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10)男と男の約束

 早朝の鍛錬の時間だった。ロバートは、イサカを去る日も、いつも通りの鍛錬をしていた。


 見慣れた光景も最後になるのかと、ベンがロバートと騎士達の鍛錬を見ていた時だった。


「俺と本気で試合をしてくれ、ロバート」

数日前に届いたばかりの刃を潰したハルバートを手に、ダグラスがロバートに頭を下げていた。今後、ダグラスが本気で練習できるようにと、ロバートが王都から取り寄せたものだ。


 無理だろうなとベンは思った。ロバートと騎士達は、早朝の鍛錬の時、手合わせといって試合のようなことをしている。だが殺気もなく、ベンにも稽古の延長であることがわかった。


 騎士達に、試合を申し込まれたロバートが断るのをベンも見ている。後継としてやってきたレオンも断られていた。


「いいでしょう」

ロバートの言葉に、驚いたのはベンだけではなかった。

「基礎を教えたのは私ですから。餞別です。王都で一般的な試合の形式を踏襲します」

周囲の驚きも意に介さず、ロバートは淡々と試合の形式について、ダグラスに説明した。


 審判を頼まれた騎士の合図で、二人の試合が始まった。


 ダグラスはロバートに全く歯が立たなかった。ダグラスの攻撃を、ロバートは身軽に避け、あるいはハルバートを巧みに操って躱した。審判を頼まれたはずの騎士達が、レオンが、そのたびに、感嘆の声をあげていた。


 結果はロバートの圧勝だった。ロバートからの攻撃はたったの一度だ。その一度で、ロバートはダグラスの致命傷となりうる攻撃を繰り出し、一瞬で勝負がついた。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

武器を手に、互いに一礼をする。何処からともなく拍手が沸き起こった。


「いい試合だった」

「実に素晴らしい」

騎士達は、皆口々に、試合について語りだした。あのときの踏み込みが、ハルバートを一度打ち込んで返す時が、足捌きがと、ベンにはわからない話で、ダグラスを囲んで盛り上がっていた。


「短期間で、素晴らしい仕上がりです。私などすぐに追い越しますよ」

ロバートの謙遜に騎士達が笑う。

「おう。次に来たときは、俺と勝負だ」

ダグラスも負けじと言い返した。

「えぇ。楽しみにしております」

騎士達は、口々に、頑張れ、とか俺でよければ稽古に付き合う、とか言いながら、励ますように、ダグラスの背や肩を叩いていた。騎士達の、少々乱暴な励ましに、ダグラスは、照れくさそうに礼を言っていた。


 イサカの町を疫病が襲う前、ダグラスは日雇いの人足の一人だった。若い人足達は、面倒見のよいダグラスを慕っていた。ベン達御者も、義理堅く、少々道を外しがちな若い者を戒め、無駄口を叩かずに仕事をするダグラスを頼りにしていた。だが、町の者の中には、大柄で、愛想が悪く、若い人足に囲まれているダグラスを、煙たく思っている者も少なからずいた。


 ロバートに人足として雇われたダグラスは、その腕っぷしと人望を見込まれ、ロバートが組織した町の警備隊の隊長になった。ダグラスを、大柄で愛想の悪い人足だと言っていた連中は、同じ口で、逞しく寡黙な警備隊隊長と言った。


 ベンは腹を立てた。

「言わせとけ」

ダグラスは取り合わなかった。

「戯言に、耳を傾ける必要などありません」

ロバートは辛辣だった。

「弱い犬ほどよく吠えるからな」

「おっしゃるとおりです。下らない者達に例えられて、犬も不本意でしょうが」

「まったくだ。俺が犬なら文句を言いたいね」

二人の息のあった会話に、ベンも、食堂にいた連中も、腹を抱えて笑った。


 妙に気が合っていた二人の、再試合の約束は未だ果たされていない。


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