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膿を吐く鬼神

作者: 偽形

ーーーー江戸時代、大坂、高天山(たかまやま)

この山には、「鬼」が住んでいた。

江戸時代、高天山の麓には、ある名もない集落があった。

その集落には度々、おかしな血溜まりが所々に落ちているのが見つかっていた。その血溜まりは、夜の畦道(あぜみち)の如く漆黒にして、腐乱した(むくろ)の様に異臭を放っていた。その血溜まりは奇怪なことに、干からびはしても、拭くことはできない。又、素手で触れれば、正体不明の病に(さいな)まれ、遂には骨が皮膚の下から浮き出る程やつれて死んでしまう。草木のある場所へと流せば、その場の植物はことごとく枯れ果てる。

人々はその血溜まりを、

「鬼の祟り」と呼んだ。

というのも、この集落の子供たちは、何度も人間の形をした鬼を見たのだと言う。

しかし、その姿を大人が見掛けることは一度として無かった。

ーーーーある日のことだ。

集落から子供が一人、行方不明になった。大人たちが血眼になって探したが、見つかることはなかった・・・。

それから数週間後、又子供が行方不明になった。

大人たちはこれらの件全てを、鬼の仕業であると決めつけ、高天山を焼き払った。

しかし、これが間違いだった・・・。

山を焼き払った次の日、今度は子供どころか、民家一つが、見る影もなく潰されていたのだ。

その家の者は死に絶え、遺体は元の状態に戻してやることも出来ないほどの損傷を受けており、見るに堪えない姿だった。

しかも、その家の家主は、山を焼こうと最初に提案し、人員を(つの)って、実行に移した張本人だったのだ。

これは(まず)いと、その集落の長は、大金を(はた)いて、著名な霊能者を集落へと呼んだ。

しかし、霊能者は集落へ入るや否や、頭ごなしに怒鳴りつけた。

霊能者曰く、子供たちが行方不明になったのも、謎の血溜まりも、民家が一家ごと潰れたのも、全てが子供たちの見た「鬼」の仕業だと言った。

しかし、霊能者が怒ったのは、この集落の人間。それも目の前にいる長に対してだった。

どうやら、子供たちの言っていた「鬼」とは、高天山を治めていた神格を持つ所謂(いわゆる)「鬼神」なのだと言う。

その昔、この集落を、凶作や厄災などから庇護する代わりに、作物を供物として納めることを約束していた。

それをここ数代で誓いを破ってすっぽかしていたのが原因だと。

霊能者の言った通り、長の家の蔵にあった古文書には、その内容のことが事細かく記されていた。

ーーーー1600年代後半期、集落は長きに渡る凶作、川の氾濫や極端な乾季などに悩まされており、明日の食いぶちも知れぬ程に困窮していた。

そんな時、集落に一体の鬼が現れた。その鬼は美しい純白の狩衣に紺青の袴を着ており、人々はひと目見て神の類であると知り、藁にもすがる思いでその鬼神に懇願した。どんな見返りでも出すから助けてほしいと。

すると鬼神は、その年で1番の作物と酒を供物として捧げ、その日は祭りをして酒宴を開くようにと。

人々はその条件を飲み込むと、たちまち雨が降り出し、土壌は肥え、川の流れは人が渡れる程緩やかになったという。人々は大層喜び、鬼の出した条件である祭りと宴を欠かすことなく毎年行なっていたという。

しかし、それを何代か続けたものの、ある代でパッタリとやめてしまい、そのまま語り継がれなかったのだ。

霊能者の指示により山へと捜索に入り、山頂の辺りで子供たちを見つけた。霞がかった頂は、不気味に彼らを取り巻いた。大人たちは子供らの周りを囲うようにして後ずさると、不意に何処からともなく、

シャン、シャン、と、鈴のなる音が聞こえた。

どうやらその音は、大人たちが入ってきた山道の方から近づいてきているようだった。よく聴くと、何やら鈴の音に紛れて水か何かが地面に落ちる音がしているのがわかった。そして、霞を纏うようにして人形の暗い影が見え始めた・・・・、「鬼」だ。

シルエットから鮮明な姿に変わった時彼らは言葉失くした。

鬼は古文書にあったほど美しい容姿ではなく、寧ろ狩衣は黒ずみ、所々破れたりして見窄らしいまでの姿だった。

左目の下辺りには真っ黒い痣があり、口元からは血が滴り、よく見ればその血は右手の指の隙間からも流れ落ちている。

そんな姿を子供には見せまいと、大人たちが目を塞ぐ。そんな大人たちの行動を何の其のと言わんばかりに、鬼は徐に話し始めた。

「私の山に今更何のようだ。よもや(わっぱ)どもを返せと言うのではなかろうな」。

鬼は感情も込めず唯淡々と語る。

そうだ。と大人の一人が震えた声で答えると、鬼の目つきはガラリと変わり、それまで何処を捉えているのか判然としなかった視線は、確実に大人たちを睨む視線に変わった。

「笑止。それほどその童どものことが大切か」。

大人たちは口を揃えて、大切だ。と答える。

「ならば、何故(なにゆえ)山に火を放った。山に囚われている事など疾うに知っておったくせして。山を焼けば、そんな童なぞまず間違いなく死ぬ。それを分かっておりながら、何故山を焼いた。答えてみよ」。

大人たちは目線を下へと追いやり、何とか言い訳する言葉を探しているようだった。

言葉潰(つい)えたか。そうよな。結局、汝等(うぬら)にとって童どもとは、その程度の存在だったと言うことだ」。

ーーーー。しばしの沈黙。その沈黙を破ったのは、長だった。

「貴殿がこの山に棲み、かつて我が集落を救ったと言われる鬼神殿であるか」?

「汝は・・・そうか、あの村の長か」。

鬼は思い出したかのように言葉を詰める。

「左様でございます」。

「随分と良いなりになったではないか。見違えるようだぞ」。

鬼はこの時、初めて嬉しそうな声色で話した。

「恐縮に御座います。この度は長きに渡る我が一族の非礼を心より謝罪致したく参りました」。

そう言うと長は、地に額を擦り付けた。

(おもて)を上げよ。汝の心は良しとしても、もう遅い。我は信仰を失い神格が消えてしまった。ほんの数十年前までは、ましな姿だったが、今となってはこの(ざま)よ」。

鬼は腕を軽く広げで自分の姿を見せた。

「今一度信仰いたします。次こそは途絶えさせたりなどは致しません」。

長はもう一度、(こうべ)を垂れる。

「言ったであろうが。もう遅いと。失った信仰が戻ったところで、神格を取り戻すにはかなりの神力(しんりき)が必要となる。百人やそこらの人間の信仰を得ても、大した神力は戻らぬ。僕は、神を失格した。だから、もう、遅いのだ」。

そして、再びの沈黙。次にこれを破ったのは意外にも囚われていた子供たちだった。

「僕たちが、神様のところでお仕事をしたら、神様はもう一回神様になれる」?

全員の視線が子供たちに集まる。

(かんなぎ)になると言うのか。その歳で」。

鬼は驚嘆し目を見開いていた。

「子等が巫となれば神力は戻りますか」?

長は鬼の顔を覗き込むようにして尋ねる。

「確かに、神使いとなる稚児(ちご)が付けば力の足しになる。が、足りん・・・・だろうな」。

冷静に言葉を語るも、その顔は堅い。

「ならば、私が人柱となります。そして、あなた様の元へこの魂に籠った御力をお返しします」。

「馬鹿め。貴様は、(やつがれ)が与えた命を捨てるつもりか」。

口調が強まり長の言葉に被せる様に即答する。鬼はキッと長を睨むが、長は穏やかに落ち着いて話し続ける。

「だからこそです。あなた様のより頂いた命だからこそあなた様の為に使いたいのです」。

長の目は真っ直ぐに彼を見据える。

「悔いはないのだな」。

長の目が自分が本気であることを訴えかける。そして、鬼もまた、長の目をじっと見つめる。

長は鬼の目を見たまま、うん。と頷く。

「汝等も良いのだな」。

子供たちの方へ向き直り、覚悟を問う。

うん。と力強く彼等も頷き、己の覚悟を示す。

「貴様等はどうなのだ。童どもが大切と言うわりに止めないのか」。

大人たちの方を向いて問いかける。

「大切に思っているからこそ、彼等の想いを尊重したい。これが私どもに示せる最大限の愛です」。

今までの強張り、震えた声とは打って変わり、はっきりとそう言った。また目線も、畏怖から来る下向きの目線も正確に鬼の目を捉えている。

「良いだろう。童ども背を出せ」。

鬼は自身の腕を爪を立てて引っ掻き、それにより出た血を指につけて、子供たちの背をなぞる。

すると子供たちの背に、露に濡れた砂金の紋様が現れた。

「これなぁに」?

他の子たちにも現れている紋様を指差して鬼に尋ねる。

「これは僕の名を、紋様にして表したものだ」。

「これ、神様のお名前なの」?

子供たちが昂った声ではしゃぐ様に訊く。

「左様」。

「なんて言う名前なの」?

悪気のない、唯々、純粋無垢な利き方をする。

「僕の名は、金露(かなつゆ)」。

「金露様・・・。とっても綺麗な名前」。

子供たちは、嬉々とした声で喋り、曇りのない瞳で見つめてくる。それはもう愛しいと思えるほどだ。

金露は優しく微笑んで、子供たちの頭にポンと手を置く。そして、長の方へ振り返ると、

「別れの時だ。僕の古き友よ。いや、伊吹」。

初めて金露は、長の名を口にした。

「私に、命をくれてありがとう。金露様」。

子供の様に無邪気に笑った。

金露は伊吹の胸の上に手を置いて、伊吹の魂を取り出す。そして、自分の胸まで手を引きつけると、手の上に乗っていた伊吹の魂は、水が染み込む様に、金露の中へと入っていった。

魂の抜けた伊吹の体が、金露に倒れ掛かる。

「私は、・・・・・ほど、・・・・・・でしょうか」。

死に際、息も絶え絶えに伊吹は、金露に何かを語りかけた。

「ああ。僕はそう思うさ。もしそうでないと自分で思うと言うならば、心ゆくまで何度でも積み直せばいい」。

そう金露が返すと、伊吹はまた大きく笑って、息絶えた。

その晩は、満天の星と金色(こんじき)の月が、高天山の頂を、優しく照らしていた。


後日。

巫となった子供たちから、金露は質問責めにあった。

「村にあった血溜まりはなんだったの」?

「神は神格を無くすと、(たた)りを生む様になる。その祟りが具現化したものだ。私は、膿の様な形で具現化し、口から度々吐き出していたのだ」。

「金露って名前の由来は」?

「知らぬ。僕が僕として生まれた時から、金露という名

がついていた」。

「村長とは知り合いだったの」?

「昔、彼奴(あやつ)が子供の時、病弱で虫の息となっていたところを、神力を分け与えて治してやったことがあってな。彼奴は、僕が鬼神である事などいざ知らず、毎度の様に山に来てはよく遊んだものよ」。

「村長は、自分が死んじゃう時なんて言ってたの」?

「さてな。なんと言っていたか忘れてしもうたわ」。

「ええ〜」。

「すまんな」。

ーーーーー。

「私は、貴方の友と名乗れるほど、徳を積めたでしょうか」?

(まったく、最期に随分と野暮なことを聞く友であったものだ・・・・。)




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