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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死神琥珀シリーズ

Polaris

作者: 顕顕


 Twinkle twinkle little star How I wonder what you are

Up above the world so high Like a diamond in the sky

Twinkle twinkle little star How I wonder what you are、、。


 ポーポー!!


 小さく口ずさむ少年の歌を汽笛がかき消した。

左右等間隔に並ぶ街灯と前方を照らし出すライトを頼りに、2両編成の木造列車は、薄暗い道をじょじょにスピードを早めていく。

 しばらくすると家々からこぼれる明かりや商店街の華やかな光が次から次と後方に流れていき、少年は高揚した頬を冷たい窓にすりつけ、いつしか座席の上に立ち上がっていた。


 はっ!として車内をそーっと見回した。 

 乗っている人はまばらで、ありがたいことに少年に興味をもった人はいないみたいだ。

 恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、ぼくは静かに座席に座った。


 ガラガラガラ。


 前方の扉が横に勢いよく開いた。

 大きな布切れで体を覆った大男が扉を煩わしそうにくぐって入ってくる。

 顔が隠れるほどの大きなフードを被っているので表情はわからなかったが、通路を全て塞ぐほどの大柄な男は全体を見渡してから歩き始めた。

 あとから入ってきた男は、完全に大男に隠れてしまうほど細身で、足が不自由なのか片足を引きずっている。

車内が揺れる度、左右の座席を支えにして歩き、この男も深々とフードを被っているので表情はわからなかった。


 (どうか隣に来ませんように)

 少年は心の中で祈りながらうつむいて座っていた。

 しかし大男は座席に体を擦りながら徐々に近づいてきて、願いを聞いたのか数ある座席の中から、なんとぼくの隣の席の背もたれを掴んで片足を一歩踏み入れかけた。


 「すみませーん!そこ、私の席なんです!」


 大男の後ろの細身の男のさらに後ろから、ひょこっと手が挙がるとおしゃれな洋服を着た綺麗な人が笑顔で声をあげた。


 大男は少し考えたようだが軽い舌打ちのあと、渋々通路を挟んで斜め後ろの空いている席に、きつそうに腰を下ろした。

 細身の男はさらに一番奥の通路側に、ゆっくり進みぎこちなく腰を下ろした。


 「すみませんジョルジュ様、遅くなってしまいました。お隣宜しいですか?」


 「、、はい」


 少年のドキドキがおさまらないうちに、その人は、荷物を手早く上の棚に乗せて音もなく着席する。

 とても優しい花の香りがふわりと漂った。


 その人は一呼吸つき服を直すと。


 「申し遅れました、私は琥珀と申します」


 ポケットから一枚の紙をジョルジュに手渡した。


 【案内人あんないにん 琥珀こはく


 と書いてある。


 「予想外の仕事が入ってしまい、チケットだけしか渡せず大変心細い思いをさせてしまいました、自己紹介も案内すらまともに行えず誠に申し訳ございません」


 揺れる車内で深々と頭を下げた。

 実際ジョルジゅはこのこはくという人の事を覚えてなかった。言われてみるとなんとなく、フワッと、という程度だった。


 「ううん、列車に一人で乗るの初めてだから少しドキドキしたけど、他の人と一緒に乗れたから大丈夫だったよ」


 「そうでしたか、それは安心しました」


 琥珀は安堵の表情と笑顔を見せたかとおもうとすぐさま体を正して質問した。


 「ジョルジュ様、お渡ししておりましたチケットはお持ちですか?」


 「え、う、うん、、、」


 そういうといつも肌身離さず肩からかけたポーチから、真ん中に切れ目の入った真っ白な紙を自慢げに取り出して琥珀に見せた。


 「さすがです、安心しました。そのチケットは絶対無くさないようにお持ち下さい」


 ジョルジュは絶対失くしちゃダメ、という言葉に大きく頷き、口を尖らせながら大切にポーチの奥に直し始めた。やっと綺麗に収まると、


 「ねえ琥珀さん、この列車はどこまで行くの?」


 「はい。私達はミルク・ディッパーというところに向かっております」


 「へぇー、可愛い名前だね。そこって楽しいとこ?」


 「、、、そうですね~、暖かでいつも穏やかに過ごせるところです」


 「ふーん、ぼく楽しいとこがいいんだけどなー」


 ジョルジュは足をばたつかせながら窓の外を眺めた。 


 外はすでに夜星で埋め尽くされていた。


 「琥珀さん、ママはどこ?」


 突然ジョルジュは琥珀の左耳に顔を近づけて小声で質問した。

 琥珀は一瞬声を詰まらせたが、ジョルジュの目をしっかり見つめて、


 「お母様は、少し先に乗られました」


 「ミルク・ディッパーっていう駅にいったの?」


 「いえ、お母様はそこにはいけないのです。」


 「なんで。」


 小さな眉をしかめながら床に届かない足をばたつかせる。


 「う~ん、そうですね。難しい質問ですね」


 琥珀も眉をしかめて困った顔をしてみせた。


 「ジョルジュ様はここに来る前まで、お母様とどうしていたか覚えていますか?」


 「、、、そうなんだ、列車に乗ってからずーっと思い出そうとしてるんだけど、ママと一緒に買い物にいってたくさんお菓子を買って一緒にお歌を歌いながら帰っていたのは覚えているんだけどそのあとからどおしても思い出せないんだ、、、」


 「、、そうですか、、。

 無理に思い出さなくてもゆっくりでいいですよ。お母様はどんなときもお側におられますから」


 ガラガラガラ。


 二人の会話を遮るように、ボロボロの駅員帽を深々と被った長身の男が、ぬっと入ってきた。


 そして揺れる車内をふらつくことなく移動し始め、ジョルジュと共に乗ってきた人達の席の横に立っては出された紙を確認し、ちぎってはお腹のところにつけた年期の入ったポーチに無造作に入れていく。

 そのやりとりを何人かと行うと、近づいてきたのもわからないほど突然ジョルジュ達の席の横に現れ、白い手袋をつけた手を差し出した。


 ジョルジュは慌てて琥珀の顔を見ると、琥珀は小さな声でポーチになおした物を見せるよう促した。

 ジョルジュは小さくうなずくと、さっき大切にしまいこんだ紙を取りだし駅員帽の男に差し出した。

 無言で受け取り確認すると、やはり半券をちぎってポーチに入れ、残りの半券はすっとジョルジュに返された。

 ジョルジュはそれをポーチに直すと、次は斜め後ろの大男の前でチケットを受け取っている姿をらシートの隙間から覗きこんだ。

 するとジョルジュのように半券は無いようで一枚そのまま受け取りポーチに押し込むと、次は最後尾のシートに座る細身の男の前に移動していった。

 さらに覗きこもうと顔をシートとシートの間に押し付けると突然その隙間を後ろの乗客が両手で隠した。

 ジョルジュは驚き、怒られたと思い慌てて大切なポーチで顔を隠した。

 それを見た琥珀は片手で口を押さえ体を揺らしていた、、、。

 そのあとしばらくの間は、列車が枕木を通る音と漆黒の闇にたまに流れる光物、ひんやりまとわりつく車内の空気がこの世界の全てだった。


 シュシュ〰ッ。


 蒸気の奏でる独特の音と共に列車は速度を落とした。

 ジョルジュは落としそうになったポーチを抱え込みながら、


 「なんでゆっくりになったの?」


 琥珀はジョルジュから窓の外に目を移し、


 「cleaner-fishがまわりにいます。速度を落として車両は安全に運行していると彼らに伝えているのです。

 彼らの巡回時は速度を落として進む規則になっているのです」


 「ふーん、、、cleaner-fishって?」


 「あっ、ほらジョルジュ様の横の窓そっと見てください」


 琥珀の目線を追って外を見ると、漆黒の闇のなかを白くぼんやり光る体の長い魚が複数、まるで水の中のように泳いでいる。


 「うわぁーお魚だぁー!」


 「ジョルジュ様!指をさしてはいけません!あのもの達は、罪ある者を連れ去るのです。気に触れると、この中にいても、罪がなくても容赦なく連れていかれますよ」


 ジョルジュは慌てて指をポケットに隠し口をつぐんだ。半分以上意味がわからなかったが怖いものだということは理解できた。

 それからしばらくの間、車内は沈黙が続いた。



 「寒い、、」


 ジョルジュは、身震いした。


 いつの間にか室内の温度が下がり、息をする度に顔の前に白い靄ができた。

 指先や半ズボンから出る足に刺激を感じるようになり、ポケットに手を入れ、足をすり合わせて少しでも暖をとろうとする。


 それを見た琥珀は慌てて声をかけた。


 「すみませんジョルジュ様、忘れておりました」


 そういうと立ち上がって持ってきた柔らかそうな皮の鞄から一枚のストールを取りだし大きく広げると、そっとジョルジュの体を覆った。

 それは、ちいさなジョルジュの体を肩から足先まで覆うことができた。


 「ポカポカする」


 ジョルジュは顔まで引き上げ匂いをかぐ。


 「ママの匂いがする!」


 目を大きく開き、最高の笑顔で琥珀を見た。


 「はい、お母様からお預かりしておりました。あとこちらも」


 美しい笑顔と共に、小さな犬のぬいぐるみを手渡した。


 「これもママから?」

 

 「はい。一人じゃ寂しいでしょう」と。


 「嬉しい、、ママはやっぱり僕のこと考えてくれてたんだ」


 ぬいぐるみを天に持ち上げ、そして抱き締め、頬擦りをした。


 「この子メロに似てるから、メロにするね」


 「メロさんとはどなたですか?」


 「うーんと。メロはね、うちのワンコなの。

ちっちゃい時から一緒で、この間もママと三人で買い物に行ってね。

その帰り、、、、あれ、なんだっけ?」


 ストールに顔を埋め考え始めた。


 「、、、メロさんのことも大好きなんですね」


 「うん、いつもついてきてペロペロするんだ」


 たまらない表情を見せる。


 「でも、なんで思い出せないんだろう。ママがどうしてたかも思い出せないんだ、、、」


 ムーッと口を尖らせ、柔らかそうな眉間に小さなシワを作った。


 「ジョルジュ様、まだミルク・ディッパーまで時間はあります。ゆっくり思い出しましょうね。それより、まだ寒いですか?」


 「ううん、大丈夫。体も足もポッカポカ。背中は初めからポッカポカだったんだけどね」


 そういうと白い息をほわっと吐く。


 【ガタッ!】


 その時、通路を挟んで斜め後ろに座っていた大男が立ち上がり琥珀の席に手をかけこちらを覗きこんだ。


 「おい!いいの持ってんじゃねーか!その布、俺にちょっと貸してくれよ!」


 低い大きな声が車内に響き渡った。


 驚いてその大男を琥珀越しに見あげるジョルジュに、記憶が甦る。


 【ストールを力一杯握りしめて小さな体が激しく震えはじめた】


 「ジョルジュ様?」


 「ん?お前、あの時あそこにいた子供か!知ってるはずだ」


 大男の大きな手がなんの躊躇もなくグッと延び、ジョルジュの震えるストールを掴もうとした。


 【バシッ!】


 「失礼ではありませんか」


 眼前を通過する大男の腕を華奢な琥珀の腕がとめる。

 ムッとして大男は琥珀を睨み付けながら、思った以上に締め上げる手を慌てて振り払った。


 「お前もどこかで会ったな」


 掴まれた手を擦りながら、大男は琥珀の顔をみた。


 「いや、まぁいい。とりあえずそれをよこせ!!」


 静かに凍てつき始めた車内にヒビが入るほど大きな声が響き渡り、大男の右手がさらに暴力的にジョルジュに迫った。


 【ぐいっ!】


 その瞬間琥珀は大男の腕を絡めとるとそのまま立ちあがり、肩に乗せた腕ごと大男の体を反対の座席の窓に投げ飛ばした。

 鈍い音を立て窓に打ち付けられた大男は、頭から折れ曲がるように床に落ちうなり声をあげる。


 「お静かにしていただけませんか。彼らに気づかれたではありませんか」


 「ほら」


 その時、大男の後ろから無数のcleaner-fishが窓をすり抜けて入ってきて大男の周りを泳ぎ始めた。

 大男はそれを払い除けようと必死に両手を振り回す。

 するとcleaner-fish達は、一斉に大男の顔、手、腕、足などいたるところに噛みつき、大男の体は絶叫と共に徐々に後ろの窓に向かって押されていく。

 抗うように掴んだ座席の手に、噛みつく場所を見失っていた最後の一匹が噛みつくと抵抗も虚しく、まるで水面に沈みこむように彼らと共に窓をすり抜け外に消えていった。

 車内は何もなかったように静けさが戻った。


 「大丈夫ですか、、、」


 ストールを深々とかぶり、外から見ても泣いているのがわかるジョルジュの肩に、琥珀はそっと触れた。

 小刻みに揺れ、時にすすり泣く声もかすかに聞こえる。

 ジョルジュはさらに強くストールを握りしめそのまま静かに泣き続けた。琥珀は肩に手を置いたまま黙って見守るしかなかった。


 しばらくして、ストールの中からかすかに声がした。


 「琥珀さん、、、ぼく、、思い出したの、、、。

さっきの人がいきなり銀行から出てきて、ママとぼくにぶつかって、、、で、、、ママが被さってきて、バーンって音がして、、、ぼくはママに押されて、、ママが血を流して、、、。」


 そこまで話すとまた小刻みに揺れ、今度は聞こえるほどの声で泣いた。



 「思い出されたのですね、、、」



 出来る限り優しい声で語りかけ、そっと頭を撫でる。

 ジョルジュはストールから赤く腫らした大きな瞳を出しゆっくり話し始めた。


 「、、あのときぼくは道路まで飛んでいったの、それからまた向こうでバーンって音がなってママの横でさっきの男の人が倒れて、、、ぼくは、どうにか立ち上がってママのところに行こうとしたら、またバーンっていって車が凄い速さで向かってきたの。

 そしたら何かがぼくと車の間に入ってきて、車に当たって一緒に飛ばされて、掴もうと思ったんだけど掴めなくて、体が動かなくなって、、、、。気がついたら天井が見えて、白い服をきた人達が周りにいて、、、それから僕の目に光を何度か当ててて、、。何か言ってたの、何だったかな?」


 「ジョルジュ様、間もなく終点です。

おつらいですが、頑張って思い出して下さい。思い出せないと乗り続けないといけなくなります」


 「う~ん」


 ジョルジュは天井を仰いだ。

 すると膝の上に乗っていた犬のぬいぐるみがコロコロと通路側まで転がっていき、ジョルジュは拾おうと右手をのばす。

 その時ジョルジュの手が止まり、ゆっくり琥珀を見る。



 「、、、思い出した。

 、、、僕、死んじゃったんだ、、(笑)」


 涙顔になぜか安堵の笑顔が溢れた。


 琥珀は何も言わずジョルジュを引き寄せ、ストール越しに抱き締めた。

 その顔には満足とは程遠い、哀しみの顔があった。


 「頑張りましたね。辛いことを思い出させてしまいました。

でも次に進むためにはどうしても必要なプロセスだったのです。ほんとに、ほんとに頑張りました」


 さっきまで力が入っていたジョルジュの体から、力が抜けたのがわかる。

 琥珀は心を決め、静かに話しかけた。


 「あの事件では多くの方が亡くなりました。犯人含め関係のない方も。

 多くの方はその場でお亡くなりになり、ジョルジュ様とあと一人の方だけが少しだけ生を延長し、死の理解をする時間を得ました。

 ジョルジュ様もほんとは突然亡くなった方々と同じように、亡くなったこともわからず永遠に生と死の間を漂う予定でした。ですが、お母様があなたを庇い命を守り、次にメロさんがあなたと車の間に入って瞬間の死を免れ、病院まで命を永らえたことによって死を理解する時間を奇跡的に得られたのです」


 「自分の死の理解ができてこそ、本当の死を迎え入れ、そして次に進むことができるのです。

これで、ミルク・ディッパーへいくことができますよ」


 琥珀は喜びでジョルジュをさらに強く抱き締めた。


 「ママは?、、ママもそこにいるの?」


 押し付けられた琥珀の胸から顔を引き抜くと、心配そうにジョルジュは質問した。


 「、、、いいえ、お母様はミルク・ディッパーにはいけません。

 突然の死だったので死の理解ができないのです、、、。

 ですがお母様は今でもジョルジュ様を守ることだけを考えています。

 私にこのストールとぬいぐるみを託すときも、代わりに渡してくださいとおっしゃっていました。

 あと、いつもジョシュの事を見守っています。ずっと愛してる」と。


 琥珀が代わりに拾い上げたぬいぐるみをそっと差し出すと、ジョルジュは両手でしっかり受けとり小さな胸に抱きしめた。



 【まもなくミルク・ディッパー】



 静かになった車内に、アナウンスが響く。


 いつの間にか凍てつく寒さも通りすぎ快適な温度となり、窓の外は春の朝を感じさせる明るさに変わっていた。


 「、、琥珀さん、ミルク・ディッパーってどんなとこ?」


 「ほんとに素敵なところですよ。

 そこで皆さんは幸せを充電して、次、生まれ変わるためのエネルギーを貯めるのです」


 「ママはいつかいけないの?」


 「、、残念ながら。

ミルク・ディッパーにいくためには、2枚のチケットが必要なのです。1枚は乗るためのチケット、そしてもう1枚は永遠に巡るこの列車から降りるためのチケット」 


 ジョルジュは、ポーチをぎゅっと握りしめた。


 「そう、ジョルジュ様がお持ちの半券です。

お母様は、死の瞬間まであなたの事を守り抜いたのです。その結果、本来は死を理解することもなくいくことになる予定だったジョルジュ様に2枚のチケットが急遽発行されました。

ほんとになんて素敵な奇跡なんでしょう」


 琥珀は胸に手をあて噛み締めた。


 「ぼく、、、ミルク・ディッパーに行きたくない!」


 「え!?」


 「だって、お母さんもメロもいないなら行きたくない!」


 ジョルジュは、ストールをひざの上で握りしめて大粒の涙を流し始めた。


 「ジョルジュ様、これはお母様の願いでもあるのです。どんなに寂しくてもあなたはいかなくてはいけません。」


 「だってもう会えないんでしょう」


 「、、、いつか時の流れにお母様が気づいたとき、ミルク・ディッパーで会えますよ」


 ジョルジュは、ぱっと顔をあげ琥珀を見た。


 「ほんと!」


 「ええ」


 涙を腕で拭い笑顔を見せた。


 「メロも?」


 「はい」


 ジョルジュは、ぬいぐるみを嬉しそうに抱き締めた。


 「いつかな。ぼくすごく楽しみになってきた」


 琥珀は小さく安堵の息をはいた。


 ガタタン、、。


 列車はきしむ音を合図に、減速を始めた。

 進行方向を見ると、華やかな色合いの光がうっすらと見える。


 さらにスピードが落ち、やがて緩やかに停車した。


 「ジョルジュ様、それでは降りましょうか」


 そういうと琥珀は、ジョルジュのひざにあるストールをそっと取り、手早く畳んで持ってきた鞄の上に置き、次に彼の緩くなっていた右の靴紐を結び直した。


 「もう着いたの?」


 「はい、とりあえず無事に着いてよかったです。でも汽車を降りるまで決して振り返ってはいけませんよ」


 「これは私からの絶対のお願いです」


 琥珀の眼差しにジョルジュは頷き、小さな体を座席からずらし下に降りた。


 「さぁいきましょう」


 琥珀は空いた手でジョルジュの手をにぎり通路に出ようとした。その時一番後ろに座っていた足の不自由な男がづかづかとその前を横切った。


 【ぐいっ!】


 琥珀は握った手を後ろに引っ張られた。

 驚いて振り返ると恐怖に目を見開いたジョルジュの顔があった。


 「どおしたんです!」


 琥珀の手をさらにひっぱり窓際に戻っていく。


 「あの人!あの人が乗った車が僕とメロに向かってきて、遠くに跳ね飛ばされたんだ」


 琥珀はジョルジュの前にひざまづき真剣な眼差しで聞き返した。


 「申し訳ございません。嫌なことを思い出させますが、その時あの男の顔を覚えていらっしゃいますか?あの男は驚いた顔をしてました?」


 目をつぶり小さな眉間にシワを寄せ思い出すと、まっすぐ琥珀を見て、


 「笑ってた」


 琥珀は大きく息を吸うと綺麗な顔が鋭い表情に変わり、勢いよく立ち上がると男の方を見返した。

 足をひきづった男は出口のすぐ近くまで進んでいた。


 「そこの男!止まりなさい!!」


 静かな車内に、透き通った声が響く。


 男はドアノブに手をかけたままめんどくさそうに振り返り、声の主を確認すると、


 「久しぶりですね、あの事故以来だ。

このチケットありがとうございました。これで私も無事に天国に行けます。あ、そうそうミルクなんちゃらでしたっけ」


 男はそういうとねっとりとした笑みを浮かべた。


 「確認したいのですが、あなたの事故はタイヤを撃たれてパンクしてそのまま挙動制御できなくなり人と壁に衝突したのでしたよね!」


 質問しながら琥珀は男に数歩近づく。


 「ああ、そうだよ」


 「あの時確認しましたが、強盗犯とは関係ないのですよね」


 「ああ、強盗はしてないよ」


 男は笑みを浮かべ、ドアを静かに開けた。

 室内に緊張感が張りつめる。

 半分ほど開けたところで男はとまり、背中越しに言葉を発した。


 「ただ俺はあいつの仕事が終わるのを待ってただけ。出てきたあいつをつれて逃げる為にな。

 なのにようやく出てきたらすでに血まみれで、しかも親子連れにぶち当たってよ。いきなり女に撃ち込んで、周りの奴等にもかまわず打ちまくりやがって。

 あげく追いかけてきた警察のやつに撃たれて簡単に死にやがった!

慌てて車を出した俺にも警察が撃ってきてよ。タイヤを撃たれて、どんどん歩道の方に寄っていって。

 そう、そしたらそこのぼうずが道端で寝てたんだよ。こいつらがいなければうまく逃げられたかもしれない、と思ったらひき殺したくなってねー。

だからわざと突っ込んでやったのさ。

だって、ママを殺されて一人になったら可愛そうでしょう。

ヒャッハッハー!」


 ひきづっていない足の太ももを叩き、大笑いしながらこちらに振り返り、


 「ああ、あんた!このチケットありがとうな、これがあるとハッピーなところにいけるんだってな!イヤー

なんか悪いねー!」


 男はニヤリと笑う。


 琥珀は無言で男に向かって歩みながら右手の2本の指を鼻先に合わせ術式を呟く。すると周りの空間が琥珀に集まり始める。

 男は突然の光景に圧倒されてもいたが、動くことが出来なくなっていたのは、金色に変化した瞳と透き通った黒の瞳が男を捕まえて離さなかった為だ。

 空間の流れが止まると、鼻にあてていた指を男に向け、音を立て指を弾くと、ジョルジュの両手で抱えられていた犬のぬいぐるみが勢いよく跳ねあがり、琥珀の横を飛び抜け男に向かっていった。

 それは白い毛の大犬の姿に徐々に変わり激しい咆哮とともに男に襲いかかり、慌てて顔をかばった男の腕に激しく噛みつく。

 そしてそのまま男を引っ張ると体を勢いよく回転させ、男が先程まで座っていた最後尾の座席まで投げ飛ばした。

 飛んできた男をしゃがんでかわした琥珀は、男が壁にぶつかり崩れこむのを確認すると、


 「さ、ジョルジュ様早くこちらに!」


 シートの影から震えながら覗いていたジョルジュを手招きした。

 ジョルジュは一瞬ためらったが、すぐにポーチを押さえながら琥珀の元に駆け寄り脚にしがみついた。


 「ジョルジュ様このまま降りますよ、いいですか?」


 できる限り優しい声で問いかけた。


 「うん」


 まだ恐怖の顔ではあるが、しっかりと琥珀の顔を見て答えた。


 「絶対後ろは振り返らないようにしてくださいね。では行きましょう」


 琥珀とジョルジュが歩き出すと扉の前に見たことのある白い小さな犬が尻尾を振って座っていた。


 「メロ!?」


 ジョルジュは琥珀の脚を離すと小犬に向かって駆け出した。


 「メロ!お前なんだね!」


 ジョルジュはメロを目一杯抱きしめ、メロは激しく舐め返した。


 「すごいよ!どうやってあんなに大きな姿になれるの!?大人の人を投げちゃうなんて、さっきまでぬいぐるみだったのに!」


 両手で高くメロを持ち上げて自慢げに話しかける。


 「さあジョルジュ様急ぎましょう」


 そういいながら、メロを胸に抱いたジョルジュの肩を持ってやや急かすように貫通扉まで連れていき、ジョルジュはその間に、2回ほど落ちそうになるメロを抱え直した。


 「おい!まちやがれ!」


 床に崩れ落ちていた男は肩を押さえながらもようやく立ち上がると、まだ無傷な片足と片腕で左右のシートを頼りに追いかけてきた。


 琥珀は貫通扉を開けジョルジュ達を優しく押し出し、


 「ここで少し待っててくださいね」


 そういうと扉を閉め、激しく音をたてて追ってくる男に向き直った。


 「あなたに2枚のチケットを渡したのは、慌てていたとはいえ完全に私の確認不足でしたね、、、。あなた達の愚劣な行いで未来のあった罪のない多くの人達が犠牲になりました。その罪は償わなければなりません。

先程の男同様に永遠の苦しみを味わっていただきます」


 琥珀は胸のポケットから何かを出そうとした、、、、。

 が、その手を止めた。


 「残念ながら私以上に、ここにいるあなた達のために犠牲になった人達があなたを許さないようです」


 その瞬間車内の空気が息苦しくなるほど凍てつき、気がつくと男の周りは無数の手と顔に囲まれていた。


 「なんだこいつら!ひぃーっ! やめろー!」


 男は叫んだが、死者達は男の四肢を持つと悲しみをたたえた表情で各々四方に引き始めた。

 男は苦痛の表情と声をあげたが、すべての努力は無意味だった。


 [ぼしゅっ!]


異様な音をたてると、まるでマネキンのように男の四肢は血が吹き出ることもなく四方に引きちぎられ、後には通路に転がった顔のみが残った。

 何か言いたげな表情をたたえていたが、次の瞬間には巨大なcleaner-fishが突如上から現れ、男の顔を丸飲みにし、そのまま床に潜って消えていった。


 「因果応報ってやつですね」


 琥珀は成り行きを見届け、ぼそっと呟いた。

 先程まで怒りをあらわにしていた人達もいつもの席に戻り、何事もなかったように沈黙が戻った。

 琥珀は忘れかけていた自分の鞄を取ると、その上にショールを乗せ直し、貫通扉まで足早に戻る。


 そしてくるっと振り返ると大きな動作で車内に深く一礼してから後ろの貫通扉を開けた。

 そこには怯えて座り込んでいるジョルジュが、今は元のぬいぐるみに戻ったメロを抱きしめて待っていた。


 「すみません、遅くなりました。では、まいりましょう。立てますか?」


 そう言うと、ジョルジュを脇から抱えて立たせた。


 「もう大丈夫なの?」


 「ええ」


 笑顔で答えながら、ジョルジュの固くなった体を頭を優しくはたく。


 「ジョルジュ様、先程のチケットを出口で立っている彼に渡してもらっていいですか?」


 ジョルジュは頷くと大切に抱えられたポーチから何度かの出し入れで端が少し折れ曲がった白い紙を出した。 

 折れた端を小さい指先で伸ばすと、出口で無言で立っている駅員にそーっと差し出す。

 駅員は白い手袋で無造作に受けとると、閉まっていた出口を開け下車を促した。

 ジョルジュは一度琥珀を見て、降りて良いのか確認してから、駅員の前を少し遠巻きに通り外に出た。


「うわぁ、、、。」


 ホームに降り立ったジョルジュは辺りを見回すと小さく声をあげた。

 そこは真っ白に輝く石で出来た、先が見えない程広大なステーションで、数台の列車がすでに停車していた。


 「もう普通に声を出して大丈夫ですよ」


 続いて降りた琥珀は、ジョルジュの肩越しに声をかけた。

 振り返ると、優しい表情の琥珀がいることにとても安心した。


 「ねぇ、さっきの人は?」


 「ご安心を。乗客の皆様のご協力で取り押さえられ、前の男同様に別の世界に連れていかれました。もう二度とジョルジュ様の前に現れることはありません」


 緊張を解くとジョルジュは硬く抱きしめていたポーチを離して琥珀の腕を握り、安堵の笑顔を見せた。

 琥珀も笑顔で返しジョルジュの首にストールを優しく巻いた。


 【ポッ、ポーー、シュシューッ】


 列車から出発を告げる合図が響く。

 音に驚いて肩をすくめたジョルジュに。


 「さあ、永遠の列車の旅の出発です。最後の別れをしましょう」


 そう言うと、琥珀はジョルジュのそばにしゃがんで動き始める列車を見つめた。

 ジョルジュも何か寂しさを感じ、ぬいぐるみのメロを抱き締めながら見つめる。

 さっきまでジョルジュ達が座っていた場所が二人の前にゆっくり近づいてくると、何故かその場所だけガラスが少し雲っていた。

 目を凝らして見るとジョルジュが座っていた座席の後ろから座席を暖めるように抱きしめている女性がかすかに見えた。


 ジョルジュは一歩、二歩と列車に近づき三歩目で琥珀に引き戻された。


 ジョルジュはその女性のことをよく知っていた。

 毎日一緒にいて、いつも優しく微笑んでいて、歌を教えてくれ、何回もぎゅって暖かく抱きしめてくれた人、、、。


 「ママー!!!」


 激しく叫ぶジョルジュの声は汽笛にかき消された。

 叫びながら追いかけようとするジョルジュを琥珀は必死で捕まえていた。


 やがて列車は夜空の星に向かってゆっくり浮き上がり、最後に大きな汽笛をたてると永遠に続く闇の中に消えていった、、、。


 Twinkle twinkle little star How I wonder what you are

Up above the world so high Like a diamond in the sky

Twinkle twinkle little star How I wonder what you are


 Twinkle twinkle little star

How I wonder what you are

Up above the world so high、、。


 声にならない声で歌うジョルジュを、琥珀は抱き締め続けた。



                     おわり。


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