其の二 出会いと憂い
……盛岡藩 宮古湾……
「いやあ、これで少し休めるな」
「そうでごさるな、決戦に備えて鋭気を養っておくでござる」
夕暮れ時の港に停泊する『甲鉄艦』から、武士たちが降りていく。
『丁卯丸』『陽春丸』などの僚艦からも、同様に乗組員達が降りていった。
四月に旧幕府軍との戦に赴く彼らにとっては、貴重な時間だ。
無論、艦に残る乗組員もいるし、艦の守護者たちも当然艦から離れない。
「おーい、お藍」
古賀が呼びかけると、マストの陰からお藍がひょっこりと顔を出した。
「やっほー。ちゃんと来てくれたね」
「他の……艦魂は何処じゃ ? 」
「間が凄く気になるんだけど。まあいいや、そろそろ来るはずよ」
僚艦の艦魂達を紹介すると言うお藍に誘われ、後部マストの所で待ち合わせをしていたのだ。
今日の所は、『甲鉄』以外の軍艦三隻の艦魂が来るらしい。
お藍は嬉しそうだった。
ずっと待ち望んでいた艦魂の見える乗組員を、早く仲間達に会わせたい……そう考えていた。
「……あ、来た ! 」
お藍が言った直後、近くに三つの光が走った。
やがてそれは人の形となり、実体化される。
それらはいずれも、目の覚めるような美女・美少女だった。
まず一人目は赤みがかった短めの茶髪をしていて、ちらりと見える八重歯が印象的だ。
どことなく男勝りな印象を醸し出していて、腰に帯びた西洋の舶刀が似合っている。
二人目は焦げ茶色の髪の毛に、水色の瞳をした少女。
小柄で一見ひ弱そうな体格だが、凛とした顔立ちをしていた。
三人目は長い金髪を持ち、和服を着ていた。
目の下に泣きぼくろがある。
体つきは優雅で、人間ならば彼女たちの中で一番年上に見える。
「うーっす。こいつが例の古賀って奴か ? 頭打ってあたしらが見えるようになったっていう……」
八重歯の少女がお藍に尋ねた。
「ええ、そうよ」
お藍は自慢げに言う。
いきなり女に「こいつ」呼ばわりされていい気分ではないが、古賀はとりあえず、自己紹介をしておくことにした。
「古賀千之助、諱を良春。佐賀藩士じゃ」
「あたしは『春日丸』の艦魂。春日って呼んでくれ」
そう言って彼女は、屈託のない笑みを浮かべる。
「私は『丁卯丸』艦魂であります。宜しくお願いします」
小柄な少女がぺこりと頭を下げた。
「わたくしは陽春。宜しくお願いしますわ」
和服の女性が微笑む。
古賀はふと、この三人の様相が洋風なのは、本体である艦が西洋から輸入された物だからということに、今更ながら気づいた。
「うーん、結構男前だけど……」
春日が古賀の顔を眺め回す。
「何じゃ ? 」
「へへっ、うちの東郷の方が格好いいな」
春日は胸を張った。
「東郷 ? 」
「『春日丸』の砲術士官であります」
丁卯が答えた。
「何よあんな人。ただのお喋りじゃない」
「コラお藍 ! 確かにあいつはやたらよく喋るけど、本当は結構頭いいんだぜ ! 」
「まあまあ、二人とも」
陽春がやんわりと止めに入った。
やはり性格的にも、彼女は他の艦魂より大人びているらしい。
とはいえ、艦魂に年齢という概念があるかは不明だが。
「古賀様も東郷様も、素敵な方じゃない」
「素敵って……まだ会ったばかりだろ ? 」
「なんとなく分かるのよ」
陽春に「素敵」と言われ、古賀は何となく上機嫌になった。
「いやはや、それにしても軍艦に宿る妖……精が、全ておなごとは意外じゃの」
「また妖怪って言いかけたわね ! 」
「はて、何のことじゃか」
わざと滑稽な仕草をしてとぼける古賀を見て、春日と丁卯が笑った。
「なるほど、確かに良さそうな人であります」
「うん、あたしもそう思う」
「……何処見て判断してるわけ ? 」
と、お藍。
「しかし、私たちを妖怪と混同されるのは不本意であります」
「いや失礼、以後気をつける」
……その後しばらく雑談をした後、古賀はそろそろ風呂に入ろうと思い、艦から降りることにした。
船から離れられない艦魂たちは、それぞれの艦に戻ることになった。
「そいでは、また」
「おう、次はあたしの所に来いよ」
「では、失礼するであります」
春日と丁卯の姿が、光に包まれて消えた。
艦に帰ったのだろう。
「では、わたくしも」
陽春も同様に消えていき、甲板には古賀とお藍のみが残った。
「ええ奴らじゃの」
「うん、それは自信持って言える」
お藍は微笑を浮かべた。
「じゃ、早く帰ってきてよね」
「分かっとるよ」
お藍も艦内に消えていき、途端に甲板が静かになった。
古賀は艦から降りようと歩き出す。
しかしその時、彼を呼び止める者がいた。
「古賀様」
振り向くと、自艦に戻ったはずの陽春が立っていた。
「ありゃ ? どうしたんじゃ ? 」
「……お藍のこと、どうか宜しくお願いします」
何処か寂しげな、心配そうな面持ちで彼女は言った。
「鉄で覆われた軍艦も、その内側は脆い物……あの娘は心の中に、あまりにも脆い部分を抱えていますの」
「脆い……部分…… ? 」
「古賀様。わたくしたちを戦に導くのも、そして救ってくださるのも……あなた方人間ですわ。それをどうか、覚えておいてくださいまし」
そう告げると、陽春の体が光に包まれ、消えていった。
古賀はしばらく思案にふけっていたが、やがて艦から降りていく。
陽春の言葉が、古賀の心に響いていた。
「艦魂……か」
……三月二十二日 鮫村……
大綱で一列に繋がれた三隻の軍艦が、港に停泊していた。
その先頭は、外輪式のコルベット艦『回天丸』。
プロシアで製造され、イギリスで改装、アメリカ経由で日本に買い取られた船である。
時代遅れとなりつつある外輪船とはいえ、四百馬力という高出力のエンジンを搭載している。
かつて日本最強だった『開陽丸』亡き今、この『回天丸』こそが蝦夷共和国……即ち、旧幕府軍の旗艦だ。
昔は三本のマストが特徴的だったが、以前暴風雨により、前部と中央の二本を失った。
今は前部に小さなマストが立てられ、以前とは違う外見となっている。
その船首に立つ、一人の女性。
亜麻色の髪を短く整え、凛とした、尚かつどこか哀しげな表情をしていた。
「おい、回天」
後ろから声をかけられ、彼女は振り向いた。
二十代半ばと思われる武士が、微笑を浮かべて立っていた。
「野村さん……」
彼女も笑顔を返す。
「陸軍奉行添役が、こんなところにいていいの ? 」
「今はまだ時間がある。土方さんも、相馬も休んでいるしな。お前こそ、何してたんだ ? 」
野村の質問に、彼女……『回天丸』の艦魂は空を見上げながら答えた。
「空模様が、怪しくなってきたと思って」
「そう言えば……」
野村も同様に、空を見上げた。
曇り空の上、風も強くなってきている。
「心配だわ……」
『開陽丸』を失って以来、回天は天気の変化に敏感だった。
「まあここまで来たからにはよ、覚悟決めるしかないだろ」
「……そうね」
回天は頷く。
「高雄と蟠竜、そして私で、必ず『甲鉄艦』を奪い取る」
……新政府軍の旗艦である『甲鉄艦』……旧名『ストーンウォール』は、元々幕府側がアメリカから買い取るはずの軍艦だった。
しかし幕府が瓦解すると、新政府側が『ストーンウォール』を買いたいと言い出した。
無論、旧幕府側は反発したが、アメリカは「戦争の決着がつくまで、『ストーンウォール』はどちらにも売らない」と宣言。
その後奥羽列藩同盟が崩壊し、榎本らが蝦夷地へ渡ると、アメリカは局外中立を撤廃し、明治政府が日本の新たな政権と認めた。
まだ財政の厳しかった明治政府だが、貧弱な海軍力を強化するため、『ストーンウォール』購入に踏み切った。
榎本等の蝦夷共和国を制圧するには、制海権の確保が必須条件だったのである。
かつて日本最強だった『開陽丸』を暴風雨で失った旧幕府軍としては、『甲鉄艦』を奪い取れば
海軍戦力が飛躍的に向上すると同時に、諸外国との外交にも有利になる。
元々軍艦の数が少ないため、圧倒的な力を持った一隻の装甲艦が、海戦の勝敗を左右する可能性は十分あった。
『回天丸』艦長・甲賀源吾や、陸軍奉行並・土方歳三(元新撰組副長)、元フランス海軍士官のニコールらは、『回天丸』『蟠竜丸』『高雄丸』の三隻で、宮古湾に停泊中の新政府艦隊に奇襲をかけ、『甲鉄艦』を奪取する計画を立てた。
榎本の承認を受け、海軍奉行・荒井郁之助の指揮の下に作戦が行われることとなった。
作戦は敵艦に強行接弦し、抜刀した兵士達を移乗させ、艦を奪い取る……フランス語でアボルタージュと呼ばれる戦法だった。
三隻の艦には、彰義隊、神木隊などの陸軍兵士が斬り込み隊……西洋で言う海兵隊員として乗り込み、彼らの指揮官として土方歳三、全体の総司令官として荒井郁之助が『回天丸』に乗船した。
新撰組隊士である野村利三郎も、直属の上官である土方に従い、ここにいる。
「なあ回天、俺はどうして、お前が見えるようになったと思う ? 」
「さあ……それは私にも分からない」
「なんとなくだが、俺は………」
野村は言葉を切った。
「……どうしたの ? 」
「……回天、お前は何のために、戦うんだ ? 」
唐突なその問いに、回天は軽く笑った。
美しい笑顔だったが、その口から出た答えは、ぞっとするほど冷徹なものだった。
「兵器なんだから、戦うのは当然でしょ ? 」
……
他の艦魂たちの登場です。
加えて俺の小説では初めて、実在の人物が登場しました。
新撰組ファンの反応が怖い……
今はギャグもありますが、戦闘シーンやシリアスシーンとの落差が激しいです、多分。
なんか「艦魂書く奴は所詮アニオタ」という意見もあるようなので、自分の作品で「そんなのばかりじゃないぞ」ということを主張しようと思います。……できるような作品かは分かりませんが。
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