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其の五 アボルダージュ

いよいよ戦闘シーンです。

急激に血生臭くなっていくのでご注意を。

……三月二十五日 宮古湾……


夜明け前の薄暗い海を、春日は眺めていた。

くしゃみをして鼻をすすり、ふと息を漏らす。


「……もうすぐ日が昇るな」


『春日丸』乗組員たちは陸軍参謀・黒田清隆や艦長・赤塚源六らの命令により、夜通し警戒に当たっていた。

艦魂である春日は東郷の言ったことが妙に気になり始め、彼らと共に見張りをすることにしたのだ。

ふと、近くに仲間の気配を感じ、春日は振り向く。


「……あ、陽春か」


「お疲れ様。気になって見に来たわ」


微笑を浮かべ、陽春は言う。


「寒くない?」


「かなり」


薩摩に住み慣れた彼女にとって、北国の気候は厳しかった。

陽春が後ろから抱きしめると、春日は有り難そうに彼女の手を握った。


「様子はどう?」


「見ての通り、静かなもんさ。……あ、ほら」


春日の指さす先に、一隻の船が走っていた。

後部には掲げられているのは、アメリカの国旗だ。


「星条旗……懐かしいわぁ」


アメリカで建造された陽春は、うっとりとした表情でその旗を見つめた。

彼女は普段から和服を好んで着るなど、この艦隊の中では最も日本に馴染んでいるが、一方で祖国アメリカも愛し、その行く末を案じている面もある。


「補給でもするつもりなのか?」


マストが二本のその船は、星条旗を風に靡かせながら港へと接近していた。

入港しようとしているのかもしれない。


「春日さァ、陽春さァ」


後ろから小声で声をかける者があり、二人は振り向いた。

見張りに起きていたらしい、東郷だった。


「お疲れさんでごわす」


「ええ、東郷さんこそお疲れ様ですわ」


「アメリカの船でごわすな。何か用でも……」


言いかけて、東郷は目を見張った。

接近中の船が、星条旗を降ろしたのである。

代わりに掲げられたのは日本の象徴……日章旗。


「ま、まさか……!?」


「『回天丸』!?」




…………

宮古湾に到着した『回天』は、夜明けが迫っていたため『高雄』の到着を待つことが出来ず、単独で奇襲をかけた。

第三国の旗を掲げて接近し、戦闘前に自国国旗に改めるという戦術だが、これは当時の万国公法で認められていたのである。

幸か不幸か、『開陽丸』喪失時の暴風雨によって『回天』のマストが三本から二本に減っていたこともあり、かなり接近しても気づかれなかった。

敵襲に気づいた『春日丸』はすぐさま空砲を放って僚艦に知らせるが、他の艦は全て機関の火を落としており、乗組員もほとんどが陸で寝ていた。


「これより接弦する! 陸戦隊は移乗準備!」


野村利三郎ら斬り込み隊員は抜刀し、突撃に備える。

艦魂・回天もまた、日本刀を引き抜いて構えていた。

艦魂の所有する武器は船上で使いやすいように短い物が多く、彼女の刀も脇差しに近い長さだった。


「……この一戦に、全てをかけるのみ……」


回天は野村の後ろ姿、そして艦長・甲賀源吾をちらりと見た。

欧州人の感覚からすれば背は低いが、それでも威風堂々とした逞しい風貌に見える。

武士の強靱な精神によるものだろうか。


祖国プロシアからイギリス、アメリカを経由して、この極東の島国……白人の感覚からすれば『蛮族の国』へ辿り着いた彼女。

そしてこの国の時局は、本来争いを好まぬ彼女を戦場へ誘った。

人から人の手に渡り、運命に翻弄され、戦いの中で散っていく存在……それが艦魂。

ならばいっそうのこと、感情を持たぬ兵器になることを彼女は望んだのである。

武士である野村たちからすれば、それは自分から目を逸らしていることに他ならず、彼女もそれを自覚していた。

高雄を妹のように可愛がっている自分と、艦魂を兵器の一部と割り切っている自分との間で、常に葛藤していた。

しかし……


……私はやはり、貴方たちのようにはなれない……


回天は心の中で、野村たちにそう告げた。

外輪の速度が上がり、『回天』は目標である『甲鉄艦』に肉迫する。

しかし外輪船である『回天』は小回りが利かない上、外輪が邪魔になるため接弦向きではなかった。

暴風雨によって『蟠竜』とはぐれ、『高雄』が機関を損傷したことにより、本来は砲撃で僚艦を援護するはずだった『回天』にこの役が回ってきたのだ。

それでも甲賀源吾は何とか上手い位置に接弦しようと懸命に舵を取ったが、結局『回天』は頭から『甲鉄艦』へ突入する形となってしまった。


刹那、艦隊に衝撃が走る。

『甲鉄』がその重量故甲板の位置が低いこともあり、『回天』の艦首が『甲鉄』に乗り上げてしまったのだ。

その高低差は三メートル。如何に勇猛な武士達と言えど、その高さに戸惑い、移乗できない。

たまりかねて、甲賀は一喝した。


移乗攻撃アボルタージュ!!」


その声を聞いて、『回天』の一等測量士・大塚波次郎が意を決して『甲鉄』へと飛び降り、他の勇士達も続々と移乗した。


軍艦役・矢作沖麿。

彰義隊隊士・伊藤弥七、笹間金八郎、加藤作太郎。

新撰組・野村利三郎。

水夫の渡辺某。


合計七人が、『甲鉄』の甲板へと飛び降りた。

そして回天も亜麻色の髪を靡かせ、敵艦へと跳躍した。



………



「敵襲! 敵襲! 応戦しろ!」


命令と言うよりも、むしろ悲鳴に近い声が響き、艦に残っていた乗組員たちは慌てて戦闘準備を始めた。

ある者たちは移乗してきた迎え撃つべく、抜刀して接弦部分に殺到する。

またある者は小銃を手に取り、甲板に飛び降りようとしている後続の敵兵を狙撃し、水際で食い止める。

『回天』側は細い艦首からの移乗のため、一度に乗り移る人数が限られていたことも、『甲鉄』側に幸いした。


昨夜の出来事から眠れないでいた古賀千之助は、『春日』の空砲を聞いて真っ先に飛び出してきた。

飛び移ってきた『回天』の乗組員たちに、仲間たちと共に刀を抜いて立ち向かう。

しかし彼は剣術・砲術共に優秀だったが、「殺し合い」の場を経験したことは無かった。


「タイ捨流、古賀千之助!」


恐怖心を振り飛ばすため、高らかに名乗る。

だが同藩の仲間が敵兵達と剣を交え始めたとき、彼は『回天』から飛翔する、一人の乙女を見た。


……艦魂!?……


古賀は驚愕する。

『回天』の艦魂は古賀達の背後に着地し、その先には震えながら刀を握る、金髪の少女がいた。


「お藍!」


古賀が思わず叫んだとき、彼女たちの間に三つの影が割って入った。

春日、丁卯、陽春の三人だ。

陽春は一見武器らしきものを持っていないが、春日と丁卯はそれぞれ舶刀カットラスと脇差しを抜き、戦闘態勢を取っている。


「古賀、余所見するでなか!」


同僚に叱咤され、古賀ははっと目の前の敵に向き直る。

正面にいた男が袈裟に斬りかかってきたのを刀の峰で受け流し、反撃に転じた。


「セヤァァッ!」


気合いは十分だったが、やはり人を斬る事への迷いを捨てきれなかったのか、その一太刀はかわされてしまう。

相手も他の乗組員達に囲まれ、攻めあぐねている。


そのとき、連続的に響く銃声。

『甲鉄』の乗組員が手回し式のガトリング砲を操作し、『回天』の甲板を掃射し始めたのだ。

鉄の雨さながらに銃弾を吐き出される弾丸に、『回天』の乗員達が次々と倒れていく。



一方艦魂たちは、互いに見合ったまま動かない。

春日ら三人がお藍を守るように立ち、一見すると回天が動けないでいるように見えるが、実のところは逆だった。


……こいつ、本当に同じ艦魂か?……


春日の背に冷や汗が流れた。

回天の瞳は如何なる感情も映さず、ぞっとするような無表情で春日たちを見据えていた。


「兵……器……」


お藍が震える声で呟く。

それはまさに、『心』を抹消し、兵器になりきった艦魂の姿だった。


一歩、回天が足を踏み出す。

春日は覚悟を決め、丁卯に目配せして正面から斬りかかる。


「チェットォゥ!」


薩摩藩士達がよく使うかけ声を発し、斬るというよりも殴りつけるような動きで、舶刀が振り下ろされた。

その一撃を回天は難なく回避したが、そのとき丁卯が彼女の背後に回り込んでいた。


「覚悟!」


しかし、気合いと共に放たれた刺突は空しく空を切った。

回天は丁卯の攻撃を、まさしく紙一重でかわしたのだ。

だがそこへ、春日の二撃目が迫った。


……いけるか!?……


渾身の力で放たれた逆袈裟の一撃。今度は確かに肉を切り裂く感触があった。

が……春日は愕然とした。

斬ったのは回天ではなく、丁卯の肩だったのだ。


「グゥゥッ!」


「丁卯!」


丁卯が刀を取り落とした。

右肩がザクリと切れ、激しく出血している。

回天は春日の動きさえも読み、丁卯の刺突をかわした上、彼女の腕を捕らえて盾に使ったのである。

それも、春日が攻撃を中断できないタイミングまで計算した上で、だ。


「……テメエェェ!」


自分の手で仲間を傷つけされられるという屈辱。

春日の目に、怒りが満ちる。

しかし回天はあくまでも冷徹に、機械のように彼女たちを見ていた。


「春日、離れなさい!」


陽春が叫び、春日が咄嗟に後ずさる。

直後、陽春は着物の袖に隠してあった棒手裏剣を打った。

回天の刀がそれを払い落とした瞬間、春日が猛然と斬りかかる。

丁卯も左手で刀を拾い、片手のみで刺突を繰り出した。


「セヤアァッ!」


「チェェイ!」


凄まじい振り下ろされた渾身の一刀……しかしそれも、回天の刀で受け止められてしまう。

そして丁卯の突き出した脇差を、回天は無造作に蹴りはらった。

利き腕ではない側の左手一本で握っていたため、簡単に軌道が逸れる。



だがその時、回天の頭部を重い衝撃が襲った。





お読みいただきありがとうございます。

コンスティチューション編と同じく、艦魂同士が本気で殺し合い……

賛否あると思われますが、接舷戦闘が行われた海戦なので艦魂が何もしないのは不自然でしょう。

ちなみに書いてる間は常に別窓で宮古湾海戦について調べています(笑)

そうしないと怖くて書けないんです(調べてもなお、どこか不自然なところがないか怯えています)。

こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。

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