第四話 ラッキースケベ
「竹崎くん、おはよう。」
学年のマドンナ、霧島うららさん。
学校で誰ともまともな挨拶すら交わしたことのない僕にとって、彼女からの挨拶はあまりにも劇的だった。
昨日、父から受け継いだおもちゃで、彼の弟であるハルくんを助けていなければ、今こんなことは起きていない。
「っぅぁ…おはよう…。」
ひとまず挨拶は失敗に終わってしまったが。
「昨日は本当にありがとね。」
「いえ、とんでもない…。」
「ハルったら、竹崎くんが帰った後もずっと師匠!師匠!って竹崎くんの話ばっかりしててね〜。」
「いや、僕本当にそんな大層なもんじゃなくて…」
「でもハルにとってはヒーローだったんだよ!」
学校のマドンナと二人談笑しながら廊下を歩く。こんなことが僕の人生であり得ていいのだろうか?あまりに幸せなその時間を噛み締めていると、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。
「あーきーらー!!!」
「俺が何したってんだよ!落ち着けって!」
そんな問答を繰り広げて追いかけっこをしながらこちらに向かってくる男女二人組。その正体は、影親くんとその幼馴染の旭さんだった。
「き、霧島!?危ないっ!」
「影親くん!?きゃっ!」
そう言って、僕がどうこうする間も無く霧島さんにぶつかり、彼女に覆い被さるように倒れ込む影親くん。倒れる彼の手は、あくまで”不可抗力”として、しかし確実に、霧島さんの胸元にあった。
「イテテ…悪い、霧島…。って、わぁ!」
「ッ!ぁぁぁ……!」
「輝…あんたねぇ…!」
ラブコメ主人公の星の元に生まれた己の豪運など気付く素振りもなく、ただ申し訳なさそうにする影親くん。
自分の胸に影親くんの手が触れていることに気が付き、顔を真っ赤にする霧島さん。
影親くんとの追いかけっこが、結果的に霧島さんとのイベントを生み出してしまい怒りに震える旭さん。
そして、影親くんのラッキースケベを目の当たりにして、ただ棒立ちの自分。
状況が飲み込めないが、とにかく自分がレベチに場違いで、無様であることだけは理解している。
「あ、あの僕、教室あっちなんで…。」
どうにか絞り出した言葉がこれ。
「た、竹崎くん…。」
立ち上がりながら、申し訳なさそうに言葉を絞り出す霧島さん。しかし、その言葉を遮るようにして影親くんが声を発していた。
「ごめん霧島!そんなつもりじゃなくて…どーしてくれんだよ夕紀!お前のせいだぞ!」
「はぁ!?あたしのせいじゃないでしょ!?第一輝が…」
なんだか問答が始まっていたが、教室に向けて独り歩き始めていた僕にそこから先の会話は聞こえなかった。というか聞く必要がない、関係ないので。
結局のところ、せっかくホビーアニメの主人公属性を手に入れ、助けた少年の姉が学園のマドンナだったとしても、その彼女が生粋のラブコメ主人公のヒロインでは、僕には手も足も出ない。
大人しく父の意思を継ぎ、このおもちゃ”ドラゴンフライヤー”を取り巻く陰謀を打ち砕くことに専念しようと決意を新たにした。というかそう切り替えざるを得なかった。
結局、その後霧島さんと会話をする機会も特になく、昼休みを迎えていた。
昼休みの教室は騒がしく、ぼっちの自分にとってはとっても居心地が悪い。しかし便所メシをする勇気もなければ、まして校舎裏や屋上で飯を食うなんていうラブコメ主人公ムーブはすでに影親くんが行っているのでできない。早々に昼食を済ませ、机に突っ伏して寝たふりをしながら時間が過ぎるのを待つ、それが僕のお昼休みの基本だ。
そんな中、とてつもない勢いで旭さんが教室にやってきた。彼女が幼馴染である影親くんに会うためにこの教室にくるのはもはや日常だ。そのため、ひと学年下である旭さんがこの教室に当たり前のようにやってくることに、違和感を抱くものは1人もいない。しかし、残念ながらいまこの教室に影親くんはいない。そして、いつものように旭さんをいじりだすクラスの男子たち。
「おー旭ちゃん来た!」
「悪いねー、今影親いないんだよね〜。」
「せっかくこんな可愛い幼馴染が迎えにきてるってのに、あいつときたら!」
毎度思うが、こいつらは自分が学園ラブコメにおけるモブと化している自覚とかないのか?
「今日は違いますーっ!いつもいつも輝に会いに来てると思わないでくださいっ!」
「ひぇー怒らせちゃったよ」
「ごめんって!」
あの旭さんが影親くん目当てじゃないなんて珍しい。しかし、だとしたらなんでここに来たのだろう。
とはいえ、これ以上寝たふりをして教室の様子に聞き耳を立てるのも情けないので、本当に寝ようとしていたその時だった。
「竹崎先輩、ですよね?」
旭さんは、あろうことか僕に話しかけてきた。
「…え?」
「ごめんなさい、ちょっといいですか?」
「…なんですか?」
「すぐ終わるんで、来てください!」
旭さんが僕に用なんてあるわけがない。訳の分からぬまま、半ば強引に教室の外へ連れ出されてしまった。
「今朝、霧島先輩と一緒にいましたよね?」
「え、あ、はい。」
「どういう関係なんですか?」
「どうもこうも…、霧島さんの弟とたまたま知り合いで、それで少し話してただけですね、はい。」
そもそもなんで旭さんが僕を連れ出してまでそんなことを聞いてくるのか理解できない。
「あの…それで、結局何の用なんですか?」
「あっ、すみません。じゃあ単刀直入に言いますね。」
「…はい。」
急に仕切り直してそう言う旭さん。
「霧島先輩と付き合ってください!」
「は!?」
彼女の口から飛び出したのはあまりにも予想外すぎる言葉だった。
「何言ってるんですか?そもそも、僕みたいなのが霧島さんと付き合えるわけ…」
「分かってます!竹崎先輩と霧島先輩が釣り合わないことくらい!でも、お願いします!」
この子は自分がものすごい失礼な発言をしているという自覚とかないのだろうか。
しかし、なんとなく彼女の意図が見えてきた。
要はこういうことだろう。
旭さんは影親くんと付き合いたい。しかしそれには霧島さんを含め、影親くんを取り巻くヒロインたちが邪魔になる。だから、今朝一緒にいた僕と霧島さんを付き合わせて、ヒロインレースから脱落させたい。
とはいえ、それならば僕なんかではなく、もっとモテる男とかに頼んだ方が可能性は圧倒的に高いと思う。
「そんなこと言われても、無理なものは無理ですよ。だって、僕こんなんですし…。」
自虐混じりにそういうことしかできなかった。
そもそも、こんなこと言われなくても僕だって霧島さんとお付き合いできるものならしたい。でもそんなの無理なのわかっている。
「そういうと思いました!だから、アタシが協力します!」
「…え?」
「竹崎先輩が、霧島先輩と付き合えるように強力するってことです!」
「いや…。」
いくら影親くんに群がるヒロインたちを蹴散らしたいからと言って、そんな周りくどいことする必要あるか?
僕と霧島さんをくっつけるより、彼女自身が頑張って影親くんと付き合う方がよっぽど現実的だと思う。
しかし、そんなことを初対面の女性に直接口にする勇気もない僕は、どうすることもできずただ突っ立っていた。
「おい!君たち!」
「コラ!何をしているんだ!」
どうしようもなくただ呆然としていると、正門のあたりが何やら騒がしくなり始めているのが窓の外から見えた。
どうやら他校の生徒が学校に乗り込んできたようだ。まさか、他校のヤンキーと喧嘩騒ぎになるような生徒がこの学校にいるとは。
「なんだなんだ?」
「もう、せっかく大事な話してるのに!」
騒ぎはかなり大きくなっている様子で、思わず僕と旭さんも話を一旦中断してそちらの方に目をやる。すると信じられない、いや、信じたくない光景が目に飛び込んできた。
「マジかよ…。」
「竹崎先輩?どうしたんですか?」
そこにいたのは、僕が昨日、霧島さんの弟を助けるために”ドラゴンフライヤー”バトルでやっつけたあのヤンキー二人だった。
しかもタチの悪いことに、よりイカついヤンキーを引き連れて、3人組で乗り込んできている。
いや、たかがおもちゃのバトルで負けただけで学校まで特定して乗り込んでくるヤンキーがいるか?
そうは思ったが、瞬間、自分がホビーアニメの主人公属性であることを思い出した。
そうだ、この世界観だったらこのくらいのこと起きてもおかしくないのかもしれない。そして、それならば僕が立ち向かうしかないのかもしれない。
「行かないと…。」
「ちょ、竹崎先輩!話はまだ終わってないんですけどー!」
「す、すみません!またあとでお願いします!」
はたから見たらおもちゃに必死になるなんてアホなのかもしれない。でも僕はホビーアニメの主人公なんだ。
そしてなにより、アイツらの顔を見たら、昨日奴らに酷い目に遭わされていた霧島さんの弟、ハルくんの泣き顔を思い出した。
ハルくんを、彼が大事にしているおもちゃで悲しませたアイツらに好き勝手させるのはあまりに気に食わない。
僕は左腕につけている、昨日ハルくんにもらった絆の証であるブレスぎゅっと握り締めて、ヤンキーたちの前に立ち塞がった。
「アニキ!こいつっすよ!」
「まさか自分から出てくるとはな、ヒヒッ!」
「よォ。ウチの舎弟が世話んなったみたいだな。」
やはり僕を探していたようだ。
ヤンキーのリーダー的な男は、凄みながらポッケからドラゴンフライヤーを取り出して僕に見せつけてきた。こんなイカつくてもこれで決着をつけようとするのか。
「覚悟、できてるよなァ?」
引くことはできない。僕にはドラゴンフライヤーの生みの親である父から受け継いだこの”キングダイナ”がある。主人公がこんなところで負けるわけにはいかない。が、こんな目立つところでおもちゃバトルをする気恥ずかしさはある。
「すいません、あっちでお願いしていいですか…?」
人気の少ない校舎裏を指しながら、僕が最初に絞り出した言葉はこれだった。
続く。