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【閑話】金剛貨三十枚分の姫君

 冒険者ギルドが行っている業務には次のようなものがある。

 仕事の斡旋。雇用の仲介。素材や物品の売買。解体業務。物品の鑑定。冒険者の適性検査及び等級検定試験。の六つである。

 冒険者ギルド、という名から冒険者ではない者にとっては無用の施設であるというイメージがあるが、それは誤った認識である。ギルドから斡旋される仕事の中には、清掃作業や宅配業務など、相応の知識さえあれば一般人でも十分に請け負うことができる内容の仕事もそれなりにあるのだ。


「はぁ……ろくなのがないわね」


 とはいえ、報酬が高い仕事はやはり荒事に慣れた冒険者専門の依頼であることが殆どで。

 危険度が高ければ高いほど支払われる報酬も増えていくのだが、一度でぽんと大金が得られる仕事など、そうそう見つかるようなものではないのである。


「こっちはさっさと今朝の出費分の元を取って王都に行きたいのよ。何なのよ、水路掃除に荷物運びに……討伐関係の仕事が全然ないじゃない。しみったれてるわね」

「まあまあ、それだけこの辺は平和ってことなんだろ。此処らにゃ遺跡や洞窟の類はないし、ダンジョンが新しくできたって話も聞いてねえ。平和で結構じゃないか」

「あんたね……あたしたちの本業分かっててそれ言ってる? 冒険者はね、平和だと仕事にありつけないのよ!」


 隣で掲示板に張り出された仕事の受注書を眺めながら暢気に笑うハロルドを、ジュリアは八重歯を剥き出しにして一喝した。

 ……彼女はこう主張しているが、実際はそんなことはない。一般人でも達成できる依頼を地道にこなして数を積み重ねれば、今日明日分の食費くらいは十分に稼ぐことができるだろう。

 普段から巨額の報酬を得られる依頼ばかり受注してそれに慣れてしまうと、お使い程度の雑用はやるだけ無駄だと見向きもしなくなってしまう……冒険者の悪い癖である。


「それにしてもだ……ジュリア、お前、何でテレポートができなくなったんだ? 確か昨日の昼間は普通に使ってたはずだよな?」


 先日の昼間は、冒険者ギルドから直接指名を受けて引き受けた依頼をこなしに遠方の都市まで赴いた。

 内容は、調査途中の遺跡に巣食っていた金剛竜の群れを討滅すること。報酬は金貨五百枚……霊銀貨換算で五枚分。

 普通であれば現場へと移動するだけで片道一週間は要する場所を、彼女たちにはテレポートの魔法があったため受注から任務達成まで一日でこなすことができた。

 彼女たちにとって見慣れた額となった大金を金剛竜討伐に貢献した五人で分配し、ただ一人皆の荷物の管理と運搬しかしていなかった雑用係をパーティの生活費削減のために幾許かのはした金を持たせて追い出した。

 それが、先日にあった出来事の全てである。

 特にこれといって体に不調をきたすようなことは、なかった。

 なかった……はずだ。


「分からないわよ……こっちが訊きたいわよ」

「昨日討伐した金剛竜は、鱗がクソ硬いってだけで毒持ちじゃねえし魔法の類も使わない種類だからなぁ。あれが原因、ってのは考えづらいんだよな」

「だから分からないって言ってるでしょ! あたしに訊かないで!」

「何だよ、そうカリカリすんなって」


 つい声を荒げてしまうジュリアに、ハロルドはおお怖いとおどけるように呟いて肩を竦めた。


「ま、原因が分かりゃ解決方法も分かるだろ。王都までちょっとした遠足だとでも思って気楽にいこうぜ」

「……あんたってほんと楽天的よね……」


 疲れた様子で溜め息をつくジュリア。

 テレポートが使えなくなった、ということは、移動を全て自らの足で行わなければならなくなったということに他ならない。時には乗合馬車を利用したり船に乗ったりすることもあるだろう。

 一日で目的地に着かなければ道中立ち寄った町や村で宿を借りたり、集落自体が発見できなければ野宿となる。その際には言わずもがな宿泊費用や食費等の出費も発生する。

 テレポートが彼女たちに齎していた益は、時間だけではなかったのだ。


「幾ら反王討伐の報奨金があるっていっても限りがあるのよ。生活費が倍以上に増えるだなんてあたしは御免だわ。実入りがいい仕事(クエスト)をどんどんこなして資産を増やしていかないと……!」


 目を皿のようにして目の前に張り出された受注書の山を物色するジュリアの服の裾を、くいくいっと小さく引っ張る小さな手。


「?……何よ、ムム」

「…………」


 手の主(ムム)は、彼の目線の少し上にある一枚の受注書を無言で指差した。

 その受注書は割と最近貼り出されたものらしく、他の受注書と比較するとインクの色が濃かった。


「……えっと……人探し?」


 それは、ある人物を探してほしいという内容の依頼であった。

 ジュリアは紙面の内容をざっと目で追って、驚愕した。


「……ちょ……な、何でたかが人探し程度の依頼でこの報酬なのよ。ゼロの数間違ってるんじゃないの……?」



『以下の人物を探している。発見し連れて来てくれた者には記載されている通りの謝礼金を支払う。

 なお、探し人の生死は不問とする。


 本件の受注条件 依頼人及び探し人に関する情報を他言無用とし、これを厳守できる者


 名前 リ・ルナリア・オークスウェル・アルヴェリア

 性別 女

 特徴 髪色は赤茶、身の丈は百八十キリ前後、盲目


 報酬 金剛貨三十枚』



「ほぇー、金剛貨三十枚って太っ腹っスねぇ」


 いつの間にか横に立っていたアジュリーが、顎を撫でながら感心の声を漏らしている。


「ひょっとして、何処かの御令嬢とかお姫様とか、そんな身分の子なんスかね? ほら、お城の中で大事に大事に育ててきた箱入りの一人娘がこっそりお城を抜け出してそのまま行方不明になっちゃった、ってやつ」

「あー、そりゃありえるかもなぁ。こんな金額をぽんと出せる奴なんてそれこそ王家くらいのもんだと思うぜ、オレは」


 金剛貨三十枚ということは、すなわち金貨に換算して三万枚ということだ。


「……でも、生死を問わない、って書いてある……大切な人を探すためにこれだけの報奨金を出すことは不思議じゃない、けれど……それなら『死んでてもいい』とは書かないと思う……」


 全員が報酬額に釘付けになっている中、一人アストリッドだけが神妙な面持ちで受注書の内容を何度も読み返している。


「……この依頼、何か、裏があるんじゃ……」

「考えすぎよ、アストリッド。大方、できれば無事でいてほしいけど万が一のこともありうるからこういう書き方をしたってとこなんじゃないの? 最悪死体で見つかったとしても、探し出してくれたことに変わりはないんだから謝礼はきちんと支払います、って感じで」

「……そう、なのかな……?」

「だから考えすぎなのよ、あんたは」


 諭されても若干納得いっていない様子で沈黙するアストリッドに、ジュリアは肩を竦めた。


「……ま、見つけた先で魔物に襲われてても、顔の部分だけあれば探してた本人かどうかは確認できるんだからそれでいいじゃない」


 むしろその方が軽い分持ち運びが楽かも、などと呟いて、彼女は受注書を掲示板(ボード)から剥がし取った。


「ちょっと人探しをしただけで金剛貨三十枚とか、こんな美味しい依頼は一生に一度あるかどうかよ。これを見逃すとか馬鹿のやることだわ。……この依頼、引き受けるわよ。異論はないわね?」


 自分以外の者が諸手を挙げて賛成を唱えるため、アストリッドは渋々ながらもジュリアの主張を承諾することしかできなかった。

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