プロローグ
「ねぇ、じいちゃん」
「なんだ」
「俺が名前をもらったロバート様ってどんな人。町のみんなが、じいちゃんが一番知っているはずだってさ」
ロバートと名付けた孫の言葉に、ベンは微笑んだ。
「まぁ、そうさな。俺は、ロバートが町にいる間、ずっとロバートの御者だったからな」
あの当時は驚くことばかりだったが、今思い返すと、誇らしい日々だった。
「じいちゃん、ロバート様って言わないといけないって、学校の先生が言ってたよ。町のおんじんだからって」
ベンは笑った。本人が聞いたらやめてくれと言うだろう。そういう男だ。
「俺は良いんだ、俺は。ロバートと呼んでくれと言われたからな」
「えー、そんなの知らない」
「まぁ、そうだろうな。お前の生まれるずっと前の話だ」
ベンは、孫を抱き上げ、膝に座らせてやった。
イサカの町が、疫病に襲われたのは、孫が生まれる前だった。足腰が弱くなり、御者を引退したベンが、まだまだ元気に馬車を操っていたころだ。
「ロバートはな、凄いやつだが、それだけじゃないんだぞ」
賢いのだが、若く、少々世間知らずなロバートは、本当に面白い男だった。辻馬車の御者だったベンを、専属の御者として雇った最初で最後の男だ。
「お前がなぁ、もうちょっと大きくなったら話してやるつもりだったが。まぁいい。晩飯のあとに、少し教えてやろう。お前の父ちゃんと母ちゃんにも、知りたいだろうからな」
ロバートは、イサカの町を疫病から救った英雄だ。本人がそう思っていないだけだ。あのとんでもない日々は、ベンにとって、町の英雄と過ごした輝かしい日々だ。
「いろんなことがあったんだ。じいちゃんが一番沢山知っている。じいちゃんはな、ロバートの馬車の御者をしていたんだからな」