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ピース・ウォーズ・ゼロ  作者: マカロニサラダ
1/2

ピース・ウォーズ・ゼロ・前編 

 オリジナルクエストも高評価をいただき、誠にありがとうございます。

 読者の方には、本当に頭が下がる思いです。

 誠に不躾ですが、今回もよろしくお願いいたします。

 という訳で、ロウランダ大陸シリーズ第三弾です。

 これもヴェルパス・サーガの一編で、そのくくりで言えば第五弾という事になります。

 基本的には普通(?)の歴史物なのですが、やっぱり超能力者と肉弾戦はついて回ります。

 何度か超能力と肉弾戦は封印しようと思ったのですが、普通に無理でした。

 艦隊戦が主題の物語でも、最後は肉弾戦ですからね。

 これはもう、私の悪癖と言えるでしょう。

 では――かのフォートリア・フォートレムの物語をお楽しみください。

    序章


 それは、まだ戦争が日常だった頃の話。

 私欲の為に〝皇帝〟に上り詰めようとした少女の、出会いと変遷の物語。

 そして幾つもの翼を得た白い少女は――今同じユメを持つ黒い少女と邂逅し様としていた。


     1


 彼女が目覚めたのは、昼を過ぎた頃。

 目を空けた瞬間、彼女は僅かに眉をひそめる。その理由は、白鳥の羽根が自分の頭に降ってきたから。

 これを凶兆と捉えるべきか? それとも吉兆と捉えるべきか? 思い悩んでいる間に彼女の意識は別の事に注意がいっていた。

 自分の名を呼ぶ誰かの声が、確かに聞こえたから。

「――フォートリア。また、屋根の上なんかで昼寝して。風邪を引いてもしらんぞ」

「ああ……姉上。今日は一段と、背が高く見えるわね。何でかしら? 私の方が高所に居る筈なのに」

「……五月蠅いな。誰が父上より背が高い、行き遅れの年増だ。お前もな、悔しかったら後五十センチは背を伸ばしてみろってんだ。この性根が腐ったチビが」

「相変わらず、姉上はデンジャラスね。ただ事実を述べただけで、それだけ悪口を列挙してくるのだから。で、何の用? つまらない用だったら、殺すわよ?」

「それだけの事で、実の姉を殺そうとするな。いや、確かにお前にとっては、つまらない話かもしれんが」

 フォートリア・フォートレムの姉である、レテシア・フォートレムが真顔で告げる。

 無表情のまま三つ編みにした髪を揺らし、フォートリアは首を傾げた。

「そう。意地でも私に殺されたいらしいわね、姉上は。私につまらない話を吹き込むというのはそういう事なのだけど。姉上は本当にその事がわかっていて?」

「そういうお前は病的なまでに、短気だな。本気で将来が心配になってきた。いや、ほかでも無い。私の話というのは――その将来についてだ」

「んん? 学校の作文で『将来の夢は、背の低いお嫁さんになる事です』と記した姉上が今更なんで将来について語るの? もう叶う事の無い願いを口にする事に、何の意味がある?」

「……お前の方こそ、いっぺん死んでみるか? 何、ガキの頃の黒歴史を引き合いに出してやがる。私が言っているのは、そういう事じゃない。私はお前の進路について、話し合おうと言っているんだ」

「私の、進路?」

 フォートリアが、屋根から降りてくる。

 青色の髪である姉とは異なり、金髪、緑眼の少女はただ不思議そうに姉を見た。

「言われてみれば、そうね。私も今年で十六だし。そろそろ、その辺りの話を詰めるべきかもしれないわ」

「驚いた。お前にしては、真っ当な意見だな。てっきり、このまま無職を貫き通すとばかり思っていたよ。だが――安心しろ。ウチにそんな余裕はない。寧ろその年まで学校に通わせてやった事を、生涯恩にきせたいぐらいだと母上は言っていた」

 然り。フォートレム家は農家と比べると裕福だが、所詮は一市民に過ぎない。父は村民に護身術を教授し、母は幼子に学問を教えてどうにか暮らしている。

 しかもフォートレム家にはレテシアとフォートリアに加え、後三人、弟と妹が居た。それだけ金がかかる環境にあって、職にもつかず家に引きこもるという選択だけはない。もしそのつもりなら、レテシアはフォートリアをこの場で叩き斬るつもりだ。

 因みにそのレテシアだが、彼女は現在、傭兵をやっている。条件が良い豪族に金で雇われ、戦争の手助けをする立場にあった。即ち――それだけ腕に自信があるという事だ。

 事実、彼女は昨日までジャーナー家の私設団に加わり、ラナタリカの先鋒隊と対峙した。この戦いで、レテシアはかの兵団を蹴散らしている。

「だな。出来れば私は、お前を戦場に送りたくない。母上の様な人を育てる様な職種について欲しいくらいだ。実はお前もそのつもりで、この年まで学校に通っていたのでは?」

 姉の、期待に満ちた赤い瞳を見て、フォートリアが初めて頬を緩める。

 白い装束を纏った彼女は一度頷いた後、こう言い切った。

「ええ。私も自分なりに、母上の事は尊敬しているつもりよ。よくあの歳まであんなつま職に従事してきたなと。あの忍耐強さは、一種の病気よね?」

 この余りの言い草に、レテシアは顔をしかめながら尤もな事を要求する。

「というか、謝れ。教鞭をとっている全世界の人達に、謝れ」

「いや、いや、いや。だから、尊敬しているって言っているじゃない。わからない人ね」

「………」

 これは何だ? もしかして五歳の時、誤って投げた石が妹のこめかみにヒットしたのが原因か? その所為で脳をやられ、この妹はこれほどまでに性格がネジ曲がった、と?

 レテシアにしてみれば、そうとしか思えない状況だ。

「では、改めて訊こう。お前は将来、何になるつもりだ? 母上をそれだけバカにできるのだから、相応の目標があるのだろう?」

 つーか、もし無かったら、ブッ殺す。他の家はどうかわからないが、フォートレム家の姉妹に限って言えば何もかも真剣だ。殺すと言ったら、本当に殺しかねない。

 あの母や父の子供とは思えない程、彼女等は殺伐としている。よく今まで、殺し合わずにすんだなと思えるぐらいに。

 お蔭でご近所さんからは〝血塗られたフォートレム姉妹〟と呼ばれていた。

 その元凶とも言うべき次女は、胸を張って宣言する。

 余りにも愚かしく、どこまでも馬鹿げた事を、堂々と。

「ええ。私、人命とか全く顧みないから――〝皇帝〟とか相応しいと思うのよね」

「――は?」

 もう本気の〝――は?〟だった。それ以上でも以下でも無い〝――は?〟だった。

「一応、訊いておく。それは、本気で言っている……?」

「当然じゃない。〝皇帝〟って要するに、間接的に一番人を殺した人がなれる職種なんでしょ? だったら正に私の天職と言って良いわ」

「……………」

「……え? 何? その『もしかして私の妹はバカなのか?』みたいな顔は?」

「いや、安心しろ。疑問形じゃなく、ちゃんとバカだと思っているから。そうか。バカだとは思っていたが、ここまでバカか、お前は」

 半ば絶望的な顔で、レテシアは妹を見る。

 フォートリアは心外だとばかりに、気分を害した。

「今五秒間に三回も『バカ』って言ったわね? 姉上は『バカって言う方がバカなんだ』って言う理由について考えた事があって?」

 子供その物の理屈を振りかざすこの妹を、姉はある意味、温かな目で見守る。

「生憎、齢十八にもなるとそういう事を考える余裕さえなくてね。願わくは、ご教授して欲しいかな」

「ええ。それは相手を不用意にバカにする事によってその場の人間関係を悪化させるからよ。そいうバカな事を安易にする人こそ、本物のバカだと言っているの。そういう意味では、姉上こそ真のバカね」

「……バカにバカって言われた」

「え? 何ですって?」

 が、レテシアはソレには答えず、話題を戻す。

「というか、確認しておくが〝皇帝〟ってこの大陸の覇者になるって意味だよな? 天下を取るって、お前はそう言っている?」

「言わずもがなよ。私は人をたくさん殺して、この大陸を征服するの。各国の人々を効率よく殺しまくって、その頂に立つ。この美しい論理のどこに、疑問が生じる余地があると言うのかしら?」

「………」

 そこで、レテシアは妹が何かの兵法書を読んでいた事を思い出す。珍しい事もある物だと思っていたが、まさかそんな事を企んでいたとは。

 どこまで果てしないバカなんだ、この妹は?

「……いや、お前、本当に兵法とかわかっているか? 書物に載っている話なんて、言い方は悪いがただ心構えを説いているだけだぞ? 実戦はそれほど甘くないし、現実はもっと甘くない。ちょっと兵法書を読んだぐらいで〝皇帝〟になれると思っているなら言うべき事は一つだ。私はお前を、やはりバカだと断じるほかない」

 必殺の右ストレートは避け、まずジャブをかます。それで妹がどう反応するか試してみる。意外にも、彼女は姉の言葉を首肯した。

「そうね。ぶっちゃけ私も『窮地に立ったら勇敢に戦え』って『ただの無策じゃない』としかツッコミ様がなかった」

「お前、どんなレベルの兵法書を読んだんだ? いや、いい。何か色々まずそうだから」

「そう。だから私、決めたの。先ずは私の軍師になってくれる人を、見つけるべきだと」

「軍師……?」

 不可解なこの返答に、レテシアは率直な訝しみを覚えた。

「ええ、軍師。歴史書にもあったわ。『どんなにアレな人でも、軍師さえしっかりしていれば天下はとれる』って。ぜひ例を挙げたいところだけど、姉上と同じで色々まずそうだからやめとく」

「……そうだな。それが良い。てか、そろそろ目を覚ませ。変なユメとか見るな。そういう目標は、もっと悲惨な過去がある人が持つべきなんだよ。あるいは、実は高貴な血筋だと知らされた人物が抱く指標だと私は思う。少なくとも私達の様な平凡な家庭の人間が、安易に目指していい話じゃない筈だ。第一――何かアテはあるのか? まさか同級生の中に、軍師向きの人材でもいた?」

 フォートリアはあろう事か、頷いてみせる。

「いえ、同級生の中にはいなかったわ。でも、ホラ、なんて言ったかしら? 私達のいとこに一人、家に引きこもって本ばかり読んでいる子が居たじゃない? 小さい頃『将来は一軍の軍師になりたい』ってほざいていた子が。私、その子にアプローチをかけてみようと思うの」

「あー、確かに居たな。ジェンナ・フォートレムとか言ったっけ? お前より一つ年下の、従妹」

「そう、そう。実を言うと、私、今日にでもあの子を訪ねようと思っていてね。その面接の結果によっては、私はあの子を軍師に迎えるつもり」

 妹の展望を前に、姉は完全に呆れた。

「……勝手に就職希望者あつかいされているんだな、ジェンナ。しかもよりにもよって、お前に。いや、待て。それ以前に、お前、軍師を養えるだけの金はあるのか?」

「んん? 姉上は、不思議な事を言うのね? 世の中には『出世払い』という便利な言葉があるのを知らないの?」

「………」

 このアレ過ぎる発言を聴いて――レテシアは自分も同行するべきだと固く誓っていた。


     ◇


 これはまだ、剣や槍、弓を使って人間同士が殺し合っていた時代の事。

 かのロウランダ大陸は――正に戦国時代であった。

 というのも他でも無い。建国から百十五年目を迎えた頃、スオン皇朝に内紛が起きた。その争いは、あろう事か大陸全土にまで拡大する事になる。スオン家の権威が失墜し、求心力が衰えるのと同時に、他の国々が暴走を始めたのだ。

 事の起こりは、首都――チンジュアで起きた跡目争い。

 小さな小競り合いで開始されたこの諍いは、やがて他の国々をも巻き込む大抗争へと発展した。未だに解決の目処は立たず、スオン皇朝は南北に別れ、戦争状態にある。

 いや。今やスオン家におもねる者も僅かで、各国の王達はその野心を満たすべく行動している。

 領土拡大のため他国を攻め、あるいは大陸自体を征服するべく軍を動かす者も居た。

 ただ一つ共通点があるとすれば、その多くが戦争を以て目的を果たそうとした事。外交調略も征服の手段ではあったが、相手を完膚なきまでに従属させる手段は、やはり戦争。多くの王達はそう考え、今日も戦火が絶える事が無い。

 その度に村は焼かれ、平民達は虐殺されて安寧と言う物は多くの国で失われつつある。大多数の人間がこの時代に生まれた事を呪いながらも、未だに平和への道は遥か彼方にあった。

 そんな中、中堅国家の一つであるレシェンドという国で生を受けたのが、件の二人だ。ウォーバール村で育ったフォートレム姉妹は、今そこより一つ山を越えた村に足を運ぶ。

 やがてそれが――ある意味天啓とも言うべき出会いをもたらすと知る事もなく。

「というか、なぜウチって馬の一つも飼っていないのかしら? 私の家って、そんなに貧乏だっけ、姉上?」

「さあね。どこぞに極潰しが居て、そいつが生活費を圧迫しているのが原因じゃないか?」

「あら? 姉上ってば、ちゃんと自分の立場がわかっているのね。意外だわ」

「……遂に皮肉も通じなくなったか、このバカは。無職のバカと、命を懸けて金を稼いでくる私、果たしてどっちが尊いと言える?」

「ん? 今しか見ない者はただの愚者でしかないって、兵法書に書いてあったわよ。五年、十年先を見据えて、その人物を見る事こそ肝要だそうだけど。そういう意味では、どうなのかしらね? 将来〝皇帝〟になる私と、私の部下で生涯を終える姉上ではどっちが偉いと思う?」

「え? 何? 私って、お前の部下になる予定なの……?」

「え? そっちこそ何? だってその為に、姉上は私に同行しているのでしょ?」

 ならば、レテシアは今こそ自分達の将来について語る他ない。

「……ああ。いま確信した。私達は、何れ殺し合う事になる。寧ろ、今やり合わない事が不思議なくらいだ」

「はい? だから、姉上は何を言っているのかしら? というか、今日から姉上の事『部下一号』って呼んでいい?」

「却下だ。つーか、マジで死ね」

 完全に辟易しながら、レテシアは嘆息する。

 なんでこんなのについてきたのかと、真剣に後悔していた。

(でもなー、此奴、マジでバカだからなー。私が居ないと本当に何しでかすかわかんないし。いや、実はこれって大チャンス? 背後から心臓をブッ刺して、山に埋めるのがベストな選択か?)

 半ば本気で、レテシアはそんな事を考える。〝荷物〟を肩にかけた妹の背中を見て、それもアリかと決意しかけていた。

 だが、その前にレテシアは妹に問う。

「と、無意味だと思うが、一つ訊いておく。お前さ、一体どうやってジェンナを説得するつもり? お前は忘れているかもしれないが、彼奴、相当の引きこもりだぞ。勉学も学校には行かず博学な母に教わり身につけたぐらい。そんな奴が、世界征服の手助けとかすると思うか?」

「また意味がわからない事を。それじゃあ私が、ジェンナに認められたがっているみたいじゃない。立場が逆よ。私がジェンナの力量を試すの。その結果によっては『部下二号』の誕生となるわ」

「……だから、勝手に私をお前の部下に組み込むな。お前に使われるぐらいなら、トライゼンと一騎打ちした方がマシだ」

 そんな頃、空は茜色となり、二人は目的の村に辿り着く。

 隣国の国境沿いにあるその村の名は、ルーアンと言う。

 首都から最も離れたその村に――フォートレム姉妹は足を踏み入れようとしていた。


     ◇


 フォートリア達が目当ての家を見つけたのは、それから十分後の事。

 二人はまず、自分達の家より大分小さいその建物を見て、眉をひそめる。戸を叩き、家主を呼び出そうとしが、今のところ反応は無い。

「何だ、留守か? それとも第六感が働いて、ヤバイ客が来る事をキャッチし、どこかに逃げた?」

「ええ、確かに姉上はヤバイ人だけど、どうも違うみたいよ。人の気配はするもの」

「……つまり居留守か? だとしたら、どういう事になる?」

 レテシアは気の無い素振りで腕を組み、フォートリアは普通に告げる。

「どうもこうも、姉上が言う通り『招かれざる客』を警戒しているのでしょう。見た感じかなり生活苦の様だし、きっと〝そういう事〟なのではないかしら?」

「〝そういう事〟ね。そんな噂はついぞ聞いた事がなかったが、ならどうする? 彼奴の勧誘は、諦めるか?」

 寧ろ自分としては、そっちの方が有り難い。レテシアはそう納得するが、妹は違っていた。

 フォートリアは無言で戸を開け、勝手に家の中に入る。屋敷の奥まで進み、彼女は遂に目当ての人物を見つけていた。

「あわわわわわ~~~! ちょっと待って下さい! 今日のところは、どうかご勘弁をっ!」

 ソレは長い茶色の髪を背中に流した、少女だった。

 背は低く、華奢で、年相応の人相をしている。

 和の国の装束を纏った彼女は、フォートリアを見てひたすら意味不明な言葉を連呼した。

 この光景を前に、レテシアは唖然としながらも彼女を落ち着かせようと努力する。

「いや、私達は『そういう者』じゃない。覚えていないか? 私達は君の従姉で、フォーバル村の、レテシアとフォートリアだ」

 すると少女は絶句し、目をパチクリさせる。

 彼女が正気に戻ったのは、それから直ぐだ。

「……ああ。レテシア姉様と、フォートリア姉様。覚えております。大変ご無沙汰しておりました。叔母様と叔父様、他の従妹の皆様はお元気ですか?」

 その時、隣の部屋から中年の女性が顔を出してくる。

「ジェンナ? 一体、何事?」

 明らかに病床にある女性を、ジェンナと呼ばれた少女は気遣う。

「いえ、違うのです、母上。実は、従姉のレテシア姉様達が訪ねていらして」

 件の二人に目を向ける、ジェンナの母。

 この時、彼女は心からフォートリア達を歓迎した。

「まぁ。ひさしぶりですね、二人とも。すっかり立派になって」

「あ、いや、どうぞ横になっていて下さい。親族である我らに、お気遣いは無用です」

 レテシアが手を上げ、ジェンナの母を布団に戻そうとする。その様を、フォートリアは興味がなさそうな様子で眺めていた。

 実際、彼女は余りに突飛な疑問を、茶色の髪をした少女にぶつける。

「なるほど、思い出したわ。確かにあなたは――あのジェンナ・フォートレムね。そんなあなたに質問よ。あなたは、今のこの大陸の情勢をどう思う?」

「は……?」

 膝を折り、腰を下ろすジェンナと同じ目線に立って、フォートリアは訊ねる。

 ジェンナは息を呑みながら、逆に問い掛けた。

「あの……質問の意図がよくわからないのですが?」

「それは私が知るジェンナとは異なる反応ね。あの頃のあなたなら、喜々として胸に秘めた大望を語った筈よ。あの『一軍の軍師になりたい』と言っていた、あの頃のあなたなら」

「そ、そんな、昔の事を」

 動揺するジェンナに対し、フォートリアはワザとらしく首を傾げて見せる。

「昔の事? それはどうかしら? だったら、その本棚にある書物は何? 兵法書や、それにこれは旅人から他国の内情を訊いた物を書き連ねた本の様だけど?」

「……ちょっ、勝手に見ないでいただけませんか!」

 が、フォートリアは、喜々として件の書物に目を通していく。

 その上で彼女はもう一度、ジェンナに向き直る。

「ええ。もう一回だけ訊ねるわ。ジェンナはこの大陸がどんな状態にあって、どうしたいと思っているのかしら?」

 レテシアの目から見ても、ソレは挑発するような口調だ。

 現に、これに呼応してジェンナは眉をつり上げる。

「……良いでしょう。そこまで言うなら、語ってさしあげます。現在この大陸は最悪の状況にあります。特筆すべき点はこの大乱を治める英雄が居ない事ではなく、逆に英雄が居すぎる事でしょう。――ラジャンでは、トライゼンなる剛の者が天下に名を馳せている。――マーニンズでは、智将ガルベルグがグオールグの平定を画策。これに対抗するべく、グオールグはカシャンの至宝メイベルを頼りとしている。――キーファ王ザステスは、ミストリの切り崩しに成功した。――アルベナスのナルスカイは大王を名乗り、それに見合う実力を発揮。――シャーニング王アウドメデキスは隣国を平定し領土の拡大を続け、西の国の覇者になりつつある。――東のスオン皇ヴァーズは、ミストリアの王マルムントの傀儡に転落した。西のスオン皇ナトナルも同様で、リグレストで飼い殺し状態です。――更に、ガナックのマージイ王はシャーニングを滅ぼすべく暗躍を継続。パナカッタもこれに倣い両国は同盟関係を強めながら西伐の時を窺っている。因みに国の並びは東から、オリアネス、ゼスト、レシェンド、ラジャン、カシャン、マーナム、グオールグ、マーニンズ、ストックゲイ、シーナ、アルベナス、キーファ、ミストリア、ナリウス、グナッサ、ヌウベスト、ナマント、パナカッタ、ガナック、リグレスト、シャーニングです」

 と、そこまで彼女が告げたところで、フォートリアは苦笑しながら口を挟む。

「いえ、もう十分。あなたが如何に博識かわかったから、どうか落ち着いて?」

「あ……いえ、調子にのりすぎました。すみません。でも、なぜそのような事を? フォートリア姉様は、一体なにを仰りたいのです?」

「ああ、それ? そういえば、まだ言っていなかったかしら?」

 喜悦しながら、フォートリアはジェンナに視線を向ける。

 彼女は茶色の髪をした少女に手をさし出し、こう告げた。

「あなた、ちょっと私と組んで――大陸を征服してみない?」

「……は?」

 後の世は、語る事になる。

 これがこの大陸で、最も歪な将と軍師の邂逅であったと。

 スオン歴――百二十一年五月二日。

 こうして歴史は、確実に動き始めようとしていた―――。


     ◇


「大陸を……征服? それは、本気で仰ってる?」

 ジェンナが、極自然な疑問を口にする。フォートリアは、笑顔のまま頷いた。

「冗談でこんな事を言うほど、酔狂ではないわ。私はこの大陸を統一する為に生まれてきた。そこに、疑問をはさむ余地は無い」

「……根拠は? なぜ、そう思われるのです?」

 矮躯の少女が、真顔で問う。白い少女は、目を細めた。

「なぜって、私ほど人間を愛していない人は他にいないから。その私なら、あらゆる手段を用いてこの大陸を征服できる。他の王や将達が卑怯、下劣と言って禁忌としている手さえ何の躊躇ももたずに使って。そう――今、重要なのは面子や手段を選ぶ事じゃない。最短で、この大陸を再統一する事。その戦火が、私に及ぶ前に」

 ハッキリ明言するフォートリアに、ジェンナは初めて反感らしき物を覚える。

「つまり――何もかもご自分の都合なのですね? 貴女は本当に、戦争で苦しめられている民の事など考えていない?」

「その答えは、イエスよ。私は他人がどうなろうと、知った事ではない。ただ私が平穏に暮らせる世界だけが欲しい。それには、レシェンド一国を平和にするだけでは足りない。侵略者が居ない世界こそが、ベスト。なら答えは一つでしょ? 私は私の身を守る為に――この大陸を制覇する他ない」

 このフォートリアの宣言を聴き、ジェンナは呆然としながら言葉を失う。

 彼女が口を開いたのは、それから十秒は経った頃だ。

「……ある兵法書によると、将の条件は五つあるそうです。第一に、必死にならない事。第二に、生き残ろうと足掻かない事。第三に、短気でない事。第四に、清廉潔白にこだわらない事。第五に、思いやりがあり過ぎない事。そう言った意味では――貴女は少なくとも私よりは将と呼べるのかもしれない。ですが、貴女のソレは常軌を逸している。私情のみで動く人間に、私は何の興味も持てない。ご自分を偽らず声をかけてくれた事は感謝しますが、私は貴女にはついていけません」

 挑む様に告げるジェンナに、フォートリアは一笑を向ける。

「なるほど。予想通りの答えね」

「というか当たり前だろう、このバカ。お前、そんな事考えていたのか? まさか、『人命を軽視している』というアノ戯言が本気だったとは。どうやら私はまだ、お前のバカさ加減を過小評価していたみたいだ」

 レテシアが、呆れた様に告げる。けれど、当の本人はケロっとした物だった。

「では、私の覚悟を示しましょう。背水とも言うべき覚悟を。あなたが私の誘いを断る理由はそれだけではないのでは? この家には――かなりの借金があるのではなくて? 恐らく、それは病床にある母君の薬代を工面する為の物でしょう。故にその歳であなたも職を得て、その借金の返済に従事している。そんな自分が居なくなれば、益々この家は立ち行かない。それこそあなたが――この家を離れられない理由の一つ」

「だ、だとしたら?」

 警戒の色を強めつつ、ジェンナは訊ねる。その一方で、彼女は瞬時にして自分達の事情を看破したフォートリアの眼力を瞠目していた。そのフォートリアは、平然と提案する。

「なら――私がその借金を全て帳消しにして上げる。もしそれが出来たなら、あなたの人生は私の物というのはどう――?」

「……なっ?」

 ジェンナが、驚愕と共に眉をひそめる。

 が、その途端、フォートリアの頭部にはレテシアの拳が叩きこまれていた。

「つーか、いい加減にしろ」

「痛っ? ……何よ、姉上? 今良いところなのだから、邪魔しないでもらえる……?」

「良いところも、悪いところも無い。てか、悪いところしかないだろうが。何、出来もしない約束をしているんだ、お前? それで恥をかくのは、お前だけじゃなく私もなんだぞ? そういう事を考慮して喋っているか、この空洞頭?」

「そういう姉上は、余りに短慮ね。確かに自慢じゃないけど、私はもちあわせが無い。今日の宿も食もこの家にタカルつもりだった。でも、それとこれとでは、話が別なの」

「いや。お前、この家が貧乏だと知って、私に宿賃と食費を払わせようとしているだろ? その程度はバカだもんな? そんなお前に、何が出来ると?」

「いえ、それ以前に、姉上は黙っていてもらえる? これは私とジェンナの問題だから」

 堂々と言い切る妹に、姉は些か深刻そうな顔つきをした。その理由は、以下の通り。

「……というか、ハッキリ言って良いか? 私の勘が言っているんだよ。ここでお前を止めないと、ヤバイ事になるって」

「んん? それは杞憂ね。姉上には迷惑をかけないから、大丈夫よ」

 キョトンとした様子で、フォートリアは断言する。

 それを不審げに見つめながら、レテシアは嘆息した。

「マジだろうな? もしハッタリだったら、その場で叩き斬るぞ?」

「ま、姉上は、高みの見物と洒落込むといいわ。今日、全ての決着がつくから」

「……今日、全ての決着がつく? もうすぐ日が暮れるこの時になって? お前、何をやらかすつもりだ?」

 しかし、フォートリアは答えない。彼女は隣の部屋に居るジェンナの母に挨拶した後、さっさとこの家を後にする。

 それから村人から訊きたい事を聞き出し、その情報を元に某所へ向かう。

 先ず件の金貸しの所に行き、彼女は金貨三百枚を借りた。更に、二つ目の目的地に着いたフォートリアはその家のドアを蹴破る。

 彼女は、家の主にこう告げた。

「えっと、あなたがこの村の村長ね? 悪いのだけど――今からこの村は私が乗っ取る。意義があるなら叩き斬らねばならないのだけど、どうする――?」

「なっ、はッ?」

 露骨に狼狽する、ルーアン村の村長一家。

 かくしてルーアン村は――フォートリアと言う名の賊によって占拠されたのだ。


     ◇


 その一報をレテシアが聞いたのは、事が済んでから二十分後の事。わざわざフォートリアは己の凶行を姉に伝える為、村長の丁稚を解き放ち伝令させたのだ。この時点でレテシアは、本気で頭を抱えた。

「……あのバカ、あのバカ、あのバカ! バカだとは思っていたが、ここまでバカとは!」

「あ――いえ、そんな事より早く止めに行きましょう、レテシア姉様! このままではフォートリア姉様が罪人になってしまいます!」

 が、レテシアは顔をしかめながら、首を横に振る。

「いや、もう手遅れだ。寧ろいま彼奴の親族だと名乗り出たら、その時点でフォートレム家は終わりだ。最悪、彼奴の事は切り捨てるつもりで動くのが賢明だろう。ジェンナも本当はそうしたいと思っていたんじゃないか?」

 レテシアの冷静な判断を前に、それでもジェンナは身を乗り出す。

「いえ、それでもあの人は私の従姉です!」

「成る程。自己申告していた通り君は将には向かないな。ま、良い。確かにあのバカはバカだが、バカなりに何か考えがあるのだろう。今はそうである事に期待する他ない」

 けれど、この期待は一時間後に裏切られる事になる。

 フォートリアは、あろう事かこのルーアン村を隣国であるラジャンに売り飛ばしたのだ。正確にはルーアン村に設置された国境の向こう側にある、バーバーナという村に譲渡した。フォートリアはその旨を記した書簡を、村長の娘を使ってかの村へと届けさせた。父である村長を人質にされた彼女は、フォートリアの要求に従うしかなかった。

この話を聞いて、レテシアは今度こそ爆発する。

 ジェンナと共に顔に包帯を巻き、顔を隠して、フォートリアが陣取る村長の家に直行する。抜刀して、彼女は妹に詰め寄った。

「何を考えている、お前はッ? あろう事か、母国の領土を他国に売り渡すだとっ? そんな話、戦場でも聞いた事がないわ!」

 対してフォートリアと言えば、やはり眉一つ動かさない。

「まあ、落ち着いて、姉上。ソレでは外に異常が漏れて、衛兵が集まってしまうわ。この話は秘密裏に行わなければ意味がないの」

「……どういう意味だ? お前、一体、何を考えている?」

 もう一度だけ冷静になって、レテシアは妹に問い掛ける。

 フォートリアは、やはり普通に告げた。

「ジェンナ達が金を借りたのは、普通の金貸しじゃないわ。闇金業者からよ。彼等は違法な金利を条件に、ジェンナ達に金を貸した。だとしたら、多分ジェンナ達は一生彼等の食い物にされるでしょうね。姉上だったら、そういう時どうする?」

「……それは弁護士にでも相談するだろうな。その上で、違法な金利をとられている事をタテに、然るべき場所に訴えると思うが?」

「そうね。でも、きっとその手では上手くいかない。何故ならこの村の村長は、既にその闇金業者と癒着関係にあるから。他の機関も恐らく同じでしょう。袖の下を使って、彼等はこの村の〝然るべき場所〟を制圧状態にある。要するにこの村を頼る限り、ジェンナ達の問題は何一つ解決しないという事ね。違って――ジェンナ?」

「そ、それは」

 レテシアは、ジェンナと共に唖然とする。

「つまり……その為か? それでこの村を一旦グラジャンに売り渡した、と?」

「そう。正にその表現こそ正しい。私の目的は、バーバーナ村の管理者にこの村の闇金業者を摘発してもらう事。そのプールしている金をバーバーナに没収させる事で、かの村を儲けさせる。その金と引き換えに、またこの村をレシェンドに返還させるというのがこの策の趣旨。既にその旨は書簡を以てかの村に伝え――先ほど了承の手紙を受け取ったところよ。今頃、件の闇金業者はバーバーナの衛兵に襲撃を受け、金を巻き上げられている頃だと思う。その上で彼等はバーバード側に捕縛され、組織ごと潰される事でしょうね」

 が、そこまで聴いた時、レテシアは極当然な質問をフォートリアにぶつける。

「いや、待て。現在レシェンドとラジャンは、同盟を結んでいる。だが、お前の所業がバレたら、レシェンドはラジャンとの協定を破棄しかねないのでは?」

「いえ、それもない。何せレシェンドは現在ラジャンと同盟を結ぶ事で、辛うじて自治権を維持している。それをただ一闇金業者が潰されたぐらいで破棄するほど愚かでは無いでしょう。尤も、その闇金業者がレシェンドの貴族にまで気脈を通じているなら別だけど」

 喜々としながら、フォートリアは告げる。その様を見て、姉は眩暈を覚えた。

「……で、その後はどうする? お前は間違いなく売国の罪で指名手配される筈だが?」

「そうね。だから言ったでしょう? これが私の覚悟の証しだと。コレを機に――私をこの国を出る。自分の国を手にするまでは――故国には帰らないつもりよ」

「なっ、はッ?」

 いま初めて妹の決意を知り――姉はただ愕然とした。

「実際、こんな事もあろうかと、家には私の事は勘当するよう父宛に手紙を置いてきた。多少肩身が狭い思いをするでしょうけど、これも大事を成す為の犠牲と思ってもらう他ない。そしてジェンナ、この金貨三百枚はあなたの母君の治療代として使うといいわ。これで、あなたの懸念も減るでしょう? ……と、以上が〝私の覚悟〟というやつなのだけど、あなたはこれにどう応える、ジェンナ・フォートレム?」

「な――っ!」

 ジェンナが眼を広げ、口をつぐむ。彼女は一度だけ大きく息を吐いた後、問うていた。

「……つまり、それは脅迫ですね? 私の為にここまでしたのだから、私も貴女の言う事を聞けと言う……?」

「どうとってもらっても、構わないわ。私が訊きたいのは、あなたの答えだけ」

「というより……それだけの智謀があれば、私など必要ないのでは?」

「いえ、そうでもない。私は、自分が如何に歪んだ人間か自覚している。それを補正する為にも、知識が豊富で真っ当な感性を持った人間が必要なの。後はそうね。あなたなら、私に良策を思いつかせてくれる切っ掛けをつくってくれる気がする」

「……切っ掛け、ですか?」

「ま、それは後々わかると思うわ。それで、もう一度だけ訊くけど、あなたはどうする? 私と共に来るか、それとも大望を押し殺したままこの村で隠者の様に暮らしていくか。どちらを選ぶ?」

「………」

 問われて、ジェンナは眼を閉じる。それから彼女は嘆息してから、目を開いた。

「……母には、生涯恨まれるでしょうね。病床の彼女をおいて自分の野心を満たそうとする私は、恨まれて当然だから。だから私に一生分母に謝るぐらいの時間はいただけますか……?」

 ジェンナの答えを聴き、あろう事かフォートリアは慈愛に満ちた表情で彼女を見る。

 彼女の答えは、簡潔だった。

「いいわ。行ってきて。夜明け前までには、戻ってくれればいいから」

 微笑みながら、フォートリアはジェンナを送り出す。それに頷きながら、ジェンナは金貨三百枚を手にこの場を後にする。

 彼女の後ろ姿を見送り、レテシアは頭をガリガリ掻いた。

「……お前、これも計算の内か? 私がジェンナの身を案じ、お前に同行すると言いだすところまで? だとしたら、マジでブチ殺したいんだけど?」

 そうだ。そもそも、なぜレテシアは殴ってでも妹を止めなかった? それは、遺憾ながらこの妹なら〝皇帝〟は無理でも、一領主ぐらいにならなれると思ったから。

 彼女は幼少期の時点で、既に妹の異常性を感じ取っていた。

「いえ。だとしたらそれはただの偶然よ。私一人では、姉上を御す事は出来ないもの」

「だから……顔はそう言ってないんだよ、お前は。ま、良いだろう。不遇にもお前の姉として生まれたよしみだ。暫くはお前がどこまで行けるか、見守ってやっても良いぜ?」

「そう? では、取り敢えずこの屋敷にある金目の物を盗んできてもらえる? 今後の活動資金にするから。ま、既にお尋ね者なんだし、今更一つや二つ罪状が増えたところで大した事ではないわよね?」

「……やっぱりお前は、超弩級のバカだ」

 それで、話は決まった。

 雪崩を打つ様に状況は変わり――フォートレム三姉妹は祖国を出る事になったのだ。


 これは、その少し前の事。

「そう。やっと決意してくれたのね」

 座して母に頭を下げる娘に、彼女はそう告げる。

 頭を下げたまま、彼女は母の言葉を聴いていた。

「なら、良かった。これで私も命拾いしたわ。――だとしたら益々あの二人には感謝しないと」

 それはどういう意味か、彼女は頭を下げたまま問いかける。母は、事もなく言い切った。

「だって、後一月貴女が行動を起こさないつもりだったら、私は自分の命を断っていたから。これ以上、娘の足枷となる事は耐えられないから、私はきっとそうしていたでしょうね」

 母のこの告白を前にしても、彼女はただ頭を下げ続ける。

「そう。私は貴女が如何に今の世に疑問を抱いているか、知っている。それを是正するため行動を起こしたいと思っている事も良くわかっている。見も知らぬ他人の人生を憂いて貴女はこの乱世を鎮めたかった。そんな途方もない大望を抱いていた貴女を、私は心底からバカだと思った物だわ。気が小さく、知識ばかりが先行して、経験という物が貴女にはまるで足りないから。……でも、だからこそ、私にとって貴女は誇りだった。自分に足りない物が沢山あると知りながら、命を賭してこの大陸を救おうとしている貴女だから。そんなバカな貴女が、私の唯一の誇り。だから、頭を上げなさい、ジェンナ。どうか私に、胸を張ってこの村を後にする貴女を見送らせて」

 だが彼女は直ぐには顔を上げられなかった。その顔は既に、頬を伝う物で溢れていたから。

 それでも、彼女はその全てを拭い、笑顔を浮かべて顔を上げる。

 これが母との永久の別れである事を、確かに予感しながら。

「はい、母上。母上の仰る通り、ジェンナは胸を張ってこの村を後にします。でも、大丈夫。今度はきっと、一軍の軍師となって戻ってきますから。どうか母上も、それまでご壮健であられますように」

 きっと、それは、叶わない願いだ。

 でも、それでも、彼女も、ずっと前から決めていたのだ。この村を出る時は、母と別れる時は、最後まで笑顔でいようと。それが母の為に出来る唯一の事だと、彼女は知っていた。

「ええ。楽しみにしているわ。そして、その大望を果たすまでは、決してこの村には戻らない様にね」

 対して、それが母として娘に言える最後の言葉である。

 そう微笑みながら、彼女は今日まで自分の為に尽くしてくれた最愛の娘を見送った―――。


 だが、ジェンナはこの一件の顛末に気付いていない。フォートリアが、捕えた闇金業者達は斬刑に処すようバーバーナ村の役人に要請していた事を知らない。

 それが彼女にとってどんな意味を持つかは――まだ闇の中に沈んでいた。


     2


 それと、ほぼ同時期。

 或る日、町の中心部に住む老人の屋敷に、一人の人物が訪ねてきた。

 彼女の風貌を見た時、老人は思わず息を止める。彼は、ここで死ぬ事さえ覚悟した。

 齢十七歳ほどの、黒いコートの少女が声を上げたのは、その時だ。

「あなたが――ルウ・ジャン?」

「だとしたら?」

 真顔で問う。少女は黒い長髪をなびかせ、そのまま彼に歩み寄る。

「そんなに警戒しなくても良いわ。私の目的は、あなたの命ではないから」

「だろうな。お主程の使い手が、わざわざこの老いぼれの命を取りに来たとは思えぬ。だが、それ以上に解せん。私の様な老人に、何用か?」

 手にした食材を机に置き、老人は目を細める。

 黒い少女は、笑みを浮かべながら告げた。

「実は、欲しい物があってね。あなたの協力を求めにきたの。此方には、言い値であなたの人生を買い取る用意があるのだけど、どうかしら?」

「ほう? お主はどこぞの貴族か何かか? そういった好事家でもなければ、そのような事口が裂けても言わぬと思うが?」

 しかし――黒い少女は思わぬ事を言い始める。

「惚けなくても良い、ルウ・ジャン。いえ、本名は――シトネ・スオンか。今から六年前、スオン皇朝を分裂に追いやった、大罪人――」

 が、彼女からそう指摘されても、彼は素知らぬ顔で言い切った。

「ほ、う? なぜ、私がその様な大それた人物だと勘違いされるか、甚だ疑問だな。後学の為に、ぜひ訊かせてはもらえぬか?」

 傍にある椅子に腰かけ、老人は訊ねる。少女は棒立ちしたまま、ソレに答えた。

「それは、簡単よ。私があなたの立場なら、同じ事をしただろうから。ええ。あなたがした事は、実に単純。ただ『シトネ・スオンは国外に逃亡した』という噂を流し、その実、首都に居座り続けただけだもの。捕まれば八つ裂きにされるであろうあなたが、首都から離れていないとは誰も思わない。事実、スオン家がまだ力を持っていた頃は『シトネ・スオンが亡命を求めた際は速やかにその身柄を引き渡すべし』と各国に御触れが出ていた。逆に国内を捜索する動きなど、殆どなかったわ。なら私は六年前、この町で屋敷を購入した老人を探すだけで目的を果たせる事になる。それで復讐を遂げた上――スオン家から見事に逃げ切った気分はどんな感じ?」

 けれど、彼は飽くまで事実を認めない。

「さてな。もしシトネ・スオンに会う機会があれば、訊いてみる事にしよう」

 だから、黒い少女は、もう一度笑う。

「ええ。さぞかし心を痛めている事でしょうね。まさかスオン家がアレほど痴愚だとは、彼も考えていなかったでしょうから。あなたはただ若い頃に抱いた怨嗟を晴らす為――スオン家同士で殺し合うよう仕向けただけ。その後は、生き残った皇族が国を建てなおすと思っていた。でも――現実は違ったわ。スオン家は国を建てなおすどころか、自身の家さえ滅ぼしかけた。今や死に体となり有名無実と言って良い。その所為で国は乱れ、この大陸は戦国時代に戻って、地獄の様な日々を送っている。流石のシトネも、そこまでは計算していなかったのでしょう。私はね、ルウ・ジャン――そんなシトネに罪滅ぼしの機会を与えたいと思っているの」

「罪滅ぼし? 復讐の間違いではなく?」

 黒い少女は、おどける様な仕草をする。

「復讐? まさか。私が〝こうなった〟のは、世が乱れる前よ。寧ろあなたが大陸に大乱を招いたお蔭で、仕事がしやすくなったと言って良い。貴族が民から必要以上に財産を搾取する度に、私達の存在価値は増していったのだから」

 ここまで聴き、彼は早くも彼女の正体を見抜いていた。

「そうか。お主義賊か? しかもその黒ずくめの姿、もしや――〝黒色錬刃〟の頭領?」

「さすが、察しが良いわね。私は――ラー・ダークナス。今はそう名乗っているわ」

「そのダークナスとやらが、シトネに罪滅ぼしをさせる? 一体どうやって?」

 まさか自分にも義賊の真似事をしろとでも言うつもりかと、ルウは眉をひそめる。

 だが、彼女の答えは違っていた。

「ええ。義賊といっても、他者から物を奪う事には違いない。そこら辺は、ただの野盗と同じよ。ただ、私達が物を奪う対象は、力ある者。それこそが、私達の大前提。そして、その力ある者が最も大事にしている物は、一体なにかしら?」

「……まさか、お主――?」

 ついで、黒い少女は宣言する。

 あの白い少女に相克する程バカげた世迷言を、平然と口にした。

「そう。私は各国の王族達から――天下を奪う。彼等が求めてやまない――一番大切な物を横取りするの。それが――私の欲する物」

「な……」

 流石に唖然とする老人を見て、黒い少女はやはり微笑む。

 そんな彼女を前にして、彼は続けた。

「それで、天下を奪った暁には、その財を民に還元するとでも?」

 が、彼女は答えない。代りに別の事を、問いかける。

「でも私達にはその為の知識が足りない。国を壊す方法は知っているけど、国を運用する手段は欠落しているの。そこで思いついたのが――あなた。その両方を知っているあなたなら、私達の大きな武器になる。そう確信しこうして訪ねてきたのだけど、どうかしら?」

「随分と皮肉めいた言い様だな。で、仮にその話を断るなら、私の身分を公にすると?」

 けれど、彼女の答えは違っていて――それは彼の予想を遥かに超えていた。

「まさか。そんなつまらない脅迫はしない。代りにもっと面白い趣向をこらしている最中よ。そうね。後二日以内に――あなたの為に国一つを奪ってきてあげる。この条件ならどう?」

「……ただの義賊が、国を? 正気か、お主?」

「ええ。では、また二日後にお会いましょう。その時は、あなたの方から私に会いに来てくれる事を、切に願っているわ」

 そうして、黒い少女――ラー・ダークナスは彼の屋敷から立ち去る。

 彼女の後ろ姿を見つめながら――ルウ・ジャンはただ息を呑むしかなかった。


     ◇


 黒い少女が、仲間も元に戻ったのは、間もなくの事。その場には九名に及ぶ人物が居て、フードを被る彼等の顔はよく見えない。

 その内の一人がフードを脱いで顔を露わにし、ラーに近寄る。

「で、どうだったかな、頭領? 見たところ、此方の条件を伝えただけで話は終わったみたいだけど?」

「ええ。見事にふられたわ。だから、計画通り行く事にした。近日中に私達は――私達の国を手に入れる」

 ラーが、年の頃は二十代前半の男性に答える。

 通行人の目を引くほど端正な顔立ちの彼は、ヤレヤレと肩を竦めた。

「頭領の事だから、何れそんな事を言いだすとは思っていたけどね。こんなに早くだとは思わなかったよ。齢十七歳の少女が――国を奪い取る? 冗談だとすれば笑えるし、本気だとしたらもっと笑えるね」

 と、別の男性がフードをとって喜悦する。

「バカ野郎、アウストラ。だから、おもしれんじゃねえか。今まで財宝をかすめ取ってきた賊はいたが、国を奪い取ったなんて賊は聞いた事がねえ。これが本当の破天荒って奴だろう? それとも、今からビビってんのか?」

「いや、俺が思うに、君はもう少し臆病になった方がいいと思うなー。ダイダロスは、この世に未練が無さすぎるんじゃない?」

 左目付近に、十字傷がある長身の男性に問う。

 ダイダロスと呼ばれた白髪の彼は、ソレを鼻で笑った。

「アホ。未練なら山ほどある。先ず、ラーを俺の女にするのが、何より先決だ。ソレ以外の事は、二の次と言って良い。その為には此奴をブチのめさらなきゃならねえが、それが何より難しい。この娯楽をやり遂げるまでは、死んでも死にきれねえな」

「相変わらず、頭が悪いわね。あなた、まだそんなこと言っているの? あなたが頭領に勝てる訳ないじゃない。叶わないユメを見るのは、その辺にしておく事ね」

 短い銀髪をした少女が、無表情で告げる。

 この直球過ぎる物言いを、けれどダイダロスは気を悪くした風でもなく受け止めた。

「ああ。そういや、てめえとの決着もまだついてなかったな、マリベル? いま一月前の勝負の続き、やっとくか?」

「それも良いかもしれないわね。これ以上、頭領に悪い虫が這いまわらない様に」

 マリベルが、背負った荷を解こうとする。

 ダイダロスが、背負った荷を抜こうとする。

 だが次の瞬間、両者の腕を、笑みをたたえる黒い少女が握っていた――。

「二人とも、頼もしくて結構だわ。でも、ここだと街の住人に被害がでそう。その血気は――後日までとっていてもらえる?」

 この瞬間――ダイダロスは結論する。

「やはり、てめえはおもしれえ」

 ダイダロスは全力を以て、荷を抜こうと力を込めている。にも係わらず、彼の腕はそこから一ミリも動かずにいた。

 それはマリベルも同様で、彼女も腕を握られたまま、何一つできない。

 故に彼女は改めてその黒い少女を憧憬しつつも、ある疑問を口にする。

「了解です、頭領。ですが、国を奪った暁には、天下も視野に入れるというのは本気でしょうか?」

「それは、誤解ね。理解が逆。私達は天下を奪う為に、国を手にするの。今回の件は、その足掛かりでしかない。その為にも、ルウ・ジャンの助力は不可欠。私としては、これで仲間の数が十一人という半端な数になるから、気が進まないのだけど」

 この冗談としか思えない発言は、しかし彼女にとっては真剣な悩みだった。

 マリベルはそう予想しつつも、別の質問を投げかける。

「というか本当に使えるのですか、その老人? ただの足手まといになりかねないのでは? そもそも、その老人はなぜすぐに復讐を始めなかったのです? 彼が復讐の機会を二十年も待ったのは、なぜ?」

「それは恐らく、親族が皆死に絶えた当時なら自由に振る舞えると思ったからでしょう。彼がアノ時になって漸く復讐を始めたのはその為。私が評価しているのは――その点ね。恐ろしく執念深く、その癖、そんな素振りは二十年間見せなかった。どこまでも粘着質な上に、途轍もなく辛抱強い。使い方を誤れば――此方の身を滅ぼしかねない程に」

「まるで誰かさんの様だな。そういう自覚を持った事が、一度でもあるか?」

 坊主頭の青年が問う。ラーは、喜々として笑った。

「ああ。だから、彼とは仲良くなれそうな気がしたのね。大事な事を教えてくれてありがとうう、フー・ズー。存外、当事者同士では気付かないものだわ」

「遂に皮肉も通じなくなったか。で、ラー、プランは? 本当に天下を取るまでの道筋は、現時点で決まっていると?」

 大それた事を言っている様で、その実、彼の口調は気軽な物だ。まるで登山ルートは既に決まっているのかと問い掛ける程に、それは気負いのない物である。

 現に、黒い少女は平気で宣言する。

「それは、問題ない。仮に私と同じ事を考えている人が居たとしても、私にはあってその人物には無い物があるから。私には既に仲間が居て、その誰かはまだこれほどの戦力は得ていない筈。故に、ここから先はスピード勝負ね。私にその人物が追いつく前に、全てを決する。この数年以内に私達は――ダークナス皇朝を立ち上げるわ。そうなると貴方達にとってはずいぶん多忙な日々が待っているでしょうけど、願わくは私を見捨てないで貰えると助かる☆」

 片目を瞑りながら微笑み、黒い少女は歩を進める。

 その後を残った九人は苦笑いしながら追い――ここに彼女達の国取りは始まろうとしていた。


     ◇


 彼女等がナリウスという国に入ったのは、その翌日。中堅国家とも小国家とも言えないその国に、彼女達は堂々と正面から入り込む。

 門番に袖の下を送り、一切身分を証明しないまま彼女達は城下町に入る。

「では手筈通り行きましょう。というよりもう前準備は終わらせてしまったから、その通りに動くしかないのだけど」

「それはまさか、この十人であの城を落すという意味? 騎士が一万は駐在し、王を警護しているであろう、あの城を?」

 マリベルが、途方もない事を真顔で訊ねる。ラーは失笑しながら、首肯した。

「それも面白いけど、今回その手は使わない。いえ、使う必要がないというべきかしら?」

「使う必要が、ない?」

「ええ。マリベルは、この国をどう思う?」

 マリベルは一考し、即座に答えを返す。

 このとき高揚からか、マリベルの飲み込みのはやさは常人のソレを超えていた。

「そうですね。私達が根を下ろすには最適だと思いますが、それ以外は最悪です。王族の権威が強すぎて、民の生活は著しく圧迫されている。隣国であるグナッサを攻める為の財源となる税金の取り立てが余りに厳しい。王としてはグナッサさえ落し、その財を奪えば帳消しに出来ると考えているのでしょう。ですがそんな事をナリウス王はもう六年も続けている。いい加減、民衆の苛立ちは限界を迎えているのでは? ……って、まさか?」

「そう。そのまさか。マリベルには別の仕事をしてもらっていたから、根回しには参加しなかった。私達はその間に、各所に話をつけておいてね。その芽が今日花開くと言う訳。ではさっそく挨拶に行きましょうか。私達の物になる――あの城に」

 狂気とさえいえる事を、彼女は普通に告げる。

 その体のまま確かにラー達は城下町を突っ切り、城の門に行き着く。

「ん? 何だおまえ達は? 速やかに立ち去れ。地下牢にでも、入れられたくなければな」

 門番の真っ当な警告に、ラーはキョトンとしながら答える。

「この城の主人に対して、その口のきき方はないんじゃない? 後々、出世に響くわよ?」

「こんな昼間から酔っているのか、おまえ? いいから、消えろ。でなきゃ、本当に斬り捨てなくてはならなくなる」

 門番である彼が、手にした槍をラーに突き付ける。

 ソレを前に、彼女は大人しく両手を上げた。

「これは失礼。でも忠告しておくわ。今すぐ、武装を解いた方が良いと。でないと――あなたも〝敵〟と見なされる」

「……だから、何を言って?」

 が、彼がそう言い掛けた時――事態は一気に動く。

 確かに、現在ナリウスの城には一万の兵が駐在している。けれどナリウスの城下町に住む人間の数は、子供や老人を抜かしてもその十倍である十万人。

 あろう事か、馬鹿げた事に、その十万にも及ぶ住人達が、ナリウスの城目がけて、駆け出してくる。凶器になり得る鎌や鉄串を手に、彼等は三方からこの城目がけて突撃した。

「……なっ、なっ、なっ? まさかッ、反乱か……っ?」

「ええ。実にその通り。私達がした事は二つ。先ず夜半にこの城下町の住人全ての家の前に、金貨百枚を置いた。その後この町の有力者と会談し、『私達に力を貸せばこの悲惨な生活から抜け出せる』と約定を交わした。その上で、金貨百枚と共に残した置手紙を読んだ民衆達は、その通り行動した訳。即ち――『今日この日の正午、この城を攻め落とすべし』と」

 手品のタネを明かすラーに、門番は唖然とする。

 彼はそれでもこの現実に、納得がいかなかったから。

「……たったそれだけの事で? それだけの事で、この町全ての住人が動いたと……?」

 それも当然か。たった金貨百枚でナリウスの町民達は、命を賭し反乱に加担しているのだ。その中には、今朝この城をすれ違ったとき挨拶を交わした少女も混じっている。

 その少女さえ、今は鬼の様な形相でこの城目がけて駆け出してきているのだ。

 彼には、そのこと自体悪夢としか思えない。

「そうね。私も余りに出来過ぎていると思うわ。でもそれ以上に、ナリウス王はもっと早く気付くべきだった。この町の住人達の怒りは、既に限界を迎えていたと。〝黒色錬刃〟という名と、たった金貨百枚で心を掴まれる程に心身共にボロボロだったと。これが私達の戦い方。騎士には騎士の戦術がある様に――義賊には義賊の戦法がある。ま、お蔭で今日までため込んだお宝は、全て手放す事になったのだけど」

「で、伝令! 伝令! 民衆が反乱を起こしました! 速やかに兵を送り、対処されたし!」

「そう。故にあなた達はこの反乱を鎮めるべく、門を開け、騎士を派遣しなければならない。私達はその僅かな隙を、見逃さなければ良いだけ。では――暴れなさい皆。先ずは門が開き次第、これを制圧。シェリカ、オリエルタ、ファンカルは三方にあるこれを死守。民衆が城に入り切るまで、開城を維持して。残りは私に続いて入城。――一気に王の首をとるわ」

「了解」

 ラーの動きは、迅速だった。

 彼女達は門が開くと同時に、門番を蹴り倒して駆けだす。あろう事かベランダまで跳躍し、城の中ではなく側面にとり付く。ソレを繰り返し、城の屋上に居るであろう王のもとまで急行する。町民と城の騎士達が本格的に殺し合う前に、彼女達は王のもとへ急ぐ。

 そして、この喜劇にも似た知らせを王が聞いた時には、全ては決していた。

「はぁい。お初にお目にかかるわね――ナリウス王ジステスタ。私は――ラー・ダークナス。あなたが最期に殺し合う事になる女よ」

 この宣戦布告を聴き、ジステスタは初めて事態の深刻さを知る。

「……ラー・ダークナス。聞いた事があるぞ。確か〝黒色錬刃〟とかいう賊の頭領!」

 ソノ部屋には、王や王族を守るべく六十人にも及ぶ騎士が陣取っている。反面、ラー側は彼女を含めても七人。

 けれど、笑顔を浮かべたまま彼女は言い切る。

「いいわ。後は――私一人でやる」

 自分の仲間より十倍近く居る騎士を相手に……たった一人で戦う?

 それが本気なら頭がどうかしているし、ハッタリならその後が続かない。

 彼女は、瞬く間に討ち取られる事だろう。

「なっ、は―――ッ?」

 だが、ナリウス王は、見た。

 ソノ余りに馬鹿げた異様を、未だ嘗て見た事が無い暴力の具現を――彼はサイゴに目撃する

 ソレは開始から数秒以内で終焉を告げ、気が付けばこの場で王に味方する者は居なかった。いや、正確に言えば、その場に居た王側の人間全てが細切れにされたというべきか。それはもちろん王も含まれていて、その王の首をラーは掴む。

 ラーはベランダへと足を運び、王の首を突きつけながら高らかに嘯いた。

「ナリウス騎士団に告ぐわ。あなた達の主であるジステスタは、私が討ち取った。これ以上の戦闘は無意味よ。あなた達が、自国の民衆と殺し合う理由は無い。仮にあなた達が勝っても、もう頼るべき王族は誰一人として残されていないのだから」

「……なっ? 陛下が、討ち取られたッ? つッ! 退けッ! 退けッ! 退けッ! 一旦、城外まで撤退せよ! 其処で体勢を立て直す……っ!」

 騎士団長のロザック・ザージが、騎士達にそう号令をかける。

 これに従い、唯一住民達が攻め込んでいない南側の門から、彼等は脱出する。城を出て城下町を疾走し、この国から退却する。

 その様をラーは何もせず見送り、ただこう呟いた。

「ええ。ここから先は――ルウ・ジャンの仕事ね。彼がどう騎士団と話をつけるか、それが今から楽しみ」

 かくしてラーはルウとの約束を果たし、国を手中に収める。

 宣言通り――ただの義賊が国さえ奪い取ったのだ。

 この一報を聞いたルウ・ジャンは、速やかにナリウスへ馬を走らせた―――。


     ◇


 ルウ・ジャンがナリウスに辿り着いたのは、翌日の早朝。そこには、城下町を四方から囲んだ一万もの兵が居る。

 騎士達は正に虫一匹通すまいと意気込み、目が血走り、息も荒い。そんな中をルウ・ジャンは、素知らぬ顔で素通りしようとする。

 ソノ彼を騎士の一人が呼び止めるが、老人はやはり淡々と応じた。

「何事か? 私はただ、あの城に用があるだけなのだが?」

「な、に? よもや、きさまもあの女の仲間か?」

 騎士の一人が問う。それをルウ・ジャンは事実を言う事で、否定する。

「まさか。私はただ噂を聞きつけこの地に立ち寄っただけ。賊の仲間などでは無く、寧ろお主らの味方とさえ言える。私をこのまま通せば賊達を降伏する様、説得するのも吝かではない」

「……それは、本気か?」

「無論だ。それともまさか、私の様な老人が入城しただけで戦況が変わるとでも? これ以上、お主らが不利になる様な事になるとでも言うのかな?」

 無表情で、ルウ・ジャンは正論を謳う。

 これを受け、騎士団長のロザックは一応の納得を見せた。

「確かに……な。良いだろう。ならば試してやる。但し、制限時間は一時間だ。それだけ時間が経ったら、我等はあの城下町に総攻撃をかける。その旨――努々忘れるな?」

「しかと承った」

 話は纏まり、老人は騎士達の包囲網を抜け、ナリウスの城下町に辿り着く。〝ルウ・ジャンが来た〟と閉じられた門の外より告げ、開門させて入国する。彼は迷う事なく、あの黒い少女が制圧している城へと向かった。

 そこで――入城した彼と王座に座する少女は二日ぶりに対面する。

 ルウは開口一番、こう告げた。

「やってくれたな。国に二人と居ない、大うつけが」

「あら? それってある意味、国士無双って事? 随分な言い草ね。それが最近はやりの挨拶なの?」

「いや、これは私のミスでもある。お主が義賊だと知った時点で、どう国を攻めるか想定しておくべきだった。その時点で、私は何があってもお主を止めるべきだった」

「へえ? それは、何故?」

 この無神経極まりない返答に、ルウは眉をつり上げる。

「よいか? 今国の外には一万の兵が居て、しかもその兵には兵糧が一切ない。つまり、彼等に残された選択肢は二つだけ。この地を離れどこぞの国に降るか、それともこの国に総攻撃をかけ故国を奪還するかだ。彼等は間違いなく、後者を選ぶだろう。例え、それで自国の民を虐殺する事になったとしても。お主がした事は――即ちそういう事だ。無害だった民草を焚き付け、無謀な反乱に駆り立てた。その所為で彼等は自国の騎士達と殺し合い、大部分の人間が殺害され、この国は亡びる。そう。お主は国を奪ったのではない。お主はただ――ナリウス王国を最悪の形で滅亡においやったにすぎぬわ」

 ラーは玉座に深く身を預け、したり顔で納得した。

「成る程。確かに筋が通ったご高説ね。では、ソレを承知の上で依頼するわ。その弁舌を以てあの騎士達を私達に降伏させて」

「なに……?」

「ええ。あなたは、何故そこまで苛立っているか? それは自己申告通り、私と会ったアノ時点なら、私を止められたかもしれないから。そうなれば、この国の民は誰一人として殺される事は無かった。あなたは、その事を見抜けなかった自分自身を嫌悪しているのでしょ?」

 やはり笑みを浮かべ、ラーは問う。老人は一度だけ眉根を歪めた後、断言した。

「ならば答えよう。無理だ、不可能。主を殺された騎士達を、降伏させる手段など無い。こうなった以上、彼等は死ぬまで戦い続けるだろう。彼等をソコまで追い詰めたのは、これもまた紛れもなくお主の所業だ。せめて王が健在なら手の打ち様もあったかもしれぬが、最早ソレもかなわぬ。そうだな。彼等を止めるには、材料が足りぬ。彼等を止めたいなら心を折るしかないが、お主の戦力でそれがかなうとは思えぬ。仲間九人に、何の戦闘訓練も受けていない民衆だけでは」

 ルウの見解に、誤りはない。

 主を殺された以上、騎士としてはその復讐戦を挑むしかないだろう。これを怠れば、彼等はこの大陸中の笑い者にされる。幼少期より誇りを重んじるよう学んできた彼等に、そんな恥辱など耐えられる筈も無い。

「そう。残念だわ。ここまでは、私と同じ意見だなんて。私としては、これ以上誰一人として傷つけず事を収めたかったのに。あなたなら、それが出来ると期待していたのだけどね。ではこういうのはどうかしら? もう一つだけ――あなたに武器を提供するというのは」

「武器、だと?」

「ええ。ベランダに出て、外を見てもらえる? あなたが期待する物がきっとある筈だから」

「まさか?」

 老人が、少女の促しに応える。いや、その前に大きなざわめき声が、彼方からここまで届いていた。外を見れば一万にも及ぶ騎士団を、更に取り囲む謎の一団が現れる。彼等は二万近くにも及び、ナリウス騎士団の背後を完全にとっていた。

「……よもや、あれもお主の手の者か? だが、ただの義賊が、あれほど戦力を持っているとは思えぬ。……だとすれば、あれはもしや流賊の集まり?」

「御名答よ。お題目は義勇軍という事になっているけど、実際はただの流賊ね。戦争に敗れ、その責任をとらされる事を恐れて祖国にも帰れないというのが、彼等。そんな彼等は兵糧を奪い何とか生きてきたけど、やっぱり自分達の国が欲しいみたい。私はそんな彼等の望みを叶えただけ。いえ、正確には『私が上手くやれば手を貸しても良い』と約定させたと言ったところか」

 唐突なこの展開を前に、ルウは目を開きながらも冷静に頭を働かす。

「……確かに、あの戦力でも一国を攻めれば、多大な損害を被る。或いは、破れる事さえあるだろう。だが、お主のやり方なら、話は別? 民衆を煽り立て、反乱を起こし、騎士達を国から追放するこの方法なら被害も最小限か? それを踏まえ、流賊を使い彼等を精神的に追い詰めたと? だが――それでも一手足りぬ。お主が、真にこれ以上の流血を望んでいないのならな」

「ほう? では、私はどうすれば良いと?」

「簡単だ――後の事は、全て私に一任すれば済む」

 彼の大言を聴き、フー・ズー達がラーへ視線を送る。彼女の決断は、早かった。

「良いわ。では、お手並みを拝見させてもらう。後の事はあなたに任せるわ、ルウ・ジャン」

 ルウ・ジャンは――即座に行動に移った。


     ◇


 彼がナリウス騎士団の前に現れたのは、それから四十分後の事。倍近い兵に囲まれた彼等の表情は、確実に先ほどより追い詰められている。完全に討死覚悟といったあり様で、誰もが奥歯を強く噛み締めていた。そんな中、ルウ・ジャンは最後の手を打つ。

「――待て、待て、待て。きさま、一体何を……っ?」

「なんという事も無い。単に――お主らの家族を帰しに来ただけだ」

「――き、きさまっ?」

 ルウ・ジャンの背後には、数万を超える男、女、子供、老人が居る。その人々の全てが騎士団の身内だと、彼は告げた。

 ソレがどういう意味か、騎士団長であるロザック・ザージは即座に読み取る。

「戦場に、我らの家族を? 我らが戦端を開けば、この家族達もそれに巻き込まれるという事か――?」

「どう判断するかは、お主ら次第だ。だが、ここに約束しよう。お主らが武装を解き、降伏するなら、お主らにもこの家族等にも一切手は出さんと。無論、暫く幽閉同然の生活を送ってもらうが、それも国が安定するまでの話。それさえ済み、新たな王に忠誠を誓うなら、元の生活に戻れるよう進言する事も厭わない」

 この通告にロザックは身を震わせ、ルウを睨めるように見た。

「やはり……きさま、あの賊達の手先であったか?」

「今となっては、そう思われても仕方がない。だが、良く考える事だ。いま民衆の心を掴んでいるのは、誰かを。誰も何も、失わない方法という物を。それとも愛しき者が目の前で無残に殺される事を――お主らは望むか? この二万近い軍勢に囲まれ、ソレを回避する方法が降伏以外にあると?」

 ソレは余りに、辛辣な警告だった。騎士道を重んじる彼等には、思いもつかない卑劣な策と言って良い。ルウは、そのまま続ける。

「悪いが、私は一時間も猶予を与えられん。後五分以内に、返答を頼む。私が言える事はそれだけだ」

「………」

 よって、ロザックは短く思案する。

 その後、ロザックは剣を抜き、ソレをルウに突き付けながら言った。

「……仮に来世という物があれば、私は間違いなくきさまやあの女を叩き斬るだろう。その事だけは、死んでも忘れるな」

 今も殺気を放ちながら、ロザックが手にした剣を地面に放る。彼は部下達にも自分に倣うよう通達する。その様を見て、ルウは言い切った。

「いや、良く聞き取れなかったな。今、お主、何と言った?」

 平然と、ルウはロザックの反意を無かった事にする。

 それを聴いて、ロザックは思わず初めて笑う。

「……どこまでも、食えねえ爺さんだ。良いよ、わかった。正直言えば、俺もあの王の事はムカついてたしな。これは、それだけの話だ」

 それで――今度こそ終わった。

 ラーは国を奪い、ルウがそれを平定して、この簒奪劇は最小限の流血のみで終幕したのだ。

 彼の手腕をラーはほくそ笑みながら見届け、ルウが戻ってきた後こう宣言する。

「で、どうする? 私達はこれから先も、似た様な事を繰り返すわ。今回はあなたが居たから大参事は免れたけど、次はどうかわからない。それでもあなたは、この現実を見て見ぬふりをする? あなたが招いたこの大乱を知らんぷりしたまま、余生を送るというのかしら? 私なら――確実にこの乱世を終わらせる事が叶うというのに」

 ラーの自信過剰としか思ない言い様に対し、ルウは全く別の事を告げていた。

「今、思い出した。キロ・クレアブルという人外が出てくる、お伽噺があるのだがな。お主はその物語に登場する〝メディス・メディナ〟という少女に雰囲気が似ている。かの者は絶世の美貌を持ちながら〝毒婦〟と呼ばれていたらしいが、正にそうだな」

「それは――貴方なりの承諾の表現と捉えて良い?」

「さてな。ま、お主らもスオン家の様になりたくなければ、精々私には気を付ける事だ」

 以上の毒づきと共に、この日ルウ・ジャンはラー・ダークナスの旗下に加わる。

 彼女もまたどこぞの白い少女の様に、軍師と言う物を迎えたのだ―――。

 しかし、後にフォートリアは述懐する。〝ラーはルウを手にする為に二日もかけ国をも奪ったが、私は半日もかけず村を一つ奪っただけでジェンナを得た〟と。それがただの強がりなのか、事実を謳っただけなのかは後世の人々が判断するところだろう。

 未だ両雄は顔をあわせないまま――歴史の歯車だけが着実に前へと進んでいた。


     3


 で、もう一人の絶世の美女と言えば、現在祖国から徒歩で三日ほど離れた街に居た。

「というか、今更だけどジェンナは中々の自信家だな。いくら母上の為とはいえ、ああもアッサリ金貨三百枚を受けっとったのだから。それはつまり、自分の実力に自信があっての事だろう? このバカ妹の報酬に見合うだけの働きが出来ると、考えていい訳だ?」

 場所は中規模な市場。時は正午過ぎ。手に槍を持ったレテシアが問う。

 が、背に荷物を背負ったジェンナは、首を横に振った。

「いえ、正直、それ程の自信はありません。寧ろ足手まといになる気、満々です」

「……そうなんだ?」

「ええ。ですが、自信とは実績を積み重ねる事で、得られる物だと私は知っています。今は無理でも、何れ金貨三百万枚以上の働きをお見せしたいと思っています」

 ジェンナの物言いを聴いて、フォートリアは素直に感心した。

「ほう? これは大きく出たわね。今のは私の予想を超えた答えだった。控えめなアナタの事だから、精々、金貨三千万枚とか言うと思っていたのだけど?」

「……いや、金貨の枚数十倍に増えているし。お前は年下の少女に何を期待しているんだ?」

 姉に問い掛けられたフォートリアは、不敵な様子で断言する。

「ズバリ、私をカンの高祖の様な立場に導く事だけど?」

「なら……さしずめジェンナはかのチョウリョウ・シボウか? いや、お前はかの軍師でもフォローしきれないレベルのバカだろう? 短気で器も小さいし、今のところ私とジェンナぐらいがお前の武器じゃねえ? 余りに武器、少なすぎだろ?」

 意外だったのは、フォートリアがこの姉の苦言を素直に受け入れた事だろう。

 彼女はその上で――初めて将として命を下す。

「なるほど。確かに姉上の言う通りね。では、さしあたっては、予定通り動く事にするわ。いよいよ軍師としての初仕事よ、ジェンナ。私はまず――〝私だけの兵〟が欲しい。その為にはどうするべきだと思う?」

「フォートリア姉様の、兵?」

「ええ。天下を取りたいなら、まず国を手にする。国が欲しいなら、まず軍を手にする。軍が欲しければ、まず己が兵になって努力するべきなのでしょうけど、それは私向きじゃない。最短で兵を手にする方法とか、ないかしらね?」

 露店の一つに入り、昼食をとりながらフォートリアが切り出す。

 ジェンナは気難しそうに眉根を寄せた後、顔を上げた。

「最短というなら、金で兵を雇うのが一番でしょう。ですが、金の切れ目が縁の切れ目。傭兵は此方の資金が切れた時点で、姉様には見向きもしなくなる。そう言った意味では、まず兵より財を蓄える事が先決ではないかと」

「財、か。確かに半年は食べていけるだけのお金は、村長のところから拝借してきたけどね。人を多く雇えるだけの金銭は、持ち合わせていないわ。では、次善策は? 財に頼らず、兵隊とコネクションを持つ方法はある?」

「そうですね」

 ジェンナはフムと頷き、テーブルにあるお茶を啜ってから告げた。

「姉様のご希望には反しますが、やはり良将を見つけ出し、そのもとで地道に信頼を勝ち取るのが上策かと。何れ部隊長にでも任じられ、知名度を上げれば、独立の道も見えてきます。私が考え付く物としては、ソレが最短ですね」

 ここまで聴き、一間空けた後、フォートリアはクスリと微笑む。

 その反応はジェンナにとっては、正に予想外の物だ。

「『良将を見つけ出し、信頼を勝ち取る』か。……ああ、なるほど。やはり、私の目に狂いは無かった。ジェンナは、少なくとも私にとっては最良の軍師だわ――」

「……は? あの、今の平凡な献策で、そこまで褒められる謂れはないと思うのですが?」

「てか、なんだかまた厭な予感がしてきた。……お前、何を企んでいる?」

 が、フォートリアは素知らぬ顔で、姉に言い切る。

「まさか。良い事よ。それとも、とても。では、さっそく行動に移りましょうか。早ければ――今日中に決着がつく」

「………」

 こいつがこう言う時は、ロクな事があった例は無い。

 レテシアはそう確信しながら――それでも店から出て行こうとする妹を追った。


 フォートリア達が情報収集を始めたのは、それ以後。

 彼女達は主にカシャンの将や、この近辺に滞在している傭兵団の噂を集め始める。良い噂、悪い噂、違わず十五にも及ぶ傭兵団にまつわる逸話を町民達から聞き出していく。

 全てのデータが出そろったのは、二時間は経った頃。

 この噂話を元に、フォートリアは、行き先を決定した。

「って……フォートリア姉様? そっちは北ですが? 我らは南に居る、良将――ヒリット・ナードのもとに向かうのでは?」

 ジェンナとしては当然とも言える意見だが――フォートリアは否定する。

「いえ、私達は最高にロクデナシな愚将――シャイゼン・アッカの旗下に加わるわ。今からカシャンのオッデ砦を攻めるという、彼の部下になるの」

「は、い?」

 故にフォートレム三姉妹は北へと向かい――かの傭兵団と接触したのだ。


     ◇


「あ? きさま等が俺様の軍に加わりたい? それは本気か?」

 ジェンナの五倍近い声の大きさで、シャイゼンが問う。この粗野な大声を聴き、思わずジェンナはレテシアの影に隠れてしまう。一方フォートリアは――平然と応じた。

「ええ。今からマーニンズの要請で、カシャンの砦を攻めるのでしょ? なら、味方は少しでも多い方が良いのではなくて?」

「尤もな意見だが、俺様にはおまえ等なんぞの雇う金はねえ。マーニンズの貴族共が、またケチでな。俺が報酬を七割せしめれば、後に残るのははした金だ。そいつを残りの兵にやらにゃきゃならん。そんな訳で、おまえ等なんぞお呼びじゃない訳だ。わかったらさっさと失せろ」

「……成る程。本当に、最高のロクデナシだわ」

「あ? 何か言ったか?」

 が、フォートリアは飽くまで、彼に悪意を見せようとはしない。

 逆に彼女は、甘い言葉を並べ立てた。

「いえ、何でもない。では、こうしましょう。私達の分の報酬は要らない。但し、一つだけ私達の条件をのんでもらう。それでどう?」

「……報酬はいらん? 条件をのめ? なんだそれは? きさま等一体、何を企んでいる?」

 明らかに怪しみながら、シャイゼンは眉をひそめる。

 人としては実に正しい警戒心だが、フォートリアは断言する。

「攻める場所をカシャンのオッデ砦から、同国内のズフォン砦に変更してほしいの。仮にコレを攻略できれば、マーニンズ側のあなたに対する心証も、良くなると思うのだけど?」

「ズフォン砦、だと? バカか、きさま? あの砦は、オッデの二倍以上兵が駐在している。司令官のルン・ルカも、切れ者と言うし。ムカつく話だが、俺様の戦力で落せる訳がねえ。そんな事もわからねえ程、オツムが弱いのか、きさまは?」

 フォートリアが僅かに顔をひきつらせたのは、この発言を聞いた後だ。

「ああ……今初めて知った。姉上以外の人にバカにされるのって、結構ムカつくのね」

「あ? 何か言ったか?」

「いえ、何でも。けど、仮に勝算があるとしたら? この名前に、聞き覚えはないかしら? レテシア・フォートレムと言う名を?」

「……レテシア? まさかあの……〝百人斬りのレテシア・フォートレム〟? おまえがあの?」

「いえ、私はただの妹。姉はこっちの、長身の女性よ」

「……長身は余計だ。けど、そうだよ。私がレテシアだが、それが何か?」

 堂々と宣言する、レテシア。この時、シャイゼンの野心が目を覚ます。

彼は、咄嗟に計算した。

「……だとしたら、もしや? ……いや、だが待て。それで、おまえ達が何の得をする? 仮にズフォンを落したとして、報酬がいらねえと言い張るおまえ等が一体なにを得る? 意味がわかんねえぞ?」

 この尤もな意見を、しかしフォートリアは涙ながらに否定する。

「……いえ、得る物ならあるわ。と言うのも、他でもない。あの砦の司令官――ルン・ルカは私達姉妹の仇なの。……彼女は二年前、父を殺した張本人。私達はその仇を討つ為だけに、今日まで生きてきたのよ」

「ほ、う? 親父の、仇?」

 無論、嘘である。

 フォートレム姉妹の父親は、今でもレシェンドでのんびり暮らしている。

「故に私達は、何としてもズフォンを攻略しなければならない。その為の策も、既に考えてあるわ。まず――其処のちっちゃな女の子がズフォン側に噂話をもちこむ。『レテシア・フォートレムが単騎で左側面を衝こうとしている』という噂を。すると正面の守りは薄くなり、其処を私とあなた達で攻めればどうなると思う?」

「……あわよくば、ルン・ルカの首をあげられるかもしれねえ、と?」

「ええ。私達の利害は、かくも一致しているわ。もしこの策が失敗しても、最悪ズフォンに大打撃は与えられる筈。何人かの将の首は、確実にとれる筈よ。だとしたら、落せるかどうかもわからないオッデ砦より、こっちをとった方が賢明では?」

 この時シャイゼンの頭は冴えていて、即座にフォートリアの思惑を看破する。

「つまりオッデ砦を優先したら、おまえ等は俺達の味方はしねえって事か?」

「そうなるわね。他の砦なんて、興味が無いもの」

「いや、ちょっと待て。そもそもおまえは、何で俺様に声をかけた? この街に滞在している傭兵団なら、他にも居るだろうに。ムカつく話だが、普通ならヒリットあたりのところに行くんじゃねえ?」

 が、フォートリアは即座にソレも否定する。

「いえ、彼は駄目ね。頭は切れるかもしれないけど、その分、読みが深すぎる。時として兵は蛮勇に身を委ねる必要があるのに、決してソレをしようとしない。そう言った意味では、彼はただの臆病者だと私は思う」

「そうか。臆病者か――ヒリットの野郎は」

 シャイゼンが初めて笑う。これもある意味、計算通り。

 フォートリアは今、意図してヒリットを蔑視した。シャイゼンの様な男が、ヒリットに何の妬みも抱いていない訳がないから。

 これは『女子同士が、第三者を悪く言い合う事で、仲良くなっていく感覚』に近い。

 実際、彼は意気揚揚と立ち上がる。

「いいぜ、気に入った。その、ヒリットの野郎は臆病者だって言い切る辺りが実に。が、仮におまえの策で何の功もあげられなかったら、その時は俺様がおまえをブチ殺す。それでも良いなら、ついてきな」

「良いわ、契約完了ね。では速やかに動く事にしましょう。ジェンナ、大事な話があるからこっちに来て」

「あの、やっぱりさっき言っていた〝ちっちゃな女の子〟って、私の事なんですよね……?」

 けれど、そう言った話は完全にスルーして――フォートリアは本題に入った。


     ◇


 ジェンナがズフォン砦を訪れたのは、それから一時間は経ってから。

 彼女はフォートリアの策通り、かの砦の人間に忠言する。〝街で偶然耳にしてしまったのですが、マーニンズは標的をオッデからズフォンに変更しそうです〟と。〝しかもその先鋒は、あのレテシア・フォートレムだそうです〟と。

「ほう? シャイゼンの傭兵団あたりが、戦の準備をしているとは聞いていたが、我が砦を狙うと? どうやら噂通り、頭が良い男では無いらしいな。でかい図体とでかい声だけで他人を支配しようとする凡愚が、ヌケヌケと死にに来るか」

「……えっと。それでここから先の話は、ご褒美を頂いた後に申し上げたいのですが?」

 ジェンナの要望に、ルン・ルカという女丈夫は居丈高に応える。

「構わん。礼金はやろう。但し、そなたにはその噂が事実であるか確認するまで、この砦に留まってもらう。仮に虚言だった場合は、その首叩き斬る故、覚悟しておく様に」

「ソレは、本気で仰っている……?」

「無論だ。では、さっそく聴かせてもらおうか? かの賊軍は、何を企んでいるのかを」

 そうして――ジェンナはフォートリアの指示通り動いた。


 開戦の狼煙が上がったのは、それから更に一時間後の事。

シャイゼン軍二百に対し、ルン・ルカ軍は四百。二倍もの兵力差があり、しかも敵は砦に籠っている。そんな中、両者はいよいよ兵を動かす。

 まず、作戦通りレテシアが砦の左方に突撃する。ソレを見たルン・ルカは、砦の門を開け三百の兵を出撃させた。

 これを確認したレテシアは、即座に踵を返し、後方へと下がる。

 ソレを三百の兵が騎馬を以て追うが、この時、それは起きた。

「つっ? 罠かッ!」

 馬が草を結んでつくられた輪に足をとられ、兵達が次々落馬していく。これを見届けたレテシアは再度、方向転換する。彼女は地面に倒れた敵兵を次々手にした槍で討ちとる。

 それが可能なほどレテシアは俊敏で、ズフォンの兵は油断し切っていた。いかな豪傑であろうと、一人で三百の兵は相手に出来まいと、高を括っていたのだ。

 この慢心こそ、フォートリアにとっての最大の武器だ。事実、砦の残存兵力は百名程。ならば、これを奇襲すればどうなるか? 答えは――決まっていた。

「噂以上の手際だな、あのレテシアという者は。出来れば、我が旗下に加えたいぐらいだ」

 こう評するルン・ルカを討ち取るべく、シャイゼンが全軍を以て動く。残存兵力が百にまで減ったズフォン砦目がけて突撃する。門を破壊する為の巨大な丸太を十人がかりで運び、ソレを砦の門へ打ちつけようとした。

 だが――その前に事態は動く。

「……な、はッ?」

 あろう事か、ズフォン側から砦の門を開けたのだ。しかもそこから出てきた兵の数は、軽く三百を超えていた。この多勢に押し切られ、シャイゼン軍は動揺する。

 いや、気が付けばシャイゼン・アッカその人が、先行してきたルン・ルカに串刺しにされる。彼女は手にしたランスを、彼の腹部へと突き立てていた。

「……まさ、かっ? 俺等の策が読まれていたってのかぁ? だが、なぜ、だッ。みはりからは、とりでにえんぐんが、おくられてきたなんて、ほうこくは、なかったのにっ」

 そう言い残し、シャイゼンは息絶える。

 彼は、最期まで思い至らなかった。その見張りを買って出たのも、あのフォートリアであった事に。彼女は砦の情勢を監視しながらも、援軍の事をシャイゼンには報告しなかったのだ。

 加えて、将が倒れた軍ほど脆い物は無い。未だ兵力は二百を保っているが、戦意を維持している兵は三分の一も無いだろう。

 いや、既に包囲されかけている彼等には、逃げ道さえ残されていなかった。

「どうやら、あの娘の話は本当だった様だな。レテシアは囮で、本隊が砦を奇襲か。全く舐められた物だ。この様な稚拙な策に、私が引っかかると思っているとは。では終局と行こう。見せしめだ。降伏は一切許さず――残った兵は皆殺しにしろ」

 未だ戦場に佇むルン・ルカが、檄を飛ばす。

 お蔭でシャイゼン軍の残党は、またも恐慌する。

 だが、ルン・ルカは知らなかった。

 歴史的観点から見ても、人ならざる怪物と言う者は、実在した事実を。

 そんな化物が、実際に、この世に居る事を。

 唯一ルン・ルカの誤算を上げるなら、ソレだけの事であり、ソレだけでしかない。

 他の者は、初めて知る。

 今フォートリア・フォートレムが――歴史の表舞台に立とうとしているこの瞬間を。

 人のフリをしたあの怪物が、人間に牙をむこうとしている――この時を。

「くくくく、あははあはははははは! やはり、自ら前線に出てきたわね、ルン・ルカ。街の噂で聞いた通りだわ。計算高い反面、酷薄で自尊心が強い。そんなあなたなら、必ず自身の手でシャイゼンを討ち、優越感に浸ると思っていた。でもそれこそが――あなたの最大の失敗」

 白い少女が肩にかけた〝荷物〟に手を伸ばす。柄についた取っ手を、強く握りしめる。

 それは――余りに巨大な剣だった。

 幅は、三十センチはあり、長さは二メートルを超える。その柄の先には鎖が取り付けられており、彼女はその鎖を持ってかの大剣を振り回す。グルグル横に振り回し、その異様にルン・ルカが気付いた時には、既に全てが終わっていた。

「ではフォートリア・フォートレム――ここに惨殺する!」

「なっ、はッ?」

 遠心力に加え、彼女の膂力がプラスされたかの大剣が発射される。鎖を通じて横へと薙ぎ払われた剣は、苦もなくルン・ルカ以下、騎士十名の体を横に両断する。更に彼女はかの大剣を振り回し、その度に騎士等の体がバラバラになる。

 正に――圧倒的な暴力。

 正に――地獄の様な光景。

 ソレを為しているのは――紛れもなく齢十六の少女だった。

「……なんだっ、なんだっ、この女はッ? ――化物っ! 化物かッ?」

 が、彼女をそう罵倒する彼も、次の瞬間にはただの肉塊に変わっていた。

 あろう事か、バカげた事に――白い少女はたった一人でこの劣勢を挽回したのだ。

 それに気付いたシャイゼン軍が、足を止める。何とか逃げる隙を見つけようとしていた彼等は、真逆の光景を目撃する。

「ええ。では――反撃開始と行きましょうか! 全軍、突撃! 一気に砦内へと進行し、ズフォンを陥落させる―――!」

「………おおおおおっ、あああああああああッ!」

 この勝ち馬に乗り、シャイゼン軍が息を吹き返す。彼等は既に砦へと駆けだしたフォートリアに続き、彼女と共に奮闘する。

 ソレは数十分後には実を結び、ルン・ルカという大将を討ち取られたズフォン軍を潰走させた。

彼等は一目散に逃げ出し、ここにズフォン砦は陥落したのだ―――。


     ◇


 フォートリア達が件の少女を発見したのは、兵達が勝ち鬨を上げている最中だった。

「ええ。無事で何よりだわ、ジェンナ」

「……はい。フォートリア姉様の言う通り、砦から逃げようとはせず、浴室に隠れていましたから」

「そうね。勝ちを得た兵は、逃げる兵を追う物だもの。ヘタに動いたら、その時点で敵とみなされる。それなら砦の何処かに隠れて此方の兵が落ち着くのを待った方が得策だわ。ま――『和装の少女には絶対に手を出すな』と予め通告しておいたし。そう言った意味では、ジェンナの身が危うくなる筈はないのだけど」

 けれど、ジェンナは呆れた様に嘆息する。

「つまりフォートリア姉様は、初めから私の意見を聞く気など無かった? 貴女の狙いは――シャイゼン・アッカの命だったと?」

 ジェンナの指摘を受け、フォートリアはいけしゃあしゃあと首を横に振る。

「まさか。これは単に、ジェンナの策に私なりのアレンジを加えただけ。と、その為の最後の一手を、今から打たないと。悪いのだけど――皆、集まってもらえる?」

 シャイゼンにも劣らぬ大声を発し、今も歓喜を響かせる兵達に声をかける。

 暫しその場を静寂が支配したが、直ぐに彼等はフォートリアに従った。

「まず皆には謝罪しなければならないわ。いくら緊急事態だったとはいえ、よそ者である私が偉そうにあなた達を顎で使ったのだから」

 現に、フォートリアは頭を下げる。ソレを見て、傭兵の一人が声を上げた。

「ま、まさか。止してくれ。この戦に勝てたのは、明らかにあんたのお蔭だ。逆にあんたが居なかったら、今頃俺達は皆殺しにされていた。だから、頭なんて下げねえでくれよ」

「でもこの戦の所為で、あなた達の将であるシャイゼンは命を落としたわ。それはどう言い繕っても、言い訳が出来ない事よ」

「いや、これは元々シャイゼンが考えた策だ。ソレが破られたのは、言い方は悪いがある意味あいつの自業自得だと思う」

 故に、フォートリアは内心ほくそ笑む。〝やはり全面的に自分の手柄にするべく、私の策を自分の策だと言い張っていたか〟と。

「でもシャイゼンが亡くなった今、あなた達は身の振り方を考えなくてはならなくなった。これからあなた達は、どうするつもり? このまま傭兵を続けるにしても、新たに団長を決めなくてはならないでしょう?」

 まるで勝ち戦に水を差す様な事ばかり、フォートリアは口にする。

 だがその一方で、確かにそれが彼等の現実だ。

「……そうだな。なあ、皆、どうする? シャイゼンは、死んだ。なら俺達は、その後釜を決めなくちゃならない。誰か、これはという人間を推す奴は居るか?」

 この中で一番古株そうな、中年の男性が他の団員達に問う。皆は顔を合わせ、相談を始めるが、今のところこれと言った声を上げる者は居ない。

 いや、時間の経過と共に、彼等の視線は確実にフォートリアへと注がれつつあった。

「……あのよ。そういうアンタは、どうするつもりなんだ? これから先も俺達のグループに加わるつもり? それとも、他にどっか行くアテでもあるのか?」

「いえ、今のところは無いわね。シャイゼンさえ死んでいなければ、私は彼のもとで色々勉強するつもりでいたから」

 その時、意を決した様に、フォートリアと同世代の少女が声を上げる。

「なら――いっそ貴女が団長になってもらえませんか? 敵将を討ちシャイゼンの仇をとったのは貴女だし、私達を勝利に導いたのも貴女です。そんな貴女なら、誰も文句は言わないと思うのですが?」

 ソレは、フォートリアにも勝ると劣らない美貌の持ち主だ。

 黒髪を肩まで伸ばしたその少女に、フォートリアは訊ねる。

「えっと、あなたは?」

「――エイリカ・ラウナと言います」

「ええ、ありがとう、エイリカ。……でも、本当にそれで構わない? あなた達が信頼していたであろうシャイゼンに比べたら、私なんて分不相応なのでは?」

 この時点でレテシアあたりは妹を殴りつけたくなっているのだが、今は何とか自制する。

「いえ、亡くなった人を悪く言いたくはありませんが、シャイゼンは暴君でした。よんどころない理由で傭兵になるしかなかった私達の足元を見て、低賃金でこき使って。彼を信頼していた人は、多分この中には居ないと思います。でも、貴女は違った。私達を人として扱い、頭まで下げてくれた。それで、確信しました。貴女は、心から信頼できる人だと――」

「……だな。エイリカの言う通りだ。彼女が居なかったら俺達は死んでいたし、俺達が勝てたのは彼女のお蔭だ。なら、答えは一つしかないだろう?」

 ソレで、話は決まった。皆は一斉に同意の声を上げ、諸手を上げる。まるで戦に勝利したかの様に歓声を上げ、彼等はフォートリアを求めたのだ。

 彼女が声を上げたのは、暫くたってから。

「そ、う。ありがとう、皆。でも、未熟な私は何れあなた達を後悔させるかもしれない。だから、ここに約定するわ。もし一人でも私に不満を持つ人が出たら、その時点で私は団長職から退くと。この傭兵団から去ると、今から約束しておく。と、後もう一つだけ。今回に限り――マーニンズからの報酬は全て皆で分け合って。私はもう――あなた達という得がたきものを得てしまったから」

 フォートリアの宣言を受け、いっそう傭兵達の声は大きくなる。それはまるで、圧政から解放された民衆の喜びに近かった。

 それはもう、この場で冷静なのはたった三人だけだと言い切れる程に。

「ええ。……出来過ぎですね」

「だな。やっぱ、此奴はどうかしている」

 こうしてフォートリア・フォートレムは――シャイゼンの財産と二百の兵を得たのだ。


     ◇


「……それにしても、成る程。部下が恨んでいるであろう将を無謀な戦いに誘導し、戦死させる。その上で混乱する兵を纏め、その信頼を得て、将の後任となる。フォートリア姉様は初めから、そんな計画を練っていたのですね?」

 シャイゼン名義で借りた土地に天幕を張り、その中でジェンナが詰問する。

 フォートリアは、普通に頷いた。

「ま、そういう事。信頼なき将なら、その将さえ死ねば部下の信用を得る事は容易い。誰も信頼なき将に遠慮して、新たな将から離れる事も無いでしょう。蓋を空けてみれば、それだけの単純な構造よ。でも誤解しないでもらいたいわね。これは、私一人で考えついた事じゃない。ジェンナが切っ掛けとなる策を口にしてくれたお蔭で、思いついた事。だから、そんなブーたれる事はないのよ?」

 しかし、ジェンナの機嫌は直らない。寧ろ、その口調は刻一刻と鋭くなっていく。

「……でも、それって、私の策とは真逆の事をしたって事ですよね?」

「ま、そうとも言えるけど、さっきも言った通り私はアナタに感謝している。その調子で、忌憚なく思った事を言ってくれると助かるわ」

「……では、言わせてもらいますが、フォートリア姉様は自分の行いが非道であると自覚している? 貴女は何の咎も無い人の命を奪った上、皆を騙して自分の旗下に加えたのですよ? 貴女の何を以て――シャイゼン・アッカの命を奪う権利があったと?」

 そう。全てはそこに集約される。フォートリア・フォートレムは自分の都合の為に人一人を欺き、戦死させたのだ。実際には間接的だが、ジェンナの目から見ればシャイゼンを殺したのはフォートリアである。

 だが、この正論を突きつけられても、フォートリアは平然としている。

「では、逆に問いましょう。シャイゼン・アッカは何を以て、彼等を死地へと追いやる権利があった?」

 いや、逆に彼女は喜々として、ジェンナにその現実を突きつけた。

「ええ。あの彼の事だから、部下の命など二の次だったでしょう。私が手を下さなければあの傭兵団の人々こそ、次々命を落としていた。そう言った意味では、私は一人の命を奪う事で多数の命を救ったのだと思うのだけど、これは間違い? それに、アナタ言っていたわよね? 将の条件は――〝清廉潔白にこだわらない事〟だと。これは〝人道を重んじると、将は何も出来なくなる〟という事だと私は解釈している。だってどう足掻こうが――将とは人殺しに過ぎないのだもの。どう正当化しようが、将は他人の、それも大勢の人間の命を奪う。それも、タチが悪い事に敵味方問わずね。そんな人種が清廉潔白にこだわるとか、確かに嗤えるわ」

 人道を説くジェンナに対し――フォートリアは論理を以て反論する。

 その果てに、ジェンナはこう訊かざるを得なかった。

「つまり……フォートリア姉様は、シャイゼン以上に彼等を使いこなす自信があると? 無駄死になど決してさせず、最小限の犠牲で事を成すつもりだと、そう仰ってる?」

「願わくは、ね。それには、ジェンナの助力が不可欠だわ。ここでアナタに見捨てられる事だけは、避けねばならない。私はそれだけ、アナタを買っているという事。それだけはわかってもらいたいわね」

「………」

 けれど、ジェンナはそれ以上、何も言わない。彼女は双眸を閉じ、何かを思案している様だった。その時、今まで黙っていたレテシアが声を上げる。

「ま、何にしてもジェンナはこれで初陣を飾ったわけだな。で、初戦を勝利で収めた感想はどう?」

「……と、そうでした。もう何の手応えも無いので忘れていましたが、これは私にとって初陣でした」

「ええ。因みに私もこれが初陣よ。というか、もう良い事づくめじゃない? 財と兵を得て、戦には勝ち、マーニンズに貸しまでつくった。更にこの功績を元に募兵をすれば、更に多くの兵を集められそう。これぞ正に――一石四鳥ね」

 だがこの有頂天にも近い気分は、翌朝、霧散する事になる。

 フォートリア達が滞在するかの街に、あの情報がもたらされたから。

「……は? どこぞの義賊が、国を奪って自分の物にした? しかも、たった二日で……?」

 ラー・ダークナスなる義賊が国民を扇動し、王を殺害して国を奪い、騎士達を降伏させた。かの者はそれだけの偉業を、たった二日で成し遂げたと言う。

 しかも彼女等には二万に及ぶ流賊が味方し、その体勢は盤石の物となったとの事。フォートリア達が二百の兵を得て喜んでいる間に、ラーはその数百倍とも言える荒業を成し得たのだ。

 ジェンナにとって意外だったのは、この話を聞いたフォートリアの反応だ。

 彼女は明らかに苛立ち、機嫌を損ねている。

 それはジェンナが初めて見る、フォートリアの姿だった。

「……ラーだかなんだか知らないけど、やってくれたわね。これは明らかに私に対する挑戦状だと思うのだけど、違って、姉上……?」

「そう言うのを、自意識過剰って言うんだ、バカ妹。安心しろ。むこうはお前の事なんて、これっぽっちも気にしてないから」

「だから、余計ムカつくんじゃない。……でも、ちょっと待って。そのラーって言うのが出来るなら、私も同じ事が出来るんじゃあ?」

 が、ジェンナは露骨に焦燥する。

「いえ、無理です。私が見るにコレは念入りな前準備をし、ソレが可能な財があって初めて成し得た事。準備も財も名声も無いフォートリア姉様には、絶対不可能です」

「そこはかとなくバカにされている気がするけど、確かに〝黒色錬刃〟と言う名は私でさえ知っている。それだけの知名度があったからこそ、ナリウスの国民も彼女達の号令に従った、と?」

「そういう事ですね。きっと彼女達はこの日の為に財を蓄え、標的となる国を入念に選んで決起したのでしょう。四日前に行動を起こしたフォートリア姉様とは、そもそもスタートラインからして違うんです。故に、ここでラー・ダークナスを意識するのは、愚考と言えるかも」

 ジェンナの言い分は、正鵠を射ている。自分では気付いていないが、咄嗟にそう計算できるところが彼女の長所と言ってよかった。何時もはここで行動に移るフォートリアも、従妹の冷静な分析を聴き、一先ず自重する。

「確かに何かわかんないけど、そのラーっていうのと同じ真似をするのは、私のプライドが許さない。良いわ、わかった。ならここは、私のやり方で自分の国を手に入れてやろうじゃない」

「……うわ。バカがヤル気になりやがった。……たく。ラーってのは、ナリウスだけじゃなく私達にまで被害を及ぶすつもりかよ?」

 そう愚痴る姉の声も――今のフォートリアには全く届いていなかった。


     4


 一方ラー・ダークナスは、朝からルウの講義を受ける最中にあった。

「で、国を盛り立てる方法はいくつかありますが、その一つが――産業を起こす事です」

「ほう? 産業?」

 机を挟んだ先には、かの黒き少女が椅子に腰かけている。

 下座にはルウが座していて、彼は話を続けた。

「はい。露骨に言えば金のなる木、と言うべき物でしょうか。確かに税金さえ集めれば国は成り立ちますが、民の生活が潤う事は無い。彼等の収入は大体限られていて、そのなけなしの財から税をむしり取られる訳ですから。これを是正しない限り、この国は何時までたっても隆盛する事は無いでしょう。そして戦争で財を成そうとするのは、下策と言って良い。何故なら兵を挙げると言うのは、思いの外金がかかる物だから。兵糧に、兵士に対する手当、敗戦した場合の損害も考えると膨大な額の消費となります。故に、勝算なき戦はただの暴挙でしかない。重要なのは――人事を尽くし勝機をつくり出す事。そういった準備もなく戦に臨むのは、明らかな愚行です。先ずはその事を肝に銘じる様、お願い致します」

「つまり、戦をするなら『その時期を見誤るな』という事ね? 自国と他国を対比し、明らかに優勢であればこれに臨めと、そう言っている?」

「戦に限って言えば、そうですね。それには途轍もない忍耐が不可欠です。他国が乱れ、衰退するのを待つ必要さえ迫られる。或いは、五年か十年ほども待つ必要があるのかも。常に多くの国へ斥候を放ち、私達はソレを見極めなければならない。情報こそ、国にとって最も価値がある物だとお考えください。その為の情報員は――大きく分けて五つ。第一に――郷間。敵国の領民を使って、情報を集める者。第二に――内間。敵国の役人を買収し、情報を集める者。第三に――反間。敵の情報員を手なずけ、逆利用する者。第四に――死間。死を覚悟して敵国に潜入し、偽の情報を流す者。第五に――生間。敵国から生還し、情報をもたらす者。或る兵法書には、そうあります。特に――反間が重要だと」

 その意味を、ラーは即座に理解する。

「なるほど。敵国に偽情報を流して信じ込ませれば、それだけで国は乱れる。私達は時期を待つ事なく戦に勝利する間隙を意図的につくり出せる、という訳ね?」

「御意。陛下が王位を簒奪した手段も、これに通じるかと。金銭を以て民衆を味方とし、己が手足としてお使いになった訳ですし。いえ――話を産業に戻しましょう。産業とは、その国独自の武器と言って良い。例えば、その国でしか出来ない織物があるとしましょう。金に糸目が付けられないほど、素晴らしい物があったとします。もしこれの量産に成功すれば、どうなるとお思いになりますか?」

 やはりここでも、ラーの反応は早い。

「その国には人が集まる様になり、他の商売をする者達も収入がアップする切っ掛けとなる? 本命の織物の買いつけに比例され、城下町の飲食店等の利用も盛んになる、と?」

「はい。商売をするには、まず人を集めるのが肝要。逆を言えば、現在の様に人が集まっていないこのナリウスでは先が見えている。故に我らは産業を起こし――それを以て貿易をなす必要がある。他国を巻き込み、金銭の流通を盛んにし、人を集め、商業を豊かにするべきでしょう。そうなれば民衆の収益も上がり、税金のアップにも繋がる。民衆の所得も向上し、同時に国力も上昇する。国を効率よく運用する事をお望みならば、それこそが上策かと。故に、ガラス細工でも、織物でも、金銀鉱石でも、農作物でも、酒でも、人材でも構いません。最低でも一つ――他国の目を引く物を用意して頂きたい」

 この進言を聴き、ラーは四度きり返す。ソレは、ルウを感嘆とさせる早さだ。

「わかったわ。明日までには、考えておく」

「明日までに、ですか? それは豪気な。私としては、一年以上かかるプロジェクトと考えていたのですが?」

「いえ、実はもうアテはあるのよ。直ぐには貿易に繋がらないけど、この国ででしか出来ない事なら一つだけ」

 クスクスと、ラーは楽しげに笑う。まるで誰かの災厄を、嘲笑う様に。

 それを見てルウは眉をひそめるが、それ以上言及しなかった。

 彼には、まだ話すべき事があったから。

「但し、これを成すには、二つほど懸念があります。一つは――かの流賊達の事。私は他国に『現ナリウスには流賊が味方をしている』と噂を流しました。ですが、これは半ばハッタリと言っていい。実情は、それぞれのグループの長がどんな思惑を持っているのかさえ、まだわからない。彼等が自分達の国を手に入れた今、どうするつもりなのか不明瞭なままです。現在は陛下が民意を掴んでいるので、主立った動きはみせていません。ですがそれも陛下が無敗故。もし陛下が一度でも戦に敗れれば、彼等は迷わず陛下を見放すでしょう。最悪、暴動を起こす危険性さえある。我々はそんな彼等を、本当の意味で味方にする必要があります」

「そうね。私達は今、十の流賊を味方につけている。でも、それは単に利害関係が一致しているだけ。主従関係を築いている訳でも、彼等に命令権がある訳でもない。この十の烏合の衆を何とか纏めているのは、『自分達の領土が欲しい』という思い。逆を言えば、それさえ叶うなら、私達の事なんてどうでも良いでしょうね。寧ろ邪魔だと思っている筈」

 やはり、この少女は尋常では無い。そう理解しながら、ルウは更に難題をふっかける。

「はい。そして第二に――隣国グナッサ。彼等は旧ナリウス王国から、たびたび侵略戦争をしかけられていました。そんな彼等が軽々に、我らと手を結ぶとは思えません。我らが貿易を開くと聞けば、必ず軍を以て邪魔をしてくる筈。和睦を結ぶにしても、此方から言い出せば足元を見られかねない。この二つの懸念をクリヤーしない限り――私の構想は机上の空論に留まるでしょう」

 ルウの具申を、ラーは首肯する事で応える。

 彼女は既に、ルウの言わんとする事を察していた。

「そう。要は、この二つの問題を解決する手段は共通していて――それは戦争だと言いたいのね? ええ。この戦争の目的は、グナッサと流賊に、私達の実力を見せつける事。グナッサには、私達が如何に脅威か知らしめる。流賊達には私達の味方をする限り、その立場は安泰だと認識させる。この戦争に勝ちさえすれば、以上の効果が期待できるわ。違って?」

「いえ、御明察のとおりです。先の進言とは矛盾する様ですが、この場合、多少の無理をしてでも戦に挑むべきかと。グナッサに勝利する事こそ、真ナリウスを盤石にする手段だと愚考いたしております。ですが、理想を言えば今回は流賊の力は借りたくない。陛下御自身の兵のみを使ってグナッサを打破し、有利な条件で和睦を結びたいところです。果たして、陛下にソレが可能でしょうか? それとも、その策も私が考えるべきですか?」

 彼の挑発じみた言い様にラーはまず喜々とし、それから改めてルウに視線を送る。

「そうね。その方が、貴方も軍師冥利に尽きるのでしょう」

 と、ラーはいったん言葉を切り、その上で洞察する。

「でもこれは私に対する、貴方の最終試験でもある。私は貴方が真に〝陛下〟と呼ぶに値する存在か測る為の試練という事でしょう? なら――私の答えはもう決まっているわ。フー・ズー。マリベルとダイダロス、それとアウストラを呼んできてもらえる?」

 壁に背を預け、腕を組む青年に注文する。

 彼は無言で頷いた後――静かに立ち去った。


     ◇


 そのマリベル達といえば、現在城の廊下にしゃがみ込み、平たく言うとイジけていた。

「あー、そっかー。最近、頭領が相手にしてくれないから、寂しんだね?」

 ただ一人、その場で棒立ちするアウストラが言ってみた。ダイダロスとマリベルは、同時に怒鳴り声を上げる。

「違うわ!」

「違います!」

 二人の意見を無視して、アウストラは続ける。

「ま、確かにこの数日は、あの老人とばかり接しているからね。君らの気持ちは、わからなくもないが」

「だから、違うって言っているでしょうが!」

「でも、その点は安心しなよ。相手は、アレだけの年寄りだ。如何に物好きな頭領でも、恋しちゃったりはしないと思うよ?」 

 露骨なこの物言いを聴いて、マリベルは狼狽えながら肯定した。

「……そ、そんなの当然でしょう! な、なにをバカな事を言っちゃっているんです、アナタは!」

「……てか、もしそんな事になったら、あのジジイ、マジで叩き斬る」

「これは〝黒色錬刃〟の一員とは思えない事を言う。忘れたのかい? 俺達は、年寄と子供だけは手にかけないって、あの誓いを。特に頭領はあの老人がお気に入りの様だから、そんな事をしたら余計嫌われるよ?」

「だから、ムカつくんだろうが。大体、何だ、あのジジイ? 初めはあれだけ偉そうだったのに、急に手の平をかえして卑屈になりやがって。〝黒色錬刃〟結成時からの仲間である俺達にさえ、ラーを〝陛下〟と呼ぶよう強要しやがる。――てめえは一体何様だってんだ?」

「いや、それは仕方ないと思うよ? 今はただでさえ、不安定な状況だからね。ここで頭領……いや、陛下を軽んじれば流賊達もソレに倣うだろう。そう言った隙を与えない為にも、ルウの言う事は筋が通っていると思うけど?」

 が、マリベルは反論どころか、アウストラを敵視する様に言葉を紡ぐ。

「……気に入りませんね。アウストラは、あの老人の肩を持つんですか? 頭領を何の面白味のない傀儡に仕立て上げようとしているかもしれない、あの老人の?」

 しかし、ソレをアウストラは淡々と一蹴する。

「まさか。陛下がそんなタマなら、そもそもこの簒奪劇は成功しなかった。陛下はどこまでいっても、陛下のままだよ。俺としては、寧ろ俺達が認識を改めるべきじゃないかって事。何時までも義賊のつもりでいるのは、マイナスでしかないんじゃない? 陛下は勿論、俺達にとっても」

「あ? まさかてめえ、俺に騎士道でも極めろとか言っている?」

「陛下が求めるなら、そうするべきだろうね。ま、俺としては陛下が陛下である様に、ダイダロスは何処までいってもダイダロスだと思うけど」

「褒められている気がしねー。よし、わかった。今からラーにケンカを売りに行こう」

「……え? 何でそうなるの? あなた、本当に頭悪い?」

「いいからてめえもつき合え、マリベル。そもそもこんな風にイジイジしている方が、俺達らしくねえんだ。この憂さを晴らす為にも、ラーかあのジジイはぶった斬る。それが俺達〝黒色錬刃〟ってもんだろうが」

 今日までダイダロスとつき合ってきた人間なら、わかる。彼が如何に本気なのか。ならば、マリベルとしてはこう言うしかない。

「あの、これって私達二人がかりでもこの人を止める流れだと思うんですけど、違います?」

「かもしれないね。んじゃ、ダイダロスには悪いけど二対一でボコらせてもらおうかな」

「おお。やれるものなら、やってみな」

 喜悦しながら、ダイダロスが武器を手に取ろうとする。マリベルとアウストラも、各々の得物を構える。

 その時――幸か不幸か件の青年がこの三人を見つけ出す。

「本当にお前達は変わらないな。今はいいが、もしラーが天下を統一したらどうする? 斬り合いなど、ご法度になるかもしれんぞ?」

「なことは、俺がさせねえ。いや、それ以前に何の用だ、フー・ズー? てめえはあのジジイが見繕った、ラーの親衛隊長様じゃねえのか?」

「肩書きはそうなっているが、実情は単なるラーのパシリだ。今も、そのラーの命令を伝えに来ただけ。喜べ、マリベル、ダイダロス。どうやら――出番の様だぞ」

「マジか?」

「マジで?」

 二人揃って喜々とする。その様子を眺めながら、アウストラとフー・ズーは結論した。

「あー、何だかんだ言って、アレだね」

「だな。所詮は似た者同士という事か」

 よって、マリベル達はラーのもとに急行したのだ。


     ◇


「というのが今回の策なのだけど、何か異議はあって?」

 ルウが退席した後、ラーが今回の戦の作戦を説明する。

 ソレを聴き、まずダイダロスが笑い、更にマリベルが破顔して、アウストラは呆れた。

「くくくく! 安心したぜ。どうやらあのジジイに牙を抜かれ、腑抜けになったわけじゃねえ様だな。いいぜ――その策とも言えねえ策、気に入った!」

「そうですね。この人に同意するのは癪だけどよくぞ私を指名してくれたと言った感じです」

「……成る程。ルウを退席させる筈だ。彼が聴いたらまずもって卒倒するだろうから。いや、あの老人もそんなタマじゃないかな? どちらにせよ、俺は頭数に入っていない様だからラッキーか」

 本件には巻き込まれていないアウストラが、胸をなでおろす。いや、では、なぜ彼も此処に呼ばれたのか? 彼がその事に思い至る前に、黒い少女が口を開く。

「ええ。代りにアウストラには、皆の説得をしてもらいたいの。これ、今後私達が起こす産業についての暫定的な企画書。嫌がるメンバーも居るだろうけど、上手く話を纏めておいて」

 それを受け取りながらも、アウストラは眉をひそめた。

「成る程、そう来たか。これは陛下がお考えになった? でも、なぜ俺が説得役に駆り出されたのかな?」

「自覚していない様だけど、貴方にはそれだけの人望があるから。本当、頼りにしているわ、アウストラ☆」

 何時かの様にウインクしながら微笑み、彼女は自分の仕事を部下に押し付ける。

 ソノ様を見て、嘆息しながらアウストラは問い掛けた。

「なら、お聞きするけど、これには陛下も関わるつもり?」

「最初の一回だけは。でも、その後は皆に一任するわ。思ったより、王というのは難儀な物でね。この件との両立は、難しそうだから」

「わかりました。では、早速ご期待に応える事にしましょう。さしあたっては、一番嫌がりそうなフー・ズーは後回しにして」

 皮肉をこめて笑い、アウストラも退室する。それを見計らってから、ラーも動いた。

「じゃあ――私達も盛り上がりましょうか。上手く行けば、万々歳。失敗すれば、大破算の大博打で。ああ、それと私達が失敗したら〝黒色錬刃〟は壊滅するって話は、皆には内緒ね?」

 それは聞く者によっては、プレッシャーになりかねない軽口だ。

 だがこの場に残る誰もが――楽しげに彼女の言葉を聴いていた。


     ◇


 事が動き出したのは、その翌日。その日の早朝、グナッサ王国は隣国ナリウスが貿易を始めるという噂を聞きつける。実際、ナリウスには既に朝から人の群れが連なっていて、入国の手続きを待つ最中にあった。

 これを、積年の恨みを晴らす機会だと捉えたのが――グナッサ王オードランである。

 彼女は騎士団長のウッド・ルナタに、こう命じた。

「兵三千を以て、かの人の群れを追い払ってください。それ以上は望みません。決して民草を殺してはいけません。但し、ナリウスから兵が出た場合は、貴方の裁量で行動するように。勝てると判断したならこれを殲滅し、僅かでも敗色濃厚と思ったら即座に退く様に」

 実に簡潔ではあったが、要点は捉えているこの命をウッドは恭しく受領する。即座に行動へと移り、彼は兵を連れ、開け放たれた城門より出撃する。騎馬を以て、ナリウスの前で列をつくる人々に突撃しようと計画を練った。

 ナリウスまでの距離は、実に五百キロ程もある。到着にはまだ数時間以上はあり、そのため彼等も油断している。

 だがそれも刻一刻と薄まり、彼等がグナッサの国境を超えた時点で油断は緊張に変化する。彼等は細心の注意を払いながら、遂にナリウスの城門を視認した。

 バカげた事が起こったのは、その直後。

 ジェンナやルウでさえ予期せぬ光景が、其処にはあった。

「む? あれは?」

 ナリウスの城下町まで、あと五百メートルという所に迫った頃である。騎士の一人が、ナリウス城を背にしている少女を発見する。いや、人影は他にも数人ほど見える。

 だが、問題は――彼女が手にしている物だ。

 それは、余りに巨大な槍だった。

 持ち手である、身長百五十センチの少女を超える――三メートルはある巨大な槍。

 恐らく大人二人がかりでも、その槍は持てないと断言できる程の異様である。

 それ程までにかの武器は意味をなさず、無価値な物と言って良い。

 けれどソレを彼女――マリベル・バニッシャーは、簡単に持ち上げる。あろう事か、矮躯な少女であるマリベルが――満を持してその槍を投擲する。

 それは空を切り裂きながら騎士達へと肉薄し、馬鹿げた事に鎧をつけた騎馬兵の体を貫く。まず前面に居る騎士の体を貫通し、背後に居る騎士達の体も貫通する。

 しかも――一撃で十人程も。

 音速を越え発射されたマリベルの槍は――一瞬の内に十人もの騎士の命を奪っていた。

「――なッ、はッ?」

 尚且つ、彼女の動作は余りに速かった。一秒と経たず、彼女は新たな槍をまた撃ち放つ。その槍は防ぐ事も、避ける事も許さず、またも騎士十人を落命させる。

 後は――その繰り返しに過ぎなかった。

 彼女の槍は着実に騎士達の屍を築き上げ、ソレを知った後方に控えるウッドは命を下す。

「前衛は固まるな! 横に広がり、被害を最小限に抑えよ! そのまま突撃し、先ずはあの小娘を討ち取る!」

 然り。三千人もの兵が、たった一人の少女に負ければ、それこそ世の笑い物である。この異常な状況にありながらも、ウッドにはまだ面子にこだわる余裕があった。

 けれど、その余裕が次の惨劇を招く事になる。

 兵を散開させると言う事は、それだけ兵の層が薄くなるという事。仮に彼等が相手をするのが大軍だとすれば、その薄くなった兵達では、凌ぎ切れまい。

 それでもウッドがそう命じたのは、この周囲に敵兵の姿が一切ないから。

 しかし彼等はその数秒後、知る事になる。

 二人目の人外がその地に潜んでいる、ソノ悪夢を。

「くくくく! ハハハハハハハハ―――っ!」

 突如、地中より一人の男が這い出てくる。ソレは地に穴を掘り、蓋をして、その場に身をひそめていた人物だ。

 彼の名は――ダイダロス・ザスト。

 あろう事か、彼はたった一人でその薄くなった兵達へと突撃する。

 鉄の棒の両端に半円形の刃がついた武器を振り回し――騎士達の首を飛ばしまくる。

 一度、百八十度振り回すだけで騎士達の首を二つ飛ばし、それを反復する。

 斬って、斬って、斬りまくり、その凄惨さを前に彼等はただ茫然とするしかなかった。

 常軌を逸したこの殺気を受け、馬は足をとめ、嘶きながら前足を上げる。

 それを見たウッドは、再度命を下した。

「前衛は――あの男を囲んで集中攻撃! 後衛も前進して合流し――これに続け!」

 彼の判断は、確かに誤っていない。何せ敵は、たった二人。かたや己の兵は三千に及び、常識的に考えるなら間違いなく数で圧倒できるだろう。

 現にかのダイダロスを以てしても、一度に相手を出来るのは千人が精々だ。その三倍もの兵を要するグナッサ軍であれば、何れは彼を討ち取るだろう。如何にマリベルの援護があったとしても、それは変わらない。

 ダイダロスがウッドのもとに辿り着く頃には、ダイダロスは屍と化している。

「そう――だから私は〝こうする〟しかない」

 故にマリベルの背後に控えていた――ラー・ダークナスが動く。

 彼女はソレを被っていたシーツを取り、かの物体の正体を露わにする。

 ソレは――巨大な投石器だった。

 彼女は躊躇なくその台に乗り、十人に及ぶ流賊の長が見守る中、フー・ズーに命じた。

「いいわ。――やってちょうだい」

「了解」

「な……ッ?」

 果たしてその驚愕は、敵味方両方からもたらされた。フー・ズーが投石器のレバーを引き、バカげた事にラーを上空へと飛ばす。

 彼女は、上空二十メートルの位置にまで飛びあがり、二百メートルは跳躍する。ダイダロスを飛び越え、一気に目的地へと赴く。

 よって、ラーは見た。自分の計算通り、後衛の兵まで動かした事で孤立しているウッドの隊を。余りに薄くなったかの敵陣を、彼女は上空から視認する。

 その数、実に三十名程。ソレを確認しながら、彼女は背に担いでいた剣を抜く。

 ソレは――余りに巨大な剣だった。

 横幅が三十センチはあり――全長は二メートルを超える。

 ソノ黒き大剣を地面に突き立て、横に滑りながら彼女は着地する。

 この光景を、ウッドはただ夢心地で眺めた―――。

「バカ、なッ? まさかっ、あの男はただの囮ッ?」

 いや、彼はもう、そんな事しか言えなかった。

「はぁい。グナッサの皆さん、こんにちは。そして――永遠にさようなら」

 ソレは、戦女神の化身とも言うべき美貌を誇った少女だった。

 育ちさえ真面だったら、聖女と崇められると思える程の美少女。

 その黒い少女が、大剣の柄の端に取り付けられた鎖を握る。彼女はソレを頭上に掲げ横に振り回しながら遠心力をつけ、手にした鎖を左に振る。それだけで十に及ぶ兵が一瞬で両断され――気が付けばウッドの首も宙を舞っていた。

「……ば、化け物っ! 化物―――ッ!」

 もしこの場にかの白い少女が居たら、なんと口にしたか? 三千に及ぶグナッサ軍の潰走が始まったのは、直ぐの事だった。

 指揮官を失った彼等は、未だ数で圧倒しながらも戦意を失う。自分達とは違うイキモノを目の当たりにし、グナッサ兵はただ逃亡するしかない。

 この様を見届け、ラーは胸を張る。彼女は、腰を抜かしている兵士にこう通達した。

「ああ。そこのあなた、グナッサ王に伝えてくれる? 私達の商売を邪魔するという事はこういう事だと。今ならまだ、和睦する用意があると言っておいてちょうだい」

「……なぁっ?」

 そのまま踵を返し――千倍もの兵力差を撥ね退けた少女達は自陣へと戻っていった。


     ◇


 ラー達を出迎えたのは流賊達の長とルウ・ジャン、それと貿易商に扮したナリウスの民だ。流賊達の長達は明らかに動揺し、ただただ唖然とする。

「と、まあ、これが私達なりのデモンストレーションなのだけど、楽しんでもらえた?」

「き、貴公等は、一体、何者なのだッ? 本当に、人間なのかっ?」

「いえ、そういう話はいいの。私が訊きたいのは、あなた達の評価。これは及第点? それとも、まだ不服かしら?」

 ラーの意図を読み取った流賊達の長は、僅に呼吸を乱しながら問い掛ける。

「……つまり、我らに軍の指揮権を明け渡せ、と?」

「いえ、どう判断するかはあなた達の自由よ。寧ろ、これで尚、反骨心を抱くだけのしたたかさを期待しているぐらい。私達と同盟関係を築いているのだもの。それぐらいの器じゃないと困るわ」

 だが、彼等の決断は思いの外はやかった。

「……いや、いい。わかった。我等はこれより貴公、いや、陛下に従属いたします。皆もそれで構わぬな?」

 流賊達の中で最も力を持つバデック・ルースが、他の長達に視線を送る。彼等は汗を滲ませながら、無言で頷くしかない。

 つまり全てはラーの思い通り進んだ。ラーは宣言通り好条件で和睦する切っ掛けをつくり、流賊達の忠誠をも勝ち取る。ここにナリウスは完全に平定され、長達はその旨を部下達に伝える為この場を後にした。

 ただ一人残されたのは、老練なる軍師のみ。

 馬に乗る彼は、平然としながらラーを見下ろす。

「さすが。この光景を見ても、貴方はまるで驚かないのね?」

「いえ、驚いてはいます。ただ陛下が泰然としておられるので、ソレに倣っているまで」

「そう? なら、そういう事にしておくわ」

 クスリと微笑む、ラー。しかし、ルウは逆に目を怒らせる。

「ですが、今後はこの様な無茶はお控えください。陛下は既に、御身お一人の体ではないのですから」

 これにはラーと、ダイダロスさえキョトンとする。

「……え、ええ、そうね。善処するわ」

「はい。重々ご注意ください」

「つーか、言いやがるな、ジジイ。ちょっと見直したぜ。俺達のアレを見た後で、ラーに対しそんな事を言える辺りは」

「〝陛下〟の間違いであろう、ザスト将軍? それとも、私の耳が遠くなったのかな?」

「へえ? いいぜ。その度胸に免じて、俺も善処してやるよ、爺さん」

 喜悦しながら、ダイダロスはルウを横切る。

 マリベルはそれを不服そうな顔で追い、ルウはやはり真顔で告げた。

「しかし、人外とは本当にいる物なのですね。だとしたら、あの噂もまんざら出鱈目ではないのかも」

「噂?」

「ええ。端的に言えば、たった一人の少女がカシャンの砦を落したという話です。無論、この話には尾ひれがついているのでしょうが――この光景を見ると或いはとさえ思える」

 その時、ラーが初めて眉を曇らせる。ソレを見て、ルウは怪訝な声を上げた。

「どうかなさいましたか、陛下?」 

「いえ、少し気になっただけ。もしかすると、その少女と言うのが、何れ私達の前に立ちふさがるのでは、とね。きっと、気のせいだとは思うのだけど」

 ソレで、終わった。王は軍師の要求を満たし、また一歩、天下平定に近づく。

 或いは、その予感は正しいと知る事も無いまま―――。


     5


 いや、その予感は、やはり間違っているのかもしれない。

 そう言い切れる程に、例の白い少女は腐っていた。

「え? 何? 今度は三人で、三千の兵を追い払った? 誰が? ラーが? あっそ」

「……いえ、フォートリア姉様。せめてもう少し真剣に、話を聴いてもらえませんか?」

「いーやー。だってその話の何処に信憑性を感じろというのよ? 言っておくけどその作戦、私が三人居なきゃ無理よ? この世に、私が三人も居ると思う? 居る筈ないわよね? だったら必然的に、その話はデマという事になるでしょう」

 その一方で、フォートリアが言っている事は実に正常である。

 常識的に考えれば、確かに三人で三千もの兵隊を敗走させられる筈がない。万人が万人共、口を揃えてソレはあり得ないと答えるだろう。

 妹達と同じく飲食店に座するレテシアも、当然の様に首肯する。

「だな。このバカに同意するのは何だが、話に尾ひれがつき過ぎている。私が思うに何らかの方法で前衛の陣を薄くさせ、其処に一部隊をぶつけて穴を作った。その穴を精鋭部隊が突破して、一気に敵将の首をとったと言ったところじゃないか、実情は?」

「はい。私もそう思うのですが、何せ目撃者が多い物で。ナリウス側の人間がそう喧伝するなら、聞く耳を持つ必要はないと思います。ですが、敵であるグナッサ兵まで口を揃えてそう証言している。……だとしたら、或いはという事になりませんか?」

 神妙な面持ちで、ジェンナが問う。

 机に顔を突っ伏しながら、フォートリアはこれに応じた。

「で? 仮にそれが事実だったとしたら、私にどうしろと?」

「そうですね。ここは一つ、ナリウスの味方になるのも手ではないかと」

「ナリウスの、味方をする? この私が?」

「はい。私は前回の戦闘を見ていないので、フォートリア姉様の実力は知りません。ですが、ご自身が三人居ればラー王と同じ真似が出来ると言うならここは考えどころでは? いっそ発想を逆転させ、ナリウスの懐に入り、ラー王の実情を探るのも手ではないかと」

 堅実とも言えるこの進言を聴き、フォートリアは目を逸らす。

 それから微笑み、彼女は断言した。

「絶対、いや。他の誰かに降る事は容認できても、ラーのところだけは、いや。例えソレが、芝居だとしても」

「……随分とラー王を、目の仇にされているのですね? 一体、なぜです?」

「別に。ただの勘。私とラーは絶対、気が合わない。会った瞬間、殺し合いに発展する。そんな相手を、〝陛下〟と呼べる訳がないでしょう?」

 あんまりな言い草だったが、レテシアはソレをわかりやすく解説する。

「いや、これは単なるやっかみだよ。自分とは真逆の事をしている、人間に対しての。此奴は自分の為にしか戦わないと公言している。対してラーは、圧政に苦しむ民衆を解放する為に国を乗っ取った節がある。此奴はそんなラーに、心のどっかでは惹かれているのさ。そんな彼女に出逢っちまったら、自分の今までが否定されかねない。その一方で、今の自分を壊して欲しいという願望も持っている。それを怖がって、此奴はラーには近づかないと言っている訳だ」

 姉の分析を聴いて、妹はただ憤慨した。

「五月蠅いわね。そんな訳ないでしょう。私は正義の味方なんて目指した事はないし、そんな甘い考えで天下が取れると思っていない。今ここで断言するわ。私は私のやり方で――皇位を簒奪すると」

 しかし、彼女の軍師は一つの考え方を示す。

「ですが、それは少し無理があるかも。人というのは、存外、正しい事をしたがる生き物なんです。それが殺し合いの理由なら、尚更でしょう。正義を成す為に、仕方なく人を殺す。今日を生き抜く為に、仕方なく人を殺す。家族を食べさせる為に、仕方なく人を殺す。平和な世をつくり出す為に、仕方なく人を殺す。そういった大義のもと人は群れ、己を奮い立たせて他人の命を奪う。逆を言えば、そういった理由づけもなく人を殺せる人間というのは、極わずかという事。フォートリア姉様は自分の為だけに人を殺せるかもしれませんが、他の人は違うんです。もし姉様が人の上に立つというなら、やるべき事は一つ。他人を納得させる為の――明確な大義を掲げる必要があるでしょう」

「つまり〝フォートリア傭兵団〟の指針を示せと? 私達が誰の味方をし、何を目的とするかハッキリしろと言いたい?」

「平たく言えば。それが曖昧なままでは、何れエイリカさん達は姉様を見放すと思います」

 だとしたら、確かに大問題だ。

 レテシアとしてはそう解釈していたのだが、フォートリアの反応は釈然としない物だった。

「……でもなー。身内以外の人間に『〝皇帝〟を目指しています』なんて言ってもドン引きされるだけじゃない?」

「へえ。意外だな。そういう自覚はあったんだ?」

「……今日の姉上は、一段と五月蠅いわね。いえ――いいわ。今ので、良い事を思いついた。皆を集めてくれる、ジェンナ? 確かにこのままでは一生ラーを追い抜けないし、ここは一つ無理をしてみましょう」

「無理……ですか? 気の所為か、また厭な予感がするのですが?」

「ええ。それは勿論、気の所為よ? 上手く行けば、万々歳と言った話なんだから」

「………」

 この不吉な宣言を前にしながらも――ジェンナは素直にフォートリアの指示に従った。


     ◇


 ジェンナが自称〝フォートリア傭兵団〟を広場に集合させたのは、それから五分後。

 募兵により総数が四百二十人にまで増えたかの集団は、当然ラーには及ばない。天と地ほどの差があり、遺憾ながらその事はフォートリアも認めている。

 そんな彼女は自身の部下達に対し、こう切り出した。

「皆、ごめんなさい。私、皆に黙っていた事があって」

「黙っていた事、ですか?」

 部隊長に任命されている、エイリカが首を傾げる。フォートリアは、真顔で続けた。

「ええ。実は私、ただの傭兵で終わる気は無いの。この大陸を征服したいと思っているのよ」

「――って、フォートリア姉様ッ?」

 それは言わないと、さっき決めた筈ではと、ジェンナが狼狽しかける。レテシアも〝此奴、マジか?〟みたいな顔をする。それでも、白い少女は続けた。

「平たく言えばスオン皇朝から皇位を簒奪して〝皇帝〟になるという事ね。その為には更に兵を集め、軍隊をつくり、何れ自分の国を持たなければならない。己が国を以て他国を侵略し、領土を拡大する必要がある。あなた達はそんな野心を抱く私の唯一の矛であり盾でもあるわ。そこで質問なのだけど――あなた達はこんな私についてこられるかしら?」

 周囲がざわめき、明らかに動揺らしき物が広がる。

 ソノ最中、部隊長の一人であるリオン・ケザーが問うた。

「ちょっと、待て。なんで団長は、急にそんな事を言いだしたんだ? 幾らなんでも話が大きすぎるし、とても現実的とは思えない。……団長は、一体なにを考えている?」

「それは、簡単。私はこれ以上、あなた達を偽りたくないだけ。自分の野心を隠したまま、皆を死地へと追いやる事だけはしたくない。〝皇帝〟を目指しているという事は、そういう事。多少の無理をあなた達に強いらなければ、とてもなれる物ではない。私は、その覚悟を問うているの。この場に居る多くの人間が家族を養う為に、仕方なく傭兵になったと知った上で。仮にこんな私が気に食わないなら、この傭兵団から追放して構わないわ。でももし私の言う事に少しでも耳を貸すと言うなら、私も約束する。天下をとった暁には、皆をそれなりの貴族に取り立てると」

「――き、貴族? 俺達、が?」

「そう。それが――私の大義。皆は勿論、この大陸に永遠の平和をもたらす事が、この私の最終目的よ」

 ついで、ジェンナは明らかに〝それは嘘ですよね? 皆の事、騙していますよね?〟みたいな顔をする。

 けれど己の団長が余りに突飛な事を言いだした為、誰もジェンナの顔色を伺う余裕はない。ほぼ全員が騒然とし、フォートリアの宣言をどう解釈した物かと困惑する。

 尤もな事を言いだしたのは、新参者のバーナード・ルッチだ。

「待て。その〝多少の無理〟ってのは、一体どの程度の物なんだ? まさか、あんたに命を差し出せって意味じゃないよな?」

「そうね。では、それはこの作戦を通して、答えとしましょう。後一度だけ、無条件で私につき合ってくれない? そこで私は――自分の国を手に入れる足掛かりを掴むつもりだから」

「……ただの傭兵が、自分の国を? それは、本気で言っている?」

 バーナードの疑問に、フォートリアは頷く事でこたえる。

「まぁ、物は試しと思ってもらえると助かるわ。段取りも、実害も、だいたい私が受け持つつもりだから」

 この曖昧なフォートリアの表現を――レテシアとジェンナだけが正確に捉えていた。


     ◇


「というか〝だいたい〟ってお前、本当は彼等に相当な無理をさせるつもりだろ? 私としては一般人の尺度だと、そんな感じだと思うがこれは誤りか?」

 傭兵団を散開させた後、レテシアが妹に訊ねる。彼女は心外だとばかりに、反論した。

「いえ、下手をすれば全滅するだけ。ただそれだけよ」

「………」

 この時、レテシアは改めて〝此奴が居なくなった方が世の為なのでは?〟と確信する。レテシアがそれを実行する前に、ジェンナはフォートリアに質問した。

「それ以前に、あのタイミングで〝皇帝〟云々の話をした理由は何? 姉様が自覚していた通り、現時点であの事を告げても、混乱を招くだけだと思うのですが?」

「別に。単にあるていど事実を言っておいた方が後でバレるより被害が少ないと思っただけ。特にエイリカあたりには。それに秘密を共有させれば、それだけ団結心も増す。共犯意識を持たせた方が、ある意味、裏切りにくくなる物よ。大きな目的を分かち合うというのは、恐らくそういう事ね。少なくても私が戦に勝ち続ける限りは、彼等もヘタな真似はしないでしょう」

「百歩譲ってソレが事実だとして、フォートリア姉様は彼等に何をさせるつもり?」

「んん? いえ、ただ彼等には、ある勝負の景品になってもらおうかなって」

「は……?」

 ジェンナが疑問を投げかける中――フォートリアは即座に次の行動に移った。


     ◇


 彼女達〝フォートリア傭兵団〟がラジャンの国境付近に到着したのは、翌日の夜。

 まずフォートリアは部下達に自由時間を与え、その間にジェンナ達と共に某所に向かう。其処は他の傭兵団がたむろする、酒場だった。

 酒場に入ってから開口一番、彼女はこう告げた。

「この中に、傭兵団の団長は居るかしら? ちょっと大事な話があるのだけど――?」

 フォートリアの呼びかけに応え、五人の男女が彼女等に近づいてくる。女性が二人、男性が三人。そんな彼等に、フォートリアは余りに率直な提案を投げかけた。

「あなた達――私と勝負しない? ルールは、簡単。ラジャンとの戦に出向き、より多くの手柄を立てた部隊が、勝者ね。敗北した部隊は、その勝者の傭兵団に組み込まれるというのは、どう?」

「ソレは、本気で言っている?」

 喜々としながら、赤い髪の女性が訊ねる。フォートリアは、真顔で首肯した。

「ええ。訳があって、てっとり早く兵の数を増やしたいの。でも募兵しても今の数が限界みたい。だから私としては一種の賭けに出たわけ。私が負けた時は――団長である私を追放しても一兵卒として使っても構わない。私や私の部下をどう扱おうと、勝者の勝手よ。低賃金でこき使おうが、囮部隊として使って全滅させても良いわ。この条件でどう?」

 五人の団長達が、顔を見合わせる。この間に、ジェンナが小声で口を挟んだ。

「……って、本気ですか貴女はッ? 彼等の居ないところで、彼等を物の様に扱う気っ?」

「んん? だって、居たら困るでしょう? 絶対異議を唱えられるし、私の信用もガタ落ちだし」

「………」

 遂にジェンナまで〝この人、マジでダメだ〟みたいな顔をする。

 レテシアに至っては、既に無の境地に達していた。

「で、返答は? もし不服なら、こういうのはどう? 勝負の対象は、私達の傭兵団だけで構わない。あなた達は私達にさえ負けなければ、何も失わないというのは?」

「つまり、私の部隊がグダックの部隊に負けても、彼の旗下に入る必要はない、と? あんたの部隊に負けた場合のみ、私達はあんたの配下になるという意味?」

「そういう事。要するに、私達が負けた場合は、優勝者の部隊に組み込まれる。私達が勝った場合は、あなた達全員が私の部下という事よ。審判は、そうね。私達の雇主になるであろう、この国の指揮官にでも頼みましょうか?」

「なるほど。それは、面白そうだ」

 短い金髪の女性が、不敵に笑う。一方、黒い長髪の男性はシンチョウだった。

「待て。仮に、俺達が負けた場合の処遇はどうなる? 俺達もまた、おまえ達に低賃金でこき使われる上、囮部隊として死地に送れるのか?」

「いえ、私はそんな事はしない。給金もそれなりに出すし、あなた達の意見も正鵠を射てさえいれば聞く耳を持つわ。要するに指揮権は私に委ねるけど――それ以外は何も変わらないという事ね」

「……話が出来過ぎているな。第一、おまえが勝った場合、俺達全員を養えるだけの資金はあるのか? 俺達全員の部隊をプラスすれば、軽く千五百人は超えると思うが? それだけの人数に、平等に報酬を分け与えるだけのアテはある?」

 ある種、核心とも言える問いかけに、あろう事かフォートリアは頷いた。

「ええ。そこら辺も、問題は無い。今は何の担保も無いけど、保証するわ。私に従っている限りは、誰一人飢えさせはしないと」

 黒髪の男性が、意外そうに目を細める。彼は最後にもう一つ、疑問を投げかけた。

「で、勿論その条件は、おまえの部下には内緒な訳だ?」

「そうね。それがこの勝負をする、ただ一つのルール。いま私が言った事は、私が負けない限り墓場まで持っていって。もしこの約束を守れないなら、その時点で私はその人を叩き斬る」

「成る程。中々いい性格をしているな、おまえ。正直ヘドが出そうだが、そんなおまえをこき使えるというのは、条件としては悪くない」

「そうね。丁度、刺激が欲しかったところだし。偶には、こういうのもアリかも」

 黒髪の青年に、赤髪の女性も同意する。他の三人も暫しの思案の末、これに応じた。

 ここに〝フォートリア傭兵団〟対〝傭兵連合〟の戦いは幕を開けたのだ―――。


     ◇


 で、その帰り道、ジェンナは完全に呆れながら、問い質す。

「えっと。私、故郷に帰らせてもらって良いでしょうか?」

「……いえ、それは困るのだけど」

「困っているのは、私の方です。いいですか? 私達は彼等五部隊を、全員負かさなければならないんですよ? 対して彼等は、五部隊の内の一部隊が私達に勝利すればいい。これを不利と呼ばずして、何を不利と呼ぶのです? そんな敗色濃厚な戦いに私を巻き込んだ上、負けた際は奴隷同然の扱いを受けろと? 確かに私は姉様の軍師を自認していますが、それ以上でも以下でもありません。貴女の命令に従う謂れは……無い事も無いですが、それでも限度があります。その辺りは、レテシア姉様も同意見だと思いますが、どうです?」

 が、レテシアは手を上下にフリフリする。

「いや、もういい。好きにしろ。此奴が負けた時は、私が此奴をぶった切れば済む話だ。だからもう、好きにしていい」

「……なんか、流石にこの態度は傷つくわね。私、実の姉にこんな仕打ちをされるような事、した?」

「したわ、このアホが!」

「しました、このバカ!」

「――ジェンナまでッ? ついにジェンナまで、私をバカ扱いしはじめたっ?」

「……そんなの、当然でしょう。それでも軍師として進言するなら、まず地道に弱兵を狙い、確実に討ちとるのが妥当かと。それを繰り返して、ポイントを重ねていくのが勝利への近道ですね、多分」

 だが、何故かフォートリアはわかりやすくドヤ顔になる。彼女は胸を張って、断言した。

「ええ。アナタなら、そういうと思った。けど、そう想定しておいたお蔭で、私、良い事を思いついたの。というより、この策が成功しないと私達に明日は無いわ」

 いや、もう既に無い気がするが、それでもジェンナは辛抱強かった。

「……でしょうね。で、その策とは?」

「それは、勝負当日である明日までのお楽しみよ。と言う訳で、おやすみ、二人とも。明日に備え、私はさっさと寝る事にするわ」

 それだけ言い残し、フォートリアは天幕に戻って、有言通りさっさと床に就く。

 時間は瞬く間に過ぎ――ジェンナが気付いた時には既に翌朝を迎えていた。


     ◇


「では、改めて話を整理しましょうか?」

 その場には自分達だけでなく、既に五人の傭兵団長達が揃っている。申し合わせた様に彼女達はラジャン国が見渡せる高地に集まり、最後の話し合いに臨んだ。

「審判は、私達の雇主であるキーファ国の指揮官。彼には既に話を通していて、快く受領してくれたわ。彼も私達が競って手柄を立てようとするこの状況が、好ましいのでしょう。で、繰り返しになるけど、私達があなた達の誰かに負けたら、その優勝者の配下になる。奴隷同然の扱いを受ける事も、辞さないわ。逆に私達が勝った場合は――あなたたち全員が私の旗下におさまる。その場合、給金や生活面での心配はしなくて良い。でも――組織のトップはこの私。そこだけは譲れない。そういう事でいいわね?」

「いいだろう。ではキーファの指揮官が攻撃開始の合図を送った時点で、勝負開始という事で構わないな? 制限時間は、指揮官が撤退の号令をかけるまでという事でいい? ……と、訊き忘れていたが、仮におまえが討ち取られた場合はどうする?」

「そうね。正直、ソレは想定していなかったわ。ソノ時は、アレよ」

「ああ。この勝負の言いだしっぺが居なくなったと言う事で、勝負はチャラ。無かった事にしよう」

 フォートリアが何か言う前に、レテシアが割って入る。

 彼女の殺気立った様子を見て、思わず他の団長達も口ごもった。

「……ま、そうだな。俺はおまえの性根が気に食わなくて、この勝負を受けた訳だし。そのおまえが死んでは、勝っても面白味が無い。そこのレディの提案通りで俺はいいよ」

 これに他の団長達も同意し、フォートリア達は各々自陣へと戻っていく。

 その途中、レテシアは満ち足りた表情で告げた。

「フゥ。これで最悪の事態は避けられそうだ。いざとなったら、私が此奴をぶった切る。それでこの話は、ご破算だ」

「……確かにレテシア姉様は、昨晩からそんなこと言っていましたね。まさか、本気だとは思いませんでしたが。で――フォートリア姉様、例の策と言うのは何です? まさか傭兵団の皆さんに、害が及ぶ様な事ではないでしょうね?」

 しかし、フォートリアの反論は些か辛辣だった。

「んん? 不思議な事を言うのね、ジェンナは。アナタほどの研究家なら、知っているんじゃなくて? 『兵士とは、平時においては我が子の様に可愛がり、戦時においては馬車馬の様に扱うべし』という言葉を」

「つまり……姉様はやはり、彼等に相当な無理を強いるつもり?」

 けれど、フォートリアはそれには答えず、別の事を口にする。

「というかこの勝負は、ただ勝つだけでは、本当の意味で彼等を負かした事にはならないわ。心を折るぐらいのナニカを成し得ない限り、彼等は永遠に私には敬服しないでしょうね」

「……それは、確かに。勝負は時の運でもありますし。僅かな差を以て勝利しても、彼等は姉様に全幅の信頼をよせる事はないでしょう。それどころか名誉を挽回する為、姉様を害する可能性さえ出てくる。姉様を亡き者にして、再び独立しようとするかも。……つまり、この勝負は初めから私達には何の旨みも無い? 寧ろリスクが増すだけ、という事ですか?」

 フォートリアの答えは、大分難解だった。

「そう。普通に勝ったら、そうなるでしょう。だからここは私も、三つの物を勝ち取る為に、多少の無理をする事にする」

「それは、前にも口にされていた事ですね? で、その〝多少の無理〟とは?」

 そして、フォートリアは告げる。

 ジェンナにとっては天に唾するに等しい事を、彼女は平然と口にした。

「ええ。なので、ここは最も困難な敵である――猛将トライゼンを打破する事にするわ」

「……は?」

 よってジェンナ・フォートレムは――従姉の正気を疑ったのだ。


     ◇


 その数秒後、ジェンナは漸く焦燥の声を上げる。

「トライゼンを、討つ? フォートリア姉様が? 貴女は、かの者が何者なのかご存じなのですか――?」

 フォートリアは、躊躇なく頷く。

「いや――あんま知んない」

「………」

 その為か、遂にジェンナは〝全てが終わった〟みたいな顔をした。

 レテシアも同様で、彼女はただ顔に手を当て、俯いたのだ。

「ただ、姉上やジェンナの口ぶりからして、そうとう強い事は想像がつく」

 確かに以前、レテシアとジェンナはソレに類する事を告げた事があった。

 意外にも、フォートリアはソレを覚えていたのだ。

「……いえ、それでは認識不足です。かの者は、真に人外と言って良い。知らないと思いますが一応訊いておきます。姉様は――キーファの六騎士と三王子をご存知ですか?」

「んん? 聞いた事がある様な、無い様な?」

「……西の隣国ミストリアとの戦で、名を馳せた英雄達の事です。当時、中堅国家だったキーファは、この青年達の活躍によって、救われたと言って良い。それどころか併呑されかけていたキーファを隆盛に導き、逆にミストリアを侵略した。かの国の領土の三分の一を奪い、キーファは一気に大国へと上り詰めた。遂には東の隣国ラジャンにまでその目は向けられたのですが、其処で笑える事が起きました。まず六騎士がラジャンに挑み、連戦連勝をおさめていたのですがある時ソレは現れた。窮地に陥ったラジャンがその場しのぎで雇った傭兵なのですが、あろう事か騎馬にも乗らぬその人物は馬上にある六騎士を一人で退けたとの事。一人で百人の騎士を屠った六騎士が、たった一人の傭兵に殺されかけた。その窮地を救うべく、一人で五百の兵を斬ったとされる三王子が駆けつけました。彼等九人はあらゆる戦法を以てこの戦いに臨んだのですが結局退却したのは彼等でした。その後キーファ側は決してかの者は相手にせず、別の側面から戦略を展開している様です」

「成る程。つまり、かの者は一人で二千百人分もの働きをした?」

「極端な言い方をすれば、そうです。唯一救いがあるとすれば、かの者は飽くまで戦士である事。戦略や戦術は、ラジャンの謀士達に全て委ねている様です。かの者は、それに従って動くだけ。もし姉様が本気でトライゼンに挑むと言うなら、付け込む隙はそこかと」

 確かに本当の意味で〝傭兵連合〟に負かすには、トライゼンの打破しかないかも。そう踏まえた上で、ジェンナは進言する。その一方で、ジェンナは首を横に振った。

「ですが、味方や敵の陣容を見るまでは、私も策を練れない。先ずは、トライゼンが属する部隊を偵察するのが、先決でしょう」

「そうね。どちらにせよ、私達はトライゼンに会いに行くしかない」

そう結論して――〝フォートリア傭兵団〟に合流したフォートリア達は進軍を開始した。


     ◇


 フォートリアにとって都合が良かったのは、遊撃が許されていた事。彼女達は、キーファ軍本隊の邪魔さえしなければ、どの戦場にも参戦が許可されている。

 そんな戦局にあって、トライゼンが属する部隊を目指しているのは、二つの部隊のみ。一つはフォートリアの隊で、もう一つはトライゼン隊を陽動する部隊である。彼等は自らを囮にして、キーファ本隊からトライゼンを遠ざけようとしていた。

 この動きをジェンナは即座に読み取り、渋い顔をする。

「妥当な策ですが、これはまず成功しないでしょう。ラジャン側も、トライゼンの使い道は熟知している筈。彼等はなんとしても、トライゼンをキーファ本隊にぶつけるよう図る。或いは囮につられたフリをして、その状況を逆に利用するかも」

「そう。で、何か良い策は浮かんだ? トライゼンを、打倒する為の」

 従姉の問いに対し、ジェンナは眉根を寄せる。

「……討つのは無理ですが、かの部隊をかく乱させる事はできるかも。トライゼンもまさか、率先して自分に挑もうとする人間が居るとは思わないでしょう。囮部隊と連携してトライゼンの部隊を挟撃し、此方に目を向けさせる。トライゼンが此方に誘導された後、もう一度囮部隊が突撃すれば、恐らくいけます。作戦通りキーファ本隊から、遠ざける事は可能かも。仮にこれが成功すれば、それなりの功と認められるかもしれません」

「なるほど。良い策だわ」

 フォートリアは納得し、それから彼女は彼方を見た。

「でも、それだと私が得られる物は一つだけ。最低でももう一つの物を得られない限り、私は彼等を養えない」

「……彼等とは〝傭兵連合〟の事ですか? 彼等を養う為のアテというのは――まさか?」

「ええ。なら、やはり答えは一つしかないでしょう? 先ずはトライゼンというのがどの程度の者か、見せてもらいましょうか」

 岩山に身を隠しながら、囮部隊の後をつけ、フォートリア達は敵国へと進行する。彼女達が遂に目的の人物を発見したのは、三十分ほど経った頃。囮部隊とトライゼン軍が、百メートルほど距離をとって対峙した時だった。

 フォートリア隊は、其処から更に八十メートルは距離を詰める。トライゼンが視認できる位置まで、フォートリア達は近づく。

 フォートリアが眉をひそめたのは、ソノ時だ。

「ちょっと、あれ?」

「ええ。あれがトライゼンです。言っていませんでしたっけ? かの者は――女性だと?」

 そこに居たのは――鎧もつけずドレス姿のまま矛を持った女性だった。

 年の頃は二十代前半で、まだ若い。しかも、その容姿もまた並はずれている。

 ウェーブがかった灰色の長髪に、穏やかな眼差しをした彼女は、確かに常人離れしている。〝翼を失った天使が戦場に迷い込んだ〟と評せそうな程、かの者は常軌を逸していた。

「……噂では聞いていましたが、私もじかに見るのは初めてです。これは、噂以上の美貌と言っていいかも」

 だが、フォートリアが気にしたのは、ソコではない。

 彼女は眼を開きながら、息を呑み、笑いを噛み殺しながら呟く。

「いえ、あれ――人間じゃないじゃない」

「……はい? 人間じゃない、ですって?」

「え? 嘘でしょ? 私、世界で一番強いつもりでいたのに、何、あれ? この世にあんなのが居て、許される、と?」

 コレもまた、ジェンナが初めて見るフォートリアだった。彼女は明らかに何時もの彼女とは異なり、その精神状態は読み取れない。フォートリアは、ただ事実だけを口にする。

「生まれて初めて、反省するわ。私の見込みが、甘かった。姉上やジェンナの意見が、正しかった。あれは本当の意味で――人外だわ」

「つまり……お前の策でも勝機は無いって事か?」

 レテシアが、深刻そうに問う。フォートリアは物思いに耽った後、明言する。

「ええ。前言を撤回する。これは〝多少〟ではなく、〝死ぬほど無理〟をしないと駄目」

 ならばとばかりに、フォートリアは大きく息を吐き、部下達に命じた。同時にジェンナは、どれほど過酷な命を下すつもりだと身構える。

 けれど、フォートリアは意味がわからない事を言う。

「皆は――ここで待機。有事の際は、レテシア・フォートレムに従って。彼女なら、上手く取り計らってくれる筈だから」

「……有事の際、ですか? それは、一体どういう意味?」

 エイリカが訊ねると、フォートリアはしれっと言い切った。

「決まっているじゃない。私の策が、破られた時の話に。ええ、そう。私、今からちょっと――トライゼンに一騎打ちを申し込んでくるわ」

「は――っ?」

 ジェンナが、唖然とした声を上げる。その上で、彼女は問うた。

「ちょっと、待って下さい! そんなの、策でも何でもありません! ただの自殺行為ではありませんか――ッ?」

「だからこそ、意味があるの。誰もが恐れるトライゼンを、たった一人で打破する。誰も成し得なかった事をすれば、他の人々は本当の意味で私に敬服するわ。逆を言えば、これを成し遂げられない様では、私の目的は果たせない。なら私は多少の、いえ――〝死ぬほどの無理〟をしないと」

「……なっ!」

 話はそれで終わりだとばかりに、フォートリアはトライゼン軍の前に身を晒す。一人で敵軍を遮る様に、立ち止まる。

 シャイゼン・アッカを遥かに凌駕する声量を以て、彼女は吼えた。

「我はキーファ軍に属する――フォートリア・フォートレム! 我に臆さず挑む勇気があるなら、ぜひ手合せ願いたい――トライゼン将軍!」

「アラ」

 そうして、トライゼンは微笑んだのだ―――。


     ◇


(私に、一騎打ちを? これは、私がキーファ本隊に向かうのを阻止する為の時間稼ぎ? いえ、この感覚は――まさか?)

 笑みを浮かべながら、トライゼンは瞬時に思案を巡らせる。

 部隊の最前列に位置する彼女は、前へと進み出た。

「この感覚はまさか、『あなたも私と同じ』ですか?」

「さて、ね。私に言える事は、一つだけ。もし私が勝ったら――その時は私の願いを聞いてもらえないかしら、トライゼン将軍? 代りに、私が負けた時は、私を煮るなり焼くなり好きにしていい」

「何をバカな事を。きさまの様な雑兵と、トライゼン将軍が釣り合うとでも? きさまなど、私一人で十分事足りる」

 乗馬する騎士が、フォートリアに突撃する。馬上より振るわれる、槍の一撃。ソレをフォートリアは、トライゼンから視線を逸らす事なく回避する。あまつさえ跳躍して、騎士のテンプルに蹴りを入れる。それだけで――彼の意識は完全に断たれていた。

「――試験は合格かしら? それとも、まだ不服? これでも、私では力不足だと?」

「いいですね」

 彼女の決断は、早かった。

 トライゼンは部下を手で制し、フォートリアに近づく。

 彼女は喜々として、手にした巨大な矛を構える。大きく息を吐き出し、彼女は呟いた。

「あなた、とてもいい。初めて巡り会えた同族が、敵だったなんて。やはり神は居る。私はこの運命を神に感謝しないと」

「……初めて、会えた? あなた、師は? 誰に何を習ったの?」

「いえ、私に師はいません。〝コレ〟に至る修練も、私自身が思いつき、身に付けた物です。この世界にいる全ての人類を――滅ぼす為に」

 この常軌を逸した発言を聴いた時、初めてフォートリアの体は震えた。

「人類を……滅ぼす? 勿論、冗談よね?」

「いえ。私は本気ですよ。今は慣らし運転の最中でラジャンの厄介になっていますが、それももう終わりです。そこから先は、敵も味方もありません。人間であるなら、ソレはすべからず私に殺されるべき存在です。私は人類を滅ぼす為に神が遣わした――粛清者ですから」

「……思った以上に、ブッ飛んでいるわね。まさか、私より頭が悪い人が居るとは思わなかった。でも、何故? 何故、そんな真似をしようとしている?」

「そうですね。仮に鉱山がありソレが争いのもとになるなら、最も簡単にその問題を解決する方法は何? 答えは、その鉱山そのものを消し去る事。争いの元凶その物さえ消えれば、誰も争わなくなる。なら、人が全て居なくなれば、また争いも無くなるでしょう。皆には内緒ですが――それが私の人生をかけた目的なんです」

「それを堂々と私に語ると言う事は、私は絶対に始末するという事ね……?」

「私も訊いておきましょう。あなたが戦う理由は、何? 私に挑んでまで、あなたは何を望むと言うのです?」

 最後に、トライゼンが訊ねる。フォートリアは抜刀しながら、返答した。

「そうね。案外、私達は似た者同士だわ。この世から争いを無くそうとしている点だけは、同じだから。ただその方法論が、決定的に違い過ぎる。あなたが何でそんな真似をしようとしているのかは知らない。けど、それでも、私はまだそこまで人類に絶望していないのよ――」

 途端、ジェンナは我が目を疑った。

 瞬時にして――トライゼンとフォートリアが、己が視界より消失したから。

 そして彼女は思い知る。このバカげた異様を許容する、世界の広さという物を。レテシアが視線を向けた先を見れば、其処にはあの二人が居た。

「……あの。アレ、空を飛んでいる様に、見えるんですが……?」

「ああ、飛んでいるな、空。でも安心しろ。アレは単に跳躍してあの位置まで達しただけだ」

「……え? ちょっと、待って下さい? あの二人は、本当に、人間?」

 が、ジェンナの理解を置き去りにしてトライゼンとフォートリアは己が得物をぶつけ合う。天に昇る間も矛と巨剣を打ち付けあい、やがて落下するその時さえ両者は激しく斬り合う。

 その様を見て〝フォートリア傭兵団〟は勿論、トライゼンの部下達さえ呆然とした。彼等もまたトライゼンだろうとここまでの真似が出来るとは、夢にも思わなかったから。

 だが両者は止まらない。寧ろ地面に着地した両者の巨剣と矛は、刻一刻とその勢いが強まっていく。この様を遠くから見ていた兵達はやがて戦闘を中断し、ただ両者の戦いを見守った。

「――って、やっぱりおかしい! あんなの、人に出来る業じゃない! フォートリア姉様とは、一体何者なのですっ?」

「あー。そういえば、まだ言ってなかったっけ? 彼奴はさ、常に脳の処理速度が加速状態にあるんだわ。簡単に言えば、本当の意味で『頭の回転がはやい』んだ」

 レテシアの平然とした説明を聴き、ジェンナはやはり唖然とした。

「脳の処理速度が……加速状態にある? まさか、そんな事が――ッ?」

「でも、基本、彼奴はバカだから、何か切っ掛けがないと何の策も浮かばない。その切っ掛けをもたらしているのが、君だよ、ジェンナ」

「で、では、トライゼン将軍も、まさか?」

「その様だね。フォートリアと同じなのかは不明だ。だが彼女もまた脳を加速させ、それに見合う身体機能を無理やり脳内から引き出している。その恩恵か、あの二人は常人の動きがスローモーションの様に見えている。あの六騎士や、三王子の動きさえも――」

 実際、再び空に跳んだトライゼンの姿を見て、三王子達は痛感する。

「……化物。そうか。我らが敵わなかった訳だ。あれは既に人ではない!」

 中空にあるフォートリアの頬を、トライゼンの矛が掠める。フォートリアの巨剣が、トライゼンの髪を僅かに斬り飛ばす。

 やがて地面に着地した二人は一度間合いを離し、互いに助走をつけて突撃する。

 己が大敵目がけて、暴力の嵐を行使する。

 得物による打ち合いは勿論、蹴りや拳さえも使い、彼女達はしのぎを削り合う。

 それは正に、万夫不当同士の戦闘だ。比喩なく、一度の戦争で最低でも三千の兵は叩き斬れるレベルの戦いである。

 いや、そもそもあれだけの大剣と矛を、あの速度で打ち合える時点で常軌を逸しているのだ。

やがて、トライゼンは理解した。

「一つ、訊きます。ソレが――あなたの全力ですか?」

「だったら、何ッ?」

 眉根を歪めながら、フォートリアが問う。返答は、速やかにもたらされた。

「ああ。神よ、感謝します――漸く初めて本気を出せるこの瞬間に」

「……つッ? 不味いっ!」

 トライゼンが、七度目の脳内加速を為す。

 だが、その加速レベルは先のソレとは桁が違った。彼女は九十倍の加速から、百十二倍の加速に脳の処理速度を跳ね上げる。

 次の瞬間、フォートリアは――地面に転がる自分自身に漸く気づいていた。

(――動きが、見えなかった! この私が――っ?)

 それでも彼女の体が両断されなかったのは、本能的に巨剣を盾としたから。ほぼまぐれと言える反射を以て、フォートリアは何とか命を繋ぐ。

 けれど――果たして次はあるか? その答えを埋める様に、トライゼンが迫る。

「ぎ……ッ!」

「そう。あなたは攻撃より、防御に特化しているのですね?」

 蹴鞠の様に跳ね飛ばされる、フォートリアの体。通常状態の百十二倍にまで脳と膂力がアップしたトライゼンを前に、彼女は防御にのみ専心する。

 いや、そうしなければ、とうの昔に千回は殺されている―――。

「ま、まさか、ここまでとは。噂を遥かに上回る、強さ。もう無理です、レテシア姉様。このままでは、フォートリア姉様は――殺されるっ!」

「かもな。だが、既に彼奴に退路は無い。トライゼンから逃げ切っても、その時は私が彼奴を殺す。〝フォートリア傭兵団〟を守る為に、私が彼奴を殺さなきゃならん。彼奴にはもう――この戦いに勝つしか生き残る道は無いのさ」

「……それ、は」

 レテシアの言っている事は、間違っていない。

 何よりコレは、フォートリア自身が選んだ道だ。彼女はこれを、己の目的を叶える為の最良の策だと定めた。決して避けては通れない試練だと認めたのだ。

 しかもジェンナには、あの二人を止める術が無い。

「そうだな。だから、せめて信じてやってくれ。彼奴を将だと認めてやった、君自身を。ジェンナ・フォートレムの目に狂いは無かったと――最期まで信じてやって欲しい」

「ああ」

 十五度、地面を転がる、フォートリア。ソレを前にして、ジェンナは叫んだ。

「しっかりして、フォートリア姉様! 貴女は今日にいたるまで何を奪い、何を得てきたのですっ? 貴女の敗北は、その全てを無価値にすると言う事! そんな非道が、そんな理不尽が許されるとお思いですかッ? 貴女は言っていたではありませんか! 自分こそが〝皇帝〟に相応しいと! それが戯れ言でない事を、今こそ証明する時です! こう謳う事だけが、いま私に出来る最高の策! だから立ちなさい―――フォートリア・フォートレム!」

「……ああぁ」

 彼女は大きく息を吐き、横に転がり、トライゼンの矛を躱す。

 フォートリアは、ただ思った事を口にした。

「……思ったより、ずっと人使いが荒いのね、ジェンナは。姉上より、よほど厳しいじゃない」

 だが、お蔭で覚悟が決まった。〝多少の無理〟で事を済まそうとした自分の甘さに、決別できた。

 なら――いま自分がするべき事は決まっている。

「ええ。トライゼン、あなたはやはり間違っている。私も人間嫌いだけど、それだけはわかるわ。人は確かにどうしようもない生き物だけど、だからこそまだ前に進める。自分達の過ちを正そうと、足掻く事が出来る。その努力さえも無かった事にするのは、多分、間違っているのよ。故にあなたの正義は――私の正義を以て打ち砕くしかない」

「この状況で、そう吼えますか。私がなぜ人を忌むのか、知りさえせず」

「そう、ね。それはあなたをブチのめした後、ゆっくり聴かせてもらう」

 瞬間――フォートリアの姿が掻き消える。

 トライゼンの目を以てしても、そう認識する。

 彼女がフォートリアの動きを感知したのは、次の刹那。

「ほ、う? 私の脳内加速に、追いついた?」

「フッ」

 先ほどの実力差を埋める様に、両者は互角に斬り合う。

 巨竜さえ細切れに出来るであろう速度と威力を以て、彼女達はただ己が得物を振い続けた。

「いえ、違いますね。まだ私の方が、僅かに上。あなたの脳内加速は、常人の百倍ほどでしょう。ソレでは――私には勝てない」

「つ……ッ!」

 果たして、どれほどの練磨を繰り返せば、この領域に辿り着くのか? フォートリアにさえソレは推察出来ないが、彼女は一つの間違いを正す。

「さっきあなたは〝慣らし運転〟と言っていたわね? 私も――そうだとしたら?」

「まさ、か。百十一倍、百十二倍、百十三倍、百十四倍――っ?」

「いえ―――ほんの百十七倍よ!」

 噛み締めた奥歯に、力を込める。

 振り上げた腕に、満身の膂力が籠もる。

 踏み出した一歩は、正に地面を穿つほど。

 ソレは正に――雷速にさえ匹敵した。

「フォートリア・フォートレム………っ!」

「トライゼンんんん―――ッ!」

 加熱する、脳。正に――死ぬほどの無理。かの大敵をのみ込む様に、フォートリアの一撃が颶風を生む。トライゼンが咄嗟に盾とした矛を――彼女は両断する。

 更にあろう事か――フォートリアはトライゼン額に拳を叩きつけたのだ。

 それが――最後。

 人知を超えた猛将トライゼンは、その時点で完全に意識を刈り取られていた―――。


     ◇


 いや、そう思った時には、トライゼンは即座に跳ね起きる。しかも、息も絶え絶えなフォートリアとは違い、未だに余力を残しながら。だが――その一方で彼女は呟く。

「……数秒は気絶していましたね。あなたなら、十分とどめをさせる時間でしょう。なぜそうしなかったのです?」

 彼女の問いに、今にも倒れそうなフォートリアは答える。満身創痍ながら笑みさえ浮かべて、彼女はトライゼンを直視した。

「言わなかったっけ? 私の目的は、あなたの命じゃないって。というか、こんな所であなたに死なれちゃ困るのよ」

「半分は嘘ですね。単に、私を殺す力が残されていなかっただけでは? では、もう一つ訊きます。なぜあなたは、私の処理速度を上回る事が出来た?」 

 フォートリアは、やはり喜々として応じる。

「その理由は、簡単。初めから脳が加速されている私と、通常は常人と変わらないあなたでは差があるから。あなたと私では、そもそもスタートラインからして、違うのよ」

「――常に脳が加速されている? 成る程」

「じゃあ、今度はこっちの番。あなたは何故、人間を憎むの?」 

 しかし、トライゼンはただおどけた様に舌を出す。

「まさか。たった一度、負けたぐらいでは教えて上げません。それよりあなたこそ、人に絶望していないと言うのは、本気?」

「……はい? 私、そんなこと言った?」 

 アレは恐らく、本気で言っている顔だ。そう判断して、トライゼンは批評する。

「そう。余りに必死になり過ぎて、無意識に本音を漏らしただけですか。あなた、確かに面白いですね。誰かに殺させるのは、惜しいぐらい」

「それは、褒め言葉と解釈していい?」

 が、トライゼンは無言を通す。代りに、フォートリアが続けた。

「そうね。あなたがラジャン本隊と別行動なのは、他の将軍があなたに手柄を横取りされる事を懸念したから。よそ者であるあなたが将軍にとりたてられている事を、面白く思っていない人間も居る。故にあなたは本隊とは別の小部隊に配属され、その力を思う存分振るえないのでしょう。でも、私は違う。私はあなたに枷なんてつけず、思うがままふるまう事を許す。だから――私に降りなさい、トライゼン。それが私の、あなたに対する誠意であり要求よ」

 フォートリアの誘い文句を聴き、トライゼンが沈黙する。

 だがそれも数秒程の事で、彼女は速やかに判断を下した。

「何となくですが――そう言うと思っていました」

 ならば、彼女は背後を振り向く他ない。

「皆に告げます。全力を以て、兵を退きなさい。何、心配は不要です。この私が敗北するだけの敵を前にしての逃亡なら、あなた達は、咎められはしないでしょう。皆、今日までよく私に尽くしてくれました」

「ト、トライゼン将軍っ?」

 けれど彼女はそれ以上告げず、フォートリアに歩み寄る。

「――トライゼン・ラブラクス。それが、何れあなたを殺す女の名です。それで良いなら、あなたの世話になりましょう」

「……上等。その時は、今度こそあなたの性根を叩き直して上げる」

 話は、ソレで終わった。フォートリアは踵を返し、岩陰に隠れている自軍のもとに帰る。

 トライゼンもその後を追い、ここに両者の戦いは決着をみたのだ―――。


              ピース・ウォーズ・ゼロ・前編・了

 以上の様に、外道全開のフォートリア・フォートレムでした。

 前回のヒロインもアレでしたが、今回もアレです。

 いえ、毎度かわいいヒロインを書きたいと願ってはいるのですが、これも普通に無理です。

〝かわいい? なにそれ? 食べられるの?〟みたいな感じで途中から挫折しきっています。

 だというのに、今のところ、主人公は女子ばかりという矛盾。

 すでにお気づきでしょうが、基本、ヴェルパス・サーガの主人公は女子ばかりです。

 これも全て男子を主人公にした話を、九年ほど書き続けた反動といえるでしょう。

 その原因である男子が、主人公である物語が、ピース・ウォーズ・ゼロの後の作品という事になります。

 つまり、男子が主人公です。

 ですが、登場人物の八割はやっぱり女子なのでその点はご安心を。

 いえ、例によって、皆かわいくはないですが。

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