其の七 血涙、そして……
どうも、酒販店でのバイトに疲労しながらなんとか更新です。
今回、艦魂の登場回数は少ないです。
また、生々しい描写も含まれますのでご注意下さい。
……今村弥介は宿舎の裏手へと歩いて行った。
古賀は気づかれないよう、物陰に隠れながら後をつける。
甲鉄の出航時刻も近いが、気になって仕方がない。
宿舎の壁に隠れながら覗いてみると、今村は小柄な男と話をしていた。
古賀は壁に張り付き、耳を澄ませる。
「新政府軍の死者は四名か……間違い無いな?」
「間違いなか。『戊辰丸』は負傷者ば乗せて引き返す。……何故に『回天丸』一隻しか来んかった?」
「『高雄』の機関故障だ。嵐さえ無ければ成功しただろうに……」
相手の口調に、悔しさが混じる。
古賀は驚愕した。
……あの男、幕府の者か!? ということは……
古賀はふと、昨夜の今村の様子を思い出した。
何度も古賀に『甲鉄』から降りて陸で寝るように勧めていたのは、奇襲作戦が行われるのを知っていて、古賀がそれに巻き込まれないようにするためではないか。
そして、榎本武揚らに新政府軍艦隊の動向を知らせていたのも……
「……おいの情報も無駄になったか。海軍はすぐ追撃ば始めるばってん、逃げ切れるんか?」
「『回天』は大丈夫だろうが……今村殿も今の内に、ここを脱出した方がいい」
「うむ……」
古賀はどうするべきか悩んだが、そのとき肘が宿舎の壁に当たり、音を立ててしまう。
今村たちがはっと振り向いた。
「誰だ!?」
小柄な男が叫ぶ。
古賀は覚悟を決め、二人の前に姿を表した。
「千之助……!」
「弥介……わい、榎本側に情報ば流しおっとか!」
古賀は叫ぶ。
今村はしばらく古賀と向き合っていたが、やがて小柄な男に対し、逃げるよう促した。
「すまぬ、今村殿!」
小柄な男が踵を返して駆け出し、それを追おうとした古賀を今村が阻んだ。
「何故そがんこと……訳ば言え、弥介!」
「千之助……すまん」
今村は刀の柄に手をかける。
「こいが、おいの選んだ道たい」
「幕府ばもう腐っとる! 正義も何も無か!」
「そいは分かるばってんが、おいは武士として生きたい。刀ば抜け、千之助!」
今村は叫びつつ抜刀した。
「弥介……!」
「千之助、政府は天皇陛下ば中心に国造ろうとしとる。それは構わんばってん、政府はこれから武士をないがしろにすっと違うか?」
「なっ……」
「欧米に追いつくことばかり考えよって、いつかこの国の大事なものば失くすっと違うか? おいは武士の誇りを持ったまま、その誇りに殉じて死にたい」
……今村は幼い頃より、文武共に天才的な能力を発揮し、その思考は常に他人の一歩先を行っていた。
彼には日本の未来が見えるのかも知れない。
そして彼は己の満足できる形で、武士としての死に方を選ぼうとしているのだ。
「弥介……おいは……」
「何も言うな、刀ば抜け。わいも見て見ぬふりなどできんばい」
確かにここで今村を見逃せば、発覚時に古賀も罰せられるだろう。
ならば、古賀にとって最善の道は……
「なら弥介! わいを捕らえて連れていくばい!」
「やってみるがよか! おいは今まで、誰にも見えん所で汚れ仕事ばやっとった! ほいじゃが千之助、わいとは堂々と戦いたい!」
抜刀した状態で、二人は向き合う。
古賀の刀は昨夜の激闘で多少刃こぼれを起こしていたが、まだ使える。
彼の剣術は九州で広く行われているタイ捨流兵法。
その技の理念は「活殺剣法」……即ち自分を活かし、相手も活かすという意味だ。
「……行くぞ!」
今村が唐竹割に斬りかかってくる。
大振りの一撃を相手に避けさせることでわざと自分の隙を作り、その隙を突こうとする相手を迎え撃つ……木刀による稽古のときも、今村がよく使っていた戦法だった。
古賀は体捌きで避け、一呼吸置いてから今村の腕を狙う。
しかし今村の方も古賀の戦法をよく知っており、それをさっと受け止める。
すかさず今村は反撃、今度は古賀が受け止めた。
今まで互いに競い合ってきた彼らは、お互いの手をよく知っている。
数合打ち合って鍔迫り合いとなり、同時に距離を開ける……そのような攻防が繰り返された。
ぶつかり合う刃が火花を散らし、二人とも額の汗を拭う暇も無い。
ふと、今村が星眼に構えたまま、素早く後ずさった。
「……妖剣、見せてやるばい」
今村は刀を斜め下に構える。
……来るか、妖剣“陣風”!……
間合いは十分にあるので、ここから踏み込みと共に技が繰り出されるはずだ。
その動きを見逃すまいと、古賀は身構える。
「……」
古賀と見合ったまま、今村は体から力を抜き、だらりと構える。
しかし次の瞬間、今村の刀が古賀の眼前に迫った。
「!」
古賀は咄嗟に身をかわす。
昨夜の戦いで感覚が鋭敏になっていたからこそ、避けることができたのだ。
続いて繰り出される二の太刀を刀で受け流し、古賀は今村の肩を袈裟に切り裂いた。
「グ……ッ!」
今村が苦痛のうめき声を上げる。
彼が使ったのは上半身を前に伸ばしながら、攻撃の瞬間に刀を片手持ちにし、間合いは大きく伸ばす技だった。
しかしそれでも刀が届く距離ではなかったが、古賀は今村が踏み込んできたことに気づかなかった。
体の重心を利用し、相手に悟られることなく距離を詰める歩行法……琉球の武術などに見られる技だ。
それを利用した、間合いの外からの一撃……これが妖剣“陣風”だった。
「さすがたい、千之助……おいの妖剣ば避けるとは……」
今村は微かに笑みを浮かべる。
そのとき、彼らの元に複数の足音が近づいてきた。
「古賀! 今村! 何をやっとるばい!?」
「千之助! 弥介!」
同藩の藩士達……『甲鉄』の乗組員たちだった。
出航時刻が近づいても戻らない二人を、捜しに来たのだ。
「こ、古賀! 何やっとる!?」
「どういうこったい!?」
今村は彼らを一瞥すると、口を開いた。
「戦国終わって今に至り、武士道はぬるくなりよった。切腹の作法ば知らん奴もおる」
今村は刀を足下に置き、懐から短刀を取り出した。
「い、今村!?」
「日本は変わらにゃならんばってん、おいは変わりたく無か! おいは武士として死ぬ!」
今村はその場に跪いたかと思うと、着物をまくり上げ、自らの腹部に短刀を突き立てた。
不気味な音の後、血が滲み出る。
「……千之助……」
凄まじい痛みにかすれた声で、今村は愕然としている古賀に告げた。
「介錯……介錯ば頼む……」
「……っ!」
古賀はすでに刃こぼれを起こしていた己の刀を置き、まだ状態の良い今村の刀を拾い上げた。
声も出せないでいる同僚たちを余所に、それを振り上げ、今村の首へと狙いを定める。
「弥介……」
一言友の名を呟くと、渾身の力を込めて振り下ろした。
ゴツッ、という妙な音がした。
それが頸骨を断つ音だと気づいたとき、古賀にはすでに別の音が聞こえていた。
棒状に迸る、血の音。
それが地面を濡らす音。
その音の中で、古賀は慟哭した。
親友の名を呼びながら……
…………
新政府艦隊は予定通り出港し、追撃を開始した。
今村弥介の懐から血まみれの密書が見つかり、彼の内通は明らかになったが、上層部は佐賀藩の面目を保つため、この件を秘匿。
歴史に刻まれることは永遠になかった。
古賀はアームストロング砲近くに、一人佇んでいた。
自分が何故ここにいるのか、何が正しいのか。
自分の信じてきた武士道とは、一体何だったのか。
そんな思いばかりが、脳内を巡っていた。
そのとき、彼は近くに気配を感じた。
「古賀さん……」
「……ああ、お藍か」
古賀は笑顔を造ろうとして失敗し、顔を引きつらせた。
「大丈夫……か?」
「……血の臭いがする」
お藍がポツリと言うと、古賀の心臓が跳ねた。
「……きっと、昨夜の戦いでついたばい」
「ううん、もっと新しい臭い」
お藍はその瞳で、古賀の顔をじっと見つめた。
「何が……あったの?」
……彼女の問いかけの後、数十秒沈黙が流れた。
「……弥介を、殺してしまった」
古賀は打ち明けた。
女性に甘えることような気がして躊躇したが、お藍たち艦魂には話せる気がした。
昨夜、お藍の悩みに何も答えられなかったくせに、なんと虫のいい話だろうか……古賀はそう思い、自己嫌悪に陥り始める。
しかし一度動き始めた口は、今村弥介が幕府と内通していたこと、闘いの末に今村が割腹し、自分が介錯をしたことなどを、全て話してしまった。
「……結局、おいに武士道ば語る資格は無か」
敵に隙を見せないことで、戦わずして勝つ……その理念を、古賀は実践できなかった。
武士道についてお藍に偉そうに講釈したことを、後悔する。
「……それで古賀さんは、どうするの?」
「どうする……?」
「これからも戦うの? それとも、もう止めるの?」
古賀はふと、艦魂がどのような存在かを思い出した。
彼女たちは自らの本体である艦と、運命を共にする存在。
逃げることの許されない世界で生きている。
……おいが逃げるわけにはいかん……
古賀はそう思った。
年端もいかない少女達が、運命から逃げることもできずに、それでも今を生きている。
それなのに自分が、己の選んだ道から目を背けることはできない。
それは武士の誇りから来る感情で、人によっては奢りと見るかも知れない。
しかし古賀は、お藍に力強く答えた。
「おいは戦う。この『甲鉄』が、抜かずの剣になれる時代ば造る!」
笑ってみせる古賀に対し、お藍の眼から一滴の雫がこぼれ落ちた。
「……やっぱり、侍は強いんだね」
半泣きしながらも、お藍は微笑を浮かべる。
「私ね……いろいろ考えたけど……侍みたいに、古賀さんみたいに強く生きたい。古賀さんが行った武士道を、『抜かずの剣』を信じてみたい」
「お藍……」
「だからね……私、強くなる。古賀さんのためにも、私のためにも」
それを聞いて、古賀もまた涙をこぼした。
……おいの強さなど……
この艦魂たちの強さに比べれば、大した物ではない……そんなことを考えながら、彼は自分の決心を固めた。
新時代のため、そして彼女のために、己もより強くなろう、と。
…
古賀 対 今村の剣戟シーンや介錯のシーンは、歴史小説を参考にしながら練りました。
古賀千之助の使うタイ捨流剣術は特に九州で盛んに行われ、カタカナで「タイ」と書くのは「待」「太」「体」など複数の意味を併せ持っているためです。
全て袈裟切りに集結する独特の構えをするそうですが、その辺りまで細かく描写する力はありませんでした(滝汗)
こんな俺の文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
また、艦魂たちの戦闘シーンも艦魂ごとに差別化を図っています。
春日は薩摩者らしく大胆な剣捌きを行い、丁卯は小柄な体躯を活かした脇差しでの立ち回り、陽春は隠し武器の類を使うという具合です。
回天がやたらと強いですが、それにも一応理由はあります。
ではまた次回。
生暖かい眼で眼守ってください(苦笑)