第一話 水界
ここはきっと夢なんだ。
透き通る水で出来た城なんて存在しない。
…………その時。
俺は一人の少女の声を聞いた。
俺は自転車で走っていた。なぜかって?
目的地が歩いて行けるような距離ではないからに決まっている。
目的地とは言っても大したものでもなく俺がいつも通っている学校だ。
夏風の心地良さを感じながら目的の学校までいつも通り漕ぎ続ける。
思わず叫んでみたくなる。
「……」
近所迷惑だから叫ぶ事はしないけど。
いつも通りの道を走る。
無邪気に遊び回る子供も、イチャイチャなカップルも
忙しそうなサラリーマンも、誰もいない道を走る。
静かに揺れる木々が心にゆとりを持たせてくれる。
こうして見ると不思議と別の世界のように感じる。
誰も居ない、1人だけの空間。
意外と心地は悪くない。
でも今はそんな別世界でも心地は悪かった。
なぜなら目覚ましを変な時刻にセットしてしまったからだ。
簡単に言えば「遅刻」である。
もう一度再確認してみると現状がやはりヤバい事に気付く。
「ダッシュだ!」
そう意気込みを入れて、強く走り出した。
夏風はさらに耳元を撫でてきて、ペダルも迅速にグルグル回転する。
気持ちいい……
そう思った刹那に俺は道の真ん中の水たまりに気づいた。
「うわっ!」
水飛沫が飛び散り、自転車は水溜りを通過すると思った。
でもなぜだか自転車が重たくて水溜りに引き込まれる感覚がする。
俺は驚きの声を上げる。
「なぁ!」
そして、なにかの引力に惹かれるかの様に水中に引き込まれていく。
視界はボヤけて、暗くて青くて……
そして気がついた時には目の前に城がそびえたっていた。
透き通る水々しい城だ。
突然の出来事にキョトンとする俺。
そして次は周りを見渡して見る。
噴水が立っていて、その周りに人が居る。
俺は誰にも気付かれてない様だった。
そして、もう一度考えてみる。
何で水溜りに落ちたらこんな場所に来たんだろうか。
謎だった。世にも奇妙な話だ。
そ、そうだ。ここはきっと夢なんだ。
透き通る水で出来た城なんて存在しない。
…………その時。
俺は一人の少女の声を聞いた。
その声は背中からだった。
「もしかしてあんたも王様に飛ばされてきたのかな?」
女の子特有の高い声が響いてきて、少し驚く。
飛ばされてきた?どういうことだろう…?
「どういうことですか?」
そう丁寧に答える。そりゃ初対面の知らない人だし……
俺が聞いたら少女はため息をしながら言った。
「分からなくても無理ないわね……この世界の王様はよくそちらの世界の人間をこの世界に飛ばしてくるのよ……はぁもうやんなっちゃう!」
金髪のツインテールが靡いて、色白の整った顔でそう言う少女。
俺は少し怖かった。まさかこれ最近流行りの異世界転移ってやつか?それにしては中世風ヨーロッパ世界でないように見えるけど……?
ひとまずその考えは置いておいて俺はその金髪の女の子に言い放つ。
「王様とかよく分からないですけど……てかなんかすげ〜俺に馴々しく話しかけてきてますけど失礼ですよね?俺達初対面ですよね?」
こんだけ馴々しく話しかけられても困る。
どうしてこんなに軽いんだろうこの人……
「え?これから奴隷にされるであろう分際で何言ってんの?」
そう至極当たり前のように言い放つ。
は、腹立つな……
「俺が奴隷?何言ってんだよ……」
口調も気が付いたらタメ語になっていた。
でも本当に意味が分からない……
何がどうしたら俺が奴隷ってことになるんだ?
至極普通な高校生だっての。
「俺は高校生だぞ、普通の」
本当に何の変哲もない普通の学校に通っていたしそこは何故か強調したかった。
そしてあろうことに少女は突然に笑い出した。
「あははっ!ごめんごめん。説明足らずだった……!
王様はそちらの世界の人間を奴隷にするのが趣味なのよ。最低でしょ?」
「マジかよ……!そりゃ最低だな」
気づけばタメ口になっていた俺はちょっと顔を青ざめながらそう言う。
サテラはその俺を見て安心させるように言った。
「でも大丈夫よ。その為に私は居るのよ?」
「え?」
「つまり……!あんたを元の世界に戻してあげるってわけ!」
どうやらこの子は悪い子ではなさそうだ。
俺はこの瞬間そう思い、どんどんこの子に心を開いている自分に気づく。
「マジ?そいつはありがてぇ……あははっ!異世界転移からの速攻帰宅とか結構斬新な展開だぜ」
俺は展開が思ったより面白くて笑いながらそう言う。
(案外リアルな異世界転移ってこういう感じなのかもか。フィクションの異世界物は大体その世界に囚われるのがセオリーだし?)
「な、何笑ってんのよ!怖いわね……」
「ごめんごめん。なんか面白くなっちゃってさ」
俺はそのサテラの引きつった顔に謝る。
サテラは「何それ」とその良い顔で軽く笑いながら改めたように自己紹介を始める。
「とにかくよろしくね!私はサテラ・イリー。魔法隊の隊長を務めているわ!」
「よろしくサテラさん。というか……ま、魔法隊?」
「えぇ。魔法隊って言うのは…………そうね。
ほら、ここから見えるあの目立つ城あるでしょ?」
そう言いながらこの噴水通りから見える城を指差すサテラ。俺はその城を見てサテラに頷く。
「あれをこの世界では水城と呼ぶの!そしてその水城に雇われてる隊が"魔法隊"よ」
「あ、そういうことですか」
「ええ。っていうかあんた敬語になったりタメ口になったり忙しいのよ!タメ口でいいわ。もう」
サテラは諦めたように俺にそう言った。
俺は「なんか……ごめん」と謝る。
(これ俺は悪くないような……ま、いいや)
「ところで!君の自己紹介を聞かせてほしいんだけど」
サテラはそう言うと期待したような目でコチラを見ていた。
そして俺はサラッと自己紹介をする。
「俺の名前は鈴金 秋橋。ちなみにあっちの世界では珍しい名前だ。趣味は……小説鑑賞かな。よろしく!サテラ」
するとサテラは「ふむふむなるほど」と言った後に俺に質問をしてくる。
「アキハシは何でここに来れたわけ?やっぱり水溜まりに落っこちた?」
「そうその通り!俺はただ自転車で間違えて水溜まりに落ちんだよ。そしたらここに来ていた」
そう完結に答える。
「あー、なるほどね。実はこの世界にはそちらの世界に行く人達がいるの。
"調達係"と言うんだけどね!調達係はそちらの世界の水溜まりをワープ空間に仕立て上げられるんだけど……」
そこでサテラは話の間を置く。
俺はその時、心の中でこう呟いてた。
(水溜まりがワープ空間になるだって!?この世界はどうなってるんだか……)
サテラは続ける。
「ま、あなたは間抜けそうだし。どーせ間抜けにその調達係の作った水たまりに入ってしまったんでしょうね。珍しいことね……」
げ……バレてる……
「い、いや違うし……」
「嘘でしょ、バレバレよ。たまに居るよアキハシみたいな子。本当にたまにだけど」
そうジト目をしながら答えた。
なんて間抜けなんだろうか俺は……
「やっぱり元の世界へ戻りたいわよね?」
サテラは首を傾げながらその長いツインテールの金髪を靡かせている。
「ああ。無論だ」
俺が簡潔にそう答えるとサテラは意気揚々と答えた。
「つまり!その調達係に会いに行って話を合わせて、元の世界に帰らして貰えるように手配すればいい話なのよ」
俺はその話にうんうんと頷いていた。
(なるほどな、すごく簡単だ。調達係に会いに行けばいいだけだ)
「ふーん。分かったよ」
俺はそう返事を返す。
(よし、なんとか元の世界に帰れそうだな)
俺はそう頭で呟いていた。
サテラは髪をクルクルと指で弄りながら「大丈夫かなぁ」と言ったりしていた。
俺はそのサテラに若干憤りながらふと思いついた。
あ、そういえば調達係ってどこにいるんだろう。
聞いてみることにした。
「調達係とやらはどこに居るんだ?」
「水城」
ああ、あの例の水城か……
「……分かった。あそこに行けばいいんだな。じゃ行ってくるよ」
俺は噴水通りから見える水城を遠くに見ながらそう言う。
その後に走りだそうとした時だった。
サテラが俺を止める。
「ま、待ちなさいよ。あなた一人じゃ何かやらかすだろうしついて行くわ」
サテラは呆れ顔でそう言った。
恐らくだが……サテラは俺が水溜まりに落ちたという事実を聞いて"この俺"に対しての不信感があるんだろうな。
内心不安だったし?サテラに同行してもらえるならむしろ歓迎だ。
「わ、分かった。じゃあよろしくな」
「ええ。よろしく秋橋」
クスッと笑いながらサテラは答えた。