再起
『スターダスト・オンライン』は同時プレイ人口が常に1000万人を超える超人気VRMMORPGだ。
今月でサービスが開始されてから1周年を迎えるこのゲームのバーチャルリアリティーは、2031年になっても最先端技術として名前が挙がる。
プレイヤーは『Branch』と呼ばれるヘッドマウント型の端末によって脳波や神経系等の個人情報を読み取られ、クラウドを介してBranchの販売会社にて管理されているM.N.C.――Mass Nurve Converter.――と呼ばれる装置によってVR空間へと転送される。
要はM.N.C.がVRゲーム用に小難しい情報を変換してくれているのだ。
すると、プレイヤーは仮想現実でも本物と遜色ない(またたはそれ以上の)体験ができる。
『――昨夜、●●市内にて小学生女児がマンションのベランダから転落するという事故がありました。 現場につながっております』
夏季休暇が終わり、今日から大学の後期授業が始まる。
といっても文系の私立大学に通う身分には4,5時間の講義が増えるだけで、そこまで苦というわけでもない。
再びライブストリーミングされているニュースに視線を落とす。
そういえば、小学校は半月も前に新学期がスタートしたはずなのに、この子は今更登校するのが億劫になったのだろうか?
疑問にはすぐに答えが出た。
『女児の部屋にはVRゲームに使用されるウェアラブル端末”Branch”が残されており、女児の母親の話では「空が飛べると何度かこちらに言ってきたことがあった」とゲームによる影響を受けていると思われる趣旨の――……』
禁止する法律はないが『スターダスト・オンライン』の対象年齢は16歳以上で、プレイ前にもしつこいほどにプレイヤーは利用規則を読まされる。
こう報道されるのはゲーム側も遺憾といえるんじゃないだろうか。
…………というより、”空を飛べる感覚”というのは少し興味深くもある。
基本的にゲーム内で使える推進装置は跳躍や加速に特化したものばかりで、飛行を目的としたRESULTER(高機動アーマードスーツ)は限られている。
ひょっとしたらあの女児は相当なヘビーゲーマーなのかもしれない。
植木に落下したことで女児の命に別状はないという報せを聞いたあと、ニュースを閉じる。
代わりにメニュー画面が出現されたタブレットを指で滑らすと、右上に”9999”という数字を飾り付けたメールアイコンが目に入った。
アイコンが震える。どうやらまた一通、”攻略クラン”の調達係に依頼を申し込む主旨のメッセージが届いたらしい。
クエスト攻略のついでに採集アイテムや攻略情報を欲しがる別クランのプレイヤーはわりとたくさんいる。
もちろん見返りとしてこちらも有用な弾薬や回復アイテム等の消耗品を頂戴する。
こうすることで僕は〈ベルチカ〉や〈とまと姉さん〉のような”実働隊”にお願いするだけで、消耗品の調達時間を別の兵装やアーマーの調達や検証に費やすことができた。
その取引先には常連さんともいえるプレイヤーもいるわけで……その数はざっと思い出しても100人は超える。
彼らには別途、フリーメールのアドレスを教えてあったのでキャラロストしても繋がりは完全に絶たれてはいない。
一方で、〈ベルチカ・フレシェット〉をはじめとする攻略クランとの関係は、〈パースバイフェ〉がキャラロストしたことで全て絶たれている。
いや、寂しいというよりも助かったという念のほうが強いのだが……それでも、こうやって”彼らじゃない”プレイヤーに繋がりが残っているのは不思議な気分だった。
キャラロストしてから一か月の月日が経っていた。
皆は、夏季休暇を利用して《ダークサイド》の攻略を果たしたのだろうか。
そうだと良い。
「どうか早く僕のことを忘れてくれますよーに……っと」
そんな無責任な言葉を吐いたついでに、フリーメールの中身も全て消してやろうとアプリを立ち上げた。
案の定、依頼の催促に関するメールばかりだった。
フレンド登録してある連中にはリストから僕が消えたことでキャラロストしたのは分かるだろうに、そいつからも普通にメールが届いていたりする。
真っ当なフレンドがいない気がして結構切なくなってくる……が、一つだけ気になる差出人の名があった。
〈ごすけmk5〉だった。
メールを開くとそこには一言だけ……。
――『ロストした奴はアバター化決定!!』
と書かれてあった。
……まったく、いいフレンドを持ったよ。