ARICE
現実時刻PM9:00。《食用”霞”培養プラント》
バイト帰りにログインしてから通しでプレイし続けて既に2時間が経過している。
一回のクエストが適正兵装・アーマー・スキルレベルのプレイで大体30分を目安につくられているので、今現在4回分のクエストをクリアしているのは優秀な部類に入る。
もっとも、今までこなしたのは初歩的なクリーチャーの討伐だったり、非保護区である《月面露出地区・フリーフィールド》のとある地点からモノを持ち帰るおつかいクエストだったりと難易度は緩いものばかりだ。
「【ARICE】起動!! スキル≪フリークエント・モビリティ≫!」
僕の周りを取り囲んでいた鱗状のひし形が砕け散る。
細かい光の砂に切り替わったそれは、僕のRESULTER【バニラテール:α】の関節部へと流れ込んでいく。
途端にアーマードスーツの動きがスムーズになった。
≪フリークエント・モビリティ≫はドルイド専用兵装の【ARICE】を用いて使用できるバフ系スキルだった。
ファンタジーモノでいえば、スピードアップ系の強化魔法に近いかもしれない。
ただ、影響を与えるのは人体(アバターとそう表現するのは違和感があるが)ではなく、RESULTERそのものである。
情報処理に長けた可変粒子体【ARICE】をRESULTERの関節内部に入り込ませることでより高度な圧力処理ができるようになる。
これが接近戦が主な”シュナイダー”が使えたら輝くのだろうけど、今の僕は”ドルイド”だ。
この機動性を活かす方法は一つ――。
「っぶねぇ!!」
枝分かれした双角が今まさに渇いた大地を抉ってこちらの足場を崩さんとする。
血走った白目をひん剥いてこちらを睨んでいるのは、食用の鹿が変異したクリーチャー・【アルターブラッド・スタッグ】。
後ろ脚には膿のように肥大化した筋肉塊がくっついており、それが爆発的な突進力を生み出している。
予備動作が少ないため、初見からすればその攻撃を避けるのも一苦労だった。
しかも立派に幾重にも枝分かれした双角は鋼じみた硬度を誇り、こちらのアーマーを貫く破壊力も備えている。オマケにこの【スタッグ】はデカい。
アバター目線のせいで気づかなかったが、やはり個体差的にはかなりのサイズがある。
「大振りな分、距離は開いた……。」
【汎用PDW:クロスヘア】のリロードを済ませるや否や、大鹿めがけて弾の壁をつくりだす。
発射速度はそこそこ、リコイルは皆無に等しい。それでも照準がズレるとんでも仕様こそ低レベルクオリティ。
ヘッドショット狙いが全て外れてスタッグの正面部、前肩部や足をかすめる。
じわりと減る相手のライフゲージ。 所謂”ミリ残り”の体力まで削ることに成功する。
「【ARICE】! スキル≪ガンライナー:ホローポイント≫」
空にした4つ目の弾倉を宙に投げる。
光の砂がRESULTERから抜け出ると、今度は空の弾倉へと吸い込まれていく。
併用の効かない≪フリークエント・モビリティ≫の強化が切れて身体が途端に重くなる。
一方で可変粒子体であるARICEは【クロスヘア】の弾倉へと形を変えた。
スキル≪ガンライナー≫は兵装の放つ弾丸をワンマガジン分強化する能力がある。
「トドメ!!」
接近する【スタッグ】へ強化された弾丸の雨を浴びせる。
着弾時の怯み方が大きくなり、ついにバケモノ鹿が地面へと突っ伏した。
好機を逃すまいと今度はこちらから接近して今度こそヘッドショットを決める。
≪【アルターブラッド:スタッグ】討伐数1/1 『栽培プラントの王者を倒せ』を達成しました。≫
「…………はぁ、ようやくクリア。」
横たわるスタッグの隣にドロップアイテムが落ち込む。
〈パースバイフェ〉の時はショップで換金するかカートンでまとめてゲーム内オークションに出品するくらいの低レアリティアイテムばかりだ。
「いや、こうやってコツコツ積み上げていくのも醍醐味だよな」
我ながら枯れたオッサンみたいな独り言を呟く。
現に素材アイテムである【スタッグの変異した繊維】はRESULTERの内部クッション機構の強化に使える。
もちろん一つだけじゃ足りないので周回する必要があるけど。
「……やっぱりパーティを組むべきだよな。」
ARICEがこちらの思念を察知したのか、アーマーの背骨付近から鱗の連なった形態で姿を現す。
『スターダストオンライン』のまとめサイトだとARICEを読んで”米”と略されることがしばしばある。
現に鱗っぽい形状は米粒にも見えなくないが……。ドルイドでプレイして1時間ほど経つと自然と愛着がわいてくるのであんまり言う気にはなれなくなる。
〈パースバイフェ〉の時に言いまくってしまったことを悔やむ。
閑話休題。
ドルイドのスキル≪フリークエント・モビリティ≫も≪ガンラインー:ホローポイント≫も自己強化よりは他者強化で真価を発揮するタイプだ。
スプリンクラーポンプの錆びたハンドルに腰かける。
天球体のテントが張られた農場プラントには重力を無視して上へ伸びる綿あめのようなものが所せましと浮かんでいる。
うち一つを手に取るとアイテム化して【食用霞】としてストレージに追加される。
嗜好品を作り出す素材として機能するアイテムだ。
上手く味付けできればゲーム内で綿あめを無料で食べることができる。
意味を感じなかったから今までやってなかったが……息抜きにはいいかもしれない。
ベルチカに渡されたスポーツドリンクの味は、今もしっかり覚えている。
別のプレイヤーを誘おうとすると、彼女のことが脳裏をよぎる。
裏切ったことを咎める視線が一か月経った今でも鮮明に思い出すことができた。
「女々しい。 とは言いつつも、誘いにくいんだよなぁやっぱ。」
この件だけじゃない。
さっきのグラッドやらゼルシウスやら、ナンバリングされたネームを持つプレイヤーたちとは、クエストカウンターの行き帰りで何度かすれ違っていた。
けど聞こえてくる会話はやはりセリフじみている内容のものばかりで背中がなんだかむず痒くなってくる。
前の〈パースバイフェ〉というネーミングは当時、僕がとあるアニメに影響されてつけた名前だ。
……つまり、”そんな感じ”の空気を感じて悪寒すら走る。
パーティに誘うどころか、話しかけることすら戸惑ってしまう有様だった。
ただ。
――『お願いします。助けてください……。 お願いします、お願いします。』
必死懇願していたあの女の子は、〈ゼルシウス〉とかいうプレイヤーが去ったあとも誰彼構わずに助けを求めているようだった。
本当に初心者なのだろう。スタッグ討伐のクエストを受けるときにはRESULTERを着込んでいるNPCにすらお願いしていた。
「結局、遭難したとかいうプレイヤーは助かるのかな?」
……少しばかりその後の展開が気になる。
「――《星間観測所》。近い、か。」




