第三話 学園のマドンナ
色々あってホビーアニメの主人公としての自分を半分くらい受け入れた僕は、助けた少年の家に連れてこられていた。
「ハル!またこんな時間まで外で…」
少年を迎えに出てきたのは、霧島うららさんだった。
彼女はうちの学年随一の学力と美貌を併せ持つ完璧少女。いわゆる学年のマドンナだ。だが、その彼女すら今ではラブコメ主人公属性の影親輝くんが生み出す世界のヒロインの一人と化している。そんな彼女と、まさか接触することになるなんて。
「おねーちゃんただいま!」
「もうなにしてたの!…こちらの方は?」
「えっ、あっ…。」
あ、そもそも存在を認識されていなかったようだ。
「この人はぼくのししょー!」
「いや師匠じゃ…」
「また何言ってんの!ほんとごめんなさい…あれ、その制服?」
僕の制服を見て、同じ学校の生徒だと言うことには気づいた様子だった。
「ししょーはね、僕のこと助けてくれたんだよ!」
「あなたが、ハルを?」
「いやそう言うわけでは…」
「そー!一人で二人も不良やっつけちゃったんだから!」
「えっ!?」
「いや違…」
僕の容姿を一通り確認していっそう驚く彼女。それもそうだ、こんな無個性野郎がヤンキー二人も倒せるはずない。
とは言え、いい歳しておもちゃでバトルして僕が勝ちました!なんて言ったらやべえおもちゃオタク認定されてしまいそうなので、僕は何も言えずにいた。
「本当にありがとうございます…!」
何も言えず突っ立っている僕に深く頭を下げる彼女。何故だろう、ものすごい罪悪感を覚える。
「立ち話も申し訳ないので、ひとまず上がってください。」
「あ、いや、はい…。」
「わーい!ししょーこっちこっち!」
「アンタはこっち!泥だらけなんだから先にお風呂!」
そう言いながらリビングに駆け出そうとするハル君をひっ捕まえて風呂場に連れて行く彼女。
申し訳ないのでその場で帰らせいただくべきなのだろうが、もしかしたら、もしかしたら何かのフラグになるかもしれないと言う邪な気持ちが、僕をここにとどまらせた。
「弟がご迷惑おかけしたみたいで、ほんとすみませんでした…。」
「いえ、全然…。」
「ところで、あの。その制服、もしかして香具山高校、ですか?」
「あ、はい。」
やはり、完全に初対面の反応をしてくる。一応去年は同じクラスだったんだけどな。
「何年生、ですか?」
「2年です。」
「え、同じ…。あっ!竹崎く、はっ!ご、ご、ごめんなさい!」
ようやく思い出したようだ。覚えてなかったことを謝ってくれてはいるものの、記憶の片隅にでも存在させてもらっていた分、僕の方こそ感謝するべきなのかもしれない。
「あ、はい。竹崎です。」
「そうだよね、去年同じクラスだったよね!ごめんなさい私ほんと!あーもう!」
ものすごく狼狽している。ほとんど口も聞いたことない僕が言うのもなんだが、彼女のこんな姿は初めて見た。とてつもなく可愛い。
「ハルの恩人なのに、失礼なことしちゃってほんとごめんなさい。」
「いや、気にしないでください!恩人なんてもんじゃないですし、それにほとんど話したこともなかったですから…。」
「あたしってほんと…。」
正直、彼女のこんな姿を見られただけでこちらとしては圧倒的にプラス。ハルくん、僕をここまで導いてくれてありがとう。ホビーアニメの主人公も捨てたものじゃないな。
「ししょー!」
恥ずかしがる霧島さんの姿に見惚れていると、突然風呂上がりのハルくんがすごい勢いでやってきた。
「あ、ハルくん。」
「あれ、どうしたの?おねーちゃん顔真っ赤だよ〜?」
「うるさい!パンツくらい履きなさい!」
「やーい照れてる照れてる!」
「照れてない!」
「なんか、あの兄ちゃんといる時みたいだね!」
「っ!コラ!!」
ハルくんの言葉で更に顔を赤くする彼女。
あの兄ちゃん?待て、それって影親くんのことじゃないのか?
そうだ、彼女のこう言う一面も、彼にとっては日常茶飯事なんだろう。幸せな一幕、突然脳内に殴りかかってきたラブコメ主人公に、とてつもない無力感を植え付けられてしまう。
呆然としていると、着替えを済ませたハルくんがこちらに駆け寄ってきた。
「ししょー!さっきの技、どうやってやったの!?」
「え?」
「あんなグワーン!って曲がってドガーン!って飛ぶフライヤー見たことないもん!」
「いや、よく分からないんだよね…。僕も始めたばっかだから」
確かに、改めてこのドラゴンフライヤーを見て見ると不思議に思う。こんなおもちゃがさっきはとんでもない挙動でドカドカやってたと思うとやはり信じられない。あれこそが主人公のなせる技、と言うわけだな。
「そうなの!?スッゲー!」
「だから師匠なんて呼ばれるほどじゃ…」
「おねーちゃんおねーちゃん!」
「もーなによ。」
「ししょーね、すっごいんだよ!これがね、こんなふうにバーンってなって!不良のも一発でやっつけちゃったんだから!」
ドラゴンフライヤーを振り回しながら、無邪気に姉にそう話すハルくん。何ともまあかわいらしい。
ん?待て。これじゃ、僕がヤンキーとおもちゃで遊んでただけだと思われるんじゃないか?
「え、これで?不良と?」
やっぱりだ。明らかに不思議そうな顔をしている。とはいえ、例の老人のように、このドラゴンフライヤーにはおもちゃ以上の力が秘められている!とか言い出したらドン引きされるに違いない。
「そ、そーなんだ!すごいね!」
「そう!ししょーは本当にすごいんだから!ね!」
「ハ、ハハ…。」
何かを察した様子の彼女。無邪気に僕に振ってくるハルくんの笑顔が辛い。完全におもちゃオタクのきめえ奴認定されてしまったに違いない。
その後、しばらくの間ハルくんとドラゴンフライヤーで遊んだ。僕はさっき初めてやったばかりなので、このおもちゃに関して教わることばかりだった。僕にとっては彼の方がよっぽど師匠のようだ。
「え!ししょーブレス持ってないの!?」
「うん。ブレスって何?」
「ドラゴンフライヤーはブレスにつければもっと上手く飛ばせるんだよー!」
「はえーそうなんだ。」
「じゃあこれ、あげる!」
「え、いいの?大事なものなんじゃ」
「僕のシーザーを助けてくれたお礼!」
「あ、ありがとう。」
家族以外の人間から何かをもらったのは初めてかもしれない。底抜けに優しい彼を見ていると、本当にこのポジションは自分でいいのだろうかとも思ってしまう。
「お邪魔しました…。」
「ししょーまた絶対来てね!」
「うん、また遊ぼう。」
「わーい!」
「ほら、じゃあハルは部屋片付けてきなさい。」
「はーい。」
「…あの、今日はお邪魔してしまってすみませんでした。」
「そんなことないよ!ハルのこと、本当にありがとう。」
「いえ、僕は本当に何もしてないですから。」
「ハルがあんなにはしゃいでるの、久々に見たかも。」
「…そうなんですか。」
「多分、竹崎くんと好きなおもちゃで一緒に遊べたのが本当に嬉しかったんだと思う。」
「僕もすごい楽しかったです。」
「だからまた、ハルと遊んでくれると嬉しいな。」
「もちろんです。それじゃあ、お邪魔しました。」
完全におもちゃオタクの人だと思われたことはさておき、まさかこんな形で霧島さんと接触することになるとは思わなかった。なんと言う役得なのだろう。
翌日。
一応覚悟を決めたとは言え、ただのおもちゃにあんな力がある事を信じきれないのも事実だった。やはり昨日の出来事も、自分がホビーアニメの主人公属性を手に入れたことも、全部夢だったんじゃないか。
そんな事を思いながら一人廊下を歩いていると、後ろから僕を呼ぶ声がした。学校で誰かが僕を呼ぶなんて、これまでならあり得なかった。
「竹崎くん、おはよう。」
声の主は、霧島うららさんだった。
どうやら昨日の出来事は夢じゃなかったらしい。ホビーアニメの主人公属性でも、学園ラブコメに殴り込めるかもしれないと言う一抹の希望が見えた気がした。
「っぁ、おはよう…。」
挨拶失敗。
続く。