まもれないやくそく
→part1:key word
『夜の森で』
『後ろから抱きしめる』
『離さないように手を繋ぐ』
『革命』『星座』『樹木』
[Nさん作]
『やくそくだよ!』
子供の頃、よく言っていた言葉だった。約束を共有できる嬉しさ。ちょっとだけ芽生える優越感。守ることが出来た時の達成感。それでも少しだけ誰かに言いたくなってしまうドキドキ感。今ではあまり味わう事の無いスリルを、小さいころはしょっちゅう体験していた。
人気のない森の中を一人で歩くのがいつしか日課になっていた。いつからだったかは明確に覚えていないが、少なくともこの町に引っ越してきてからなのは確かで。こんな気味の悪い森、都会にはないから。初めはなんだか冒険気分で先へ先へと進んだっけ。小さな森は慣れてしまえば迷うことも無く、同じ木ばっかり並んでいるのに自分がどこにいるのか分かるぐらいには通い続けている。
「ねぇ」
思いのほか、大きい声が出た。
夜の静けさが助長しているのか、はたまた背の高い木々に反響したのか。
「昔もさぁ、こんな感じの森でよくかくれんぼしたよね~。
でも今思えば、あそこってここより狭かったかも」
子供の世界は広い。大人になってみると小さな公園も、子供の頃には永遠と続くように感じられて。だから、十数年前に走り回ったあの森も、森だと思っていただけで実際はそんなに広くなかったのかもしれない。
「覚えてる?私が帰りたくないって駄々こねたからずっと一緒に遊んでくれてさ。
結局暗くなっちゃって二人して迷子になっちゃったの」
大泣きしていたら、『こうすれば怖くないよ』と手をギュッと握られた。温かくて、同い年なのに何倍も大きく感じられた掌に酷く安心したあの時の気持ちは今でも鮮明に思い出せる。
「嬉しかったよ~、あの時。もしかしたら、あの日がきっかけだったかも。
あ、でも!転んでひざ擦りむいたときにおんぶしてくれたのも嬉しかったな~」
恥ずかしかったけど。
その時は迷子になった時よりもう少し大人になっていたと思う。でも、子供はいつまで経っても子供だね。だって、今思うと大した怪我でも無かったのにひんひん泣いてさ。おんぶしてあげる!としゃがみ込んでくれて、身体を預けた背中は、なぜか少し遠かった。物理的にはくっついていたのにね。
「私さ、約束守ってるよ」
『次会う時はお互い元気で!笑顔を忘れずに!』
シンプルな約束を交わして、私は四年前に上京した。
憧れだったキャビンアテンダントになり、世界中を行き来している。時には休みを取って常夏を謳歌したり、この仕事に就いていなければ絶対に行かないような国に、言語すらままならないまま一人で降り立ってみたり。
「写真、好きだったでしょ?」
写真をたくさん撮って見せびらかそうとミラーレスカメラまで買って、目の前に広がる光景を小さな箱に詰め込んだ。会ったら絶対自慢してやろうと思っていたのに。
「元気で会おうって、約束したじゃん」
その知らせは、突然舞い込んだ。日差しが和らいできた夏の日に。
──公園から駆けだした子供を助けようとして。
その後に続いた言葉は覚えていない。頭が真っ白になって、咄嗟に出てきた言葉は『今から行きます』だったと思う。送られてきた住所は、総合病院だった。
別れの挨拶を、と言われた時に涙腺が決壊した。別れってなに。まだ約束も果たしてないし、お互い頑張ろうって、頑張っている最中だったのに。写真も自慢していない。一年の間にあった話も聞いていない。ハワイで買った変な人形のお土産も渡していないよ。なのに、別れって。
「意味わかんないよね!」
三年経った今でも、どう消化していいかなんて分からない。誰も教えてくれないし、仕事みたいにマニュアルも無いし。なんなら、消化不良で薬を出してほしいぐらい。
「まあ、分かるようになるまで約束は守るからさ!」
今日だけは、許してほしい。
『まもれないやくそく』