしょ!」


 甘い光景が四方八方に広がっていて、逃げ場がないくらいの状況の中、私は恥ずかしくなって光に愚痴をついた。


「そう言わずに……ちょっと我慢すれば、綺麗な花火が見えるよ」


 自信満々な様子で言う光、私が言ったことは的中していそうだ。


「あたしもいることを忘れないでよ……こういう雰囲気苦手なのよね」


 舞は目のやり場に困り果てている様子で、手に持ったペットボトルのスポーツドリンクをちびちびと飲んでいるのだった。


 しばらく地面に三人並んで座って、溜息を付きながら時間を過ごすとカウントダウンが始まった。


 自然と胸が高鳴って、空を見上げているだけでドキドキとしてきた。


 横に座る光が目を輝かせながら「はじまるよ」と一言告げた。


「光は相変わらずロマンチックなのが好きね、知枝もだけど」


 舞が興奮を隠しきれずに言うと、天高く光が上がった。


 そして、次の瞬間弾ける光のシャワー。それは次々と打ち上がっていき、空に轟音と共に綺麗な花火をもたらしてくれる。


 目の前が一気に明るくなる中、顔を上げて同じ光景を周囲の人たちも一斉に見ているのが分かった。

 空一面に広がった花火は視線が釘付けになるほどに美しい光景だった。


「凄いね……星の大海のよう……」


 待ちに待っただけあり、目の前で広がる光景は価値のある美しさだった。


「エルガー・フランケンも、一緒に楽しんでるかもね」


 空中絵画を描くエルガー・フランケン。絵空事の魔術師だなんて言われる彼もきっと花火が好きに違いないと私も思う。一緒に見る相手はいないかもしれないけど、同じ空を眺めているかもしれない。


 見惚れてしまうほどの美しい光景に圧倒されていると、サプライズは唐突に訪れた。


 それは、事前に申し込みしたメッセージを読んでくれる、メッセージ花火の最中であった。

 ほとんどがカップル同士の恥ずかしい告白が続いていく中、家族への感謝のメッセージもあるので、最初は疑問に浮かばなかった。


 だけど……それを聞いている内、何か引っかかる部分が多く、急速に恥ずかしい気持ちが湧き上がって来て、私はそれが”二人からの私へのメッセージ”であることに気付いた。


 ”――それは、夢のような再会でした。

 三つ子で生まれた僕たちは、自分の本当の親の姿さえ知らないまま成長していったのです。

 でも、お姉ちゃんは親たちが敷いたレールを裏切る決意をして、大変な覚悟をして一緒に暮らすことを選びました。

 何が正しいのかなんて、最初は分からなかったけど、今ならはっきりと分かります。

 会いに来てくれたお姉ちゃんが正しいって。

 だからありがとうお姉ちゃん、一日一日積み重ねていく今の時間が、たまらなく幸せでいっぱいです。

 お姉ちゃんの背負っているものの重さは、みんなのものだから、挫けずこれからも一緒に支え合っていきましょう。

 それと――—僕たちはお姉ちゃんの幸せを応援します”


 メッセージの尺もあっただろうに、上手に二人でまとめたと分かる、私への愛情がいっぱい詰まった、宝石のようなメッセージだった。


 録音された二人からのメッセージが私の耳に届けられ、私は顔を上げることのできないくらい感極まって感動してしまい、思わず反射的に二人に腕を伸ばしてギュッと抱き寄せた。


「―――ありがとうだよ!! 本当に会いに来てよかった。諦めなくて良かったよっ!!」


 人目もくれず大きな声で二人に声を掛けて、胸がいっぱいになった。


 私は二人が会いに来るには難しい、遠い世界でずっと暮らしていた。

 

 だから、最初から三人が再会するために会いに行けるのは自分だけだと分かっていた。

 

 でも……ずっと怖かったのだ、拒絶されるのが、迷惑を掛けることになってしまうのが。自分だけのエゴなのかもしれないと思うと見ないフリをしたくなった。


 だけど、今ならわかる、私は正解を選んだ。二人がどれだけ大切な家族なのかよく分かったから。


「大袈裟だよお姉ちゃん」「本当に……すぐに泣くんだから知枝は」


 私の反応に感化されたのか、二人にも感動が伝染して涙声になっていた。


 華が開くように、花火が続いて打ち上がっていく中、私は二人をなかなか離せなくなった。

 つい重い責任を背負っていることを思い出してしまったのだ。

 私はその恐怖に負けそうになる心をギュッと二人を抱きしめることで乗り越えようとした。


 私はそう……二人の事をずっとこれからも守り続けるためにも、精一杯、裏切ることにならないよう生きて行こうと決意を新たにした。


 気持ちが落ち着いて、身体を離した私たちはもう一度空を見上げた。

 涙で滲んでなかなか見えづらかったけど、歓声が上がるほどに美しいスターマインが上空に打ち上がり、クライマックスを迎えようとしていた。


「一緒にいるって、こんなに幸せを共有することが出来ることなんだね」


 私はしみじみと言う、舞はそれに「そばにいないと、見えないことってきっとたくさんあるのよ」と、大人びた調子で言った。


 花火が終わる、楽しい夏祭りが終わっていく……。


 でも、一緒にいられる時間がこれからも続いていく安心が得られたことで、今日は幸せな気持ちで眠れそうな気がした。


 私が持つ宝石のような瞳の羅針盤が示す未来、その先にずっと誰も死なない生き方が見つかることを私は心から願った。



 帰り道、光が千歳さんに呼び出されて会いに行ってしまって舞と二人きりになった。千歳さんはきっと花火を見た感動を恋人の光と会ってその場で感想を言い合って、今日の内に共有したかったのだろう。


 浴衣のまま、暗い夜道を舞と二人で歩く。こうして二人きりで歩くのは思っていたよりずっと久しぶりの事だった。



「――ねぇ、ずっと隠していたことなんだけど」



 舞は一緒に暮らすようになってから、今まで見たことのない真剣な表情をして、私を見たまま立ち止まった。


 辺りが静まり返って、時が止まっているのかとさえ思ったが、トクントクンと心臓が鼓動をしているのが分かって、これが現実なのだと理解した。


「どうしたの? 舞? 怖い顔して」


 少し寒気がした、こんな前置きをされれば怖くなるのは当然の気がしたけど、ここで続きを聞かないわけにもいかなかった。



「うーん、知枝があいつと付き合わなければ言わないつもりでいたけど。でも、何か自分の胸の奥に閉じ込めておくのにも疲れて来たから言うね。


 あぁ……あたしも緊張し過ぎて心臓止まりそうだから……知枝、本当驚かないでね。


 あたし―――()()()()()()()()()()()()()()()()



 その言葉は私にとって信じられない言葉で、考えたことのないことで、その言葉を咀嚼して、理解するまでにはあまりにも長い時間がかかった。

 

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