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其の六 白刃踊る海

血生臭い描写が含まれます。

それほどどぎつい表現はしていないつもりですが、念のためご注意下さい。

強烈な痛みによろめき、回天は後ずさって距離をとる。

対する四人のうち、陽春の手に鎖が握られていた。


……万力鎖、というやつか……


鎖の両端に、掌に納まるほどの鉄球を取り付けた捕物用の武器だ。

本来は相手に先に攻撃させ、それを体捌きで回避しつつ反撃する武術だが、陽春にとって今は後手に回れる状況ではない。

陽春は両方の鉄球を握り、胸の前に鎖を張って構える。

回天は額から流れる血を拭い、目に入るのを防ぐと、冷淡に刀を構え直す。


「行けるぜ!」


春日が叫びざまに斬りかかる。

新政府軍側の艦魂たちは初めて回天に傷を負わせることができたのだ。

しかし回天は造作もなくその刃を受け止め、刀の峰を滑らせるようにして受け流してしまう。

そこへ陽春が万力鎖を放った。

素早く繰り出しては掌に戻し、連続攻撃をかける。

その隙に春日は離れるが、回天は無表情のまま陽春の攻撃を避け、鎖の軌道や速度を測っていた。


……見切った……


刹那、繰り出された鎖を片手で掴み取り、力ずくで引き寄せる。


「!」


鎖系武器の弱点の一つとして、自分より強力の者に鎖を掴まれると動きが封じられてしまう、ということが挙げられる。

実戦慣れした武芸者なら、ここで鎖を手放すことができたかもしれないが、一瞬の驚きのせいで陽春は判断が遅れてしまったのだ。

そして……


「……ぐ……ッ!」


引き込まれた陽春の腹部に、回天の刀が突き刺さった。


「陽春さん!」


お藍が叫ぶ。

回天が刀を引き抜くと、陽春はその場に倒れ伏した。

甲板の上に血が広がる。


これによって、まともに戦えるのは春日のみとなってしまった。

丁卯は利き腕ではない左腕一本で刀を握っているため圧倒的に不利であり、お藍に至っては恐怖で動けなかった。

艦魂と言えど、心はただの少女……むしろ勇猛果敢に戦える春日たちの方が不自然なくらいだ。


……終わりだ……


回天が春日に対して刀を向ける。

だがその時、彼女の体がよろめいた。


「……ッ!?」


回天は一瞬の困惑の後、その原因を察した。

『回天丸』本体が『春日丸』の砲撃を受けたのだ。

艦の精霊であるため、艦へのダメージが彼女たちに伝わってしまうのである。


「隙有り!」


すかさず春日が袈裟に斬りかかるが、回天が咄嗟に半歩退いたため、その刃は肩の肉を僅かに抉っただけだった。

しかし春日の連撃によって、回天は徐々に防戦にまわっていく。


「く……!」


白刃が回天の体を掠め、頬や衣服に細かい傷ができる。

このまま押し切れる……春日がそう思った時だった。



「……ウォアァァァ!!」



獣の雄叫びのような声が、甲板上に木霊した。

それが聞こえる人間は、何人いただろうか。

春日が気を呑まれた瞬間、回天は反撃に転じた。


「ぐゥッ!」


辛うじて受け止めるが、春日は強烈な衝撃に体勢を崩し倒れてしまう。

しかも彼女の刀には、回天の一撃で亀裂が入っていた。


「くそ……」


春日目がけて、回天の追撃が迫る。




……が、しかし。

刃を止めて、回天はハッと後方を振り向いた。

甲板上で戦いを続ける双方の武士たち……そしてその中に倒れ伏した、野村利三郎の姿があった。


「野村さ…………ッ!?」


ザクリと、回天の脇腹に刃が薙いだ。

斬ったのは春日や丁卯ではない……お藍だ。


「お前……ッ」


「やらせない……これ以上は……!」


震えながらも、お藍は回天と向き合っていた。

仲間達が傷つけられたこと、そして回天に隙ができたことにより、恐怖に打ち勝ったのだ。


「やああぁぁッ!」


凄まじい速度で、お藍は斬りかかる。

気合いも力も十分……しかし彼女には、日本刀の切れ味を引き出す技術がなかった。

回天の左肩を直撃した刀は、僅かに肉を裂いただけで止まってしまう。


「う……!」


直後に回天の回し蹴りを受け、お藍は倒れた。

助けに入ろうとした春日も肘打ちを受け、丁卯も手を斬りつけられて刀を落とす。

回天がお藍に最後の一太刀を見舞おうとした、その時……


「お藍ーッ!」


叫び声の直後に、澄んだ音がして回天の刀が叩き落とされた。


「なっ……人間!?」


その男……古賀千之助は、息を荒げながら回天とお藍の間に割ってはいる。

彼もまた激しい戦いを繰り広げたようで、刀は刃こぼれを起こしていた。


「古賀……さん?」


お藍が呟く。


「もう止めろ……間違っとる、こがんな戦い……!」


古賀は回天に向かって言う。


「人間の戦で、船魂同士が傷つけ合う必要なか!!」


それが、古賀の思いだった。

軍艦に宿っている以上、戦いの宿命から逃れられなくても、彼女たちが憎み合う必要など無い……そう考えたのだ。


……なんだ? この男……


回天は古賀を見据える。

野村利三郎などと比べ、一見頼りなく見える男だが、その目に宿る信念の光は強かった。


しかしその時、『甲鉄』の甲板に乗り上げていた『回天』の艦首が、金属音と共に動き始めた。

『回天』の乗組員達が、まだ生きている斬り込み隊員たちの手を掴み、艦上に引き上げる。

やがて、艦首は『甲鉄』から離れた。


……撤退か……


そう悟った回天は古賀を睨み付け、言った。


兵器わたしたちを造ったのは、人間おまえたちだ」


「!」


あまりにも冷徹な言葉。

戦慄さえ覚えた古賀を尻目に、回天は光に包まれ姿を消す。

本体に戻ったのだろう。


「……お藍、怪我は無かとか?」


古賀の問いかけに、お藍は力なく頷くだけだった。












…………



野村利三郎はまだ生きていた。

もう体は動かず、感覚も僅かな視力と聴力を残すのみだった。

痛みすらも、ほとんど感じない。

だが、『回天丸』が撤退したこととは分かった。






……回天よ、お前は俺が斬られたとき、それに気を取られた……





……それはお前が、兵器になりきれなかった証拠だ……





……それでいいんだ、回天……






……武士は戦いに生きるが、いつも自分の意思で戦場に赴く……






……回天、お前も心がある限り、兵器にはなれないんだ……













「おい、こいつまだ息があるぞ!」


「とどめを刺すんだ!」


新政府側の兵士達の声が、ぼんやりと聞こえた。







……やれやれ、近藤さんに合わせる顔がないな……






自嘲的な笑みを浮かべた野村の脳裏に、昨年の記憶が去来する。

新撰組局長・近藤勇が流山で新政府軍に投降した際、同行していた野村も処刑されるはずだったが、近藤の助命嘆願によってそれを免れた。

その後、共に助命された相馬主計と共に新政府軍と交戦し、やがて榎本武揚や土方歳三と合流して蝦夷へ渡ったのだ。

そして今、この宮古湾で彼の命は果てようとしていた。












……先に逝くぜ……土方さん、相馬……












…………



………






『回天』の奇襲は成功したが、『甲鉄艦』奪取作戦は無惨な失敗に終わった。

僅か三十分の戦闘で『回天』側は十九人の死者を出したが、この中には艦長・甲賀源吾も含まれている。

彼は新政府軍の銃撃によって腕と胸を撃ち抜かれながらも指揮を執っていたが、ついに頭部を撃ち抜かれて戦死。

船上での死者・負傷者が続出したため、総司令官・荒井郁之助はもはやこれまでと判断し、自ら舵を取って船体を『甲鉄』から引き離し、退却した。

『甲鉄』に移乗した斬り込み隊員の中で、生きて『回天』へ戻ることができたのは彰義隊隊士・伊東弥七と、水夫・渡辺某の二人だけだったという。


一説に寄れば、旧幕府軍は『甲鉄艦』の装甲を貫ける新型砲弾を既に開発していたと言うが、天候など様々な不運が重なり、使用できずに終わった。


新政府軍側は四人の戦死者が出たほか、運送船『戊辰丸』が『回天』の砲撃を受けて損傷し、北航が不可能となっている。

『甲鉄』の甲板上で戦死した『回天』搭乗員たちの遺体は水葬にされたが、そのうち一体が首無し死体として海岸に流れ着き、地元民の手で葬られた。

一説にはこれが野村利三郎の墓ではないかと言われている。


この戦いは宮古湾海戦として、後の世に語り伝えられることとなった。





新政府軍は当日の内に、旧幕府軍艦隊を追撃すべく、出航準備を始めた。

しかし損傷した『戊辰丸』は負傷者を収容し、江戸へ引き返すこととなった。


「申し訳ありやせん、この大事に……」


包帯を巻いた脇腹を押さえ、『戊辰丸』の艦魂は頭を下げる。

運送船である彼女は軍装ではなく、町人の着るような服を身に纏っていた。


「気にするなって、お前のせいじゃない」


春日が言う。

他の艦魂達も集まっているが、お藍の姿は無い。


「陽春さんと丁卯さんの怪我は、大丈夫なので?」


「ええ、私たちは本体が損傷したわけじゃないからね……」


そう答える陽春の声は、少しかすれていた。

彼女たちの傷の治りは早いが、さすがにまだ完治してはいないのだ。


「貴女の仕事は、怪我人を無事に連れ帰ること。それを第一に考えて」


「へい、必ず」


戊辰丸は再び頭を下げた。

ふと、丁卯が口を開く。


「お藍さんは、大丈夫なのでありますか?」


「……しばらく、一人にしておいてほしいってさ」


春日は悔しげに呟く。

『回天丸』の奇襲は彼女にとっても衝撃だったが、お藍は相当な精神的ショックを受けたらしい。


「じゃ、そろそろ艦の方に戻るぜ。東郷がどうしてるか気になるし」


「そうね」


「皆さん、御武運をお祈り申し上げやす」




………『春日丸』艦上では、東郷が己の仕事をこなしていた。

奇襲を受けた際の興奮は今だ冷めていないらしく、時々独り言を口にしている。


「おい、東郷」


「あ、こりゃ春日さァ」


戻ってきた春日に対し、東郷は振り返る。


「お前の言ったとおり、油断しちゃ駄目だったな。まさかあんな手で攻めてくるなんてよ……」


「おいどんも驚いとるでごわす。敵も勇猛果敢……西郷先生ほどではごわはんが、中々の大人物」


「……まあな」


イギリス出身である春日は騎士道の見地から、敵将を称えるという概念は理解できる。

しかし彼女の感情から、称賛する気にはなれなかった。


「なあ、どうなっちまうんだろうな? この国も、あたしたちも……」


「……それは分かりもはん。だが……」


東郷はふと目を閉ざした。


「おいどん、此度の戦は生涯忘れんでごわす」


……薩摩藩士・東郷平八郎。彼は後に日本海軍大将として、ロシアのバルチック艦隊を撃破する。

その勝利の根底には、この宮古湾海戦で得た経験があったという……




………


『甲鉄』甲板では、古賀が出航に備えてガトリング砲の点検をしていた。

『回天』との戦いで多量の弾を撃ったため、砲身は劣化している。

しかしお藍のことが気にかかり、作業に身が入らない。


……お藍の所に行ってやるべきか……


そのようなことを考えていたとき、彼は今村弥介が甲板を歩いていくのを見た。

幼馴染みである古賀には、彼が何か思い詰めたような表情をしているように思えた。


「弥介……?」


今村はそわそわした様子で、艦から降りていく。

古賀はガトリング砲の整備を止め、彼の後をつけることにした。


………





どうも、第六話です。

私の得意分野は航空兵器と冷兵器(中国武術の用語で、刀剣や弓矢など火薬を使わない武器)ですので、それなりに気合いを入れて書いたつもりですが、如何でしょうか。

次回かその次で宮古湾海戦篇は終了、舞台は箱館へと進みます。

ところで若き日の東郷平八郎ですが、これからもうちよっと活躍させたいと思います(史実に反さない範囲で)。


さて、話は変わりますが空自の次期主力戦闘機……新聞によればF−35を買う砲身で纏まりつつあるとか……。

性能はともかくあのデザイン、もう少しなんとかならんのか……。

それに完成するのはいつなんだか。

まあそんなことよりも、F−4が退役しちゃう方が問題ですけどね、俺にとっては。

一度で良いから生で飛んでいる姿を見てみたい……。


では、次回もお楽しみに。

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