墓穴
気づいたころには僕の足は駆け出していた。
逃走不可能なボスクリーチャー戦の意味をもっと考えれば〈カタリスト〉が確実に彼女を仕留められるチャンスはRESULTERの緊急脱出機能が使えないこの戦闘以外に有り得ない……!!
――『バイフェは面白い戦い方をするね、見ていて楽しいよ』
彼女の言葉が脳裏をよぎる。
この攻略クランに入る前にも僕は彼女に同じ言葉をかけられたことがあった。
半年前、〈パースバイフェ〉というプレイヤーは人よりも兵装の扱いに長けていた時期があった。
リアルスキル――だなんていえば本物の銃火器を扱う人たちに失礼極まりないが、少なくとも、人並み以上には武装を使いこなすことができていた。
VRMMOのサービス開始当初はステータス差すらも凌駕できるほどにPVPでは連勝を重ねた。
真っ当なビルドを軽んじ、武装を使うための必要ステータスに育成ポイントを割り振り、殆どの銃火器及び近接武器を使用できるようにした。
”それだけで十分他のプレイヤーと渡り合っていける、それどころかプレイヤースキルのある自分は一目置かれる存在になれる”と浅薄な自信だけを根拠に総プレイ時間は500時間に達した。
僕は、サービス開始から一度も死なずに――キャラロストせずにこの〈パースバイフェ〉というPCを使い続けた。
気づくと、いつしか足跡は深く沈むようになっていた。
単純な話だ。
サービス開始からプレイヤーのゲーム内知識は熟達し、命中率はRESULTERの機動性能をあげることである程度補うことが可能になることが認知されるようになった。
つまり、プレイヤーたちの考えがDPS(Damage Per Second)を重視したものに切り替わった。
ダメージを上昇させるパッシブスキルの取得はもちろん、コンバットアルゴリズムと呼ばれる戦闘中で使う技の最大ダメージ量なども検証が進み、プレイヤーたちはより効率的に戦闘を終わらせることにこだわった。
一方で僕はといえば、一つの武装を極めることもせず、かといって役割に応じたステータス振りもしていない。故に他よりも敵へ与えるダメージは低く、”シュナイダー”のような盾役を務めるほど頑丈でもなく、”ドルイド”のように味方をサポートするクラッキングスキルも持っていない。
全武装が装備できるだけの無能は、あっと言う間に最前線からお払い箱と成り下がった。
パーティを率いるくらいには得意がっていたかつての自分は鳴りを潜め、フレンドにお情けでクエストに連れて行ってもらう日々が続いた。
溜まった鬱憤を晴らすためにPVP用の施設である《フェイタル・デュエルアリーナ》へ潜り込んでは、武装変更の不意打ちで他プレイヤーを負かす。そして次の試合で対策を練られて惨敗する、を繰り返した。
〈ベルチカ・フレシェット〉と出会ったのはそんな時だった。
彼女はPVPで僕を文字通り秒殺すると、嫌味にしか聞こえないあの言葉を僕に告げてきた。
そんな彼女の紹介で僕は今の攻略クランで調達係として誇らしいような情けないような日々を送るに至る。
……でも以前よりはずっとマシだった。少なくとも、ベルチカ・フレシェットが僕を見ていてくれたから、このPCを嫌いにならずに済んだ。
だから――。
「っやめろぉぉおおぉおおぉ!!!!」
調達係になってから僕のRESULTER【バニラフレーム:β】は積載量を高めるカスタムパーツがこれでもかというほどに積まれている。
その恩恵に与り、僕は右腕にライトマシンガン兵装【第三試験用12mm機関銃】、左腕にはサブマシンガン兵装【LEPX—23】を撃ちまくる。
スラスターによって全速前進する推進力および、片腕ずつ不規則にかかる銃撃のリコイルに全身が攪拌されるような錯覚を受ける。
小口径大口径入り混じる弾丸の壁がわき目もふらずに【リベンジャー】を構える〈カタリスト〉へとぶち当たる。
けれど彼は小首を少しこちらに向けただけだった。
それどころか、ついに黒光りする無骨で巨大な銃口から無慈悲にも弾丸が射出された。
マズルフラッシュで視界がくらむ。
「……っ!!」
スラスターがオーバーヒートする手前だという警告音がヘッドアーマー内を駆け巡る。
遠のきそうな意識を紡いで、地面に突き刺さっていた”ソレ”を手に取り、起動する。
――モルドレッドに突き飛ばされた際にカタリストは【炎熱刀マグナ】を手放していた。
煌々と燃え盛る刀身を〈カタリスト〉目掛けて投げつけた。
「―――――――――――――っぁ」
悲鳴は上がらない。
ただ銃声とフラッシュが周囲に満ちていた。
推進剤を吹かせすぎたスラスターが急激にダウンし、前のめりの姿勢だった僕はその場に倒れ込んだ。
「――レイくん!!」
銃声が鳴りやんだ直後、真っ先に聞こえてきたのは〈ベルチカ〉のものだった。
安堵の気持ちが嗚咽となって出てきそうになった。
「駄目!! 死なないで! レイくん!」
けれど彼女の叫びは悲痛に満ちている。
今際の危機に瀕した恋人に投げかけるような、映画の終盤じみた声音に思えた。
「――バイフェ……どうして?」
視界が晴れる。
そこには左足から左腹部にかけて【炎熱刀マグナ】によって熔解した〈カタリスト〉の姿があった。そして彼が倒れこんだ身体の下に重なるようにして、クリムゾンレッド色のRESULTERアーマーを装着した”見ず知らずのプレイヤー”がキャラロストしている最中だった。
「プレイヤー……キラー……」
〈カタリスト〉の手に握られた【超振動メイルブレイカー】はプレイヤーキラーらしき人物の損壊した装甲にねじ込まれて致命の一撃になっていた。
「レイくんは、私を守ろうとしてくれたの……に」
ベルチカはその場にへたり込んで無残な姿となったクランのリーダー役の姿を眺めていた。