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其の一 前頭部強打

時は明治初期。

未だに日本は、一つになってはいなかった。








明治元年の江戸城無血開城に対し、幕臣・榎本武揚らは徹底抗戦を主張。







彼の率いる幕府艦隊は江戸を脱走し、蝦夷地の箱館を占領、箱館政権を樹立した。







こうして、蝦夷共和国(旧幕府軍)と新政府の抗争は続いていく。







明治二年二月、新政府陸軍は松前藩・津軽藩出身者を中心に構成された七千名の兵士を青森に集結させた。

海軍も同年三月九日、四月に予定された蝦夷地上陸作戦に備え、軍艦・運送船それぞれ四隻からなる艦隊を青森に向かわせる。










その旗艦は、当時日本最強にして唯一の装甲艦……『甲鉄』だった。




















… … … … … …




鉄板で覆われた巨艦が、海を征く。

マストは二本、ブリックと呼ばれるタイプで、併走する僚艦には無い巡洋艦型船尾や水中に伸びる巨大な衝角が目を引いた。

南北戦争時代、南部連合がフランスに発注した装甲艦で、旧名を『ストーンウォール』。

後にデンマーク海軍、南北戦争の終結したアメリカ合衆国の手に渡り、さらに明治政府に買い取られた。

その堅牢な防御力はまさしく、新政府軍艦隊を率いるに相応しい物と言えるだろう。





「おし、これで終わりだ」


アームストロング砲の整備点検を終え、一人の若い武士が満足げに頷いた。


「おーい、千之助ェ」


呼びかけられて振り向くと、彼と同じくらいの歳の武士が近づいてくる。


「おう、弥介か」


「また大砲の世話か」


「ああ、幕府との決戦も近い。おいも日本最強のこの艦に乗れたからには、与えられた役割は全力でこなさにゃならんとばい」


彼……古賀千之助は、佐賀藩の出身の武士だ。

佐賀藩には近代兵器に詳しい者が多く、この新政府艦隊は佐賀藩士を中心に構成されている。

古賀もまた大砲についての知識と技術を買われ、この甲鉄に乗船しているのだ。


「うむ、いよいよ新しい時代が作られるわけじゃ。千之助、後でまた剣の稽古、付き合え」


「わかった、後でな」


同僚が立ち去った後、古賀は少しの間海を眺めていたが、やがて振り向いて歩き出す。

……だがしかし、彼は自分の足下に落ちている、一枚の布きれに気づかなかった。


「うおっ ! ? 」


古賀は足を滑らせ、勢いよく転倒した。

そしてあろう事か、そのまま前頭部を床に強打してしまう。


「ぐぅっ………あ痛ーっす……」


何とか立ち上がりながら、古賀は足下を見る。

そこには誰かが片付け忘れたらしい、濡れ雑巾が落ちていた。


「くそ、何処のふうけもんがこんなものを……」


雑巾で足を滑らせるという、武士として何とも恥ずかしい失態を犯してしまった。

誰にも見られなかったのが、せめてもの救いか。

古賀はとりあえず、この雑巾を床に放置した者を見つけ出してしばき倒そうと考えたが、その時彼の耳に、聞こえるはずもない声が聞こえてきた。

笑い声だ。それも、女の。

古賀が驚いて周囲を見回すと、腹を抱えて笑う一人の少女がいた。


「なっ ! ? 」


古賀は自分の目を疑った。

軍艦に女が……それも光沢のある金髪に白い肌という、明らかに西洋人の少女がいたのだ。

着ている服も洋装の物である。


「アハハハッ ! 引っかかった引っかかった♪」


鈴の鳴るような声で、少女は笑う。


「な、何者じゃっ ! ? 」


古賀が怒鳴ると、少女はきょとんとした顔で、彼の顔を覗き込んだ。

深い藍色の瞳が、古賀を見据える。


(が、がばい美しか……)


古賀は警戒しつつも、その美しさに思わず見取れてしまう。

それほどの美貌だった。


「お侍様……私が見えるの ? 」


「見える ? 何がじゃ ! ? 」


「わっ、声も聞こえるんだ ! 」


少女は嬉しそうに古賀に近寄り、その肩をぽんぽんと叩く。


「それにちゃんと触れる ! でもなんで ? さっきまで見えてなかったのに……頭打ったから ? 」


一人不思議がる少女に、古賀は混乱していた。

必死に考えを整理する。



ここは軍艦→女がいるはずない→しかし目の前にいるのは女→しかも西洋人→だが日本語を話している→密航者にしてもいろいろな意味で妙だ




……そして、彼が辿り着いた答えは……




「おのれ、妖怪ッ ! 」


古賀は少女から間合いを取り、脇差を抜き放った。


「ちょ、ちょっとちょっと ! なんで私が妖怪なのよ ! ? 」


「妖怪以外有り得んじゃろうが ! わい(お前)は磯女か ! ? 化け猫か ! ? 河童か ! ? 」


自分の知っている妖怪の名前を、適当に挙げる。


「せめて妖精って呼んでよッ ! とにかく私に刀なんか向けたら、後で酷い目に遭わせてやるんだから ! 」


「む、妖怪がおいに祟るか ? 」


「だから妖怪じゃないの ! 私は艦魂よ、艦魂 ! 」


少女は必死で主張した。


「艦魂 ? そりゃどういう妖怪じゃ ? 」


「妖怪言うな ! 私たちは船、ことに軍艦に住む妖精なの ! 」


「要は船に憑く妖怪か」


「妖怪じゃないってば ! 私たちは船の守護神であり、船そのものなの ! 」


「船そのものが妖怪なのか ? 」


「……何て言えば分かってくれるのよぉー ! ? 」


不毛な問答が、その後しばらく続いた。




……




「……つまり、わいは……」


古賀は脇差を納刀し、少女の顔をじっと見た。


「この『甲鉄艦』に宿った魂、艦魂ということか」


「ようやく理解してくれたのね……」


疲れ切った表情で、少女は溜め息を吐いた。


「そいはそうと、この雑巾はわいの仕業か ? 」


古賀の問いに、少女はてへっと舌を出した。


「ごめん、あんなに見事に転ぶなんて思わなかったもん」


「何でわやくすとったんじゃ ? 」


すると少女は頭を掻き、少し寂しげに答えた。


「……みんな私に気づいてくれないから……」


……彼女が言うには、艦魂と呼ばれる存在は一生を艦と共に生きる。

それらは皆うら若き乙女の姿をしているが、それを見ることが出来るのは一部の人間のみだという。

加えて、僚艦にはそれぞれ1人くらいは、艦魂の見える人間がいるらしい。


「でも、もうしないよ。今見える人ができたんだから」


嬉しそうに言う少女の顔を見ると、古賀もこのくらいは許してやろうという気分になってしまう。


「お侍様、お名前は ? 」


尋ねられ、古賀は咳払いをして答えた。


「おいは佐賀藩士、古賀千之助良春」


「私は甲鉄。みんなからは、お藍って呼ばれてるの」


「お藍、か……」


その美しい藍色の瞳から付けられた名であることは明らかだった。


「ところで、みんなというのは誰じゃ ? 」


「他の艦魂たち。春日に丁卯ちゃんに陽春さん、あと戊辰丸、晨風丸、飛竜丸、豊安丸」


艦隊に所属する軍艦と軍用船の名を、次々に挙げるお藍。

なるほど、艦魂同士の交流があるのだと古賀は納得した。


「後で古賀さんも、みんなに紹介してあげるよ」


「そりは嬉しい。他の妖……艦魂も、女なのか ? 」


「今妖怪って言いかけたでしょ ! ? 」


「気のせいじゃ」


「いや、絶対言いかけたから ! 」


「で、他の艦……妖怪はどんな奴らなんじゃ ? 」


「今度は何で言い直したの ! ? 」


「どうでもよかばってん。似たようなもんじゃろ」


「違うってばーッ ! 」





………人と艦魂との出会いは、いつも突然のことだった。

そして常にその出会いは、彼らの未来を変える小さな嵐を起こす……



……


どうも、新作でございます。

第二次大戦でも現代でも日露戦争でもなく、戊辰戦争を舞台にした物語です。

頭打ったショックで艦魂が見えるようになった主人公という頓狂な設定ですが、生暖かい目で見守ってください(自爆)



古賀の台詞に時々混じる佐賀弁についての説明ですが……


おい=俺

がばい=すごく

わい=お前(一人称と間違われる可能性があるので、作中にも訳を入れました)

わやく=いたずら


と、まずはこんなところでございます。

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