第五話 校舎裏の激戦
「すみません、あっちでお願いしていいですか…?」
先日退治したヤンキーたちがボス的な存在を引き連れて、学校にまで乗り込んできた。僕に”ドラゴンフライヤーバトル”を仕掛けようというのだ。
しかし学校の昼休みに、しかもこんな目立つところでおもちゃバトルするのはあまりに恥ずかしい。おもちゃ持ち込んでるのがバレたら怒られそうだし。現状、かなりの生徒たちの注目を集めてしまっているので、ひとまず人目のつかないところに行きたい。
「テメェ、なにゴウさんに指図してんだ!?」
「静かにしてろ。が、自分から校舎裏に誘うとはいい度胸だなァ?」
「えっ?」
「面白ェ…。行くぞお前たち。」
何の気なしに言ったことだったが、確かに自らヤンキーを校舎裏に誘うのはやばかったのかもしれない。そう思いつつも、”ゴウさん”と呼ばれているその男について校舎裏に向かった。
「ヒッヒッ…。やっちゃいましょうかぁ?」
「こないだの借り、返させてもらうぜ〜?」
校舎裏に着くや否や、取り巻きたちがそう言い始める。3対1なのかよ、さすが小学生を2人がかりでいじめていただけのことはある。やることが汚い。
「お前らは手を出すな、俺が一人でやる。」
しかし、意外なことに”ゴウさん”にそのつもりはないようだった。彼は、手に持っていたドラゴンフライヤーをブレスにセットして構える。
その様子を見て改めて、なぜこんなヤンキーたちがドラゴンフライヤーで遊んでるんだろうかと思う。
「あっ…。」
僕も”ゴウさん”同様、ブレスにキングダイナをセットして構える。
「行くぞ!ドラゴンフライヤー…テイク・オフ!!」
強面な外見に似合わない少年チックな掛け声と共にドラゴンフライヤーを発射した”ゴウさん”に面食らいつつ、どうにか僕も同時に射出する。そう言えば、ドラゴンフライヤーバトルはテイクオフの掛け声でスタートする、とハルくんが言っていたな。
「俺のグランドマックスの力、とくと味わいな!」
見事にホビーアニメ序盤の敵キャラめいた台詞を言い放っている。
しかし、空中でぶつかり合うフライヤーの様子を見るに、彼の言葉はあながち間違いとは言えなかった。僕のキングダイナが火花を散らしてぶつかるたび、その衝撃がブレスを通じて体の中に響いてくる感覚がある、気がする。
フライヤー同士が数回激突している様子から、明らかに僕のキングダイナはパワー負けしているのがわかった。
「ゴウさん、こんな奴やっちゃってください!」
「俺らの仇、打ってくださいよ!」
「任せておけ!お前らの名誉は守ってやるゥ!」
名誉?子供にとって大事な思いの詰まったおもちゃ取り上げてるような奴らに、そんなもんない。しかし、そんなふうに思っているこの瞬間も、グランドマックスの猛攻は止まらない。
右腕に鈍い感覚が走る。
その時、ハルくんからもらったこのブレスに目をやって改めて思った。こんな奴らには負けたくない。
「仇って…。いい歳して小学生いじめて、大事なもの奪って泣かせるような奴らに、名誉なんかあるわけないだろ!!」
その瞬間、防戦一方だったキングダイナは勢いを取り戻し、激しく回転しながら反撃を開始した。
「何ィッ!?なんの話だ、お前らッ!どういうことだ!」
「ヒィッ!?ち、違うんです!」
「こ、これには訳が!」
「どんな理由があろうとお前らのやったことは許せない!だから僕は負けられない!」
「くっ…!」
「行けーーーーーーーっ!」
さっきまでブレスを通じて右腕に感じていた鈍い痛みが、暖かな熱に変わるのを感じた。その熱に身を任せて叫ぶと、キングダイナも呼応するように凄まじい勢いで相手のフライヤーを吹き飛ばした。
「まさか、この俺が、負けるなんて…。」
地面に落下したグランドマックスを拾い、膝をつく”ゴウさん”。僕はその様子を見ながら、なぜか感じる異様な疲労感に驚いていた。おもちゃでこんなに疲れることあるのか?そう思うのも束の間、取り巻きの一人が突然こちらに向かって走ってきた。
「やっぱこんなんじゃ埒あかねえんだよ!!」
そう言いながら殴りかかってくる様子がわかった。いや、物理攻撃もあるなんて聞いてないよ。こうなってしまったら僕に勝ち目はない。交わすこともできず、頬に鈍い痛みが走る。
「い゛っだぁ゛!!」
「最初からこうすりゃ良かったんだよなぁ!」
身もふたもないことを言いながら、吹っ飛ばされて雑木林に埋まった僕に躙り寄る取り巻きA。しかしその足は突然止まり、僕とは違う方向に意識を向けた。
「あん?誰かいんのかぁ?」
取り巻きAのその言葉でピンときた。そう、僕は大変なことを失念していたんだ。
今は昼休み、そしてここは校舎裏。とういうことはそこにいるのはただ一人。
読者が自己投影しやすい陰キャやれやれ系ラブコメ主人公。そう、影親輝だ。
「うわっ…。」
少し間の抜けた、嫌そうな反応を示した声の主は、やはり彼だった。
「テメェ何見てんだよ!?」
僕をぶん殴って変なスイッチが入っちゃったのか、取り巻きAはそのまま影親くんに殴りかかる。しかしその瞬間、さっきまで放心状態だった”ゴウさん”がその拳を止めた。
「おい、その辺にしとけよ?」
「ご、ゴウさん…。」
「俺は負けた。それだけだ。」
「で、でも!」
「うるせェ!それとさっきの話、後で詳しく聞かせてもらうからな。」
「そ、それは…!」
「帰るぞ!」
二人に怒号を浴びせ、取り巻きたちを連れる”ゴウさん” 。
「次は勝つ。」
彼は、雑木林に突き刺さったままの僕にそう言い残してその場を後にした。
怖すぎる。
そして、ここで起きた出来事を見ていたのかどうかは知らないが、影親くんは訳がわからないと言った様子で無様な僕の姿を眺めていた。
「大丈夫?」
「は、はい。」
影親くんに手助けしてもらいながら、なんとか雑木林から脱出することができた。まさかコイツに助けられる日が来るとは。
「あ、ありがとう。」
「いや全然。ってか、竹崎だったのか。」
「あ、うん。」
こいつ、僕のことを把握していたのか。
しかし、よくよく考えれば、僕はいつも遠いところから彼のラブコメを見ていただけだったので、こうして会話するのは初めてかもしれない。
「そう言えば、今朝のこと。悪かったな。」
「え?」
「霧島となんか話してたんだろ?なのになんかバタバタしちゃってさ。」
「ああ、全然。」
どうやら今朝のラッキースケベ事件のことらしい。最早あそこまで来ると怒りとかよりもラブコメ主人公としての才覚に感服する。
「仲良いのか?霧島と。」
「いや、別に。」
彼の言葉で、先程彼の幼なじみヒロイン旭さんに言われたことを思い出した。ちょっと話してたくらいでなんなんだよどいつもコイツも。
「そうなのか。いや、あんな気の抜けた霧島、あんま見ないからさ。」
「え?」
「普段は怖いぐらい周り見過ぎってか、神経質ってか、そんな奴だから。まあ今朝のは100パー俺が悪いんだけどさ。」
なんだ、この普段とは違う姿知ってますマウントみたいなのは。
ということは何か?霧島さんと仲良くなれるかも、なんて思ってたけど実際はラッキースケベ発動のトリガーに過ぎなかったということか。
そう思うと、嫉妬心や劣等感で頭がおかしくなりそうだった。
しかし待て、今の僕にはホビーアニメ主人公属性が付与されている。今だってヤンキーを撃退し、あまつさえ仲間になるフラグぽいものまで立てた。この達成感を噛み締めるんだ。
そんなふうに思っていると、少し離れたところから声が聞こえてきた。
「あ、いたいた!影親くーん!」
影親くんを呼ぶその声の主は、霧島さんだった。
前言撤回、やはり劣等感は消せない。
続く