表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

其の七 血涙、そして……

どうも、酒販店でのバイトに疲労しながらなんとか更新です。

今回、艦魂の登場回数は少ないです。

また、生々しい描写も含まれますのでご注意下さい。

……今村弥介は宿舎の裏手へと歩いて行った。

古賀は気づかれないよう、物陰に隠れながら後をつける。

甲鉄の出航時刻も近いが、気になって仕方がない。



宿舎の壁に隠れながら覗いてみると、今村は小柄な男と話をしていた。

古賀は壁に張り付き、耳を澄ませる。


「新政府軍の死者は四名か……間違い無いな?」


「間違いなか。『戊辰丸』は負傷者ば乗せて引き返す。……何故に『回天丸』一隻しか来んかった?」


「『高雄』の機関故障だ。嵐さえ無ければ成功しただろうに……」


相手の口調に、悔しさが混じる。

古賀は驚愕した。



……あの男、幕府の者か!? ということは……



古賀はふと、昨夜の今村の様子を思い出した。

何度も古賀に『甲鉄』から降りて陸で寝るように勧めていたのは、奇襲作戦が行われるのを知っていて、古賀がそれに巻き込まれないようにするためではないか。

そして、榎本武揚らに新政府軍艦隊の動向を知らせていたのも……



「……おいの情報も無駄になったか。海軍はすぐ追撃ば始めるばってん、逃げ切れるんか?」


「『回天』は大丈夫だろうが……今村殿も今の内に、ここを脱出した方がいい」


「うむ……」


古賀はどうするべきか悩んだが、そのとき肘が宿舎の壁に当たり、音を立ててしまう。

今村たちがはっと振り向いた。


「誰だ!?」


小柄な男が叫ぶ。

古賀は覚悟を決め、二人の前に姿を表した。


「千之助……!」


「弥介……わい、榎本側に情報ば流しおっとか!」


古賀は叫ぶ。

今村はしばらく古賀と向き合っていたが、やがて小柄な男に対し、逃げるよう促した。


「すまぬ、今村殿!」


小柄な男が踵を返して駆け出し、それを追おうとした古賀を今村が阻んだ。


「何故そがんこと……訳ば言え、弥介!」


「千之助……すまん」


今村は刀の柄に手をかける。


「こいが、おいの選んだ道たい」


「幕府ばもう腐っとる! 正義も何も無か!」


「そいは分かるばってんが、おいは武士もののふとして生きたい。刀ば抜け、千之助!」


今村は叫びつつ抜刀した。


「弥介……!」


「千之助、政府は天皇陛下ば中心に国造ろうとしとる。それは構わんばってん、政府はこれから武士をないがしろにすっと違うか?」


「なっ……」


「欧米に追いつくことばかり考えよって、いつかこの国の大事なものば失くすっと違うか? おいは武士の誇りを持ったまま、その誇りに殉じて死にたい」


……今村は幼い頃より、文武共に天才的な能力を発揮し、その思考は常に他人の一歩先を行っていた。

彼には日本の未来が見えるのかも知れない。

そして彼は己の満足できる形で、武士としての死に方を選ぼうとしているのだ。


「弥介……おいは……」


「何も言うな、刀ば抜け。わいも見て見ぬふりなどできんばい」


確かにここで今村を見逃せば、発覚時に古賀も罰せられるだろう。

ならば、古賀にとって最善の道は……


「なら弥介! わいを捕らえて連れていくばい!」


「やってみるがよか! おいは今まで、誰にも見えん所で汚れ仕事ばやっとった! ほいじゃが千之助、わいとは堂々と戦いたい!」


抜刀した状態で、二人は向き合う。

古賀の刀は昨夜の激闘で多少刃こぼれを起こしていたが、まだ使える。

彼の剣術は九州で広く行われているタイ捨流兵法。

その技の理念は「活殺剣法」……即ち自分を活かし、相手も活かすという意味だ。


「……行くぞ!」


今村が唐竹割に斬りかかってくる。

大振りの一撃を相手に避けさせることでわざと自分の隙を作り、その隙を突こうとする相手を迎え撃つ……木刀による稽古のときも、今村がよく使っていた戦法だった。

古賀は体捌きで避け、一呼吸置いてから今村の腕を狙う。

しかし今村の方も古賀の戦法をよく知っており、それをさっと受け止める。


すかさず今村は反撃、今度は古賀が受け止めた。

今まで互いに競い合ってきた彼らは、お互いの手をよく知っている。

数合打ち合って鍔迫り合いとなり、同時に距離を開ける……そのような攻防が繰り返された。

ぶつかり合う刃が火花を散らし、二人とも額の汗を拭ういとまも無い。


ふと、今村が星眼に構えたまま、素早く後ずさった。


「……妖剣、見せてやるばい」


今村は刀を斜め下に構える。



……来るか、妖剣“陣風”!……



間合いは十分にあるので、ここから踏み込みと共に技が繰り出されるはずだ。

その動きを見逃すまいと、古賀は身構える。


「……」


古賀と見合ったまま、今村は体から力を抜き、だらりと構える。

しかし次の瞬間、今村の刀が古賀の眼前に迫った。


「!」


古賀は咄嗟に身をかわす。

昨夜の戦いで感覚が鋭敏になっていたからこそ、避けることができたのだ。

続いて繰り出される二の太刀を刀で受け流し、古賀は今村の肩を袈裟に切り裂いた。


「グ……ッ!」


今村が苦痛のうめき声を上げる。

彼が使ったのは上半身を前に伸ばしながら、攻撃の瞬間に刀を片手持ちにし、間合いは大きく伸ばす技だった。

しかしそれでも刀が届く距離ではなかったが、古賀は今村が踏み込んできたことに気づかなかった。

体の重心を利用し、相手に悟られることなく距離を詰める歩行法……琉球の武術などに見られる技だ。

それを利用した、間合いの外からの一撃……これが妖剣“陣風”だった。


「さすがたい、千之助……おいの妖剣ば避けるとは……」


今村は微かに笑みを浮かべる。

そのとき、彼らの元に複数の足音が近づいてきた。


「古賀! 今村! 何をやっとるばい!?」


「千之助! 弥介!」


同藩の藩士達……『甲鉄』の乗組員たちだった。

出航時刻が近づいても戻らない二人を、捜しに来たのだ。


「こ、古賀! 何やっとる!?」


「どういうこったい!?」


今村は彼らを一瞥すると、口を開いた。


「戦国終わって今に至り、武士道はぬるくなりよった。切腹の作法ば知らん奴もおる」


今村は刀を足下に置き、懐から短刀を取り出した。


「い、今村!?」


「日本は変わらにゃならんばってん、おいは変わりたく無か! おいは武士として死ぬ!」


今村はその場に跪いたかと思うと、着物をまくり上げ、自らの腹部に短刀を突き立てた。

不気味な音の後、血が滲み出る。


「……千之助……」


凄まじい痛みにかすれた声で、今村は愕然としている古賀に告げた。


「介錯……介錯ば頼む……」


「……っ!」


古賀はすでに刃こぼれを起こしていた己の刀を置き、まだ状態の良い今村の刀を拾い上げた。

声も出せないでいる同僚たちを余所に、それを振り上げ、今村の首へと狙いを定める。


「弥介……」


一言友の名を呟くと、渾身の力を込めて振り下ろした。



ゴツッ、という妙な音がした。

それが頸骨を断つ音だと気づいたとき、古賀にはすでに別の音が聞こえていた。




棒状に迸る、血の音。




それが地面を濡らす音。





その音の中で、古賀は慟哭した。

親友の名を呼びながら……











…………



新政府艦隊は予定通り出港し、追撃を開始した。

今村弥介の懐から血まみれの密書が見つかり、彼の内通は明らかになったが、上層部は佐賀藩の面目を保つため、この件を秘匿。

歴史に刻まれることは永遠になかった。



古賀はアームストロング砲近くに、一人佇んでいた。


自分が何故ここにいるのか、何が正しいのか。


自分の信じてきた武士道とは、一体何だったのか。


そんな思いばかりが、脳内を巡っていた。

そのとき、彼は近くに気配を感じた。


「古賀さん……」


「……ああ、お藍か」


古賀は笑顔を造ろうとして失敗し、顔を引きつらせた。


「大丈夫……か?」


「……血の臭いがする」


お藍がポツリと言うと、古賀の心臓が跳ねた。


「……きっと、昨夜の戦いでついたばい」


「ううん、もっと新しい臭い」


お藍はその瞳で、古賀の顔をじっと見つめた。


「何が……あったの?」


……彼女の問いかけの後、数十秒沈黙が流れた。


「……弥介を、殺してしまった」


古賀は打ち明けた。

女性に甘えることような気がして躊躇したが、お藍たち艦魂には話せる気がした。

昨夜、お藍の悩みに何も答えられなかったくせに、なんと虫のいい話だろうか……古賀はそう思い、自己嫌悪に陥り始める。

しかし一度動き始めた口は、今村弥介が幕府と内通していたこと、闘いの末に今村が割腹し、自分が介錯をしたことなどを、全て話してしまった。


「……結局、おいに武士道ば語る資格は無か」


敵に隙を見せないことで、戦わずして勝つ……その理念を、古賀は実践できなかった。

武士道についてお藍に偉そうに講釈したことを、後悔する。


「……それで古賀さんは、どうするの?」


「どうする……?」


「これからも戦うの? それとも、もう止めるの?」


古賀はふと、艦魂がどのような存在かを思い出した。

彼女たちは自らの本体である艦と、運命を共にする存在。

逃げることの許されない世界で生きている。



……おいが逃げるわけにはいかん……


古賀はそう思った。

年端もいかない少女達が、運命から逃げることもできずに、それでも今を生きている。

それなのに自分が、己の選んだ道から目を背けることはできない。

それは武士の誇りから来る感情で、人によっては奢りと見るかも知れない。

しかし古賀は、お藍に力強く答えた。


「おいは戦う。この『甲鉄』が、抜かずの剣になれる時代ば造る!」


笑ってみせる古賀に対し、お藍の眼から一滴の雫がこぼれ落ちた。


「……やっぱり、侍は強いんだね」


半泣きしながらも、お藍は微笑を浮かべる。


「私ね……いろいろ考えたけど……侍みたいに、古賀さんみたいに強く生きたい。古賀さんが行った武士道を、『抜かずの剣』を信じてみたい」


「お藍……」


「だからね……私、強くなる。古賀さんのためにも、私のためにも」


それを聞いて、古賀もまた涙をこぼした。



……おいの強さなど……



この艦魂たちの強さに比べれば、大した物ではない……そんなことを考えながら、彼は自分の決心を固めた。












新時代のため、そして彼女のために、己もより強くなろう、と。



古賀 対 今村の剣戟シーンや介錯のシーンは、歴史小説を参考にしながら練りました。

古賀千之助の使うタイ捨流剣術は特に九州で盛んに行われ、カタカナで「タイ」と書くのは「待」「太」「体」など複数の意味を併せ持っているためです。

全て袈裟切りに集結する独特の構えをするそうですが、その辺りまで細かく描写する力はありませんでした(滝汗)

こんな俺の文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

また、艦魂たちの戦闘シーンも艦魂ごとに差別化を図っています。

春日は薩摩者らしく大胆な剣捌きを行い、丁卯は小柄な体躯を活かした脇差しでの立ち回り、陽春は隠し武器の類を使うという具合です。

回天がやたらと強いですが、それにも一応理由はあります。


ではまた次回。

生暖かい眼で眼守ってください(苦笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ