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封鎖された事務室にて


                 ☆


「ねぇねぇ、フェルちゃんはさ、何か恋バナとかないのかな?」


 アーマードスーツの頭部装甲を外すと彼女は息を一斉に吐き出した。

 視界に埃がチラつくこんな場所でよくもそんなに深呼吸ができると呆れ半分に関心する。

 VR空間であることを理解しているが故の行動なのかもしれない。

 ……あたしは、まだこの世界に慣れていない。仮想現実だからといって汚いものは汚いし、怖いものは怖いと感じる。

 事務デスクらしきものにはコーヒーメーカーが用意され、セットされたコーヒーカップの中身にはカビが生えていた。

 カビの隙間を縫って液体の表面に映る自分は、【バニラフレーム:α】と呼ばれる簡素な装甲に顔も体も包まれている。

 敵の溶解液をあびたせいで肩部から腹部にかけて鋼の装甲が泡立った傷を残している。

 身体に浴びたら、どうなっていたか分からない。

 背筋に寒気が走る。


 この世界で与えられたあたしの名前は〈クリーナー13〉、第302期十字軍先行大隊予備役候補生・即応部門第二部隊。


 一方で薄紅色の長髪を振り撒いて室内を見て回る少女の名前は〈クリーナー4〉。

 同じ第二部隊に所属する仲間だ。


「今はあの扉が恋人ね。

 ヘッドアーマーはつけときなさい。 いつ破壊されてもおかしくないわ。」


「ダメダメ。息苦しいったらないよこのヘルメット。

 フェルちゃんもせっかくの良い顔が蒸れて大変なことになっちゃうよ?」


「ヴィスカ、その能天気に救われる日もあるけど、それは今日じゃない。」


 あたしの忠告に耳を貸そうともせず、彼女は事務室内のレターケースを漁っている。

 放り出された資料には天体や実際のそれとは違う太陽系のモデルが描かれていた。

 うち一つの資料が床に落下した瞬間、”アイテム”として結晶型の姿に切り替わる。


「――!」


 アーマーを修復させるためのリペアツールかと期待して手に取るが、しかしそれは何かの素材アイテムでしかなかった。

 弾薬や使い捨ての武装でもよかったが、それすらも高望みだったらしい。

 

仮想現実このせかいは、理想の自分になれる世界だって案内役の人が言ってたじゃない。

 わたしはそれに従っているだけ。」


「キャラクリエイトの操作方法を教えてくれたNPCね。

 あんなの意思がない空っぽの人形よ。話す言葉の意味なんて考えても仕方ないわ」


 そう、あたしたちの考えるべき事柄はこの事務室に閉じ込められた窮地を切り抜けるか。

 【アルターブラッド:リッター】と呼ばれる怪物は、《星間観測所》の地下2階に到達した第二部隊クリーナーの計6名を襲撃した。


 猿型を模したリッターは狭まった通路を縦横無尽に駆け抜け、初出撃で萎縮した仲間の一人の首を跳ねた。

 アーマーの関節部を狙われたのだと気づいたのは、もう二人の仲間を身代わりに三人で逃げ遂せた時だった。


「〈クリーナー14〉のこと、恨んじゃダメだよ? 誰かがああやって怖がったおかげで、フェルちゃんも私も、冷静さを保てているんだから」


「たった今恋バナがどうの言ったヤツの言葉?」


「そうだね。うん、正直なところ、わたしもかなり動揺してるかも。

 でも悲観しながら終わりを待つって嫌じゃない? だから恋バナしたいなぁって。

 仮想現実だから、好きになった人とイチャイチャする理想を想像するの。

 なれるかもしれないじゃない?」


 彼女の外したヘッドアーマーを奪い去って無理やり彼女の頭部へはめ込む。


「冗談じゃない!

 あたしはあたしたちをオトリにして逃げたバカを許さないし、こんなところで現実逃避する気もないわ。」


 廊下へと続く扉が大きく音を立てた。

 【リッター】がこの鉄扉を隔てた向こうであたしたちを待ち受けている。


「でも……」


「キャラロストしたら現実あっちでもバケモノの餌にされる運命なの!

 いい? あたしたちが這い上がるには”この世界”で生き残る他ない!

 『WOUND隊』みたいな力を身に着けて、自分で生きる道を見出さなきゃ、犬死よ!」


「ど、怒鳴らないで。」


「――っ……わかったわかった。なら、恋バナしてやろうじゃないの。

 あんたはここから生き残ったら素敵な出会いを果たすわ。 あたしが保証する。

 イチャつくってのがあたしには全然想像できないんだけど――えっと、ELGOブロックで一緒に遊ぶ感じ?」


 ヴィスカの口元が緩み、笑い声まで聞こえてくる。

 

「ブロック遊びって、そっか。 フェルちゃんって孤児施設で一緒だったリッドくんのことが好きだったんだね。」


「ち、違うわ。 ブロックの城つくるのに必要なパーツをアイツが持ってきてくれただけだから。

 あたしのことはどうでもいいの、アンタはどんなことしたいの!?」


「ん~わたしはやっぱりお買い物。 ウインドショッピングってやつかな。

 いっぱいの店によって、好きな人の趣味とかたくさん聞くの。

 そしたらわたしも同じものを好きになって、そうなったらきっと見える世界が変わってくると思うんだ。」


「じゃあ絶対そうなるわ!

 でもその恋路にはあのデカい猿が壁になるわけ。恋には障害がつきものっていうでしょう?」


「……うん。 フェルちゃんの恋人さん、もうもたない、ね。」


「えぇ。 献身的ないい男でしょ? 報いるために生き残るよっ」


「わかった!」


 【量産型クリアードライフル】を腰部から取り出して構える。

 総弾数30発、対クリーチャー用に弾丸が改造された架空の突撃銃。

 サイトには自動照準機能が備わっている初心者用の兵装だった。

 残念なことに残りの弾はマガジン一個だけで、今のところあの【リッター】には一発も当たっていない。


 しかしこの事務室はさっき戦った通路とは違って高速移動もある程度制限される。

 ヴィスカと互いに背をつけ背後から首を跳ねられる致命打に備えた。


 やがて扉は強打によって破壊された。

  

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