疑惑
☆
「今回のクエスト攻略、僕も同行していいかな」
〈ごすけmk5〉が最後に話したことは、僕の背筋を凍らせた。
――『【リベンジャー】みたいな図体のデカい兵装はまだしも、【超振動メイルブレイカー】はプレイヤーキラーが好んで使う近接兵装だ。
さっき〈バイフェ〉はオレに接近して使おうとしていたが、本来こいつは”装甲にできた損傷を更に広げる兵装”だ。
もちろん、普通のPVPに使う連中もいなくはないが、それでも”初手に相手のアーマーに傷をつけることが前提での使用が上策の一つ”。
そうなると【リベンジャー】にも使用用途が生まれる。オレはおまえらみてえな高レベル帯のアーマーがどれほど堅いのか知らねえけど、この大口径マシンガンなら大抵のものが無事じゃすまねえだろ。
傷口がつけば、あとは接近だ。 その際に有効なカスタムパーツは?』
――『……関節部位の機動性を高める【フィールディング・アクティエーター】……。』
――『偶然だったらいいがな。 もし、もしだ。 他に要求された兵装に中近距離を制する兵装――例えばシュナイダー向けのショットガン系兵装を頼まれたら、用心したほうがいいぜ。
十中八九、そいつはPKのセオリーに乗っ取ろうとしてる。』
思いだすだけで動悸が激しくなってくる。
VR空間なのに冷や汗が止め止めなく出ていく感覚があった。
「!!
――〈バイフェ〉がパーティに誘ってくるなんて、今までで初めてだよねっ?」
〈ベルチカ・フレシェット〉が星空をちりばめたみたいな瞳を更に輝かせて満面の笑みを浮かべる。
そこまで珍しいことなのか、彼女は僕の手を取ると踊りだす手前みたいに皆へ集合の合図をかける。
その中には当然、〈カタリスト〉の姿があった。
彼は僕を見るや否や、不機嫌そうに眉根を潜め、露骨な溜息をついた。
「装備の替え、メタ兵装、弾薬に使い捨てのカスタムパーツの用意は?
調達係としてやることはたくさんあるよな?」
「……全部終わってる。
皆が敗走しても元のフル装備で瞬時に出立できるくらいには補給の準備も完了してる。
もちろん、昨日キミが頼んだ検証も調達品も全部終わった。」
いつもなら睨まれた時点でムードが悪くなることを恐れて引き下がるが、今だけは無理だ。
恐れずに〈カタリスト〉を真正面に彼を見据える。
「パーティの最大人数が増えれば増えるほどクリーチャーの強さには補正がかかる。
荷物持ち増やしたところで戦闘に参加しねえなら足手まといだ。」
「戦うさ。 キミは僕の戦いを見たことがないだろ。 戦って使えなかったら僕は捨て置いてくれて構わない。」
「…………」
〈カタリスト〉は特に言い返してこなかった。
そのまま背を向けてクランのペントハウスから出ていく。
「――やったね。
カタリストってああいう性格だけど、〈バイフェ〉のことは認めてるんだ。
だから頼って無茶なこと言っちゃうの。 代わりに本当に無駄なことって彼頼まないから」
ベルチカが微笑みながら小首をかしげる。
彼女の姿は依然と変わらず、ビーム効果を無効化する薄紅色の『RESULTER』スーツが装着されている。
本当なら”対実弾用”に特化したアーマーを用意したかったが、それは間に合わなかった。
「わかってるよ。 ――僕の方こそ、我儘いってごめん。
たまには身体動かしておかないとRESULTERが錆びちゃうからさ。」
「そう? バイフェのアーマーって傷一つないもの、新品同様で錆びなんか一つもないでしょ?」
「そ、そう言われるとちょっと不甲斐なくなるな……」
「え!? ご、ごめんなさい。 そんなつもりはなくて――もしかしたら新品のアーマーを手に入れたから使ってみたかったのかなーって。」
「新品っていっても【バニラフレーム:β】っていう特徴がないことが特徴なアーマーだけどね。
ベルチカの【焔・加具土命】アーマーに比べたら、尖った性能もなくて味気がない。」
「ううん。 私のほうはこの子、持て余しちゃってるから。
でもバイフェのはとっても似合っている気がするよ。 中世の騎士っぽいというか、名前も〈パースバイフェ〉っぽいからかな」
「騎士……でも守られるのは僕かもしれないけどね……」
確かにRESULTERと呼ばれる高機動アーマードスーツは甲冑を意識した作りをしている。
僕の装着している【バニラフレーム:β】は特にその傾向が強く出ており、これが百体ほど並べば、そこはさながら15,6世紀の戦争の一幕に見えるかもしれない。
「バイフェは思った通りにやればいいよ。
戦闘だったら私のほうが先輩だから、後輩が戦いやすいような状況をつくってあげるね」
ベルチカは得意げに自身の対物ライフルを旗に見立てて勇ましくポーズを決めた。
なるほど、聖女様に縋る百年戦争の兵士の気持ちがわかるってものだ。
☆
《月面暗黒地区・オールドフリークフォーム》。
戦前国家が秘密裏に地球外生命体を捕獲し、戦闘用に使える兵器の開発を行っていた施設だ。
この施設を中心に月面露出地区へクリーチャーの生態が広がっていた、という罪深い設定のあるロケーションである。
建物自体は東京ドームのような形をしており、内部は近代チックな吹き抜けのエントランスと様々なセクションへ繋がる通路が連なっている。
まだプレイヤー間でこのロケーションの攻略情報は出回っていない。故にクエストの納品アイテムである”細菌データ”の場所は、風化した案内板やかろうじて生きている情報端末を利用してアタリをつけていく他ない。
「――ああもう、生命体の実験施設ならエネミーには生身のクリーチャー使いなさいよ!」
クランの一員である〈とまと姉さん〉がアサルトライフル系兵装【VK669 サージェント】の引き金を引きっぱなしにしながら遮蔽物から腕を伸ばす。
「――……!! ―――――――!!」
炸裂効果付きの弾丸を受け、車輪走行のセキュリティーロボットが悲鳴っぽい機械音声を再生する。
ロボットもすぐさま応戦して〈とまと姉さん〉の飛び出た腕めがけて高密度レーザーを射出する。
「わぁ! 腕焼けたぁ!! 補修補修~!!」
「おい、〈とまと〉!! 炸裂弾倉は余らせとけっていつも言ってんだろ!」
〈カタリスト〉の怒声が銃声蔓延る室内からでもはっきり聞こえてきた。
「ここでやられたら身もふたもないでしょーが!!
つかこっちにヘイト向いたから次おねがーい!」
「ヘイトって……そっぽ向いただけじゃねえか! くそったれ!」
セキュリティーロボットの射線が通る箇所へ躍り出た〈カタリスト〉は付近に散乱した実験用の白っぽいデスクを足で蹴ってスラスターに推進剤を吹かせた。
レーザー照射のポインターが追いつく前に、ジグザグの複雑なマニューバでそれを回避し、彼は敵へと肉薄した。
しかし既にセキュリティーロボットの炎熱放つ丸鋸似た近接武装が振り上げられている。
このままでは深手を負わされる――そう思った矢先に一閃がその武装を包んだ。
そして次の瞬間にはロボットの腕の付け根から先がわずかな熔解痕を残して消し飛んでいた。
背後から後方支援に回っていた〈ベルチカ〉がライフルによる一撃を放ったのだ。
「――やれる時には自分で片づけろっての」
腕を吹き飛ばした衝撃によって宙に浮いたセキュリティーロボットの懐へ入り込み、〈カタリスト〉は続けざまに持っていた【熱斧付きフルチョークMLS】による連撃を喰らわせる。
狂戦士のような光放つ手斧攻撃だが、よく見るとその狙いは導線や関節部、ジェネレーターが隠れているであろう装甲へ向けて放たれていた。
急所を狙われたロボットはついに3mを超える巨体を停止させる。
光源の全てが消えたのを確認してようやく≪バトル・エンド≫のシステムメッセージが現れた。
「いや~お見事お見事、久しぶりに死ぬかと思ったわね」
「オイコラ。 〈とまと〉、炸裂弾倉幾つ使った? たかだ足止めに所持弾数が制限されてる弾薬使ってんじゃねえぞ。 これつかっときゃいいって脳死したプレイしてるからワンパターンな思考回路になんだよ。
ヘイト向けるだけなら遮蔽物隠れてグレネード撃つだけで十分だろうが。少しは考えろよ」
「はいはい。アタシがわるぅございました、と〈ベル〉に助けられた自分は棚に上げるカタリスト様に謝罪申し上げま~すー」
「ぁ?」
「ちょっと待ってくれ。」
「あぁ!?」
喧嘩になりそうなところに割って入る。
むしろカタリストの語気が強くなったが、とりあえず僕はプレイヤー名〈とまと姉さん〉へと”炸裂弾倉”の替えを投げ渡す。
〈とまと姉さん〉の表情が和らぐ。
「ナイっスゥ、偉いぞぉパス。
ほれ、これで弾薬満タン元通り。」
カタリストのコメカミがヒクついたのが見えた。
挑発的に弾倉をカタリストに見せつける〈とまと姉さん〉から、彼の双眸は僕を睨みつけた。
「荷物持ちはいらねぇと言ったはずだ。
戦闘に参加しねえなら……ここでパーティ追放だ。」
「……わかってるよ。」
僕だってここには目的をもってきている。
さっきの戦闘で僕がとっていたポジションは〈ベルチカ〉を守れる距離だ。
普通の戦闘であってもダメージディーラー役である彼女を守るのは意味がないことでもない。
当然、カタリストの求めているプレイングではないのだろうけど。
前衛職である〈カタリスト〉を先頭に僕らは《オールドフリークフォーム》の奥へと進む。
僕の視線は彼の背中――腰部に収縮されてセットされた【搭載型重機関銃リベンジャー】に向けられていた。
実弾兵装の中で最高火力を誇る銃火器……重量もあり、持ち運ぶには少々不憫だ。
アレを装備するくらいならビーム系の兵装を所持したほうが威力も安定しているしクリーチャーにはダメージが通りやすい。
……けれど、僕らのパーティにはビーム兵装のダメージが通りにくいプレイヤーが一人いる。
それはビーム系ダメージを無効にする効果を持つ【焔・加具土命】の装着者・〈ベルチカ・フレシェット〉だ。