デュエル
「っぁぁあぁああぁ!!!!」
【超振動メイルブレイカー】の短い刀身は可能な限り接敵しなければ本来の力を発揮できない。
高速振動を繰り返す凹凸ばかりの刃を敵のアーマーや硬皮にあてこみ、斬るというよりも削るイメージで無理やり刀身を押し込み、凹凸を返し針代わりにして”甲羅をひっぺがえす”。
それがこの兵装の基本的な使い方だった。
デュエル相手である〈ごすけmk5〉はこちらの突撃を見越して両腕のサブマシンガンで弾幕を張り続けた。延長された弾倉の中身を惜しみなく僕へと浴びせてくる。
こちらとて見す見すハチの巣にされるわけではない。
高機動アーマードスーツ――『RESULTER』の右腕部にセットされたシュナイダー専用のライオットシールドで身を隠す。
透過性のある盾を掲げ、そのまま弾丸の衝撃に負けじと駆け出す。
『RESULTER』のパワーアシストとバックパックのスラスター噴射をめいっぱい使って踏み込み、片腕には【メイルブレイカー】を握りしめたまま、〈ごすけmk5〉へとタックルする。
「強引な一手だ!! 冷静に対処されたら終わりじゃねーの!?」
「っ――甘い!!」
RESULTERの駆動を最大限に高め、態勢を大きく屈ませる。地面を這うほどの無茶な姿勢のままで【メイルブレイカー】を振りかぶる。
「うぉっ!?
……光栄な一手だよチクショウ!」
〈ごすけmk5〉の笑い声が聞こえた。
僕は内部のカスタムパーツ【フィールディング・アクチュエーター】による旋回能力の上昇をここで初めて披露した。
ここまでの戦いで機動性能を相手に誤認させ、ここ一番の状況で最速の攻撃を行なった。
普通のプレイヤーからすれば、そもそも相手の機動性能はおおかまにしか把握しないだろう。けれど、彼ほどのバトルジャーニーだからこそ、この認識の誤差が大きな勝因につながる。
「スキルなしコンバットアルゴリズムなし。自前の戦術と兵装知識だけでここまでやれるのは流石だ。
けど――」
「ロケットパンチ!? じゃなくて遠隔操作か!」
〈ごすけmk5〉は盾のカバーできていない箇所――足元や頭部を左右各々の兵装で狙い撃つ。
もちろん普通の肉体ではそんなことできないが、彼の種族は四肢がサイボーグ化された”ガイノッド”だ。
わずかな推進剤を放った手甲が彼の左横へ展開し、盾に納まっていないこちらの頭を撃ちぬける射角を取られる。
瞬間、脚部のダメージを伝えるアラートが鳴ったのと同時に、疑似視界を映していたHUDにも酷いノイズが走った。
肉薄するつもりで駆けた双脚にはまったく力が入らず、横たわった視界はついにブラックアウトした。
≪YOU LOSE≫
わかりやすい二つの単語で状況を確認したあと、簡易決闘モードの制限が解除される。
「今日は随分とアグレッシブに攻めてきたな。 驚いて奥の手使っちまったよ。」
「シュナイダーの盾で距離を詰めたら楽に使えるかなって思ったんだけど、〈ごすけ〉以外なら使えたりしないかな?」
「そりゃNoob相手にすんなら、つかえねーこともないが、んなダサいことするために付き合ったわけじゃねえぞ?」
〈ごすけmk5〉が射出した腕を回収する。
彼が種族”ガイノッド”である一方で僕は至って普通な”ヒューマ”という現実の人間に一番近い種族だ。
他にも全身が機械化されたアンドロイド人類たる”エクスシーラ”や、オモチャの義体に人間の意識を閉じ込めた”アバター”という種族もいる。
「もちろん、いくらか強いアーマー使いに通用しなきゃ、こんなの刃こぼれした果物ナイフみたいなもんだよ」
【超振動メイルブレイカー】を宙に投げ放る。
弧を描いたそれを〈ごすけmk5〉が右腕を飛ばして掻っ攫っていく。
「毎度思うんだけどさ。ガイノッドって身体の感覚どうなってんの?
下手すると現実でも腕飛ばすクセがついた――とかない?」
「んなこと言ったらエクスシーラなんか眼から光線放つ奴もいるぞ。
あとおっぱいミサイル撃つ奴も。いやマジ、抱き着かれた時に死なば諸共の精神で撃たれてビビったことあったわ。」
「いやあっちは各部位の兵装使う感覚なんじゃないの?
ショルダー付きのキャノンとかも兵装にあるしさ。でもガイノッドって腕飛ばしたり、足外して銃火器取り出すこともあるじゃないか。
アレって四肢の感覚どうなってるんだ?」
「あーなるほど、そっちか。
でもなぁ、どうって言われても……とりあえず、俺の腕は飛んでる間も感覚あるぜ。
――ほれほれ」
メイルブレイカーが宙に弧を描く。
落下地点に素早く回り込んだ右腕がそれを再びキャッチする。
「まぁ、〈バイフェ〉が気にするほどコイツに不快感はねえよ。
多分、システム側が配慮してくれてんだろ。大体、そうでもなきゃ俺たちより悲惨なのは”アバター”だろ。 なんだっけか、元は愛玩ロボットだった素体に人間の意識が入ったっていう設定の種族。
あっちは全長が100cm程度、現実戻ったら違和感ありまくりじゃね?」
「それもそうだけど、アバター選んでるヤツもあんまり見たことないしなぁ」
「俺もだ。
――あ、なら、俺たちのどっちかが今使ってるキャラロストしたら、”アバター”選ぶって決めとこうぜ。
どっちかが笑いものにしてキャラロストのダメージを減らそう。」
「500時間のプレイが無駄になるのはキツイな。」
「もし死ぬ予定があったらストレージアイテムの中身全部もらっておくぜ?」
推進剤で浮かんでいる〈ごすけmk5〉の右腕を叩き堕とす。
「あだっ」と腕のない箇所を抑えた彼はこちらに恨めしそうな視線を向けてくる。
もちろん痛覚は感じないようにできている。多少振動と不快感が伝わってくるだけだ。
「それならどこぞのロケーションでドロップアイテムになってくれたほうがマシだな」
「攻略クランのメンバーならアイテム溜め込んでんだろ? おぅ?
さっき弾の威力検証した【リベンジャー】なんて俺たちのレベル帯でも滅多に見れねえ代物だぞ。」
メイルブレイカーの検証前に【搭載型重機関銃リベンジャー】の威力・取り回し・積載制限についての調査を終わらせてあった。
「でもあの兵装は火力に特化しすぎているよ。 集団率もてんでバラバラで、構えた時の旋回だって遅くなる。 相手に機動力があれば当たりっこないしね。」
「そんなものかよ。 でもよ、対人戦だと初手に超火力でねじ伏せようとする輩は多いぜ?
相手が接近してきたらパージ(使い捨て)すりゃあいいだけだしな。」
〈ごすけ〉は対人戦メインのプレイヤーだ。
《フェイタル・デュエルアリーナ》と呼ばれるPVP専用のフィールドでは、PK行為認定されないプレイヤー同士の殺し合いが推奨されている。
レベリングが一定値に制限されるため、兵装やアーマーの選び方次第で初心者がベテランプレイヤーを負かすことも多い。
リアルでも中学生以来の友達で本名は”斑鳩悟助”。
中学・高校とテニス部に所属していたが大学に入学してからは『スターダストオンライン』に入り浸っている。
正直クランメンバーよりも会話の頻度は多い。
「なるほどな……でもロケーション攻略には継戦能力も求められるんだ。
すぐにパージするんじゃ宝の持ち腐れだし、かといって目当てのクリーチャーと対峙するまで持て余せば重量が足かせになる。」
「それもそうだな。
攻略サイトなんか見るとPVPと”PVE”(主に対クリーチャー戦を指す)の兵装評価が分かれてたりもするしな。
――いやでも…………」
〈ごすけmk5〉が言いよどむ。
僕の手にある【リベンジャー】のスチール合金された銃身を眺めて首を傾げている。
「まぁ……攻略クラン様の考えることはわからねえしな……」
「なんだよ、気持ち悪いな。 言いたいことがあるなら言ってくれよ」
「すまねえな。 余計なこと言って他人のコミュニティーを荒らすようなことはしたくねえしさ。
〈ベルチカ〉さんとは上手くやってんだろ?
この前もプレイヤーキラー対策の巡回だかで月面露出地区に居たのを見かけたけど、やっぱ惚れ惚れするくらいの装備身に着けてたしな。
特大ライフルに小柄な少女って組み合わせはやっぱ正義って気がするよ。オマケにそれが見掛け倒しじゃねえってところが実に良い。
”ダークサイド”一番乗りパーティのダメージディーラーは存在感が半端ねえよ。
――オレも鼻が高いぜ? そんなプレイヤーと一緒に戦っているヤツと親友なんだからよ。」
〈ごすけmk5〉はこちらの背中をバンバンと叩いてくる。
もちろん遠隔操作された右腕で、だ。
「やってるのはアイテムの補充だけどね。」
「お前って元はそういう性格だもんな。
昔、色々な建物立てるゲームあったじゃん?
あれでも他の皆が思い思いの建物つくってたのに、オマエだけはなぜか鉄鉱石とかガラスとか効率よく作れる道ばっか開拓してたしよ。
……で、他の奴にアイテム奪われる。」
「奪われたわけじゃない。恵んだんだよ。」
「オレからみりゃ、搾取されてるようにしか見えなかったんだがな。
『スターダストオンライン』でそのビルドしちまったのも、根本はそこにあんだろ?
リアルスキルで多少兵装の扱いに長けたから、他のプレイヤーにも使い方を教えられるように色々な兵装の適正値を伸ばしたわけだ。」
”全ての兵装・アーマーの装着適正値をあげまくる”。
僕が無能だの寄生虫だの言われる要因は、まさにこのビルドにある。
「見透かしたように言うのはやめてくれ。
単純に調子乗ってただけだよ。 調達係をやってるのは第一線の攻略クランで追放されないように足掻いているだけさ」
「はいはい、ベルチカさんのためベルチカさんのため。
だからカスタムパーツやら兵装やらを貢いでるわけだ。
いじらしいが……ちょっとてめぇは奥手すぎる。
いい加減さ、その【フィールディング・アクティエーター】を自分のために使ったらどうだ? 駆動音で丸わかりだぜ? 明らかに摩擦音が静かすぎる。」
「……普段の僕じゃ接近戦で〈ごすけ〉にかなうわけないからね。
元は仲間に頼まれた注文品の一つなんだ。
ロケーションの攻略情報と交換して別クランから無理して売ってもらった。
連中、しばらく僕には会いたくないとさ。」
「オレも喉から手が出るほど欲しいカスタムパーツだしな。
でも攻略クランの交渉役が無理強いしてきたら、そりゃあ売りに出す他ないわな……」
「特権だろ? だからこのクランに所属してる。」
「――……身削ってんな、オマエ。」
心底呆れた口調で〈ごすけ〉は首をふる。
「〈パースバイフェ〉は元々”戦士”だろ?
裏方にばっか努めてたって、楽しくねえだろうが。」
「これでいいんだよ。 ビルドをミスった僕だと皆と一緒に行ったところでパーティのお荷物になるだけだ。」
「まぁ確かに賢いビルドじゃねえな。
みんな自分の”とっておき”を専用スキルを一つ二つ選んでポイントを割り振ってるしよ」
「分かってるなら言うなよ。 後悔してないわけじゃないんだからさ。
”ドルイド”の能力値あげて後衛プレイしておけばよかったって。」
「いやいやいや、てめぇは前衛職が転職だって。
――そうだ。 ベルチカさんに振られたら、オレんとこ来いよな。」
だから僕は彼女とは――……そう言いかけたところで思いとどまり、「おう」と一言返す。
「にしても【フィールディング・アクティエーター】に重火力兵装、そして極めつけに【超振動メイルブレイカー】か。
……なぁ〈バイフェ〉、やっぱさっき言いかけたこと、話し半分でもいいから聞いてくれるか?」
「? あぁ、もちろん。 PVP専門の〈ごすけ〉の意見は参考になるしな」
「信頼してくれるのは嬉しいが、多分こいつはオレじゃなくて……」
わずかに間が空き、〈ごすけmk5〉はビビッドな色合いの瞳を逡巡させたあと、僕へ向き直り――。
「プレイヤーキラーとしての意見だ」