表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

的中


 戦闘は続く。

 傲慢で完璧主義な〈カタリスト〉のイメージとは打って変わって彼の出す指示は目的――”培養データ”の回収に絞られており、いくつか枝分かれした通路には目もくれず、目的地の疑いのある通路や個室に限定して調査を進めていく。

 好奇心が入り込む余地を持たずにただ粛々と一室一通路に出現する逃走不可能なクリーチャー戦に挑んでいく。


 しかしながらペースが尋常ではないほど早い。

 持前の集中力の差か、あるいは僕の知らないそういった継戦力に関わる能力値があるのか、次から次へと出現するクリーチャーとの連戦に疲弊していく一方だった。


 一息ついた僕の頬に何か冷たい感触が触れる。

 ウォッカ瓶の容器が目の前で揺れた。


「お疲れ様。 やっぱり〈バイフェ〉って面白い戦い方するよね。

 さっきのクリーチャーからターゲット時に使ったアイテム――えっと……」


 〈ベルチカ〉からそれを受け取り、封を開けて一気に呷る。

 ウォッカ瓶に詰まった液体の味はスポーツドリンクだ。

 まだこのゲームでは試験運用されているだけで種類はそこまでないが、VR内で楽しめる嗜好品の一つだった。

 


「【設置型即席バリケード】。

 さっき襲ってきたクリーチャー――【ピースエル・エイリアン】の攻撃なら五撃まで耐えられる性能があったから、代わりに盾役になってみたんだ。」


「回復系以外の使い捨てアイテムを本気の戦闘で使ってる人、初めて見たよ」


「NPC運営の店買いだと結構な値段するしね。勿体ないって思ってそのまま使わない人のほうが多いよ。

 でも、ドロップアイテムや追加報酬でクランのストレージには結構溜まってたから。」


 〈ベルチカ〉が隣に腰を下ろす。

 自身の手にもペットボトルサイズの飲料が握られている。

 どうやら他の皆にも配り終えたあとだったらしい。


「調達係の本領発揮ってやつだね。

 ――実を言うとさ、私、〈バイフェ〉が他のフレンドとデュエルしてるとこ、結構見てるんだよね。 昨日もそう。気づいてた?」


「…………〈ごすけ〉には負けっぱなしだから、あんまり見られたくないんだけど。

 というか昨日はレベリングに狩場行ってたんじゃ?」


「うん、速攻で終わらせたの。

 いつもよりも〈カタリスト〉にキツイ内容押し付けられてたでしょ?

 だから手伝おうかなーって、でももう全部終わってたみたいでさ。 話しかけられなかった。」


「は、話しかけてくれて構わないのに。

 というか、終わったあとのほうが全然話しかけてほしかったというか……」


「え――」


 面を喰らったような表情を浮かべた〈ベルチカ〉に、こちらもしどろもどろに言葉を続ける。


「【フィールディング・アクティエーター】の使い心地が知りたかった。

 やっぱ、狙撃メインでも接敵されたときは自衛のために動き回らないと。」


 一瞬だけベルチカがバツが悪そうに視線を俯かせたのがわかった。


「あ……【フィールディング・アクティエーター】ね。

 ――ごめんなさい。 アレ、もう私じゃなくて〈カタリスト〉が持っているの」


「〈カタリスト〉が……!?」


「彼、シュナイダーだから反応速度が上がればパーティのためにもなるし、私が装備しててもあまり効果がないかもしれないと思って」


「カタリストに渡せって言われたのか!?」


 思わず語気が強くなった。

 彼女に詰め寄る。 

 控え目に彼女は頷いた。


 先んじて〈ベルチカ〉の自衛力を奪ってことか――。

 一瞬で血の気が引いて装甲の内部よりももっと内側で寒気が走った。


「せっかくバイフェが渡してくれたのに、ごめ――」


「ベルチカ、信じてくれるか分からないけど、もし僕を信用してくれるならこれからする話をしっかり聞いて欲しい……!

 〈カタリスト〉は……――ッ」




                   ☆



 二時間にわたるロケーション攻略はついに最終局面を迎えていた。

 研究棟の地下4階、溶液に満たされたケースには獣毛一つない肉塊に筋繊維を張り巡らせたグロテスクな二足歩行のバケモノ【モールドレッド=エルヴィス素体】が待ち構えていた。

 僕らを発見すると、タール状の黒々とした液体がその身を包み、硬質な装甲を形成し始めた。

 血走った金色の虹彩がぐるりと一回転してこちらを眺めてくる。


 システム側が真っ赤なフォントで≪Limited battle≫の文字が表示され、10カウントが開始された。


「どいつも、ここからは緊急脱出機能が働かなくなる!

 ――調達係! キャラロストしても何の責任も負わねえからな」


「……言われなくてもっ」


 僕だけがこのシステムメッセージに驚いてしまったらしい。


 ボスクリーチャー戦はアーマーに内臓された”緊急脱出”系統の機能の使用が禁止になる。

 つまり、勝って生きるか敗けて死ぬかのどちらかだ。

 攻略専門クランが一躍有名になる理由は、初見でボスに挑んでキャラロストせずに勝利を勝ち取ることに由来する。


 この緊張感を僕は久方ぶりに感じていた。


「〈ベルチカ〉!!

 さっきから狙いがブレている。 お前のところには絶対敵を近づけさせない。

 落ち着いて撃て――わかったか!?」


「う、うん。」


「…………っ調達係!! 

 いいか、お前はビビってる暇なんてねえんだよ。 今までの戦い見てわかったが、お前は盾役をやりてえんだってわかった! ベルチカを守れ!」


「――言われなくてもやるさ!!」


 苛立たし気にこちらも返事をかえす。

 僕は焦っていた。

 〈ベルチカ〉に告げた憶測が単なる杞憂に終わることを、恐れている……。

 僕は〈カタリスト〉という仲間を疑ってしまった。疑うだけならそりゃ人の自由だ。

 でも僕は彼女に仲間を疑わせる言葉を植え付けてしまった。


 彼女はカタリストが自身の命を狙っていることを否定した。むしろ彼を疑った僕に対して何かしらの不安を抱いたらしく慮った言葉をかけてくれた。

 でも、彼女は目を見張るように調子を崩してしまった。


 ダメージ効率はここにくるまで三割近く落ち込んでいる。


「自分の言葉が嘘なら、それでいいじゃないか……カタリストがPKであってほしいなんて、願うなんて僕はバカだっ……」


 カウントがゼロになる手前、僕はベルチカに叫んでいた。


「ベルチカ!!

 全部間違いだった!! 忘れてくれ、僕は勘違いしていた!!」


「――。」


 真っ赤なフォントがゼロになって消え去る。

 その瞬間、僕の後方から風が吹き抜けた。

 巨大な情報端末の隙間を縫うように銃弾が【モードレッド:エルヴィス素体】のヘッドらしき突起目掛けて着弾する。


 2mほどの肉塊が吹っ飛んで電子機器へと叩きつけられ、付近に火花が散った。


 続けざまに〈とまと姉さん〉や仲間のダメージディーラーが銃撃による追い打ちをかける。

 クリーチャーのライフゲージが大きく削られていく。


 〈カタリスト〉はヘッドアーマーを装着し、その三つのカメラレンズによって白煙を透過したサーモグラフィーで敵のダメージを詳しく見ているようだった。

 味方の銃撃が終わるまでの間に敵に生まれた弱点を理解し、前衛職としてのヘイト管理を効率的に行うためだ。

 ……彼を怪しんで観察するうちに、僕は〈カタリスト〉という人物が如何に用心深く戦闘を行っているか理解してしまった。

 こんなので疑う気持ちなんて抱けるもんか……クソクソ、クソ!


 やがて反撃に出た【モールドレッド】がハイパーアーマー状態(※攻撃の状態に仰け反らなくなる)となって白煙の中から突撃してくる。

 素早く反応したのは〈カタリスト〉だった。

 大きく損壊している部位へと彼は【炎熱刀マグナ】の斬撃を放った。

 灼熱を纏った刀身が【モールドレッド】のタール状の装甲を一気に熔解させた。


 ダメージディーラーへ向かおうとする巨躯がとどまり、ターゲットが〈カタリスト〉に切り替わった。

 正念場はここからだった。

 盾役にはいくつか種類がある。〈カタリスト〉は主にヘイトを溜め、最大限にまで高めた機動性能と爆発的な推進力で敵の攻撃を避け続ける。

 ここで重要になるのは敵の攻撃精度だった。

 もし敵クリーチャーがより俊敏な攻撃を繰り出してきた場合、彼は退かざるを得なくなる。

 〈カタリスト〉に気を取られて背を向けた【モールドレッド】に〈とまと姉さん〉や〈ベルチカ〉による銃撃が加えられる。

 僕とて一番火力の高い軽機関銃ので応戦する。 ――やはり熟練度が低いため使用はできても弾丸の威力は他より少ない。 表示されるダメージ数値が僕のは特に低い。


 【モールドレッド】のヘイトはカタリストに向けられたままだった。

 何度か屈強な腕部による攻撃を避け続けたカタリストだったが、避けきれず、ついに【炎熱刀】で受けざるを得なくなった。

 受け止めても敵のずば抜けた腕力で押しつぶされそうになる。


 僕は素早く【即席防護バリケード】を三つ同時に展開する。

 

『……一瞬だけ交代だ!!』


 ボイスチャット伝いで〈カタリスト〉から合図を受け取る。

 瞬間、得物で攻撃を受け流したはずの彼が【モールドレッド】の強引な体当たりで僕の脇へ突き飛ばされた。


 否応なく僕は〈カタリスト〉が態勢立て直せるよう展開したバリケードを残して敵へ突撃する。

 シュナイダー用兵装の【圧縮鋼製ライオットシールド】を片手に装備し、直撃後即起爆する【防衛用手榴弾】を敵目掛けて投げつける。

 

 頭部へ直撃したと同時に起爆した榴弾片が【モールドレッド】の弾痕付近へ突き刺さった。

 〈カタリスト〉を追おうとしていた敵のヘイトが僕へと移る。


「はは、調達係なめるな……」


 【モールドレッド】が突進してくる。 トラックに迫られるほどの迫力に身体が縮こまりそうになるが、無理やりアイテムストレージから今度は焼夷剤入りの手榴弾【インフェルノVA】をその場に転がして盾を構える。

 ライオットシールドごと身体が弾け飛び、今度は僕がバリケードに叩きつけられた。

 しかし、”置き土産”の手榴弾が爆発し【モールドレッド】の足元が眩い焼夷剤の発光に包まれた。

 へばりつき燃焼する炎を巨躯を振り回すことで剥がそうと試す。

 が【モールドレッド】はすぐに諦めて燃焼したままでバリケードへ体当たりしてくる。

 一方で僕は銃剣付きのライフルをバリケードの隙間から覗かせて、敵の体当たりの威力に負けじとスラスターを噴射させた。

 かろうじて突き立った銃剣が銃身から真っ二つに折れる。

 【モールドレッド】が腹部に突き刺さった銃剣を引き抜いて投げ捨てた。


「〈カタリスト〉!! 交代だ! ――カタリスト?」


 同じくバリケードで態勢を立て直していたであろう〈カタリスト〉へ語りかけた。


 しかし彼はどこにもいなかった。

 嫌な予感がした。

 バリケードを壊す寸前の【モールドレッド】に背を向けて後方を振り向く。


 そこには【リベンジャー】の銃口を〈ベルチカ〉に向けた〈カタリスト〉の姿があった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ